洋ゲーFPSのキャンペーンを意識したウォーズ(戦争モノ)っぽい話になります。
9. 惑星リーチ~ハルゼイ博士の見解
惑星リーチ ONIソード基地
「真実は時に残酷なものです」
冷酷に事態を分析したのはデジャと呼ばれる強化超人計画のために用意されたAI。
立体映像はギリシャ神話に出てくる女神に近い。AI全てに言えるが姿かたちは自分自身で選んだものを使っている。
用途による違いはあるにせよ、プログラムに過ぎないAIに全く同一の個体が存在しない事実は、多くの研究者の頭痛の種であるが。
「じゃあ嘘をつけとでも? 彼らが真実を知ったときどんな行動に出るのかしら。リスクが大きすぎるわ」
「では薬物投与はいかがでしょうか? 」
机の上に置かれているタブレットに表示された記号を見たキャサリン・ハルゼイ博士はかぶりを振る。
「デジャ、前に似たような会話をした気がするわ」
「あの時はスパルタン-Ⅱ 候補生、厳密には攫ってきた子供たちの処遇を巡ってです」
デジャが過去を懐かしむような表情をする。ハルゼイにもずいぶん昔の話のように思える。
親から切り離され見知らぬ施設に拉致同然に連れてこられた子供たち。怯え切った眼をしていた子供は今や立派な大人、立派な兵士となっている。
「月日がたつのは早いものね」
自分で振った話題だが、今はその時ではないと気持ちを切り替える。過去を懐かしむことは後でもできる。
コン、コン、
ドアが静かにノックされる。
「どうぞ」
ハルゼイが了承の旨を伝えると
「お仕事中、失礼します。マダム」
扉が開きスパルタン-Ⅱのジェローム-092、ダグラス-042、アリス-130が入ってきた。
3人とも制服ではなくスパルタンの標準装備であるミョルニルと呼ばれるアーマーを身に着けている。このアーマーは着けたものの能力を高め、強靭な装甲とまとっているエネルギーシールドで装着者を守る。欠点は鋭敏に反応するため並みの兵士では耐えられないこと。負荷が尋常ではなく強化改造を受けたものにしか扱えない。
全員が部屋に置かれている物体を一瞥するとすぐさまこちらに目を向ける。興味がないわけではないだろうが任務は絶対だ。
「ずいぶん長い間調整されていたわね。体の具合はどう? 」
「問題ありません。先程軽い訓練もこなしてきました。全員正常です」
チームのリーダー格であるジェロームは言う。
「私はあなた達の次の任務を聞いていないのだけれど。どこにいくの? 」
その言葉を聞いた3人が気をつけの姿勢となる。ヘルメットも着けている完全武装の状態であるため迫力が尋常ではない。
「マダム。スパルタンレッドチーム、これより惑星アルカディアへ向かいます」
現在、戦場となっている惑星ハーベストではなくアルカディアへ? アルカディアは観光が主要産業でスパルタンが向かうような惑星ではない。
短期間で済むはずのハーベストでの戦いは上層部の予想を裏切り混迷を極めていると聞く。都市としての機能は破壊の限りを尽くされ、かつての栄華は見る影もない。そのような戦場に虎の子のスパルタンを送り込まないとは・・・
「理由を聞いてもいいかしら? 」
「機密事項に抵触します、マダム。残念ですが回答はできません」
「そう・・・・・・」
残念そうな顔をするハルゼイ。軍人らしいその姿勢に毎度のことながら感心するのと同時に子が自立する時に感じる寂しさもある。
「我々と同じくアルカディアに向かうUNSC戦艦ピラー・オブ・オータムに搭乗します」
『ジェローム、それくらいにしておけ。アルカディア防衛艦隊所属のUNSC艦ベルファスト、テキサス、アームストロングの準備が整った。君たちとオータムもそろそろ来てほしい』
今の通信に対し苦々しく舌打ちするジェローム。通信の主は意識していないが任務に次ぐ任務で疎遠となった育ての親と会話する機会を奪ったに等しいからだ。
「気を付けてね。ジェローム、ダグラス、アリス」
ハルゼイは静かな声でそういうと3人のスパルタンは敬礼しドアに向かった。出発を待つオータムのもとに急ぐのだろう。
そっけない態度だが育ての親のハルゼイには彼らが嬉しそうに笑っているように見えた。
レッドチームを見送った後、
「もう私の助けを必要としないのね・・・・・・そうそう薬品の件ね。それは危険なシロモノよ。確かに脳をマヒさせて記憶を失わせる事ができるかもしれない。でもこれは効果より後遺症を心配すべき薬よ」
強化超人計画。コードネーム:スパルタン。現在リーチにいるのはスパルタン-Ⅱとその量産型のスパルタン-Ⅲである。
子供たち、優秀な志願者を選別して造られたスーパーソルジャー。彼らは自分の論文に基づいた存在。
だがハルゼイは知っていた。自分が作り出した者以外にもスパルタンがいることを。厳密にはスパルタンという名が冠される前に計画凍結された存在が。
「私たちがやっていることよりはるかに残酷ね」
2人は培養タンクの中に閉じ込められている存在に目を向ける。
「あー、あうあぁぁぁぁぁぁぁ・・・いぃぃぃぃぃ」
ソード基地に搬送されてきた被験体-044。反乱軍の活動拠点を制圧したスパルタンノーブルチームから状況証拠とばかりに送られてきた人間・・・・・・のような生命体。
培養液は入っておらず、培養タンクは拘束用にすぎない。
「こんな精神構造見たことがありません。本当に人間なのですか? 外観は確かに人間の名残がありますが・・・」
酷い有様だった。至る所の肉が剥がれ落ち骨が露出している。火傷の跡にも見えるが高温にさらされたわけではない。
デジャがスキャン結果を見て首をひねっている。何度もスキャンし、その都度首をかしげるのは実に滑稽だとハルゼイは思ったが口には出さない。そのくらいの分別はつく。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! 」
奇妙な雄たけびをあげ、自身を覆っている強化ガラスをひたすら叩く。ダン、ダンと常人の数倍はあるかと思われる音が響く。
だが科学技術の粋を集め、宇宙船の部品にも使われるガラスはビクともしない。
実にユニークである。筋肉が焼けただれているにも関わらず関節が動いている。
スキャン結果によると、骨に直接ナノマシンが埋め込まれて、筋肉の代わりを務めているとのこと。成分解析からもはや骨ではなく骨に見えるナニかのようだ。
透明な素材も使われていて光を透過するとわずかに見える。微量ではあるがコーティングもされている。
「これは兵士ではなく、化け物を造ろうとしたけど失敗した感じね」
オオカミ男、吸血鬼、アンデットの伝説。人間の歴史の中には創作と呼ばれている逸話が数多くある。だが全てが創作とは言い切れない。
< 思い込み >
自分は動物に変身できる、自分は特別な存在だと思い込むことで人格が変わり凶暴になってしまうことが人間にはある。
ただの妄想癖と片づけるのは簡単だ。だがここに眼をつけた者達がいた・・・
「痕跡からして精神を取り出して新しい体に移植するつもりだったようです。人間の記憶をベースにAIを作り出す工程に似ていますが」
「人には無限の可能性が秘められている。でもこれは人間という種を否定した研究よ」
「人間が人間を否定するのですか? 神にでもなるつもりですかね」
嘲笑にも似た声色で指摘するデジャ。
「所詮は人間が作り出したもの、化け物にはなれないわ」
そう。どんなに化け物を造っても人間の掌の上の存在に過ぎない。
「人以外のものに移植するつもりなのは確かです。まあ拒絶反応は起こしますし、精神を作り替える発想もおかしい事では・・・アンデット? 何かの冗談ですかね」
「冗談ではないわ。彼らは伝説上の存在を自らの手で創りだそうとしている」
分析結果から推測すると精神の作り替えが主で肉体改造は2の次だったようだ。
「・・・この件で上層部は何と? 極々一般的なゲームですよ。少なくとも表向きは」
「許容範囲内の損失」だとUNSCのお偉方は言った。政府の・・・スカイネットも同じだった・・・
研究成果を横から分捕る気なのか、黙認か、この回答はそうとしか思えない。
「・・・そうでしたか。この件は拡散しています。いずれ生存者に薬物投与は必要となるでしょう」
デジャは答えを察したようだ。彼女も黒い一面を散々見ている。楽観視する材料は何1つない。
そして生存者という言葉を使っている。ほとんど助からないであろうと無意識に断言している。
「もう一つの懸念事項があるわ。だいぶ前からだけど」
一旦言葉を区切り、考えたことを整理する。この事実は完全に黒である。
「コヴナントが敵として出てくるらしいわ。思考ルーチンとか本物そっくりだそうよ」
「!! デルタ社はコヴナントにはさほど詳しくないはずですよ」
スパルタン計画に関わっていた頃はコヴナントは秘密のベールに包まれた異星人集団であった。個々の習性に関して調査中であり全てが手探りの状態だった。
コヴナントは惑星ハーベストを破壊した元凶。地球外生命体に襲撃された当初は敵の癖やテクノロジーが分からず敗退を続けた。当然その経験はトップシークレットであり一企業がおいそれと手にできる代物ではない。
単に敵として出てくるならわかる。情報統制されているとはいえ戦闘状態の敵勢力であり、噂はあっという間に広がってしまう。
だが個々の習性、コヴナントが操る武器に関して一般人が知る由もないはず。
真実が知られたとき大混乱が起こるだろうとハルゼイは覚悟を決める。凍結されたはずのスパルタン計画の一部、その一つが敵対しているはずの反乱軍の手に渡っている。
一般的なゲームとして多くの一般人を実験体にしている上に、トップシークレットのはずだったコヴナントの情報も流れている。
危険極まりない企業がスパルタン計画に加担していると知ったときは耳を疑ったものだが・・・・・・これでUNSC上層部に反乱軍のシンパがいるのは確実となった。
注意して行動しなければ。私たちは抹殺されるかもしれない・・・でもその前に義務を果たす。私たちの研究は人類のため。犠牲になった子供たちのためにも、このような研究を黙認するわけにはいかない。
「デジャ、全ての分析結果をコロラドに送信して!! 急いで!!! 」
「了解。機密レベル最上位で送信します。時間がかかりますが仕方ありません」
私たちがいるのはエリダヌス座イプシロン星系の重要拠点である惑星リーチ。ここから送信して地球に届くには無数の中継ステーションを経由する必要がある。
技術の進歩は目覚ましく通信の高速化が図られるのは素晴らしい事だが、お役所仕事は何時になっても進歩しない。機密レベルが高いと都度セキュリティチェックと上官の承認が必要で、どんなに速くとも地球に届くには数週間後になってしまう。
それだけならまだしも、その上官が不在や休暇中だと何日間も放置されることもザラである。
「仕方ないわ。機密レベルを下げた簡単な警告文を先に送信してちょうだい」
見られる前提の当たり障りのない文章になるけど、彼女なら察してくれるはず。
「ユグドラシルは危険よ。シェラ・・・」
地球にいる旧友に対して独りごちるハルゼイ。「スカイネットを信用しないで」と祈りながら・・・