武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~   作:鍵のすけ

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第十五話 始まった「祭り」

 今日も良い朝である。そして、戦という意味でも非常に良い朝だ。

 五時には目が覚め、ラジオ体操その他諸々全てクリア。後はワラビンピックなる催しの開催宣言を待つだけの紫雨。

 

「……早く起きすぎたな」

 

 学校が始まる時間に合わせて行われるであろうことは予想できていたのだが、遠足を楽しみにする子供よろしく全く眠れなかったというのが最大の理由。

 居ても立っても居られない紫雨は現在、校舎をうろついていた。校舎の地理を再確認するという意味も込められている。

 あと数時間もすれば、ここは全力を賭す戦場と化す。今のうちに平和を噛み締めていると、紫雨は不意に立ち止まる。

 

「……」

 

 すり足の要領で重心を落とし、ほぼ無音に近い状態で廊下の角まで歩みを進める。

 紫雨は肩に掛けていた竹光を納めている竹刀袋を音もなく降ろし、しっかりと握り、そして角の向こうへと思い切り振り抜いた。

 

『メッ……!!』

 

 くぐもったうめき声。間髪入れず、紫雨は躍り出る。

 予想通りの人物であったことは一旦保留し、即座に短筒を握っていた右手を固め、押し倒す。

 関節を完全に極め、あとは腕がイカれるかどうかの瀬戸際。その状態のまま紫雨は空いた手でホッケーマスクへと手を掛けた。

 

「花酒殿から聞いている! ミソギだな! そして、聞け! このまま私からその仮面を奪うのは吝かではない。だが、私はあくまでも冷静に話合いを所望する」

 

 竹刀袋へ手を伸ばし、続ける。

 

「これから手を離す。十、数える間に仮面を取ってくれ。取らなければ気絶させて剥ぎ取る」

 

 オブラートに包んで言うのなら、どちらを選択してもとにかく外せ。それだけである。元より交渉は不得手中の不得手なのだ。

 自然と、紫雨は腕に力が入った。

 

『……テン、ソウ』

「本気で殴って、剥ぎ取りたくはない。分かってくれ」

 

 しばしの沈黙の後、もはや逃げ道はないと悟ったのか、ミソギはとうとうホッケーマスクへ手を掛けた。その指が少しだけ震えていたのを、紫雨はあえて口には出さなかった。

 そして明かされた“素顔”を見て、彼女は一言だけ。

 

「……声が似てると思ったが、“顔も”か」

『それ、は……』

 

 同じ。全く、同じなのだ。

 眠目さとりと同じ顔を見て、眠目がミソギ相手に振る舞っていた態度を思い出し、それでもなお、紫雨は唇を真一文字に引き結ぶ。

 

「やんごとなき事情があるのは、分かった。故に、教えて欲しい。眠目さとりとは“何者”なのだ?」

『……』

「隠すと為にならないと思うぞ」

『……!』

 

 ミソギは理解していた。目の前にいる東雲紫雨は手段を選ばない。竹光の刃先から香る“本気”。腹を、決めることにした。

 

 ――まだ、どうにかなる訳にはいかない。

 

『話、します……』

「それは僥倖」

 

 竹光を突きつけてようやく得られた言葉。暴力的と罵られようが、今の紫雨に許されるのはこのような手段のみなのである。

 そして、ミソギの口から飛び出るのは紫雨を動揺させるには十二分に過ぎた。

 

 ――薮を突いて、蛇を出してしまったな。

 

 紫雨は思わず内心、溜息をついてしまった。

 単純な事情でないことは察していた。だが、それにしてもこれは些か度を越している。

 

(姉妹までは察しがついていた。だが、それにしても……よもや、眠目殿とミソギ殿の名前が“そもそも逆”とは)

 

 そもそもの二人。ここにいる“姉”であるミソギ、そしてどこかで様子を伺っているのであろう“妹”である眠目さとりは、幼少期は真逆の振る舞いをしていた。

 今のさとりはどこかオドオドとしており、そして今のミソギは全てを我が意のままにしたいと。

 些細なきっかけとも言えた。

 当時の同年代の子供が登るの少しばかり骨が折れるジャングルジムの一番高い所に“妹”がいたのだ。

 それが気に食わなかった。何でも要領よく“姉”から奪っていく“妹”が許せなかったのだ。

 

 ――どいて!

 

 我慢出来なかった“姉”は“妹”を突き飛ばそうとした。そこにいるべきは自分なのだから。

 結果は今の力関係である。

 当然の気持ちで、当然のように腕を伸ばした“姉”は、逆に“妹”に突き落とされてしまったのだ。

 

『わた、し……知らなかっ……た。“私”があんなに醜い、顔を……していただなんて』

「……事情は相分かった。まずは謝罪したい。少しばかり踏み込みすぎた」

 

 頭を下げ、紫雨は言う。

 

「そして腹が決まった。やはり眠目殿とは決着をつける」

『さとり、ちゃんと……?』

 

 ミソギは思わず紫雨の顔を見やった。顔を上げた彼女の顔はどこか優しげであった。

 

「ああ。今の彼女は善悪がまるで分かっていない。ならばきっちりと教えよう」

『酷い、ことは』

「申し訳ないが、手荒なことはするつもりだ。……ふ、まだ私は眠目殿と付き合いをもつスタートラインにも立っていなかったのだな」

 

 竹刀袋に竹光を納め、紫雨は歩き出す。その足取りには確かな力が込められていて。

 

 ――花酒殿、物を貰っておいて悪いが片手間になりそうだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 時刻は始業の少し前。

 賑やかに、だけど騒々しくその催しは開催された。

 

「……いくら眠目殿が破天荒だからと言って、“どこからやらかしてくるか分からないからウロウロしていろ”。は些か形が掴めない指示だと思うのだが」

 

 何気なく窓から外を見ると、血の祭典ワラビンピックは始まっていた。

 紫雨は少しばかり憂鬱であった。なにせ、この催しの内容が内容であり、自身は加虐側に回っている。色々とやり取りがあったとはいえ、良い気持ちになれるわけがなかった。

 ワラビンピックを要約するのならば、公認私刑である。

 花酒蕨、そして三人と一匹の親衛隊を主軸に矯正対象へ様々な折檻をするこの催しは紫雨が知る限りで、一番荒っぽいやり方だ。とあるメニューを行った結果、ボヤ騒ぎにまで発展したとあってはこの考えは恐らく変わる事は無いだろう。

 ふと、納村の様子が気になり、紫雨は窓へと近づいた。折檻するまでは聞いていたが、何をやるかまでは聞いていなかった。

 内容が余りにも非人道的ならば割って入る事も辞さない、そんな考えを漂わせつつ、彼女はワラビンピックの舞台へと視線を向けた。

 

「……うむ、いたって普通で安心した」

 

 熊、キョーボーがいた。それは良い。花酒の従者ならぬ従熊なのだからそれは当然だ。

 だが、ならばそれと真っ向から対峙している納村不道はこれから一体何をさせられるのだろうか、と思案していると、複数の戦意が紫雨の警戒網に絡みつく。

 

「さて、来たか」

 

 複数のホッケーマスクの生徒たちを前にしても、紫雨の表情は一切揺らぐことはなく、ただこの後に現れるであろう眠目のことが頭にちらついていた。




とてもとてもお久しぶりです。
約1年ぶりの更新となりました。

不定期ではありますが、更新は続けていきたいと思いますので、お付き合いいただければ嬉しいです!

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