武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~   作:鍵のすけ

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ちゃんと書いています!()


第十一話 「天」を斬り、羽ばたく者

 どこかの暗い暗い一室に、“雷神”鳴神虎春はいた。

 その自信に満ち満ち、尚且つ油断なき立ち振る舞いは何の比喩表現もなく、“剣鬼”という称号にふさわしきもので。

 鳴神虎春は割と忙しかった。

 社会勉強がてら、私立愛地共生学園の理事長と言う座に就いてみたはいいものの、勉学との両立は中々に骨であったのだ

 だからと言って、そこで投げ出したり、あまつさえおろそかになってしまえば愛しきお兄様に付く“羽虫”に如何様に馬鹿にされるか分かったものではない。

 むしろそんなことを面と言われてしまえば、全面戦争も辞さないだろう。

 

「東雲紫雨さん、ですか」

 

 不意に口をついて出るのはその名前。普段ならば忘れるような名前なのだろうが、この女子生徒だけは別。

 忌々しくも似ているのだ。あの“彼女”と。

 自分から“あの人”を盗った――否、まだ盗られてなるものか――あの憎っくき雌馬に良く……。

 

「と、いけませんね。私としたことが、些事に気を取られてしまいました」

 

 虚空へ顔を向け、虎春は呟いた。

 

「いつかは現れるのでしょう。その時、もし腑抜けていなければ――」

 

 

 虎春は三日月のように口元を歪めた。その様たるや、人を頭から丸かじりする鬼の如く。

 

 

「――叩いて砕きましょう」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 対峙するは一匹の竜と一人の女帝。

 東雲紫雨は目の前に浮かぶ闘気に底冷えしていた。佇まいだけで分かる一流の気迫。いかに波風立てぬようにこの場を収めるか。それだけが、今の紫雨が高速で思考する事柄である。

 天羽斬々は目の前に揺らぐ戦気に笑みを抑えることができなかった。否、何故抑えられようか。この学園にいる有象無象の腑抜け共とは格が違う。君臨……などと言う陳腐な真似はしない、出来ない、してやるものか。

 

「亀鶴城殿、お下がりを。彼奴は私をご所望のようだ」

「はっ! 分かっておるようだな。断じて拒否などさせぬ」

「分からぬことがある」

「何が」

「何故私を狙う? 私は貴方程の者に目を付けられるようなことはしておらぬ。出来うるならば穏便に済ますことをご一考願えれば恐悦至極」

 

 嘲笑とも取れる、地響きのような笑い声。天羽はあまりの愚鈍さに腹がねじ切れそうになった。

 竹刀を持ち、眼を光らせ、背には戦気を浮かべておきながら何故そのようなことが宣えようか。

 ――是が非でも

 

「断じて、それはあり得ぬと言っておこう。お前は私と同類だ。渇き、求めている。なればこそ……」

 

 その言葉で、ようやく紫雨は確信できた。ならば、返す言葉はただ一つ。

 

「笑止。潤いのために戦う私では無いと知れ」

「なに、手を合わせれば分かる」

 

 構えた。それに応じるように紫雨も竹刀を握る力を強め、そして己の戦力を今一度振り返る。

 竹刀は剣先が破損、突きは不可能。なれば刃部での攻撃のみ。東雲一刀流は常に完全な形の武器を用いての戦闘は想定されていない。必要ならばその辺に落ちている小石での撲殺も当たり前である。

 こちらの状態は把握した。次に目を向けるのは天羽。

 

(刀を提げていない。徒手空拳を武器としているのは一目瞭然。だが、流派は? この学園にいるくらいだ。必ず何かを嗜んでいる。それを確認する術は……)

 

 そこまで思考したところで亀鶴城は口を開いた。

 

「紫雨さん! 天羽斬々は――」

「有り難いが不要」

 

 その制止に、思わず天羽は口角を吊り上げる。情報は何よりの武器だ。それをたったの一言で払ってしまう紫雨に対し、ますます興味が湧いてしまう。

 構えはそのままに、天羽は気づけば問うていた。

 

「良いのか? 私の手を知るまたとない機会だろうに」

「如何に仕掛けてくるか分からぬ相手の前に立つは、引き金に指を掛けた銃の前に立つのと同義。ただ撃ち抜かれるのも有りうる話。――故に、まずは無知にてつかまつる。それが私の流儀なり」

 

 狂っているではないか、と天羽は口にこそ出さなかったが、確かにそう目の前の剣士を評価した。

 東雲紫雨は良くも悪くも戦士である。

 戦いにある種の美学を持つ一方、絶対に生きるという生き汚さを持ち合わせている。これがどういう意味なのか。

 分かるとも。少なくとも、天羽斬々には分かっていた。

 

「潤いを求めていない、などと言っておきながら大した流儀ではないか」

「……ああ、貴方にはこう言った方が良いのだろうか。事前情報が無い方が集中できるのだ、私は」

 

 踏み出した一歩。狙うは一点。

 

「疾――!」

 

 タイミングは完璧だった。極限まで研ぎ澄まされた集中状態だからこそ紫雨の眼は天羽が“瞬き”をする瞬間を捉え、すれ違いざまの胴打ちを決めることが出来た。

 その、はずだったのに。

 打撃の感触と同時に訪れるのは――“自身の痛み”。

 

「っ……!」

「……素晴らしい、と珍しくこの私が賛辞をくれてやろう。肉眼で捉えれなかったのは久しぶりだ」

 

 脇腹から滲む血と痛みを抑えながら、その言葉に嘘はないと、紫雨は確かに感じていた。

 間違いなく、紫雨は天羽の視線を盗んでいたからと確信を持てていたからだ。どれほどの達人であろうと、不意を突かれれば容易く崩れる。

 だからこそ、紫雨はこの一撃に全てを込めていた。だとするならば、“何故、自分は反撃をされているのだ”。

 

「しっかり貫手(ぬきて)で反撃をしておいて……何を言うか」

「なに、私が反撃出来たのはつい手が動いただけだ。悲嘆にくれることはない」

「気づいていないのに、反撃が出来た。無意識、貫手、反撃――まさか」

 

 そこまで呟いて、紫雨は辿りついた。同時に、自分の観察眼に対して、少しだけ自信が持てたのは嬉しい限り。

 

「空手、までは分かっていた。しかし、悔しながらどの流派までは見当が付かずにいたのだが……答えをこの身で以て知ることが出来た」

 

 天羽の相槌を待たず、続ける紫雨。ただでさえ痛みを抑えつけるのに意識がいっているのだ、変に意識をあちらこちらへとやれない。

 

「古武術……それも、沖縄(琉球)の空手と見た」

「たった一度喰らっただけでそこまで視えたか」

「打ってみて、良く分かった。そしてその極端なまでの頑強な肉体……そして、空手では禁じ手とされる貫手で当たり前のように反撃されたことで確信が出来た。琉球古武術の三大流派の一つ――上地流と見たが、如何に?」

「ふはは! 端々まで良く見るその小賢しさ、まるで(しゅうと)のようだ!」

「勿体ない、お言葉……。故に、返礼いたす……!!」

 

 もはや一刻も無駄に出来ないと、紫雨は覚悟を決めた。

 これだけはしてなるものかと思っていた。だが、今のやりとりを経て、そんな悠長なことを言っていられるほど幸せな状態でないことを痛感出来た紫雨に、選択の余地はない。

 

 

 ――文字通り、殺すつもりで仕掛けなければいけない。

 

 

 紫雨は両手で持つ竹刀を後ろへやり、さながら重い物を引きずるような姿勢を取った。

 これより放つは自分に課した禁じ手。それだけ竹刀ではなく真剣を用いてなら、“確実に殺してしまう”負の技。解禁するしかない。

 この目の前の難敵に対して半殺しでは足りない。四分の三で殺しきらなければいけないのだ。

 思考はこれで一時停止。後は打ち込もうとする気概を見せるのみ。

 

「まだ動けるのか。大抵の者は今ので地に膝付けていたのだがな」

「東雲一刀流が膝を付ける時は、死する時と決まっている……そして、もう膝を付けぬと決めたのだ」

 

 脇腹の痛みは既に消えていた。痛みは闘志に、闘志は必勝に、必勝は絶勝に。

 内から溢れる闘気を十全に吐き出した後、紫雨は狼煙を上げた。それはこの学園に君臨する女帝へ牙となるには不足ないだろう。

 

「いざ、推してまいる……ッ!!」

 

 一歩、二歩、そして三歩。地を踏みしめる度に感じる力強さ。狙いはどこでもいい。これは妥協でも何でもない。これはむしろ自信。練り上げた東雲一刀流の神髄の一端を見せることに、何の不足もないのだ。

 懐に飛び込み、東雲紫雨はその己が持ちうる限りの全力を竹刀に乗せた。

 

 たった一手。

 

 着刀。僅かに静止した後、そのまま振り抜いた。同時に襲い掛かる鈍痛。

 天羽による反撃は当然の如く貰っていた。それも織り込み済み。否、それすら考慮の内に入らない。

 四分の三殺し。この難行を成し遂げるには、多少の犠牲を差し出して然るべきなのだ。

 

「先程と似たような胴打ち。これだけか? これだけが、貴様があそこまで吠えられた裏付けなのか?」

「然り。そして――もう終わった」

 

 天羽の口端から流れる血を、紫雨は確かに見た。

 

「……外傷は無い。だが、そうか……“中”、か……ッ」

「たった一度で見切るとは……」

 

 東雲一刀流の闇。殺人剣として開祖が振るっていた時代において、無音・無傷・無知覚による攻撃は絶対事項であった。

 今しがた紫雨が振るった剣はその闇の部分。

 

 東雲一刀流単式零の型――『揺雲(ゆれぐも)』。

 

 竹刀を通し、己の全身を駆け巡る気を敵の体内に叩き付ける最初にして至高の剣技。後にも先にもない。必ず殺すと書いて必殺。必殺技というのなら、これがその一つ。

 

「ぐ……っ…………ッ!!」

 

 天羽斬々は星が瞬いたような感覚を覚えた。中身を抉られるような感覚。これを痛み、というにはいささか苛烈だがそれでもその単語を使わざるを得ないくらいには、ある意味新鮮な状況であった。

 外の打撃と中の打撃。認識を改めよう。このような手痛い一撃を振るえる者はやはりただの有象無象ではない。全力で君臨すべき対象なのだ。

 

「痛み分け、と行こうではないか天羽斬々……今ので私の竹刀は折れて完全に使い物にならなくなった。このような半端者に勝って、吠えるのが貴方の流儀だというのなら止めはしない、がな……」

 

 これ以上やるのなら倒されてやると、そのような含みに気付かぬ天羽ではない。後からどのような吹聴をされても良いが、今こうして対峙する相手にそのような禍根を残されては、僅かばかり不快感を覚える。

 そのことを知ってか知らずか、紫雨は更に叩き付けた。まだまだ我慢比べは出来る。だからと言って長引いて良いかと言えばまた違う。

 

「貴方の内臓のいくつかを傷つけた……貴方の頑丈さならば、命に別状はないのだろうが、それでも放置しておいて良いはずは、ない。…………どうする?」

「口車に乗ってやろう。このままトドメを刺した後に騒がれるのは本意ではない。――次は」

「ああ、分かっている……」

 

 手放しそうな意識を辛うじて保ち、宣う言葉はただ一つ。

 

「次は十全の私で、十二分の力を込め、完全勝利を収めてみせよう」

 

 強がりに取られるかもしれない、負け惜しみと言われても反論できない。だけど、これは決して折れない闘志。

 間違いのない、東雲紫雨の決意が凝縮していたのだ。




細々と更新を続けています。
今回は紫雨と天羽のタイマンでした。
これからも応援と感想(重要)を頂けたら嬉しいです…!

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