武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~   作:鍵のすけ

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第十三話 首に突き付け合うは「思惑」

『なるほど。東雲紫雨さんは天羽斬々さんと相打ちでしたか』

 

 電話口の向こうで鳴神虎春が楽し気に笑う。

 いまだ顔を見たことが無い二人に対して、一体どこまで想像の翼を広げているのか従者たる祥乃には窺い知ることすらできない。

 

「肉体的には完勝。ですが――」

『小手先としては東雲さんの完勝、ということね。素晴らしいわ、本当に素晴らしい』

 

 たまには様子を聞いてみるものだと、鳴神虎春は心の底から喜んだ。

 学生と理事長の二足の草鞋を履いている虎春はことメリハリの付け方がしっかりとしているだけに、このような気まぐれは本当に珍しい。

 

『祥乃』

「何でしょうかお嬢様」

『あの泥棒馬と、あの東雲紫雨さん。どちらが上手?』

「は……?」

『貴方にしか聞けない質問よ? どちらとも手を合わせた貴方だからこそ、聞きたいの』

 

 奥の奥は分からない。だが、奥だけは分かる。今、己が仕える女性が何を考え、何をやらかそうとしているのかくらい分からなくて、お側役は務まらない。

 求める内容を絞り、そして発言する。

 

「どちらにも長所があるので、それは難しいです」

『驚いたわ。祥乃がどちらか決めあぐねるのなんて』

「……強いて挙げるのなら、“彼女”かと。例え“彼女”の“間合い”と戦闘スタイルを知っているとしても、容易には勝てないと思います。ですが、もし東雲紫雨があの時見せた以上の手札を持っているのなら――」

『良く分かったわ。ありがとう祥乃』

 

 面白そうに笑う鳴神虎春とは裏腹に、次はどんな言葉が飛び出てくるのか不安でたまらない藤林祥乃である。

 僅かな間。これでようやく胃が痛くなりそうな質問が終わるのかと思っていたら――そんな祥乃の不安を軽く上乗せしてくるのが現世最強の剣鬼である。

 

『今度の三連休がとても楽しみになったわ』

「……何と?」

 

 聞き間違いであって欲しい。否、聞き間違いでなくてはならない。彼女が来ると必ず嵐が吹き荒れる。

 今のこの学園の者達が彼女の起こす風に耐えられる準備などない。学園長としての矜持がぎりぎりの所で冷静さと客観性を保てていられた。

 そんな思考のさざ波を切り裂くように、鳴神虎春は王手を掛けた。

 

『ふいの学校訪問ってあるでしょう? 理事長なんですもの、それくらいはやっておかなくてはならないと思わない?』

「……移動手段を手配しておきます」

 

 詰みである。これは問いかけに見せかけた“決定事項”という事は良く理解している。だからもう、あとは彼女の思うように手を尽くすのみであった。

 

『ありがとう祥乃。私、そういう気が回るところ、好きよ?』

「……ありがとうございます。それではまた後程、連絡いたします」

 

 濁流のような状況に堰をするように、祥乃は通話を切った。溜め込んでいた緊張を静かに漏らし、執務机へと腰かける。

 

「……変なことが起きないと良いのだけど」

 

 祥乃に渦巻いている不安が色濃く見えるような一言であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 現在の紫雨は、目の前の状況に理解を示せそうで、示したくなかった。

 

「花酒殿が呪い師の類では無いとするのなら、この大柄な御仁は現実に存在すると見てよろしいのだろう、か」

「ひょひょひょ。さしもの東雲一刀流とて熊は初だったかえ?」

「いや……久々に見たというか、何故学校にいるのか甚だ疑問なのだが」

 

 紫雨よりも一回りは軽くあるだろう巨躯を持つ大熊から聴こえる明らかな威嚇を箱詰めされた吐息。だが、何故だろうか。東雲紫雨の鼻孔をくすぐるは違和感であった。

 

「……石鹸の香り」

「うん? 何か言ったかのう?」

「いえ。……それで、花酒殿はその大熊をどうするつもりであろうか。脅しの刃にしては、随分と豪胆な。脇差程度かと思っていれば、斬馬刀を持ってくるとは」

 

 一拍置き、紫雨は更に言う。

 

「よほど交渉事が不得手と推察せざるを得ないが、如何に?」

 

 刹那、紫雨の視界から巧妙に外された花酒の人差し指がぴくりと動く。

 それが意味するは一つであった。

 

 

 ――少しだけビビらせてやれ。

 

 

 主の指示を正確に理解しているキョーボーは即座に、腕を振り上げる。

 何も殺すわけではない。寸止め、もしくは掠らせることによって運命共同体であり、主である花酒の命をこなすのだ。

 人間相手の簡単な仕事。そう、キョーボーは思っていたのに。

 

 何故だ。

 

 “全く腕が振り下ろせない”ということは一体何事なのだ。キョーボーは低い唸り声でその疑問を吐き出していた。

 否、原因は分かり切っていた。

 

「……不調か? キョーボー殿とやら」

 

 熊という生物はおよそ人間がどうにかなる生物では無い。銃や罠、戦術などという文明の結晶を最大限に行使し、ようやく同じ土俵に立てるのだ。

 その君臨者たるキョーボーの眼光に映るのは、自身を見上げている東雲紫雨他ならぬ。

 そのはずなのだ。

 ならば彼女の瞳から、背から、全身から噴き出る威容は一体何に例えれば良いのだろうか。

 

「キョーボー……?」

 

 一向に動かぬので、花酒が声を掛けるも、答える余裕すら今の君臨者には微塵も存在していなかった。刹那でも目を逸らせば一息に喉元を噛み千切られそうな凄みが楔と化している故である。

 

(……紫雨さんが動いたら、うっかり私が“抜いて”しまいそうです)

 

 傍らで事の成り行きを見守っていた因幡月夜は、キョーボーが圧されている威容に名前を付けることが出来た。

 視覚を失った代わりに与えられた超聴力が、保健室内を震わす空気を立体的に拾い上げ、一匹の竜を濃厚に描き上げた。

 

(形があるはずなのに、どこか希薄。これを例えるのならばそう――雲竜)

 

 紫雨がこのような大熊と出会ったのは何もこれが初めてではない。

 冬眠明けの大熊と相対した時に比べれば、まだまだ理性がある存在。

 リラックスしていた雲竜が凝視する先はキョーボーの頭部である。戦心(いくさごころ)が十二分に備わっている竜のかぎ爪は最初から臨戦態勢だったのだ。

 

「……よい、キョーボー。下がれ」

 

 花酒もここでようやくキョーボーの異変に気付いた。そして、その原因たる東雲紫雨にも。

 

「あい分かった。どうやらこの場はわらわの負けのようじゃ。ならば時間が惜しい。色々と手回しをせねばならぬでのう」

「手回し?」

「さとり姫――眠目さとり。お主はもう会ったかのう?」

 

 紫雨の脳裏に、顔があるはずなのに“顔”が全く見えない幽鬼の存在が過ぎった。

 

「掴みどころのない、まるで物の怪の類かと思った程でした」

「然り。五剣メンバーで決を取る会議に諮り、催しを決行するのじゃが、さとり姫は間違いなく乗ってくる」

「鬼瓦殿と亀鶴城殿は?」

「彼奴等は納村に首ったけじゃ。あり得まいて」

 

 そこで月夜が口を挟んできた。

 

「私は特に意見がありませんので、お好きな方でよろしくお願いいたします」

「という事は、わらわとさとり姫で賛成二票。あの二人で反対二票。月夜姫は票を放棄している訳じゃ。そして! 五剣において年長者の意見が優先されるので、もはや『ワラビンピック』の開催不可避!! 高まってくるのう!!」

「花酒殿は賑やかな事が好きなのだな」

 

 ここまで話しておいて今更思ったことがある。

 分かりやすいのだ。目的はとっくの昔に聞いている。そして、ここまでのやり取りも単に自分に協力を求めているだけ。

 そして――次の言葉を聞いて、紫雨は少しばかり前向きな考えをすることにした。

 

「学園の秩序と盛況を司るのがわらわでな。それを為すために頭を下げなければならぬのならばいくらでも下げてみせようぞ」

 

 傍若無人、というのは間違いない。だが、その心根にあるのは愚直なまでの……。

 

「一応確認させていただきたい。納村殿と直接戦う訳ではないと考えて良いのだろうか?」

「それも考えておったのじゃが、ある意味それよりも難題を任せようと思っておる」

「難題?」

 

 いつの間にかキョーボーの肩に乗っていた花酒はどこか遠くを見つめる。

 

「眠目さとり。あやつは何を考えておるか分からん。わらわの予想が正しければ先ほども言った通りすぐに賛成票を寄越すのは間違いない。しかして――」

「あの人はまあ、自由気ままです」

「月夜姫の言う通りじゃ。何をやらかしてくるのかがまるで想像がつかぬ」

 

 そこでようやく心得た紫雨はその正解を口にする。

 

「……確かに難題だ。あろうことに“眠目さとりを抑えろ”などとは」

「非常に腹立たしいが、わらわの手駒でさとり姫を抑え付けるのはまず不可能である。そして、あやつは鼻が良い。グループに属している多数が何かをやろうとすると必ずその“予兆”の匂いを放ってしまう」

 

 一拍置き、花酒はキョーボーをちらりと見た。

 

「そこで必要なのが孤狼じゃ。キョーボーを一睨みで制したその実力を見込んで、わらわは改めて頼みたい」

 

 キョーボーから降りた花酒が頭を下げた。

 

「この学園の為、眠目さとりを抑えて欲しい。何も起こらないに越したことはないのじゃが、それでも、頼む」

 

 ここまで誠意ある礼をされ、何も思わぬ紫雨ではなかった。

 それに、と紫雨は幽鬼の顔が浮かんだ。

 眠目さとり。彼女は何も分からない故に、危うい。だからこそ何か起きてからでは遅いのだ。

 

「……私も眠目殿は気になる。目に余る行為があれば、諌めるくらいはさせていただきたいとは思っている」

「ひょひょひょ! 頼もしいのう! 月夜姫はそれで良いか? 東雲を横取りするようなことになるのじゃが」

「っ! わ、私は何も問題はありません! 良いです! 紫雨さんをどんどん使ってください!」

 

 すごく顔が真っ赤になっている月夜。指摘したらきっと斬られてしまうのは目に見えている。

 

「私の意思は……」

「良いんです! 紫雨さんはどんどん切った張ったをしてやがればいいんです!!」

 

 何も納村だけの問題ではない。それこそ不特定多数を巻き込むような事をしでかそうというのなら、それだけで動くに値する。

 

「……心得た。花酒殿の指示には従う。だが、道理が通らぬ事なら断らせてもらうという条件が付くが」

「良かろう。正直、半ば諦めていただけにその答えは素直に嬉しいぞよ」

 

 それには答えず、紫雨は視線を宙へと彷徨わす。

 

(それだけという理由でもないがな……)

 

 伽藍洞。眠目さとりは、その一言に尽きる。

 喜びも怒りも哀しみも楽しみも、その全てが何も感じられず、あろうことに予想すら出来ないというのが何とも不気味で――放ってはおけない人物で。

 瞑目し、反響するは一言。

 

 

 “今度会ったら~~――――命、懸けてねぇ?”

 

 

(委細承知している、眠目殿。全霊を懸け、私がお相手仕ろう)

 

 分かり合う作法なぞたったの一つしか知らぬ東雲紫雨に、悩みなどなかった。




緑野さん(@minano_mp) にこの武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~の主人公である東雲紫雨を描いていただきました!ほんとうにありがとうございます!凛々しさと可愛さが混じっていい感じです!


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