武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~   作:鍵のすけ

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第十二話 「猛獣」の檻

 手応えは確かにあった。

 東雲一刀流単式零の型はそれだけの殺傷能力を誇る。訓練の仕方にもよるが、外傷は耐えられる。だが、内臓への攻撃は常識ならば訓練をする以前に死に近づくのは想像に容易い。

 紫雨が繰り出した一撃は確実に天羽の内臓を揺さぶった。常人ならばまず立てない。むしろ吐血だけで何故喋れていたか理解に苦しむ。

 

「……亀鶴城殿、奴は化生の類なのか? 全く……保健室を使うなど、夢にも思わなかった」

「……脇腹貫かれてケロリとしている貴方も理解に苦しみましてよ、紫雨」

「その気になれば痛覚はコントロール出来る。それよりも、急所を貫かれなくて良かった。流石に死ぬからな」

「ジョークと捉えて良いんですわよね……? はぁ、普通『女帝』と対峙して、そんな態度ではいられないはずですのに」

 

 答える代わりに、包帯を締める力を一層強くする紫雨。

 天羽斬々の実力は本物であった。禁じ手を開帳しなくては敗北どころか先ほどの自分の言葉通り、三途の川を覚悟しなければならなかった。

 彼女は剣士殺しだ。剣士であれば武器を持ち、それを振るって戦う。しかし天羽のような空手家は鋼にまで鍛え上げたその五体を以て戦う。

 色々と語る点はあるが、大きな違いはきっと継戦能力だろう。刀が折れてしまえば、剣士は死ぬ。

 

「『女帝』何するものぞ。それに、私の攻撃は通じると分かったのだ。次が駄目なら、今度は無刀で締め落とすなり何なりやってみせよう。ここで立ち止まるような私は“雷神”と相対できぬ」

「貴方がそこまでして勝ちたい相手とは一体誰でして? “雷神”? 五剣のどなたか、かしら」

 

 以前に鬼瓦にも似たような質問をされたことを思い出し、少しだけ笑みをこぼしてしまった。もしかしたら亀鶴城と鬼瓦はとても仲が良いと、二人のやり取りを見てはいないながらも、紫雨は何故か幻視できてしまった。

 

「……何だかよろしくないことを考えているのではなくて?」

「なに、亀鶴城殿と鬼瓦殿は実にいいコンビなのだろうな、と思っただけだ」

「なっ……!?」

 

 赤面を見逃さなかった紫雨は亀鶴城の言葉を待たずに、畳みかける。

 

「羨ましいことだ。私にはそういう相棒はいないものでな。切磋琢磨出来る好敵手というのはそうは見つからない」

「ち、ちがっ、輪さんはそういう相手……じゃ、ありません」

「……違うのか?」

「も、もち……」

 

 もはや否定の言葉はいらなかった。口よりも、表情がその全てを答えていた。素直ではない、と紫雨は心の中に花が咲いたような暖かさを覚えた。

 

 

「――――いない、そうですかそうですか。紫雨さんレベルになると、私ごときは切磋琢磨するに値しない相手だと言うのですね……」

 

 

 紫雨と、そして亀鶴城はまるで背中に氷を入れられたような悪寒を覚えた。

 可愛らしい声とは裏腹に、淀みのない殺気のような何か。その声の主を、すぐに紫雨は特定出来た。というか、すぐそこにいた。

 

「何故にそこで体育座りをしていじけているのだ月夜殿」

「いーんですよいーんですよ。私は隅っこにいて、紫雨さんから相手にされないのがお似合いなんですから」

「……何か致命的な誤解をしているぞ月夜殿」

 

 流石に声を掛けざるを得なかった。何せ、保健室の隅っこで体育座りをしながら床に『の』の文字を書き続けられては黙っている訳にもいかない。

 歩み寄り、とりあえず頭を撫でてみるもののちょっと嬉しそうにしているだけで何も言ってはくれない。

 こういった時、一体どのような言葉を掛ければいいのやら。皆目、紫雨には見当もつかなかった。

 

「あたくしもしかしてお邪魔でして?」

「待って欲しい。私一人では正直手に負えない予感しかしないのだが!」

 

 濃厚に感じ取れてしまった亀鶴城の撤退の気配。ここを逃してしまっては全く未知の状況の因幡を一人で相手にすることになる。

 伸ばした手を止めたのは小鬼の僅かな呟きであった。

 

「……これはもう、紫雨さんが相手にしてくれるまで(なます)にしやがるしかないのではないのでしょうか……」

Je suis désolé(ごめんなさい)。あたくしは生憎と魚よりお肉派なので」

「亀鶴城殿ォ!」

 

 そそくさと出て行ってしまった亀鶴城を追いかけようとしたが、それを止めたのは他でもない因幡月夜という名の剣鬼であった。

 

「紫雨さん。どうやら私もまだまだ未熟者の一人。良ければお手合わせでもいかがでしょうか」

「ま、待て! こんな狭い場所で月夜殿の“抜き”に対抗出来る手段はない!!」

「一手、御指南いただきましょうか……」

 

 聞く耳持たぬと言った様子で、柄に手を掛ける因幡を見て、ようやく紫雨は悟った。

 何か失言をして、怒らせてしまったのだと。

 そうと決まれば行動が早いのが、東雲紫雨である。

 

「まあ、待て」

「わぷっ……!?」

 

 折れた竹刀が入った袋を抜かず床に置き、そのまま因幡を引き寄せる。いわゆるハグである。

 

「……不愉快だろうか」

「えっと……これは、何でしょうか」

「私が癇癪を起こした時、母上が良くこうしてくれた。私はそれで安らいだので、月夜殿にも同じ気持ちを、と思ったのだが……やはり駄目であろうか」

 

 因幡月夜に電撃が走った。これは、非常に有り。あまりこういう事をしてもらったことがない因幡にとって、この状況はもう少し味わっていたい蜜。

 何とかもう少しこの時間を引き伸ばしたい。しかして自分には五剣の一振りとしての矜持がある。その中間を掻い潜るような一手が欲しい。

 しかして、そんな計算とは裏腹に、紫雨へと伸びる腕が何とも正直な事である。

 

「そ、そんなことないです……が、その」

 

 一息つく。もしこれから先を間違えたら、とにかく恥ずかしい。

 これは今まさに、“抜き”の瞬間だ。当たれば勝ち、しくじれば死ぬ。そんな分かれ道。

 だが、なんと間の悪い事だろう。この温もりはそんな思考を塗り替えるには余りある凶悪さである。気を削がれまいと、何とか集中を保つ因幡へ、紫雨は最後の一撃を掛けて来た。

 

「もしや、膝枕の方が良かったのか?」

「膝枕を所望します」

 

 負けた――完全に、完璧に、自分はたった今、完敗した。

 

「なるほど、月夜殿は抱きしめるよりかは膝枕の方を好んでいたのだな。これは失礼した。ならばこっちへ来ると良い。これにて手打ちとしてくれれば嬉しいのだが……」

「……失礼、します」

 

 因幡はもはや白旗を揚げるだけの敗軍の将。後は為すがまま。敗軍の将は紫雨の手招きにより、自然と彼女の太ももへと頭が動いていく。ああ、これは仕方がない。これは抗いようがない魅力だ。

 だから、そう、例え言われた通りにしてもそれは、悪くない。

 

 

「東雲紫雨はここかのう?」

 

 

 その声を聞いた瞬間、因幡はぶち切れそうになってしまった。何とも空気の読めない。今しがた自分は幸せな時間に浸ろうとしていたというのに。

 そんな因幡の残念そうな表情には気づかず、紫雨は保健室へと入って来た女子生徒へと目をやる。

 

「如何にも私は東雲一刀流、東雲紫雨だ」

 

 小柄、しかして不遜。大きなリボンと白い羽織りを揺らしながら、女子生徒はずかずかと紫雨へと近づいてくる。

 只者ではない、と紫雨はその立ち振る舞いを見て、既に臨戦態勢となっていた。何より、腰に提げている剣が目に入ってしまってはいつでも竹刀を抜けるように構えるのは当然の帰結と言えよう。

 しかし、あくまでハッタリ。折れた竹刀で、どう戦えと言うのだ。

 その距離はやがて互いの“間合い”へ。

 

「口には気を付けよ。わらわはお主よりも年上じゃ」

「謝罪申し上げる。して、花酒殿は私に何の用でお越し頂いたのか、お聞かせ願えればと」

「何、噂の人物を一目見たかっただけじゃ。修学旅行から帰ってきて、真っ先にお主の元へと来てやったわらわに感謝するがいい」

「噂? 私が……?」

「応さな。何せ、この学園のシステムに楯突くばかりか我ら五剣にも刃を向ける奇特者じゃ、それは挨拶しておかなければ失礼と言えよう?」

 

 まるで真意を掴めない。風のような御仁だというのが、紫雨の感想である。

 戸惑いを悟られぬよう、心の波紋を抑える。

 ほんの僅かなやり取りだけで分かったことがある。この花酒相手に口ではまず敵わないのだろうと。

 そして、この類の人間がわざわざ労力をかけて、訪れてくるということは、それ相応の“厄介事”を持ち寄ってくることも良く心得ていた。

 

「私を矯正しに来た、と考えるのが妥当であろうか?」

「ひょひょ。それも悪くはないが、それよりも良い話がある」

 

 警戒はしてもし過ぎるということはない。意にそぐわなければ即断る。これくらいで良い。

 決して気を抜かず、紫雨は彼女の言葉に傾聴する。

 

「今、わらわはとある催しを考えておる。東雲の、そちも一枚噛まぬか?」

「……もちろん、内容を示さぬ花酒殿ではあるまいて」

「気を急くな。もちろん、どこの世界に内容も喋らず契約を迫る者がおるのじゃ? こほん。目的はたったの一つ、この学園の秩序を乱す狼藉者、納村不道に鉄槌を下すこと。それだけよ」

 

 そんなことだろうと、思っていた。それほどか、と。それほどまでに出る杭は憎たらしいものなのかと、紫雨は表情を抑えるのに必死であった。

 沸々と煮える感情に辛うじて蓋をし、とんだ狐へ向け、皮肉をちらり。

 

「……同じく問題児である私の力を借りなければいけないとは、月夜殿の目の前で申し訳ないが、よほどの人手不足であると捉えて良いのだろうか」

「ひょーひょっひょっひょ! こりゃあまた、包み隠さず抜かしおるのう! よりによって五剣最年長のわらわの前で良くも! とんだ度胸よのう!」

「花酒殿のような豪胆な御方には変に小手先を見せない方が礼儀を示せると思いましたので」

 

 ぴしりと、部屋の空気が凍ったような気がした。口にはしないが互いにどう出るのか見ていた月夜は先ほどまで閉じていた口をとうとう開いた。

 

「花酒さん、あまり紫雨さんを困らせてはいけませんよ」

「ここで出てくるか月夜姫。随分と東雲紫雨に肩入れしておるのう」

「この人は私の、お友達ですから」

 

 後半、少しだけ語気を強めたことに因幡自身、気づかなかった。思えば、こうして自分から誰かの事をはっきりと“友達”と言ったことは記憶にない。

 だからこそ、その記念すべき瞬間に腑抜けた語気は許されなかった。

 二対一。しかも、相手が相手。花酒の嗅覚はこの場における分の悪さを嗅ぎ取っていた。

 深追いしてはこちらが食われるのは明らかだろう。

 

「……時に花酒殿、お聞きしたいことが」

「なんじゃ?」

 

 これからの事を考えていた花酒とは対照的に、紫雨は先程から香る“不自然な存在”に対して、思考を巡らせていた。

 

「保健室の外に控えている者……いや、人間かどうか疑わしい気配は一体どなたであろうか? 是非とも挨拶をしてみたい、と」

「目ざといのう。何故分かった? 一応気配を消す術は伝授しているはずなのじゃが」

「東雲一刀流は風を読む故」

「ひょひょ。大したものじゃ! ならば入ってくるが良いキョーボー! そして括目せよ東雲紫雨! これがわらわの最強の相棒ぞ!」

 

 正直、とてもデキる相手だと内心ワクワクしていた紫雨である。それだけに、気配を巧妙に弄っていたのだろうと推察していた。

 だが、“足音”。それを聞いて、何かが違うと紫雨の心をざわつかせる。何だかこう、ドシンドシンと言った感じで。

 その御姿をようやく目の当たりにした時、紫雨は余りの非現実さに、“実は花酒殿は幻術使いなのではないか”とすら真剣に考えたぐらいである。

 

 

「……熊、だと」

 

 

 猟友会とか、警察とか、そんな単語が一瞬で駆け巡ってしまう大熊が、東雲紫雨の目の前に現れた。




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