贋作でなく   作:なし崩し

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 時間をォ、時間をくれェ。
 このままハロウィンきても碌に出来んぞ!!


 ※完結から連載に変更。
 


終局・前

 遂にたどり着いた、魔術王の待つ領域。

 七つの特異点を駆け抜け修復し、多くの力を借り受けながらここまで至った。私自身がカルデアに参入したのは第二特異点からであり、そこから今に至るまでの激しい闘いの記録を知っている。

 マスターたちはそれぞれが強力な呪いにかかりながらも、彼らが持つ人徳や縁からその窮地を脱し魔術王の目論見を阻止して見せた。その際、マスターの片割れであるリツカからむず痒い視線を送られ、召喚を行う際には必ず隣に置かれて拝まれるという状況については未だに謎である。

 兎にも角にも、マスターたちは死を乗り越え此処に至った。

 数々の縁をつなぎ、力を借り受けて世界を救ってきたのだ。

 素晴らしいマスターたちと言えるだろう。

 問題があるとすれば、それは自分自身。

 

「マスターが言う、無くした記憶。本来ならば私にも閲覧できるはずのソレが、私には閲覧できない。あることは分かっているのに、そもそも見つけることすらできていない」

 

 恐らくは、自分自身で封印した類のものなのだろう。でなければ誰よりもジャンヌ・ダルクを知っている私が、私自身の記憶を見つけることができないはずがない。

 ただ、そう考えたところで違和感を覚えるのだ。いや、私以上に私を知っている人がいたはずだと。それが誰か、家族であったとは何となく理解できるのだが、父や母、妹ではないのも確かなのだ。

 何かが欠けている、そんな自覚が私にはあった。

 

「私は何を忘れているのでしょうか……っ、いえ、今はこの先の事を考えなくては」

 

 冠位時間神殿ソロモン。

 空を見上げれば、そこにあるのはまさしく星々が輝く宙だ。

 これだけならば美しい神秘的な光景だ。

 しかし、私の前には禍々しい柱を模した化け物が存在していた。

 

「あら、ぼやっとしている時間は終わったの? なら悪いんだけど手伝ってもらえるかしら。幾ら殺しても死なないものだから、手はいくつあっても足りないのよ」

 

「すみません。先ほどからどうも、記憶について気を取られてしまって」

 

 黒いローブを纏うキャスターに諭されて、今の状況を改めて認識する。この特異点にやってきてすぐ、魔神柱による襲撃があった。だが魔神柱など今更であり、これまでの経験を生かして即座に撃滅したのだが彼らが尽きることはなかった。

 特異点、その全てが魔神柱とも呼べる存在だったのである。彼らは常に総数を保ち続ける。詰まるところ、一度で全ての魔神柱を倒さない限り彼らは不滅だ。そんな戦力などなく、マスターも希望を失いかけた。

 そんな時、赤い薔薇と共に一人の皇帝が駆け付けた。

 これまでの旅路で得た、ほんの僅かな縁を辿って彼らは再びマスターに力を貸し、共に世界を救うために現界したのである。

 そして彼女は始まりに過ぎなかった。

 一人、また一人と特異点を共に駆け抜けたサーヴァント、加えて以前は敵として立ちはだかったサーヴァントまでもが次々に現界し始めたのだ。それはまるで流星のように美しい光景だった。

 これほどまでの絆を、縁をつなぐマスターが誇らしかった。彼らと共に戦い、こうして世界を救う一助になれると思うと、自分らしくもなく気分が高揚しているのが分かった。

 何より、私はなにかに期待していた。

 それが何かは分からずとも、期待していたのだ。

 期待を胸に、駆け付けてくれたサーヴァントと合流して魔神柱を叩く。その間をマスターたちが駆け抜けていくのを横目に見ながら、私の目は誰かを探しているようだった。

 しかし魔神柱を叩けど時間が経てど、期待の正体は分からない。戦いの中ですれ違った、天馬にまたがるライダーからは、「あぁ、白い方ですか。悪くはないですが、やはり個人的には黒が好みですね……」と言われる始末。

 どこか悔しく感じながら、その言葉の意味を反芻した。

 そこで得た、黒という単語を認識した途端、記憶がうずくのだ。

 おかげで戦いに集中できず、キャスターに諭される始末だ。

 視界の端ではマリーたちが懸命に立ち向かっている。ここで私が臆している場合ではない。これは世界を救う戦いであり、ここまで死と痛み、悲しみを乗り越えてきたマスターたちの正念場なのだから。

 ナベリウス、ゼパル、ボティス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイムの計九柱。これらすべてが私たちの敵だ。

 ジークフリート、エリザベート、清姫の三人が高火力の範囲型宝具で敵を焼き払い、討ち漏らしを小次郎とマルタが的確に始末していく。次の瞬間には再生している魔神柱をキャスターがまとめて拘束し、今度は天馬に乗ったライダーと、ランサーが地から大量の杭を射出、アーチャーの宝具が天より降り注ぎ敵を殲滅する。

 流れは順調だが、いかんせん敵の持久力が高すぎる。

 稀に打ち漏らしが出現し、宝具にも匹敵する一撃が放たれる。

 そんな時こそ、私の出番なのだ。

 

『我が神はここにありて』(リュミノジテ・エテルネッル)――――――!」

 

 宝具の輝きが、魔神柱の一撃を逸らす。

 その隙に宝具発動後の硬直から回復したサーヴァントたちが一斉に攻撃、魔神柱は再び消滅していく。

 

 ――それでも、魔神柱は変わらずそこに姿を現す。

 

「っ、キリがありませんね! すみませんキャスター、何か策はありませんか!?」

 

「あるわけないでしょう? せめて工房を作ることができればやりようはあったのだけど」

 

 マスターたちに先へ進めと言った手前、負けるわけにはいかない。

 旗を振り、魔神柱を切り裂いて前へと進む。周りでは私と同じようにジークフリートが、小次郎が、ゲオルギウスが剣を持って戦っている。

 時折飛んでくる意識外の攻撃を落としてくれているのはアーチャー、アタランテだ。またランサーであるヴラドも杭を壁にすることで攻撃と防御を同時に担ってくれている。

 他にもこの特異点にはサーヴァントがいたのだが、彼らはまた別の特異点の援護へと向かってしまった。この特異点でこの様子なのだから、その判断は間違ってはいなかったのだろう。

 

「とはいえ、贅沢を言わせてもらえるのならば留まってほしいところでしたねっ……!」

 

「ふ、それで他の戦線が崩壊しては元も子もなかろう。何、問題はあるまい。余は此度も護国の鬼将としてここにいる。そしてフランスを救済した聖女もいるのだ、負けはすまいよ」

 

「ええ、その通りです。それに、マスターたちは確固たる意志を持って前に進みました。この場所に至るまで、数々の難関を乗り越えてきたのです。では先達たる私たちがこの程度の困難に打ち負けるわけにもいきません。まぁ何が言いたいのかと言えば――殴っていれば勝てます、ええ」

 

「聖女マルタ!?」

 

 何だか聖女とは思えない発言がした気がして聞き返すも、既に彼女はそこにはいなかった。見れば勇敢にも単身で魔神柱の群れに突っ込み、手に持つ杖でそれらの一部をミンチへと変えていた。

 勇ましいその姿に驚きながらも旗を振るう。

 しかしやはり此方が劣勢か。総合的な戦力で言えば私たちの方が上ではあるが、相手の持久力が恐ろしい。幾ら敵を倒せても無限に湧き出てくるならば、やがて力尽きるのはこちらの方だろう。 

 

「えぇ、それでも粘って見せます。ここまでたどり着いたマスターたちに報いるためにも。彼らの未来を取り戻すためにも……!」

 

 例え手足を失おうと食らいつく。

 その最期の瞬間を見届けるまで――――!

 そんな時、ふと視線が奪われる。戦闘中に自分は何を、と考えて先ほどの自分の様子を思い出す。記憶の違和感に囚われていたあの時と同じ感覚。

 視線の先にあるのは宙。

 そこを駆ける複数の流星。

 向かう先は恐らく、マスターたちの元だ。

 そのうちの一つ、雷と共にある星が、私の視線を捉えてやまない。足がその方向へと踏み出しそうになる。行かなくては、もう一度会わなくては、言葉を交わさなければならないという思いが心の底から湧き上がる。

 でも、そんなことは許されない。

 今この場では多くの仲間が道を作るために戦っている。

 

「――――――――っ!」

 

 自分らしくもない大きな焦り。

 身を焦がす衝動。

 忘れてしまった何かが頭の中で脈を打つ。

 

「はあぁぁぁああああああああ――――!」

 

 それを誤魔化すために、自分を鼓舞して魔神柱に旗を突き立てる。彼らの驚愕と怨嗟を耳にしながらも、私の意識を占めるのはあの流星のことだけだ。

 どうやらどうしようもなく、私はあの流星に思い入れがあるらしい。正確に言えば、あの流星として現界したサーヴァントに。

 

「まさか、ジークくんなのでしょうか。いえ、ですが彼は……彼は?」

 

 記憶の混濁が見られる。

 いや、正確に言えば枝葉のように別れた様々な可能性が入り混じってしまっている。それは悲しい結末が占めているものの、中には一つだけ、たった一つだけど希望に満ちた可能性が見えた。

 多くを秘める悲劇の中で、一層の輝きを見せる記憶だ。

 触れようとするものの、やはりロックがかかっている。

 

「一体私は、何を忘れようとしたのでしょうか……あれ、というかジークくんの事は忘れていないし、この場合あの流星はまた別の?」

 

 結局のところ分からなかった。

 恐らくは全力でその記憶領域を封じたのだろう。

 そうでもしなければならない何かとは一体なんなのか。

 この戦いが終われば知ることができるのだろうか。

 そんなことを考えながら、この行き場のない焦燥感を魔神柱にぶつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 情けなくも、涙が止まらなかった。隣を見れば、兄もまた珍しく目元を赤く染めていた。その視線の先には、降り注ぐ眩い流星群が存在していた。

 魔神柱は常に総体を保ち、滅びることはない。彼らはカルデアに取りつき破壊をもくろみ、加えて私たちがソロモン王の元へとたどり着くのを妨害する。一柱でも強敵であるのに、それが七十二柱もいるというのだから絶望的だ。

 おまけに彼らは消滅しても復元される。

 どうあがいても私たちに勝ち目はない。

 ここまでたどり着くために力を貸してくれたサーヴァントたちが脳裏をよぎり、彼らの善意を無に帰す、私たちの旅路が無価値へとなり果てるのが悔しかった。

 煉獄から私を焚きつけてくれた、彼女の行為が無駄になる。認められない。マシュだってその命を削ってここまで来たんだ。今だって、カルデアにいれば僅かでも長く生きられたのに、全てをなげうってここにいる。

 負けられない。

 こんなところで、立ち止まっている時間はないんだ。

 そんな時、空から数多の流星が降り注いだ。

 カルデアを破壊しようと取りついていた魔神柱に、情熱の赤を纏った剣が突き刺さる。その剣を持ち、光に包まれた人影の姿が露になった。

 そこに立っていたのはセイバー、ネロ・クラウディウス。

 次々に魔神柱を切り裂く光から姿を現すのは、これまでの旅路で縁を結んだ英霊たちだった。彼らはほんの僅かな縁を辿って、ここに至った。

 見れば中にはかつて敵であった彼等の姿もある。

 

『真打登場! というやつだ! ここまでよくぞ耐えたなマスター(・・・・)! それでこそ余と共に駆け抜けた者たちよ。奴らが総力戦を仕掛けてくるならば、此方も受けて立つまでの事! 見よ、ここにいるのは皆、一騎当千の英霊たちだ。うむ、壮観であるな!』

 

 笑う彼女の背後には、多くの英霊たちが立ち並んでいた。彼らは一度だけ私たちに視線を向けた後、道を作るように背を向けて魔神柱へと立ち向かっていった。

 

『さて、では行くがよい、カルデアのマスターたち。ここは余たちが引き受けた。このような醜悪な存在に、お前たちの歩みを止めさせるわけにはゆかぬからな! なに、今の余は強いぞ? 歴代ローマ皇帝、そして神祖ロムルスと共にいる。これで滾らぬ者はおるまいよ』

 

 そういって彼女もまた敵を倒すために戦いに向かった。

 後に残された私たちが走り出せば、当然のごとく魔神柱が行く手を阻む。しかし同時に英霊たちが集結し、彼らを抑え込んでくれる。第一特異点で出会った英霊が、第二特異点でであった英霊が、各特異点で出会った彼らが道を切り開いてくれる。

 そうして神殿まであと一歩、というところまでたどり着くが、

 

『起動せよ、廃棄孔を司る九柱。即ち――――』

 

 ムルムル、グレモリー、オセ、アミー、ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン。彼らはこれまでの特異点には存在せず、それ故に彼らのいる領域と縁を結んだ英霊がいない。

 即ち、彼らは私たちが倒すしか道はない。

 玉座攻略を残したこの状況で、私たち二人がここに掛かりきりになるわけにもいかない。逡巡する私の背を押してくれるエミヤ、アーサー、クー・フーリン、ブリュンヒルデ。

 覚悟はとうに済ませたつもりだった。

 それでもやはり怖い。

 

「それでも、大丈夫。煉獄に落ちてもきっとまた、私を叩き出してくれる人がいるから」

 

 兄は一体何を、と珍しく私の意図を掴めないらしい。マシュは恐らく気づいたのか、はっとした表情で私を見ていた。

 兄のサーヴァントである白いアルトリアや山の翁は静かにうなずき、村正と呼ばれるエミヤと何らかの関連があるらしい彼は迷いを見せながらも兄を連れて前へと進み出した。

 

「え、まって、なんでリツカを置いて――――まさか……」

 

「うん、ここは私に任せて先に行け! だね。うん、二番煎じになっちゃうけど」

 

「いや、相手は九柱いるんだ、リツカたちだけで耐えきれるはずがないだろう!? せめてアルトリアか翁を――――!」

 

「大丈夫だよ、兄さん。ここには守護者がいて、聖剣の担い手がいて、ケルトの大英雄がいて、北欧の戦乙女がいるんだよ? そんじょそこらの相手には負けない。誰よりも一緒に戦ってきた私だから、自信を持って言えるよ」

 

 兄はそれを否定できない。

 私たちだからこそ、決して否定はできないのだ。

 

「――そんな風に言われたら、否定できないじゃないか……」

 

 誰よりも共に戦い、その力に救われてきた私たちだからこそ彼らの力を否定できない。信頼に値する人柄と、その力を私たちは知っているのだから。

 

「必ず勝つよ。必ず――――未来を取り戻す」

 

「うん、私の分までよろしくね。私はここで、兄さんが勝つのを待ってるから」

 

 兄の背を一人見送る。

 既に私の傍にはエミヤしか居らず、他の三人は魔神柱と戦闘を繰り広げている。魔槍が魔神柱を縫い留め、巨大な槍が上から彼らを貫いた。そこに降り注ぐのは聖剣の光。

 それでも次の瞬間には九柱全てが再生しているのだから恐ろしい。

 

「まったく、中々斬れないものを相手にしてきたことはあったけど、斬れるのに倒せない敵というのも珍しいね……!」

 

「はは、お前さんは初めてか? 俺はまぁ師匠で何となく慣れてるからなぁ……」

 

「困ります。そのような雄姿を見せられては、私――――」

 

 各々が力を振るい、魔神柱をなぎ倒す。

 エミヤは私の傍に立ち、私を護衛しながらも卓越した弓術で魔神柱の行動を阻害、味方のサポートに徹している。

 

「歯がゆいが、私には一柱ならまだしも奴らを一掃できるほどの能力がないものでね。いや、宝具さえ開帳できれば可能性はあるが、それではマスターを守れない。あぁ、足手まといだと言っているわけではない。マスターがいてこそのサーヴァントだからな。守護者として力を求めても、結局私はこの程度かと嘆いていただけさ」

 

 そういいながらエミヤは弓を放つ。

 彼はこれまでの旅路で少し変わったように思える。彼の過去はあの旅の中で聞いた。同時に、だからこそあの時エミヤは、と納得もいった。

 召喚したばかりの頃のエミヤは皮肉屋だった。

 それでも時間が経つにつれて彼の人柄を理解できて、何より彼自身の笑顔が増えた。多くのサーヴァント、特にアルトリアたちに囲まれる彼は困ったように鍋を振るい、それでも結局最後にはその食べっぷりに笑っていた。

 村正が来てからは、素のエミヤが出るようになった。

 イシュタルと出会ってからは、翻弄される彼が見えた。

 ランサーとは相変わらず犬猿の仲で、らしくもなく熱くなるエミヤがいた。

 そして、ジャンヌ・オルタを見て彼の在り方が少し変わった。死後、英霊となった身だからこそ自由に動いた彼女。生前には成せなかったことを成そうとするその姿にエミヤは影響を受けたのだと言った。

 一人の為に全てを敵に回したオルタ。

 大の為に小を切り捨てたエミヤ。

 大多数に裏切られたからこそ、理解の得られる仲間を作り目的を果たしたオルタ。

 親友に裏切られ、それでいいと終わりを見たエミヤ。

 

『あぁ、素直に言おう。私は彼女が羨ましかった。いや、少し違うか。私は彼女のような仲間を得られる機会を得ていながら、それを棒に振った愚か者だと自覚した。確かに私には大切な人々がいたはずなのに、正義の味方を目指すあまり、身近な人々を忘れてしまった』

 

 彼はそう言って目を伏せた。

 

『きっと、彼女なら言うのだろうな。身近にいる大切な者の幸福すら守れないものが、正義の味方に至れるはずがないと。そして私は持つべきだった。たった一人でいい。同調し私と共に進むものではなく、諫めてくれる唯一を。止めてくれる一人を』

 

 もっとも、生前の私が切り捨てたのだがね、と自嘲するように笑った。

 それから彼は、私にどう自分が動くかを相談してくれるようになった。自分を犠牲にするようなものが多くあったから切り捨てれば、どこか不満そうにしながらも一考する。

 そしてその後、また一つ提案を持ってくるのだ。

 小を切り捨てて大を拾う。その性質は簡単に抜けるものではなく、そういったものも中にはあった。それを否定すれば、ではどうするかを聞かれ、私が困っていると周りから英霊たちが集まって、あーだこーだの論争が始まる。

 そして結局、皆で泥まみれ傷まみれになりながら、全て救い出すのだ。

 

『あぁ、分かっている。英霊だからこそできたことだ。それでも生前、あの時代ならば、英霊の力は必要なく、人間の力で乗り越えることはできたのだろう。泥臭くあるが……思えば、素晴らしい結末だったのだろう』

 

 イシュタルが来てからはさっぱりと彼女が切り捨て、呆然とする彼をよく見る。同時にガミガミと怒られ根性を叩き直すと連れていかれる彼にかつての面影はない。あるのは私の見慣れない、ポカンとしたどこか少年じみた表情だ。

 彼はきっと、変わることが出来たのではないだろうか。

 昔の彼を知っている人ならば、戻って来たとも取れるのかもしれない。

 今の彼は一人ではなく、仲間がいる。

 信頼に値する、英雄たちが傍にいるのだ。

 

「ああ、その通りだマスター。私自身の非力は嘆かわしいが、幸いなことに火力に関してトップクラスの仲間がいるものでね。おまけに逃げ足の速い猟犬もいる。ならば役割分担だ。今の私に倒す力はいらない。マスターを守り抜く力さえあればいい。私は私に出来る全力を尽くすのみだ」

 

 赤い弓兵の背は、頼もしいものだった。

 

 

 

 それからしばらく戦いは続く。

 致命的なダメージを此方が負うことはないが、相手にも致命的なダメージは与えられていない。というか、与えたところで無かったことになる。今では倒す方向ではなく、足止めをメインとしているくらいだ。

 それ程までに此方の消耗は激しかった。

 傷を負いながらも足を止めず戦う彼等だが、限界は必ずやって来る。私を守っているアーチャーにも負傷が目立ってきた。つまるところ、前衛を抜いて此方まで攻撃が届くようになりつつあった。

 あともう一手。

 その一手が届かない。

 兄は無事かと神殿の方を見れば、膨大な魔力が嵐のように吹きすさんでいる。あの中心にいる兄たちはどうなっているのか知る由もない。

 ただ、今すぐ片が付くということはないだろう。

 諦める気はないが、気持ちは徐々に負けていく。

 気力だって無限じゃない。奮い立たせるには限界がある。

 それでもまだ負けずに立っていられるのは、これまでの旅の中で鍛えられてきたからだ。諦めなければいずれは報われると知ったからだ、信じることが出来たからだ。

 彼らの奮闘は続く。

 魔神柱の攻撃の手は緩まない。

 徐々に戦線は下がり、危険な領域へと至る。

 

『滅びるがいい、最後のマスター。ここには、我らには何もない。未来、過去、因果、希望、人の名付けた神という奇跡さえ。あらゆるものが無価値となったこの場では、全てが不要だ。膝を折り、顔を伏せるがいい。絶望すらも不要。この場において、貴様らを救い上げる者はいない――――』

 

 魔神柱の一撃による余波が私を襲う。

 地面を勢いよく転がりながら、頭を守る。がっという衝撃と共に体は止まるが、体中を走り回る激痛がやまずにうめき声となって宙を漂う。

 

『最早、貴様らの声に応えるものはない――――』

 

 その瞬間の事だ。

 空に響く高笑い、視界を焼く雷光。

 いつぞや兄に聞かされた、一人の復讐者の話。

 彼は高らかに笑い、その背で希望を語るのだ。

 

「ふ、はは、ハハハハハハハハハハ! 笑わせるな、魔神ども! 貴様ら如きに語られるほど、その娘は安くないぞ。なに、その娘はよく知らんが、その兄はよく知っている。あの傑物の妹であるならば、きっとソレも絶望に屈することはなかろうよ!」

 

 ジャリ、という足音が私の前に立つ。

 

「例え娘が屈しそうになろうとも、それをさせん女が確かに存在している。あれは生中な絶望などぬるいと一笑するだろう邪悪な魔女だ。そんな魔女と縁を結ぶこの娘が俗物であるはずもない」

 

 彼の名は巌窟王、エドモン・ダンテス。

 かつて兄を呪いから救い姿を消した、復讐者だ。

 

「さて、では俺は消えるとしよう。俺はその娘を助けに来たのではなく、我が共犯者を笑いに来たのだから。それは、巌窟王たる俺の役目ではない。……この俺を運び屋として扱ったのだ、精々踊れ、竜の魔女!」

 

 そういって、彼は雷光と共に消えた。

 きっと兄の許に向かったのだろう。

 見れば、空から幾つもの流星が、この領域に降り注いでいた。

 

『馬鹿な、この領域には縁を結んだ英霊など――――!』

 

 魔神柱が驚愕の声を上げる。

 

「ええ、確かに。ですがこれは貴方たちのミスです。何せ七つの特異点以外に、英霊と縁を結ぶ機会を与えてしまった。故に、貴方たちの敗北が決定されたのだから」

 

 その声と共に、全ての魔神柱が炎に包まれた。

 一度ついてしまえば消えることのない、そのおぞましい炎はよく知っている。あの時も私を煉獄から救い上げてくれた、一人の復讐者のものだ。

 続くは雷鳴。

 降り注ぐそれは、一人の女と共にやって来た。

 

「ふふふ、私は信じていましたよ、リツカさん。貴方たちならばここまでたどりつくことが出来ると。金時がいないのは残念ですが、母として、良いところを見せなければなりませんね!」

 

「まぁ頼光が出張っとるし、めちゃくちゃにしたいとこやけど、人界が無くなるのは見過ごせんしなぁ。魔神柱をつまみに、酒でも飲むとしよか」

 

「うむ、人間は使いよう。それを吾は知った。というわけで滅ぼされては甘味が食えぬ! ふはははは、此度は救ってやるから菓子をよこせ――――!」

 

 更にやって来る英霊たち。

 彼らは七つの特異点以外で関わりを持った英霊たちだ。そんな彼らまでもが、細い縁を辿って、この領域まで手を伸ばしてくれたのだ。

 エミヤなど、空から現れたイリヤを見て愕然としている。

 そしてその隣にいるクロを見て、考えるのをやめたらしい。

 とある特異点で出会ったが、そう言えばカルデアに来たのはクロだけだった。彼女が来た時でも呆然としていたものだから、イリヤの存在を伝えていなかったのだ。まぁカルデアにはいないし、いいかと。

 結果、クロについてだけの説明に終わっていた。

 しかしそんなクロと一緒にイリヤがいることから、事情は把握したのだろう。彼の目に光が戻るのは何時になるか分からないが。

 

「まったく、呆ける余裕があるとは驚きですね。そんな暇があるなら、精力的に働いてもらいたいものです」

 

 背後から聞こえる声は、嫌でも忘れられない。

 私たちの仲間である、ジャンヌと同じものでありながら、違うもの。

 

「……呼んでも来てくれなかったくせに」

 

「ええ、私はひねくれ者ですから。呼ばれて素直に行くほど、純粋ではありません。そもそも、呼ぼうなどと考えるなと言っておいたでしょうに」

 

 私にそう返しながら、彼女が横に並んだ。

 その瞬間、表現しがたい感情が体を突き抜けた。

 今までは背を追いかけるか、背負われるかだった自分が、二本の足で彼女の横に立てている。嬉しいのだろう。それ以外にも、様々な感情がごちゃまぜになっていた。

 

「おやおや、相変わらず罪つくりな人ですね。これは引率としてついてきて正解でした」

 

「……あの、近づかないでもらえますか? 貴方の笑みは信用なりません。ええ、別に『私』を散々いたぶってくれたなとか、そんな恨みつらみはありませんが」

 

「あはは、今は遠い可能性のことは捨ておきましょう。大切なのは今、なのでしょう?」

 

 さわやかな笑みを浮かべて、天草が姿を現した。

 そんな彼に対し、オルタはどこかトゲトゲしく、私たちの知らないところで面識があったらしい。

 

「チッ、相変わらずいけ好かない。アサシンはいないのですか?」

 

「……? 何故ここで彼女が出てくるのですか?」

 

「これだから腹黒は。分かっていてやっているのか、それとも素なのか。……いえ、この場合は素ですか。本当に質の悪い。申し訳ありませんが、貴方に構っている暇はありません。どうも、馬鹿な『私』が待っているようですから」

 

「……その連れなさも相変わらずですね。どうです、これが終わったらお茶にでも行きませんか? そこで彼女の弱点でも教えてください。盛大に煽ってみせますから」

 

 ニコニコと笑う天草に対し、オルタはため息をついている。ああ、苦労しているんだなぁ、厄介なのに目を付けられたんだなぁ、と少しばかり同情してしまった。

 

「取りあえず、そこの聖職者モドキはおいておきましょう。幸いなことに、単純な武力から絡め手まで、使える戦力が揃ってます。相手は不死身と言ってもいい。なら、取る手段は一つでしょう。不死身を殺すなど、効率が悪すぎますからね」

 

 邪悪な笑みを浮かべたオルタは、旗を地面に突き立てる。

 新たに手に取ったのは、黒く染まった一本の剣。

 

「では、賢く戦うとしましょうか。手始めに――磔でもいかがです?」

 

 そう言って嗤う彼女に、ちょっとキュンときた私は手遅れかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 




 

 終局は前・後の構成になりそうです。
 もしかすると間に中が入るかもしれません。

 申し訳なくも、感想返しについては時間があるときに!
 

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