とある青年ハンターと『 』少女のお話   作:Senritsu

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 あらすじでも述べていますが、本作品はオリジナル要素が多分に含まれています。それらが苦手な方はご注意ください。

(12月6日追記)分割作業実施




第1話 起:千年の時を経て / 邂逅(前編)

 

 これは、ささやかな物語だ。

 一人の狩人と『 』の、ただの旅物語だ。

 

 あらすじとしては、これで十分なのだろう。

 ただ、これから始まる物語は、やや難しいかもしれないので。このような問いを投げかけてみる。

 

 例えば──

 遥かな過去に、栄えた人が竜を乱獲し、人と竜の摂理が崩れ、人と竜が明確に敵対し、怒り狂う竜が人を殺し、人造の竜が兵器として投入され、数多の竜を殺し、その死骸から竜が創られ、人は龍の領域にまで手を伸ばし、そして全てが清算された歴史があったとして。

 その記録をすべて消し去り、無から始める道を人が選択したとして。

 知ることなどできないはずのその歴史を知ってしまった者は、真実に立ち向かわなければならないのだろうか。

 

 物語を紡ぐ狩人は、きっとその問いを否定する。立ち向かうか立ち向かわないかは勝手だろうと。立ち向かわない選択を掴み取ることが困難でも、それを目指してもいいはずだと。

 物語を紡ぐ『 』は、きっとその問いを否定できない。かといって肯定もできない。その問いは『 』にとって、恐らく、あまりにも重かった。

 

 だから、どうか、ささやかな物語であれと願うのだ。ただの旅物語になることを目指すのだ。

 

 たとえそれが(かくして)今を生きる人が(狩人はかつて)触れるべきものではなかったとしても(龍を討つために在った兵器と邂逅する)

 

 

 

 

 

 軽い出来心だったのだ。

 

 ある日の昼前、渓流地方のはずれ。モンスター討伐のクエストを受けてその地に赴いていた僕は、小高い岩壁の中腹に穴が開いているのを見つけた。双眼鏡でよく見てみると洞窟になっているようであり、また岩壁はその上方へ裏手から辿り着けそうだった。

 上方からロープを下していけば辿り着けると踏んだ僕は、そこで夜を明かしつつ高所から地形を把握しようと行動を開始する。

 

 その洞窟の入り口に辿り着くのには約半日を要したが、山登り以外に特に苦戦することはなかった。入ってみると案外奥行きのあったその洞窟で、何かいい鉱石でも採れないかと探索を初めて小一時間。

 

「なんだこりゃ……」

 

 僕は目の前の壁を見て立ち尽くしていた。

 そこには、見たこともない巨大な竜の肋骨……と、その中心部に半身を埋め込まれた人間の少女……らしきものが。

 

 らしきもの、という言葉に語弊はない。その少女の上半身は人と異なる部分が数多くあったからだ。

 まず、髪。黒髪と金髪が混ざり合っている。そのうちの十数本は()()()となって少女の頭と竜らしきものの骨を繋いでいた。

 次に顔。肌は白い。しかし、額から耳を通って首元にかけて、黒い鱗が生えている。魚鱗どころではない。火竜の鱗と遜色ないほどだ。防具かとも思ったが、どうにも生えているようにしか見えない。

 上半身にも肩や背中に黒い鱗が生えており、総じて見れば、まるでおとぎ話に伝わる半人半竜のようだった。

 

 頬に血の気はなく、がりがりだ。肋骨も浮き出ている。目は閉じられていて、身体は重力に逆らわず力なく垂れさがっていた。

 

「死んでる……よな?」

 

 松明を片手に、恐る恐る、その得体のしれない何かに近づいた僕は、その少女の額に触れて──パキ──と、何かが砕ける音がした。

 

「……ッ」

 

 途端に壁が轟音を立てて崩れ落ちる。それに押し潰されるより先に飛び退いた僕は、まさかあれそのものが新種のモンスターだったのかと半ば本気で思った。

 少なくとも、指が触れた程度で崩れてしまう程度の壁ではない。もしそれだけ脆かったのであれば、僕が触れるまでもなく崩れていなければおかしい。──つまるところ、そちら側が動いたと、そう考える方が自然だ。

 

 土埃が視界を悪くする。僕は素早く松明の灯を消し、岩陰に隠れた。そして崩れた壁の様子をうかがう。

 崩壊音が落ち着くと、びしゃびしゃと、やや粘性のある液体が滴る音が洞窟内に響いた。

 松明の光が消えた洞窟内は、太陽の光もほとんど届かず、暗い。しばらくして、夜目が効くようになるころには土埃は大分収まっていた。

 

(……やはり、人間の少女に見える)

 

 土埃が晴れた先には、大量の瓦礫と骨の破片。そして地面を濡らす液体。

 その中心に先ほどの少女がいた。今度は上半身だけでなく全身を晒している。しかし、髪に混じった管だけは未だ壁に繋がっていた。

 少女の下半身は人間の脚であるように見えた。やはり近づいて確認する必要があるか、と僕は唾をのむ。

 

 背中に担いだ弓の矢をいつでも抜けるように握りながら、松明をもう一度点火させる。

 そして恐る恐るその少女へと近づいた。地面に広がる液体は酸などではないようで、踏みしめると水音が響くのみだった。

 松明の火が届くところまで近づけば、やはりその下半身は人間の脚だった。しっぽが生えてたりは……しないか。こちらは上半身と違ってやや生気がある。──と、そこで僕がはっとするよりも先に、その少女の目がぱちりと開いた。

 

「き,きキキ……きドウ。キドウ……──《制御部起動完了》……」

 

 飛び出したのは、しゃがれた金属音。しかし、それでも僕が抜刀を踏みとどまったのは、それが明らかな言葉……大陸統一言語であったからだ。

 僕と同じ人間族か、竜人族か。または自分等が全く知らない新たな種族か。僕は息をのんでその光景を見つめていた。

 何十秒か経っただろうか。再度、少女の口が開かれた。

 

「《本体起動不可能》《原因特定中》──《ワ_uヘ5KA001jニマフ・wユ3ヒ》──《致命的なエラー:通信不可能》《本体を駆動することができません》──《制御部と本体の接続状態を確認してください》《または制御部独立状態を指定してください》…………『制御部独立状態を指定しますか?』」

 

 瞬く間に羅列されていく言葉たち。僕はその1割程度しか理解ができなかった。そして彼女は、唐突に僕の方を向く。

 

「なんっ……!?」

 

「『制御部独立状態を指定しますか?』」

 

 先ほどの言葉の羅列よりかはいくらか聞き取りやすい口調で彼女は僕に問う。それでも人間の声らしさがないことに変わりはなく、抑揚はないに等しいが。

 開かれた眼は明らかに人のそれではなく、また、竜のそれでもなかった。今までに見たことのない、深緑の、無機質な光を宿している。まるで望遠鏡のレンズを逆さに覗き込んだかのようだった。

 

「……わけが分からない……お前はいったい何を言ってるんだ?」

 

 その様子に気圧された、のではなく。単純に頭の処理能力が追い付かなくなっただけのようだ。僕はひどく乾いた声でそう答えた。

 

「……『理解不能ですか?』」

 

「ああそうだ。理解できない。」

 

「『本機の発見者ですか?』」

 

 こちらの返事を聞き取ることはできるようで、言葉のやり取りくらいならできるかと少しばかり安心した。そしてホンキというのは彼女の名前だろうか。

 

「発見者……そうだな。僕はお前の発見者だ。なんだ、お前は人間じゃないのか?」

 

 見た目もそうだが、自分に対し起動とかいう言葉を使っている時点で、彼女自身も自分は人間でないと思っているかのようだ。人間か否か。僕は単刀直入に尋ねた。

 

「『肯定します』『本機は対竜兵器』『人間ではありません』」

 

 帰ってきた答えは明白だった。しかし、僕の予想のはるか向こうの回答でもあった。

 自らを兵器だという。兵器とは基本的にモンスター迎撃用のバリスタや大砲、投石器などのことを指すが、彼女は自分がそれであるという。人間の姿をした兵器とは? 僕は早々に思考を放棄し、彼女に尋ねることにした。

 

「はー……ますますわけが分からなくなった。人間じゃないのに、どうして人間っぽい見た目をしているんだ?」

 

「『機密に反するため回答不可能です』」

 

「なんだそりゃ。……いや、本当にどうしたものか……」

 

 僕は矢筒から手を放し、腕組みをして唸った。

 僕の手に余る事態だ。こういうのは書士隊や龍歴院が適役だろう。しかし、職業病とでも言うべきか、僕は見知れぬこの存在に対し、僅かな好奇心を抱き始めていた。

 

「『再度質問』『制御部独立状態をして』──『変換処理実行』──『本機の接続を切り離しますか』」

 

「またその質問か。接続というのは、その壁にめり込んでる髪のことか?」

 

 僕は少女から目線を外し、壁を見た。彼女と壁を繋げている管の太さは大人の親指程度か。それが十数本も彼女の頭から生えているというのが、外見上、彼女の最も人らしからぬ要素と言えるだろう。

 ……人間ではないと言うのだから、少女やら彼女という代名詞を使うのもどうかと思ったが、とりあえず今は保留だ。外見で判断させてもらうとする。

 

「『肯定します』」

 

「それ取ったら僕に襲い掛かったりしないよな?」

 

「『肯定します』」

 

「どうだかな……ま、いいか。さっきからその質問してるってことは切り離したいんだろう? お前が切りたいなら切れよ。切れないなら僕が手伝おうか」

 

 そこまで言ってから、ここに繋いだままギルドの職員に連絡すればいいのではという考えが頭に浮かんだが、すぐに捨てた。それは悪手だと直感が告げている。

 自らの直感にはそれなりに忠実だった。あくまで理性が優先ではあるが、この状況、理性もへったくれもないだろう。

 

「『許可を得ました』『切り離しを行います』──《接続切断実行》」

 

 彼女はそう告げて、目を閉じ、意識を集中させた。と、なにか留め具が外れるような音と共に、管が頭の根元から切り離されていく。切り離された管の中には、金属光沢を放つ細い線が多量に入っていたり、何らかの液体が流れていたりしていた。……もはや驚くまい。

 しばらくして、彼女は自らの作業は終わったとばかりに目を開けた。しかし……

 

「……いくつか切れてないが?」

 

「《原因特定中》──《回路損傷のため切断処理不可能》──切断『の補助』をお『ネガイ』します」

 

 彼女の言葉に何やら雑音のような音が混じった。どちらかと言えば、より無機質ではなくなったというべきか。相変わらず抑揚はない。

 いや、そんなことよりもだ。

 

「……まじかよ」

 

 先ほど言ったことは冗談のつもりだったのだが、まさか女性の髪を切ることになるとは。いや、そもそも人間ではないらしいが。そして見た目も髪ではないが。

 ややあって、僕は彼女の至近距離に立った。壁から滴る液体が黒と金の髪を濡らし、それは松明の光に反射してぬらりと光った。

 管を手に取る。グローブ越しから伝わる感触はやや硬く、そしてしなやかだった。ゴムのようにも見えるが、恐らく僕の見知らぬ素材だろう。

 しかし、この程度であれば剥ぎ取りナイフで切れるだろうか。矢切では厳しいだろうなと思案しつつ、僕は彼女に尋ねた。

 

「これ、刃物で切っていいものなのか?」

 

「『肯定』しマす。『こちら』の刃ヲ使用推奨」

 

 彼女が取り出したのは手のひら大の黒いナイフだ。……どこから取り出した?

 

「……まあ、あるならあるもん使えばいいか」

 

 彼女からその刃を受け取った僕は、そばらくそれを眺めた後──刀身も柄も真っ黒だ──、防具のリオレイアの甲殻が用いられている部分にそれを滑らせてみた。切れ味試しに防具を使うのはあまり褒められたことではないが。

 そこには小さく切り込みが入り、少なくとも実用範囲であることは把握できた。ひょっとすると、マカライト鉱石と鉄鉱石の合金でできた刃よりも切れ味はいいかもしれない。

 

「じゃあ、まずは一本。──切るぞ」

 

 僕はそう告げたのちにその黒い刃を管に押し当てた。鉈で枝を切り落とすように管に圧力をかけると、やや撓んだ管はぶちぶちという音を立てて切れた。

その瞬間、「っぁ」と苦しげな声が彼女の口から洩れる。先ほどから話し方が何やらおかしかったが、今のはかなり人間味を感じさせる声で、僕は内心で困惑する。

 

「……痛いか?」

 

「……『続行』してクださイ」

 

「──わかった」

 

 そんな風に言われれば、断る理由は僕にはなかった。さっきと同じ手順で、一本ずつ管を切っていく。

 

「──かふっ……はぁ……ぁ」

 

 残り数本となったところで、少女は痛みのせいか、それともほかの何かが理由なのか自重を自らの力で支えられなくなっていた。管に張力がかかり、このままでは頭から管が引き千切れそうだ。僕は彼女を僕の体に持たれかけさせ、作業を続けた。

 それは、はたから見れば相当奇異な光景に見えただろうが、当たり前のようにここには誰もいない。僕は気を散らさない程度に集中しつつ、黙々と作業を続けた。

 その作業が終わるまでにそう時間はかからなかった。約10分程度か。最後の一本を切り落とし、剣に付着した液体やら金属片やらを専用の布でぬぐい取りながら、僕は足元でぐったりしている彼女に声をかけた。

 

「……これで全部だ。よく耐えたな」

 

「…………」

 

 ひょっとすると、今切ったものは生物でいうところの脊髄のようなもので、頭だけが切り離されたに等しい状況なのではないか。返事のない少女を見てひやりとしたが、ほどなくして彼女は僕に預けていた身体を起こし、うつむいていた頭を持ち上げた。ちょうど正座を崩したかのような座り方だ。

 

「さて、これからどうするよ?」

 

 ぼうっとしているようだったので気付けもかねて声をかける。すると、少女は目をぱちぱちと瞬かせて、顔だけ僕の方を向けた。

 

「現状把握を優先。現在の暦を教えてください」

 

「ロックラック歴530年長月の4日だ」

 

 妥当な質問だ。さっきまでの様子を見るに彼女はかなり長い時間……少なくとも体の一部が大地に埋もれてしまう程度にはここで眠っていたことになる。ひょっとすると100年単位はあり得るかもしれない。そう思いながら僕は暦を答えた。

 が、彼女の反応は芳しいものではなかった。無表情でこちらを見上げたままだ。

 

「……再読み上げをお願いします」

 

「ロックラック歴530年。長月の、4日だ」

 

「……………」

 

 ……まさかとは思うが。ロックラック歴を知らないのだろうか。もう一つの有名な暦であるドンドルマ歴で言い換えてもみたが、反応は同じだった。ドンドルマ歴はロックラック歴よりも400年近く古い暦なのだが……。

 

「お前が人間じゃないってのがひしひしと分かる間だよな……」

 

 僕は天井を仰いだ。どうやら目の前にいるこの少女、予想よりも遥かに前の時代から目覚めたらしい。人間の寿命はとっくに凌駕しているだろう。

 

「データベースにない暦。本機が再起動するまでに1000年以上かかっている可能性が高いです」

 

「だろうな。どう見ても今の人の技術でできたもんじゃねーよ」

 

 今ではよく知られている話だが、今の文明、少なくとも今自分たちが知っている暦を生きてきた人類の技術は、それよりも古来の技術よりも劣るらしい。それは、樹海に聳え立つ古塔や最近発見された遺群領という遺跡のスケッチを見れば一目瞭然だった。

 そして彼女の容姿は、伝説上の半人半竜そのものだ。その無機質で人工的な瞳も含め、過去の文明の産物として見ていいのではないだろうか。

 さっきまでとまた声が変わっていることが気になるが、より聞き取りやすくなっているので深く考えないことにした。声だけでも人間らしさが出てきていることが、今の状況では無性にありがたい。

 少女はどうやら考え事をしているらしかったが、気を取り直したのか、ひとまず保留することにしたのか、

 

「再度質問。現在の人類の戦況を教えてください」

 

 と、また別の質問を僕に投げかけてきた。

 しかし、また内容が突拍子もない。そして物騒だ。聞き覚えがあるわけがなく、答えようがないので、眉を顰めつつ質問で返す。

 

「戦況? 何と何のだ?」

 

「人と龍です。本機の最新の記憶によれば人類側約七割壊滅。龍側約五割壊滅。状況次第では本体を早急に修復し、出撃します」

 

 さも当たり前であるかのように、一切表情を変化させずに彼女は即答した。

 

「まてまてまて。いったい何の話だそれは? 人と竜の戦争? そんなん聞いたこともないぞ」

 

「…………」

 

 いや、まさか、冗談だろう?

 竜種は気まぐれに生き、ときに僕たち人間を無慈悲に殺し、そしてときに僕たちに狩られる存在だ。それ以上でも以下でもない。

それがまさか、人間のように戦争などと。竜が徒党を組んだとでもいうのか。そして人類に牙をむいたのか。もしくは、古龍が……?

 

「…………」

 

 彼女は僕を見たまま黙して語らない。いや、そうではなく、僕が質問に答えるか、また質問を投げかけるのを待っているのだろう。僕はかろうじて質問を喉から引っ張り出した。

 

「……戦争があったのか? 人と、竜の?」

 

「肯定します。再度質問。人類は大戦に勝利した?」

 

 即答。そして重ねての質問。軽く眩暈を覚えた僕は口をつぐんだ。

 ……真実なのだとしたら、これほど衝撃的なことはない。それは知った者のこの世界の見方を根本から変えてしまいかねない、凄まじい劇薬となるだろう。

 

 古代文明が滅びたのはその発展が早すぎたからだというのが定説だ。先代の人類は自滅への道を歩んだのだと。また、人間同士の大きな戦争、強大な古龍の襲撃も重なったことで、技術力も途絶えてしまうほどに衰退してしまったと、本で読んだことがある。

 古龍の襲撃は今でも稀にある。砂漠の町ロックラックはジエン・モーランという超巨大な古龍が数年周期で来襲してくることで有名だ。また、最近聞いた話ではタンジアの港近くの村で、ナバルデウスという古龍を一人のハンターが撃退したという噂もある。

 しかし、古龍や竜種の襲撃と()()とではわけが違うのだ。数も、時間も、予想される被害の大きさも、桁が違う。彼女は『竜の五割と人類の七割が死んだ』とさらりと言ってのけたのがその証拠だ。戦争であればあり得る話なのだ、それは。

 そういう説がなかったわけではない。しかしそれらは与太話として面白おかしく語られる程度に過ぎなかった。その与太話が核心を突いていたのだ。

 

「……知らんよ。人と竜が争ってたことすら僕は知らなかった。お前が言う戦争ってのは、恐らくとっくの昔に終わって、歴史にすら残らなかったんだろうな」

 

 あるいは、歴史としては残っているものの、一部の人間のみの間で秘匿されているのかもしれない……。僕は話しながらそう思った。

 洞窟内に沈黙が訪れる。少女が長考に入ったからだ。話し声が止んだ洞窟には、たいまつの焼けるぱちぱちという音のみが響いていた。

 

 洞窟の外からかろうじて届いていた日の光が弱まってきている。もうすぐ日が暮れるのだろう。そういえば今日はここを寝床にするはずだったが、今までのあれこれで地面が水浸しになってしまった。クエストのことも考えると、野宿するしかないか。

 彼女のことも無視できない。今は考え事をしている最中のようだが、同行を願うしかないだろう。全くの偶然だったとはいえ、目覚めさせてしまったのは僕なのだから。モンスターが闊歩するこの場に彼女を置いていくわけにはいかない。まあ、拒否されればそこまでだが。

 と、そのとき不意に

 

「…………本機はこれより、自己破壊処理を行います」

 

 今までと全く同じ口調で、少女はまたよく分からないことを言い始めた。いや、意味は何となく伝わったのだが、だからこそ、その意図が理解できないこともあるのだ。

 

「──はっ? 今、なんて言った?」

 

「繰り返します。本機はこれより、自己破壊処理を行います」

 

「自己破壊ってお前……要するに自殺だろ。どうしてそういう結論に至るんだよ」

 

「回答します。本機の対竜兵器としての運用は既に終了したものと判断されました。本機の再起動は廃棄処理が十分になされなかったためと考えられます。よって、設定に従い本機を破壊します」

 

 ……説明の意味をくみ取れたかは分からないが、自分はもういらないものだと判断したということだろうか。そして、自らの手で自らを破壊……死のうとしていると。

 彼女はそこに何の疑問も抱いているように思えない。冷静な語り口は、まるでそれが道理に適っているような感覚にさせる。

 しかし、その思考に追いつけない。自らの生き死にさえ関心がないかのように無表情に語ってしまうその姿に、僕は薄ら寒いものを覚えた。そこにいるのに、温かみがない。人の言葉を話すのに、無機質だ。

 兵器……人の使う道具か。案外本当にそういう存在なのかもな。

 

 その後もいくつか問答を交わしたが、彼女の思惑は覆らないようだった。

 

「……死にたいなら勝手にすればいいさ。生きる意志がないやつに付き合ってやるほど、僕はお人よしじゃない」

 

 そう言い放ったのは、そんな気味の悪さ……からではなく。僕の意思によるものだ。

 昔から、他人の決断に水を差さないようにしていた。自分が不利益を被るものであれば介入するが、基本的には静観に徹する。これまではそうであったし、これからもそうだろうと思う。

 信念ではなく、諦念でもない。それが僕自身で最も違和感のない立ち回りなだけだ。

 

 それが人の生き死ににまで適用されるかと言われると確かにそれは憂慮すべきことなのかもしれないが……今言ったとおりだ。生きる意志のない、自殺しようとしている存在を言葉で説得しようとするだけ無駄なような気がした。

 

「了承しました。これより自己破壊処理の実行に移ります」

 

 ああ、それと。少し腹が立っているのもあるのだろう。

 彼女のために費やした数時間は馬鹿にできない。なにせクエスト中なのだ。何事もなければ今頃は探索を再開していたはずだ。

…………。

 

 やがて、彼女の体の内側、人の体でいえば心臓のあたりが、ぼうっと淡く赤い光を宿した。胸の周りの空気が陽炎のように揺らめき、光が僕の肌をじりじりと焼く。

 まるで鍛冶場の炉が彼女の体に宿ったかのようだ。明らかに尋常な光景ではない。もう、()()()()()()()()()()()

 

 その熱は、彼女の言った通り、彼女の全てを破壊、いや融解し尽すだろう。

 僕の言葉をあっさりと受け入れて自己破壊処理というものを始める彼女を見て、僕は小さく舌打ちした。

 

「はっ……人が自殺する場なんか見てられるか」

 

 そう吐き捨てて、踵を返す。本心からの言葉だった。

 職業上、生き物の死には多く立ち会っているが、これから自らの命を絶とうとしている存在に出くわしたことはない。そして、望まれない限りはそれを見届けようとは思えなかった。

 

「本機は完全融解するため、周囲も非常に高温化します。一刻も早い退避を推奨」

 

 潔いものだ。とんだ茶番劇だ。出会ってから一時間程度で死別する。こんなもの、笑い話にすらなりはしない。

 僕はぎり、と歯を噛んだ。

 

「……ああ。そうかよ。──じゃあな」

 

 そのまま振り返らずに洞窟の出口へ歩き出す。

 洞窟から出れば、このまま彼女が死んでなかったことになれば、またいつも通りに戻る。やや出だしの遅れた狩りが始まる。

 

 所詮、この広大な森で、やや特殊な命が蘇り、また土に還るだけだ。そのサイクルを生きる自然にとっては些事に過ぎない。

 

 

 

「別れの挨拶と推測。……さようなら──あなたに感謝を。ありがとう」

 

 

 

 しかし、僕の背に彼女がそう声をかけたものだから、いよいよ僕は立ち止まってしまった。──感謝の言葉をここで投げかけるのは、何かの皮肉か。今まで全くそのようなそぶりは見せなかったくせに。

 なぜ、()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ」と声にならない怨嗟を吐き、急にこみ上げてきた激情を噛み砕く。──理性的になれ。自らの納得する結論が出るまで短絡的な行動を起こすな。

 

 自らがこれからしようとしている行動を、なぜそう思ったのか、自らの理念に反しないか、その後の可能性諸々を考慮し、高速で吟味しろ。

 その場で背を向けたまま立ち止まり、顔を顰めて思考する。そんな僕に対して不審に思い、再び彼女が声をかけようとする頃合いになったかというところで、結論は出た。

 

 僕の意志優先だ。こいつの自殺、止められるなら止めてみたい。

 

「……あー! くそっ! これだから僕は甘ちゃんって言われんだろうなぁ!」

 

 やけくそ気味にそう言い放ち、僕は再び身を翻して彼女のもとへと駆けた。既に彼女の胸元は赤熱化しており、その体を濡らしていた液体は湯気を立ち昇らせている。

 いきなりまた駆け寄ってきた僕に彼女は対処できない。僕は彼女を押し倒し、背中と膝に素早く両手を滑りこませ、一息に持ち上げてみた。

 ──寄りかかられたときに予測はしていたが、まあ重い。が、持てないほどではない。それと黒い鱗はやはり彼女から生えているようだ。背中に生えている鱗が腕の防具に当たって硬質的な音を立てている。

 そして僕はそのまま、洞窟の出口へと向けて駆け出した。

 彼女の身体は相当に高熱化しているのか、防具越しに熱が僕の体を焼いてくる。特に顔に当たる放射熱がひどく、息が詰まるほどだ。が、それも問題はない。

 

「なに、を」

 

 ようやく事態を飲み込んだのか、彼女がかろうじて声を上げた。まあ、確かに彼女から見れば狂行以外の何物でもない。僕自身も驚いているのだ。このような意志に従って行動していることに。

 容赦なく喉を焼く──まるでマグマのようだ──熱に声を枯らしつつも、僕は大声で言った。

 

「お前、結論出すの早すぎんだよ! 痛いの我慢して髪切り落として自由に動けるようになったくせに、そこから一歩も動かずに死のうとしやがって! 少しは外に出て足掻いてから決めろ! そして熱い! 自己破壊処理とやらを止めろ!」

 

「……了承」

 

 そんな僕の気迫に圧された……のかは知らないが、彼女はあっさりと僕の命令を受け入れた。胸の内側から溢れ出んばかりに漏れ出ていた赤い光が徐々に小さくなり、そこには先ほど見た通りの白い肌が映るようになった。……人間であれば大やけどを負ってもおかしくない温度だったはずだが。

 とにかく、手遅れにはならなかったようだ。まずは僥倖とほっとしつつ、僕は洞窟の出口へと向けて歩を進めた。まずは洞窟から出ること。それが第一条件だ。

 

 洞窟の出口は人を抱えた状態ではまっすぐに向かってもなかなかに遠かったが、お互いに言葉を交わすことはなかった。

 しばらく行くと壁からの反射光が僅かに見えるのみであった日光が強くなりはじめ、出口が見えてきた。そこから垣間見える雲の色は、燃えるように赤い。日没直前といったところか。

 僕は吹き降ろす風に抗いつつあと一息とばかりに駆け出し、彼女を抱えたまま出口へと飛び出した。途端にざあっと広がる夕焼け空と、それに照らされる大地に目がくらんだものの、間髪おかずに言い放つ。

 

「見ろ! これが外の景色だ! お前が言う1000年後の空と大地だ!」

 

 とにかく、彼女の今までの言葉を信じるのであれば、彼女には今の外の世界を見せてやるべきだと僕は強く思ったのだ。それが彼女の意志を覆すかは分からないものの、何かの作用が働いてくれると信じたい。

 壮大な光景というのは人生を変えるとは言わずとも、人の気分、心の状態を変えうる。草原地帯でモンスターの亡骸を背に、返り血を拭き取っている最中にふと見た地平線や、砂漠地帯で遭難しかけ、寒さに震えながらも見上げた星空というものは、今でも思い出せるくらい強い印象を残すものだ。

 

 それが兵器であると言い張る彼女にも当てはまるかは怪しい。それが何だというかもしれない。まあ、そのときは僕にできることはほとんどなくなったとみていいだろう。それなら多少は納得できるというものだ。

 結局、僕の中で折り合いをつけるための行為だ。こうしないと気が済まなかった。ただそれだけの話である。

 

 しかし、そんな僕の思考とは裏腹に、彼女は割と熱心に外の様子を見ているようだった。僕は彼女を地面に下ろす、と、彼女はその場に立った。どうやらその脚は飾りではなかったらしい。

 相変わらずの無表情だが、若干目が見開かれている。どちらかと言えば驚いていると言った方が近いか。しばらくして、彼女はその景色を見たまま僕に問いかけてきた。

 

「……質問。あの地面を覆う緑は全て樹木?」

 

「そうだな。木ばっかりじゃない。草花に竹も生えてる」

 

「重ねて質問。あの川の先にあるものは」

 

「ん、あれか? あれは海だ。なんだお前、海を知らないのか?」

 

「否定。本機は海のことを知っていますが、記憶との色彩の不一致がありました」

 

「んーと、つまり昼とか夜の海しか見たことがないのか……? あれは夕陽と、夕焼け空の光を反射してんだよ。言われてみれば、たしかにいつもの海の色合いじゃないよな」

 

 雲の切れ目から黄金色の光が漏れ出し、さらに背後からは蒼空と夜の闇が溶け込み、僕でもなかなかに見たことがないくらいの光彩が目の前に広がっていた。

 海は沈む夕日に向けて一本の道を示すかのように光の筋を引き、雲の赤色に照らされた森や草原はまるで自らが光を放っているかのようだ。

 渓流はもともと景観を見に観光客が来るぐらい自然が豊かで良い風景が見られる場所だが、こういった狩場、自然のど真ん中からそれを拝めるというのは、ハンターの特権なのだろう。

 

「……夕焼け……」

 

 彼女はそう一言呟いて、先ほどよりかは幾分か落ち着いた雰囲気で景色を見ていた。

 やや湿った風が僕と彼女に向けて下の方から吹き付けてくる。海風とかいうやつだ。彼女の髪がそれに吹かれてたなびいている。

 僕は彼女が飛び降りたりしないかさりげなく注意しつつ、彼女と同じように景色に見入り、そしてこれからの狩りに活かすためだ。抜け目なく狩場の地形を観察していた。

 

 日が沈んでしまうと、一気に夜闇が空を覆い始める。彼女が再び口を開いたのは、日没からしばらく経ってのことだった。

 

「樹木、海、空。全て本機の記録と異なります」

 

 記録……書物で得た知識なのか、それとも実際に見た経験なのかは分からないが、少なくとも千年前と今の自然の景色は異なるところがあるらしい。

 

「そうかい。感想は?」

 

「…………不明。本機に実装されていない感性であると判断しました」

 

 実装されていない感性、直訳すれば、今の景色に対して美しいとか、そうでもないと評価を下すための感覚が()()ということか。しかし先ほどまでの彼女を見ていると、とてもそうとは思えないのだが。

 

「その割には熱心に見てるみたいだがな」

 

 そう言うと、また彼女は考え事を始めてしまった。思うところがあったのだろうか。しかし、時間が時間だ。完全に暗くなる前に、野宿の準備くらいはしておきたい。僕は彼女の思考を遮るかたちで声をかけた。

 

「さて、改めて質問だ。お前、これからどうするよ?」

 

 その質問に、彼女は目を瞬かせる。そう言えばそうだった、とでもいった感じだ。そんな様子で自殺に走ったというのが信じられないのだが……有耶無耶にはできない。

 僕が沈黙を維持していると、やがて彼女は言葉を探すようにしながら話し出した。

 

「本機の自己破壊処理は却下されて……」

 

「もう止めないさ。好きにすればいい。あそこに戻って自殺するもよし、ここから出ていくもよしだ」

 

 そこは明確にしておこうか。

 僕のやりたいことはやった。そもそもが僕の我儘である。後者を選ぶならば介入したなりの責任を負うつもりだが、前者を選んでも先ほどよりは後腐れがない。それだけ彼女の意志は強固だったということだ。

 

「本機は……」

 

 ここにきて、彼女は初めて迷うような素振りを見せた。しかし、ここまで徹底して無表情だと楽しくなってくるな。

 生きるか死ぬかで迷っているのだとしたら、僕の行動の意味はあったということだ。──と、思っていたところで、突然彼女は立ちくらみを起こしたかのように力なくよろめいた。僕は慌ててその肩を抱く。

 そういえば、先ほどよりも顔に生気がなくなっている。まるで洞窟内の壁に埋まっていたころに戻っているかのようだ。何かあったのだろうか。

 

「ど、どうした?」

 

 問いかけると、彼女はその体の状態とは裏腹に、今までと全く変わらない強さの声で答えた。

 

「エネルギー不足。自己破壊処理は多大なエネルギーを消費するため。この状態から放置を行うことでエネルギー切れによる廃棄も可能です」

 

 つまり餓死ということか。なるほど、確かにそれはあるだろう。あの熱はなにもないところから生み出されていたわけではないのだ。彼女が自身を燃料としてあの行為を行っていたとするのなら、腹が減るだろうな。

 つまり、今の彼女には自殺などする余裕もないということだ。その腹を満たせばどうするかはわからないが……今それについて悩んでも詮のないことだ。

 

「そんなんこっちから願い下げだ。餓死なんて最悪の死に方のひとつだぜ。ちょうどいい、飯にしようじゃないか。なに、選択は腹いっぱいになってからでいいだろ?」

 

 とりあえずそう提案すると、彼女は「……了承」と言いつつ小さく頷いた。であればと僕は彼女を背負い、腰のベルトに取り付けた金具に、この洞窟にやってくるために使ったロープを通した。

 相応に太い幹に括り付けた頑丈なロープなので、僕が頑張りさえすれば彼女を背負ってこのまま降りていくことくらいはできるだろう。

 洞窟内は水びだしになってしまっているし、なにより彼女のためによくない気がする。少々危険だが、森の中で野宿するしかないだろう。

 

「それじゃ、腹ごしらえのために移動しますかね。詳しい話はそっからで、と」

 

「分かりました」

 

 そうやって声をかけあって、彼女を背負い、落ちないように手ぬぐいで僕の肩に回した両手の手首を軽く縛る。そしてロープ伝って崖からの下降を始めた。

 

 燃えるような夕陽とそれらを反射させた大地の輝きが、僕と彼女を照らしていた。

 

 





 お久しぶりです。はじめましての方ははじめまして。Senritsuです。 「こころの狭間」以来、モンハン小説に3年ぶりに戻ってくることとなりました。

 まずは、このあとがきを見てくださっている方々へ、第1話の読了ありがとうございます。
 よく調べもせずに勢いで導入したオリジナル設定だらけなので、原作設定と全然異なる部分が出てくるかもしれません。ただ、この心配事は「こころの狭間」でもしていた気がするので、問題ないような気がしてきた今日この頃です。

 そして、ひとつ申し上げておかなければならないことがあるのですが、現在、私は二作品同時進行状態となっています。
 どうしてもこの作品を書きたかったために、このようなかたちをとらせていただいています。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

 最後に、この小説は短編となる予定です。話数は二桁に届かない程度に考えています(追記:不可能であることが判明しました)
 完結目指して頑張ります。

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