遠くて近きは男女の仲   作:小方

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遠くて近きは男女の仲

(意味))
男女の仲は、何のつながりもない二人であっても、ふとした機会で知り合ったり、親しくなったりすることがある。男女の仲は意外と結ばれやすいことをいう。

類義語
合縁奇縁 / 縁は異なもの味なもの / 恋路は縁のもの / 遠くて近きは恋の路




遠くて近きは男女の仲

「たーだっいまー」

玄関の引き戸を叩きつける勢いで壊さんばかりに開き、調子外れの鼻歌混じりに銀時が帰って来た。また下のスナックお登勢で、酒を飲んで来たらしい。

たびたび家賃も飲み代も滞納するどうしようもない男だが、大家でもあるお登勢は文句を言いながらも、度々酒を飲ませてやっている。神楽にはそれが不思議だったが、口では悪く言っても結局は銀時を可愛いと思っているのだろう。

「おーい。帰りましたよー」

銀時が声を張り上げる。
夜半となり、町も人も寝静まった頃だというのに、気持ちよく泥酔している馬鹿は、隣近所や同居人への迷惑など、気にもかけない。
ついさっきトイレに起きて、再び寝床でうとうとしていた同居人の神楽は、そんな馬鹿を無視して、押入れの中で寝返りをうった。

銀時が自分を呼んでいるのをわかってはいるが、眠気には勝てない。神楽はまぶたを閉じた。

そうして玄関先から声を張り上げ続ける天パな家主の銀時を黙殺し、安らかな眠りに身を任せようとする神楽だが、それは許されなかった。


「うおーい。神楽ちゃーん。ただいまーってば。ねえー、神楽ちゅあーん。社長のお帰りですよー。ねえってば。神楽、神楽ちゃーん」


神楽の反応が無いことに向きになってか、ますます銀時が騒ぎ立てるのだ。やがて声を張り上げるだけでは足りず、玄関の壁をドンドンと叩きだした。

これにはさすがに神楽も寝ていられなくなり、モソモソと押入れから這い出して叫んだ。


「あーっっ。五月蝿いヨ。寝てられんアルっ」

「寝てんなよー。社長のお帰りですよー」


神楽は不機嫌に銀時を睨み付けたが、酔っぱらいは玄関の上がり口で大の字に伸びたまま、ヘラヘラと笑っている。

苛立った神楽は、問答無用で銀時の天パの右側頭部を平手で軽く張った。彼女は軽く叩いたつもりだったが、銀時の首はゴキリと鳴った。


「いっってえ。なにしやがる馬鹿娘。首が折れるだろうが」


軽く叩いたつもりでも、怪力無双の夜兎の腕力でやられれば、相当痛い。下手をすれば鞭打ち症になりかねないのだが、銀時の抗議を神楽はせせら笑った。

「この程度で、そんな太い首が簡単に折れるかってのヨ。だいいち馬鹿は銀ちゃんネ。明日は珍しく、朝から仕事が入ってんの忘れたのかヨ。社長なら、従業員を静かに休ませろや。ていうか、オマエもとっとと寝て、明日にそなえろヨ。ダメ人間が」

「あー。それ、お前と新八に任せるわ。俺、用事出来たから」

「はああ?」

「新台が入るんだわ。別に俺がいなくても大丈夫だろ」


行きつけのパチンコ屋に新しいパチンコ台が入ると聞いたから、明日はそっちへ行くと言う銀時の意識を、神楽は迷わず拳で沈めた。


「ふん。寝言は寝てから言うものネ」

風邪をひかれると厄介なので、廊下をズルズル引きずって銀時を和室に投げ込み、布団は敷くのが面倒だったから掛け布団だけを被せてやった。そうして自分も押入れに戻って、神楽は溜め息をついた。


「銀ちゃん、最悪ネ。トシとの落差激しすぎヨ」

(あーあ。また給料もらえなくなるアルか……)


銀時と土方の心が入れ替わっていたことには驚いたが、今は二人とも元通りになった。もう済んだことなのだ。

銀時がいつもの愛すべきマダオに戻ったことは喜ぶべきことで、こんな風に残念だと感じているのはおかしいことだ。それはわかっている。

しかし変わってしまった銀時に違和感を感じながらも、土方を銀時と思い暮らしていた時、神楽は満たされていた。その充実感が今も忘れらない。ただただ恋しかった。
殴り付けて気絶した銀時からは、酒といつもの甘ったるい匂いがした。銀時に戻ったのだから、それが当たり前なのに。もう煙草の匂いがしないことが寂しかった。

銀時と土方では嗜好どころか、仕事に対する心構えも生活態度も違い過ぎるくらい違っていたから、その落差にまだ慣れない。それだけのはずだ。

土方が銀時だったことが異常だったのだ。単に元に戻っただけで、いずれこの違和感にも慣れるはず。そのことを寂しいと思うのも、今だけだ。

神楽はそう考えて、自分を納得させようとした。

「もう寝なきゃ、駄目ヨ。明日は仕事があるんだからナ……」

いまだに戻し切れていない気持ちを抱きしめて、神楽は目を閉じた。









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