贋作でなく   作:なし崩し

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書いたら出ると聞いて……


第一特異点オルレアン
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 憎い。

 憎い、憎い、憎い。

 こんなにも人を憎んだのは初めてである。

 

 熱い。

 熱い、熱い、熱い。

 こんなにも苦しいのは――十数年ぶりか。

 

 私たちを取り囲むのは、『私』が救いたくて、守りたかったはずの民草ではない。『私』がその命をかけて守ろうとした故国は、私たちを裏切った。ほかの仲間たちを救い出す中で、ただ一人、私たちだけが取り残され売られたのだ。

 挙句の果てには体の自由を奪い、大衆の前に晒されている。そんな私たちの前で朗々と耳うるさい声で語るのは、イングランドに尻尾ふる忌々しい聖職者。

 奴が私たちを魔女だと言えば、大衆はそれが真実だと受け取り石を投げる。その中には、戦場に立ったこともないだろう子供までもが含まれていて、悪魔だの魔女だのと叫びながら私たちを指さしている。

 どうして私たちだけが。そんな仄暗い思いが燃え盛り、憎悪の炎へと変わっていくのに時間はかからなかった。

 これが、人か。

 自身の身に関わることであれば大きな流れにすら逆らうくせに、それが自分に関係がなければその流れに流される。挙句の果てに、自身の内に溜まる仄暗い思いを他人にぶつけ醜悪さをまき散らす。そしてその流れに、また一人と流されることを選ぶのだ。

 

 ――分かるか『私』、これが結末だ。

 

「…………ええ、分かっていますよ」

 

 衆人の声にかき消されるような小さな声。

 それは私がこの世に生を受けてから、一日も欠けずに共に歩んできたもう一人の『私』の声だ。

 

 

 始まりは、とある農夫の家に生まれ落ちたその時から始まった。 

 かつての私は別の時代、別の国で人生を終えた何者かであった。その人生が幸福に満ち溢れていたものであるかなど最早欠片も覚えてはいないが、自分は死んで生まれ変わったことだけは明確に理解していた。

 問題は山のようにあった。

 そもそも赤ん坊であるはずの私にすでに自我が芽生えていること。加えて赤ん坊らしく振る舞うにはどうすればいいのかがわからなかったこと。それはそうである、赤ん坊のころの記憶など生きていたとしても覚えてはいない。それにあいにく、自分に子供がいたかもわからなかったのである。

 しかし、この問題はある意味で解決した。

 ふと自分の体が泣き叫んでいることに気づく。ところが私は困惑こそすれど悲しみなど感じてはなく、それこそ泣きたいほどの感情を今のところ持ち合わせてはいなかったのである。となれば、今泣いているのは『誰』なのか。

 疑問はすぐに氷解することとなる。

 

 私に、この体を動かす権利など存在しなかったのである。

 いくら動かそうとしても体は動かず、私の意志に反して泣き叫ぶ。まぁ、半分分かってはいたのだ。赤ん坊のくせに自我が芽生えているはずがない。あるとすれば、赤ん坊の中に自我を持つ何かが憑依している、そんな可能性。

 理解した私は拷問のような状況に、神様とやらを呪った。

 それから暫く、夢でも見ているかのように、赤ん坊の目を通して小さな世界を眺め続けた。

 そんなある日のこと、遂にこの体の持ち主とのコンタクトが取れたのである。

 おぼろげながらも記憶に残る、いずれ聖女と呼ばれる――

 

 ――ジャンヌ・ダルクと。

 

 そこから私たちの日々は始まった。

 驚く彼女と、久しぶりに誰かと声を交わせることの喜びに舞い上がる私。時に彼女は私の境遇に同情し、どうにか体の支配権を一時的にでも譲ることはできないのかと模索し始める。君は馬鹿かと止める私に、頬を膨らませる彼女、そんな光景が何日も続いた。

 

 ――この体は私のものじゃない。

 

 ――いいえ、この体は私と私のものです。こうして共にあるのだから。

 

 頑なな『私』と、呆れる私。

 この頃になると私も慣れてきたのか、彼女を中心に俯瞰的に景色を見下ろせるようになった。もしかしてこのまま距離を取れば、彼女の体から出ることができるのではと挑戦してみれば100mほど先で壁にぶつかり強制的に彼女のもとへと舞い戻った。

 すると何故かあわあわと挙動不審な彼女の姿。

 

 ――ど、ど、どこに行ってたんですかー!

 

 声をかけても返事がないので私が居なくなったと思って探していたらしい。

 かといって彼女は私が見えているわけでもないのでどうすればいいのかと混乱していたとのこと。微笑ましくて思わず笑ってしまった。家に帰るまでは頬を膨らませて怒っていたが、母の食事を口にすれば瞬く間に笑顔を取り戻す彼女はどこかまぶしく見えた。

 そんな健啖家で思いのほか見た目以上にわんぱくな彼女は、見ていて飽きはしなかった。

 干し草の上で気持ちよさそうに眠る彼女は、このまま穏やかに人生を歩んでいくのだと、信じてやまなかった。

 

 

 ……『私』が、私には聞こえない神の声を聞いたその時までは。

 

 ――主の、主の声が聞こえたんです!

 

 『私』が12を迎えた頃の話だ。

 唐突にそんなことを言い出して、当時の王太子をランスに連れて行くと走り出した。唐突な行動はいつものことではあるが、今回ばかりはその行動になんの意味があるのか理解することができなかった。私には神の声など欠片も聞こえてはいなかったのである。

 何か患ったか、そう思いながらも最後は『私』の父と母がそれを止めるだろうと楽観視していた。

 

 結論から言えば、『私』は止まらなかった。

 

 いきなり村を飛び出そうとした『私』を父と母は止めた。

 そして両親は『私』にその理由を尋ねた。

 

 ――どうか、私を行かせてください。王太子をランスまで送り届けなくては!

 

 両親と『私』の話し合いは夜が明けてもなお続いていた。ここに至り、ようやく私は理解し始めた。『私』を突き動かすものが、病ではなくもっと大きなモノであると。同時に、このまま話し合いが続けば父と母が折れてしまうと。

 そして私の予想は当たってしまった。

 父と母はあまりにも必死な娘の姿を見て心を打たれ、遂には『私』が家を出ることを許してしまう。それでも16を超えるまでは許さないと制限を付け加えるあたり、父と母の不安は見て取れる。そのおかげか『私』も静かにそれに同意した。

 

 そこからは『私』と私の戦いである。

 行くな、いや行く、行くな、それでも行く、そんな繰り返し。一時期なんて『私』が私を無視し始め、流石にブチ切れた私もまた一言も話しかけることをやめたりしたこともあった。一言も話しかけなくなった私を不信に思った『私』が話しかけても私は無視。

 するとグズグズと泣き始めたのでもうどうしようもなかった。いなくならないでとか、戻ってきてとか、私の良心に殴り込みをかけてくる。最終的に折れたのはやはり私で、ぶっきらぼうにしか返せない大人気のなさに嫌気がさした。

 同時に考えるのだ。朧げに残る私の記憶に記された、聖女の最後。その悲惨な最後を回避する方法を。言って聞く娘ではないことは、ここに至るまでに理解した。彼女の両親は愛国心も強く、『私』の愛国心に賛同してしまった。かといって私が言っても『私』は止まらない。

 最後には悲惨な結末が待っていると脅しても。

 死んでしまうぞ、と嘆いても。 

 

 ――なら、私を私が守ります。 

 

 なんていう始末である。返事になっていない。

 だから、『私』と仲直りした私は、一つの誓いを立てた。

 

 ――自分の大切な人を悲しませないこと。

 

 自分が正しいと思って行動した結果、誰にも望まれていないような結果にはならないように。自分の行動の結果が、自分だけではなく、主だけではなく、民の笑顔につながるように。愛を教えてくれた家族の笑顔を歪ませてしまわないように。それが私と『私』の唯一の誓いだった。

 やがて16となった『私』は、未だに私には聞こえない主の声とやらに従って親類を頼りついにヴォークルールへと足を踏み入れたのである。それからの流れは、やはり私がおぼろげに覚えている歴史と同じ道をたどることとなった。

 戦場を駆け抜け、どこか険のある視線で見られていた『私』が戦果を挙げ人々を見返す。やがては『私』が起こす奇跡にひかれて多くの人々が彼女の元へと集まった。時には先走ることもあったが、私との誓いもあってか何かを噛みしめるように引き所を見極めた。

 大きな流れこそ歴史と変わらなかったが、些細な部分での変化はあった。やがてはそれが積り積もって大きな変化へと変わることに期待しながら、私は『私』とともに戦乱の中に身を置き続けた。

 

 そして、比較的どうでもいいことかもしれないが、私が『私』の体の主導権を得られるようになっていった。最初こそまるで私が『私』を侵食し乗っ取っていってるような不気味さに襲われたが、実際のところはただの杞憂であった。条件が明確に決まっていたのである。それは単純に、『私』の意識が失われ深く眠っているとき。頭に石が当たって気絶したり、夜の最も眠りの深い時間などがそうである。

 

 それを『私』に伝えれば彼女は自分のことのように喜んだ。

 もちろん私は馬鹿かと『私』をなじった。

 明らかに異質な出来事であるのに、『私』は危機感の一つも抱かないのである。この調子では、最悪の未来を回避することは難しいと理解した。彼女は自覚していないのだ。自分になにかあることでどれだけ多くの人が、例え多くなくとも、悲しみを抱き嘆くのかを。

 それが私に決意を促した。

 夜の深い時間、『私』の疲労が少ない日を狙って体の支配権を得る。そこら辺のボロ布を重ねて被り、自分の正体を覆い隠す。幸いなことに私は『私』と違い多くの戦士を見る機会があった。『私』が戦う中で背中の視界をカバーしながら、一騎当千の将の戦いを見てきた。

 そして私には時間があった。空間があった。

 『私』から100mの制限はあるが、障害物はない。彼らの動きをトレースし続け、仮想敵を想像し続け、体を動かした。そして遂には一時的に肉体を得た。ならばやることは白兵戦能力を向上させること。体が覚えこむように、彼らの動きをトレースし組み合わせる。より『私』に適した動きに調整しつつ、私自身の練度も上げていく。

 こっそりと辻勝負を兵士に挑み、練度を軽く確認する。勿論、『私』にも兵士にも翌日に響かない程度にだ。

 そうして剣の腕を鍛え、『私』の生存能力を大幅に向上させた――つもりだった。あろうことか『私』は主要武器を旗に変えたのだ。こっちのほうが長くていいと言って、刃をその先端に取り付けて。剣など腰にぶら下げる飾りと化した。ふざけるなと喚いた挙句ふて寝した私にも同情の余地はあるはずだ。

 旗を持つ聖女などと呼ばれていても、武器まで旗にすると誰が思うか。

 

 やがて聞こえてくる、ジャンヌ・ダルクの詩。

 旗を持つ聖女。

 オルレアンの乙女。

 耳障りな通り名だった。

 焦りが私を蝕んだ。

 結局、史実と大きく変えられたという実感がなかったのだ。そもそも史実を詳しく覚えていないが、それでも大筋はその通りに進んでいると私の本能が叫んでいた。

 この程度の変化じゃなにも変えられない。

 そう言われているような気分だった。

 

 そしてある日の夜。

 おぞましいほどの悪寒に襲われて、反射的に体の主導権を奪っていた。そのまま陣地の外に出て、ドンレミがある方向へと駆け出した。この期を逃せば後はない。『私』ではないが、そんな啓示を受けたような気持ちだった。

 しかし、ここでも『私』が私を阻む。

 

 ――ダメです。

 

 いつの間にか、『私』が目を覚ましていた。

 最早私の意志では動かない体を見て、この体の持ち主が私ではないことを改めて自覚する。その事実が、今更になって私を打ちのめす。いっそのこと、『私』が喜んでくれていたように、主導権が私にも移っていればよかったのにと仄暗い思いが胸を占める。

 

 ――私は、死にたくない。

 

 ――大丈夫です、死にませんよ。

 

 いいや、死ぬ。私はそれを『私』のいう主以上に知っている自信がある。そう告げれば『私』は複雑そうな表情を浮かべた。今日が唯一のチャンスなのだと伝えても、彼女は揺るがない。自分がその場にいないことで犠牲になる人々がいる可能性がある限り、そういって『私』は来た道を戻っていく。

 

 ――『私』がその場にいることで傷つく人々がいてもか。

 

 最後の問いかけだった。

 これで止まらないなら、もう止められない。

 そして――――『彼女』は止まらなかった。

 

 ――ごめんなさい、私。それでも行かないといけません。多くの仲間と約束をしました。共に戦いフランスを救おうと。私を守ろうとして命を散らした者もいます。今、私が止まることは、できません。

 

 ――その結末が死であっても?

 

 ――例え死であっても。でもやっぱり、私は死ねません。

 

 なんでそこまで戦いの中に身を置こうとするのか。そこまでして顔も知らない誰かを救いたくてしょうがないのか。そして何故、自分は死なないなんて言いきれるのか。

 

 ――口に出せば叶うっていうでしょう? それに、私は……

 

 あまりに馬鹿らしい回答。しかし、それがあまりに今まで通りで、彼女らしくて、もう説得の言葉をかけるのも馬鹿らしくなる。それこそ、かつてドンレミで共に過ごした日常の様に。

 その頑なさは、家族そろってこういうのだ。

 『ジャンヌは城塞のごとき心を持っている』と。

 ため息が一つ。同時に、私を覆う黒く重い泥が流れていく。

 もう好きにしてくれと笑いながら言えば、彼女も笑う。

 

 そしてその後に彼女が何か続けようとすれば、敵襲の鐘がなる。

 これが最後になるとわかっていながら、私にはもう『私』を止めることなんてできなかった。その時になってようやく、父と母の、家族の想いを理解したのだ。ああ、『私』に不器用だと言いながら、私も大概であった。

 

 

 

 

 そして『私』は、史実通りの結末を迎えた。

 苦渋に満ちた生活を送り、人の尊厳を傷つけられる『私』を眺めることしかできない私が恨めしかった。どいつもこいつも流されるばかりの倒木のようだ。それでも『私』はどこか満足そうに笑っていた。

 また、偶に来る学者モドキが語れば『私』は眠り、仕方なく私が表に出て論破する日々。なんで自分の名誉がかかる場で眠れるのだろうか。いつだって、どんな状況だって『私』は弱音を吐きはしない。まさに城塞のごとし。

 やがて拷問に近いソレは終わり、処刑の場へと移る。

 これでようやく終わる。ボロボロの『私』を見ながら、早い終わりこそが救いになるとすら感じ始めていた。だが私も認識が甘かったのだ。人間の悪意というものが、どれだけ醜くどれだけ自分勝手なものなのかを。

 

 憎い。

 憎い、憎い、憎い。

 こんなにも人を憎んだのは初めてである。

 

 熱い。

 熱い、熱い、熱い。

 こんなにも苦しいのは――十数年ぶりか。

 

 人とはこうも醜悪か。

 人とはこうまで悪意に満ちた生き物だったのか。

 立場が変われば、これが自分たちの守ろうとしていた民人であった可能性すらあるという事実が、私の心を打ちのめす。人の尊厳を奪い、その最後すら貶める。そんな人間に、『私』が守ろうとするほどの価値があるのか。

 

 私には痛覚がない。

 

 それでもこの熱は確かに存在している。『私』が感じる苦痛の一部なのだろうか。これを身に受け叫び声一つ上げない『私』は今何を思っているのか。

 

 この憎悪は激しく燃え盛っている。

 この憎悪は間違いなく私から湧き上がるものだろう。『私』が主に祈りを捧げる中、私はこの憎悪を人間に、誰一人救わない主に憎悪する。全部を救えとは言わないし、そもそも私は神様とやらが人を救うとは信じてはいない。

 それでも、それでも本当にいるというのなら、何故こうまでも主に信仰を捧げる『私』を救わないのか。今この時、啓示とやらを示さないのか。

 

 ――祈るな『私』、救いなんてない。

 

「そうかも知れません。でも、そうじゃないかもしれない。なら私は、それでも、主へと祈りを捧げます」

 

 どこまでも頑なだ。一度信じてしまえば、『私』は裏切らない。その相手が悪逆に染まらない限りは。なら主とやらはどうなのか。姿形ないそれが悪逆をなせるはずもない。なら『私』はきっと、いつまでも祈り続けるのだろう。

 本当に、忌々しい。

 

「……すみません。わかってはいるんです。それでも私はこの生き方を変えられそうにはありません」

 

 喉が焼かれ、声がかすんでいる。

 わざわざ声を出さずとも私には聞こえるというのに。

 

「そしてごめんなさい。この痛み、伝わっているんですね……あはは、本当に、ダメですね、私は」

 

 そう言いながら、『私』は俯く。

 

「貴方のいう通りでした。そう、それはいつだってそう。貴方の言葉は正しくて、間違いじゃなくて。それでも私は、主の声を信じた。これがフランスの、ひいては民の幸福につながると信じて」

 

 その結果は、一つを除いて間違いじゃなかった。

 確かにフランスはこの後になって救われるだろう。

 救国の聖女を汚し、礎にして。『私』の名誉が回復するのは、すべてが終わった後になる。それがいったい、今の『私』に何をしてくれるのか。家族の名誉も取り戻せるのだからいいことではあるが、死者(『私』)は何も知りえない。

 この憎悪を胸に死に、死後ですら私は呪い続ける。

 

「もう……口も聞いてもらえませんか? 大切な約束を破った以上、仕方ないかもしれませんが。ええと、その、少し、寂しいです」

 

 ――このたわけはまだ言うか。まぁその通りだ。求められて向かった最後の戦場ではあるが、その結末は最悪だ。魔女として処刑された子を、父と母は悲しみ嘆くだろう。

 

「あはは、もう家に上げてもらえなかったり……」

 

 ――そっちじゃない。自身の子が貶されるんだ、怒らない人たちじゃないだろう。そして多くの仲間が悲しみに溺れる。大切な戦友を失うことで。

「――――そ、れは……」

 

 生き急ぎすぎたんだ、私も『私』も。

 

 ――最早私に対していうことは何もない、バーカ!

 

「言ってるじゃないですか!」

 

 気のせいだろう。

 きっと眠くて聞き間違えたんだろう。

 だからそう、もう――

 

 ――――もう、休め。

 

 そう伝えれば、私は少し泣きそうな顔をして目を閉じる。どこか穏やかそうなその表情を眺め、外の煩わしい野次にまた憎悪を燃やす。それでも今、それを『私』に見せるわけにもいかない。

 ただ、そっと息を引き取る『私』を、黒く染まるその体を、その最期まで眺め続けた。面影を失い、誰かもわからなくなる『私』の成れの果てを、ずっと。

 

 やがて炎が収まれば、奴らはその死体を人々にさらす。確かに殺したぞ、生き延びている可能性はないぞと。そして再び炎を灯し、『私』は灰へと姿を変えた。その灰は川へと流され、ようやく忌々しい人間の手から解放された。

 憎悪の炎は止まらない。

 ただの呪詛にすらなり得ない私の声は、もう誰にも届かない。私をつなぎとめていたものも失われ、徐々に私の感覚も失われていく。そんな中でも常に炎に焼かれる痛みがこの身を犯す。まるで魂にまで焼き付いたような痛みだ。

 最早私をこの世に留めるのは、心の底から湧き上がる憎悪。ただの最後まで呪いの、怨嗟の声をあげながら、一人でも多くに呪いあれと、まるで彼らが求めた真の魔女のようだ。薄れゆく意識の中、その最後まで私はこの世の悪を恨み倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、このチャンスを私は逃さない。

 始めよう、私の復讐を。

 

「――サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上した。いえ、参上しました、か。真名はジャンヌ・ダルク。どうぞよろしく、そして始めましょう……復讐を」

 

 竜の魔女はこうして生まれた。

 第一特異点と後に呼ばれる、オルレアンにて。

 

 

 

 

 

 

 





続かないのである

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