世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし 作:ひょっとこ斎
2回戦。
私の相手は、今年四段になった人。でも、まったく勝てないってわけじゃないはず。
明日美さんの相手は二段の方だけど、3年目か4年目で二段だから、あまり強いわけじゃない。上手く打てば、明日美さんなら勝てる可能性は十分にある。ヒカルと塔矢くんの対局も気になるけど、見たいからといって焦ると、逆に瞬殺されかねない。
「よろしくお願いします」
2回戦からは1回戦と違い、完全に互先で勝負する。私が先手になって黒を持った。黒が欲しかったから、幸先が良い。
途中、悪い手があったわけじゃないけど、少し石の形が悪い。緩めたつもりはないけど、少し厚めに打った結果、地が厳しくなってしまった。上辺はまだしも、中央を押さえられて、下辺は確実に相手の地になっている。
巻き返せる場所を探して、長考する。佐為ならどうするか考える。下辺が確実って、本当かな。相手は私みたいに、厚みを持たせていない。ところどころ薄い部分もある。
薄い部分を上手く攻めながら、同時に中央や右辺を荒らせば、活路が出てくる気がする。ううん、佐為なら絶対に活路を見出す。
ここ。見つけた。
下辺を攻め立てられて、右辺や右下隅も見据えた一手を打つ。下辺は攻める気はないし、囮だけど。2手ほど相手が下辺に打ったら中央も間に合うし、右辺にも手を入れられる。
「ちっ」
院生だからと私を甘く見ていたのか、相手が私の手に舌打ちする。
私の望み通り、下辺に手を入れてくれたおかげで、中央は五分よりちょっと良いくらいになった。残り時間差は発生したけど、最近はヒカルと早碁の練習もしているし、打ち間違いはそうそうしない。
「……ありません」
ギリギリだった。私はもう秒読みに入っていたし、相手の残り時間も、10分を切っていた。
大きく息を吐いて、頭を下げる。
「ありがとうございました」
楽しかった。練習とは違って、必死に勝ちを取りに行く中で、これだけギリギリの勝負をしたのは、前世まで戻らないと記憶にない。
検討をするかな、と顔を上げると、明日美さんから声がかかった。
「あかりちゃん、おめでとう! 凄い凄い!」
「明日美さん」
目を向けると、明日美さんや和谷くん、他にヒカルの姿もあった。
え、えっ。何でこんなに周りにいるの。
見ると、ほとんどの対局が終わっていたようで。うん、残ったところに集まるのは道理だね。
「明日美さん、そっちはどうだった?」
聞くとにっこりと満面の笑みを浮かべる。うん、顔を見たら分かった。やったね。
「勝ったよ!」
「おめでとう! じゃあ、来週は対局できるね!」
ヒカルはどうだったんだろう。目を向けると、しょんぼりしたような顔。負けたんだろうな。でも、去年の大会時と比べて、悔しさも大きそう。それだけ、近づいた実感もあったかもしれない。細かいところは、今日帰ってから話を聞かないと。
塔矢くんは、ヒカルに遠慮してか、少し離れた場所にいる。
「ヒカル、お疲れ様」
「ああ。負けちまったけどな、悪い碁じゃなかったぜ」
そっか。ちゃんと打てたなら良かった。前は途中まで佐為が打っていたから、今日がヒカルと塔矢くんの、実質の初対局だったね。
少し周りがざわめいているけど、どうしたのかな。少し耳を澄ますと、院生が結構勝ち残っているのが気になったようだ。私と明日美さん、そして越智くん。
ヒカル以外に、伊角さんと足立さんも負けたみたい。
その後は来週の時間などを確認して、帰路につく。
そして家に帰った後、早々にヒカルの家に向かう。ヒカルと塔矢くんの碁がどんな内容だったか、すごく気になる。
「ヒカル、碁の内容教えて」
「いいけど、負けた碁だしなぁ」
「塔矢くんとは検討しなかったの?」
「してねーよ。……まあ、思ったより良い碁だったとは言われたけど」
塔矢くん、ヒカルのことを見直したのかな。去年の部活の大会から、たった1年でここまで強くなったんだもんね。
ヒカルが並べてくれた棋譜を見ながら、佐為からも指摘をもらいつつ気になった部分に口を挟む。塔矢くんは当然だけど、ヒカルも相当上手く打てている。途中、佐為が打ったのかと思うほど、このタイミングではここしかないという一手も見かける。ただ、どうしても拙い手もあるのが敗因かな。
「前と違って、相手の石を攻め立てるのも上手くなったよね」
「へへっ。お前がいない時とか、碁会所にもよく行ってるんだぜ。置き石をいくつか置いてるし、地を取りに行かなきゃ負けるからな」
「そうだね」
今日の様子を見る限り、今なら早碁だと五分に近いんじゃないかな。時間を取って打つと、まだそれほど負ける気はしないけどね。
今日はヒカルと佐為が打つ日だったけど、検討をしているうちに遅くなっちゃったので、私は時間切れ。夜に2人で打つから、飛ばしてもいいとのことだ。
確かに、ヒカルと佐為が打つのを私が見ているのは、ヒカルのためというより、私のためだよね。今日、四段の人に勝てたのも、佐為とよく打っていて、佐為の碁を少なからず取り入れているから。
ヒカルと佐為に感謝しつつ、ヒカルの家を出た。
明けて、院生研修の日。
午前中は、昨日の2回戦で負けちゃった足立さんと対局。でも1回勝っているだけに、打ち方から自信が感じられる。全体の棋力が上がるのは、プロ試験に受かりにくくなるとはいえ、研鑽の場としては非常にありがたい。
足立さんと真剣に打ち合った結果、中押し勝ち。
「お昼いこっ」
「うん。どこがいいかな?」
「俺、ハンバーガー食いたい」
特に反論もなく、ヒカルが食べたがったハンバーガーショップに入る。
「今年は結構勝ったよな」
「若獅子戦?」
「ああ。しかも、組み合わせの運が良いとはいえ、来週は奈瀬と藤崎だろ? 勝った方が、院生初のベスト4入りだぜ」
和谷くんが、そんなことを言ってくる。
明日美さんと顔を見合わせ、肩をすくめる。
「誰と当たろうがベスト4目指して頑張るつもりだったけどね。私、今年はかなり良い感じだもん」
「まあ、プロ相手に2連勝できたんだから、そりゃ強くなってるよな。今年のプロ試験、周りが手強くて去年より厳しいかもな」
去年は塔矢くんだけが突出していた。今年は、私と明日美さん、越智くんが若獅子戦で2連勝、ヒカルも強くなってるし、伊角さんもいる。確定で枠が潰れたりはしていないけど、確かに勝ち抜くのは容易じゃないよね。
「ヒカル、午後から越智くんとだよね。プロ試験までに越智くんと対局できるのは最後だと思うし、頑張って」
「お、おう。越智にもあかりにも、簡単には負けねえよ。俺だってプロに勝てたし、塔矢とだって、あれだけの碁が打てたんだ。俺、もっと強くなるよ」
ギュッと握りこぶしを作って、気合いを入れている。元気で明るいだけだったのが、もうこんな引き締まった顔もできるようになってるんだね。
ぼんやりとヒカルを見ていると、隣の明日美さんがぼそりとつぶやいてきた。
「あかりちゃん、だらしない顔になってるよ」
ええっ、嘘。慌てて引き締める。
「はぁ。なんで気付かないのかね」
「ホントにね」
和谷くんの言葉に、明日美さんが相槌を打つ。うっ、ヒカルのことは自分で頑張るので、放っておいてください。
森下先生の研究会でも、塔矢先生の研究会でも、院生ながらに2連勝したのを褒めてもらえた。
私も明日美さんも、実力を認められたようで嬉しい。
「高段者との対局ほどではないが、勉強になるだろう」
「ふふふ、はい」
「何がおかしい?」
私が緒方先生の言葉に笑いを漏らすと、不審そうに首をかしげられた。ごめんなさい、馬鹿にしたんじゃなくて。
「森下先生にも同じことを言われました。勝負の場は、練習手合いとは違った緊張感があったはずだって」
「ああ。森下先生なら言いそうだな。森下先生も塔矢先生も、当然俺だって、ここで打つのとリーグ戦なんかで打つのとでは、全然違うからな」
塔矢くんや芦原さんだけじゃなく、明日美さんまでうんうんと頷いている。
「次に藤崎と奈瀬の勝った方がアキラくんと対局か。ここから人数が減っていくから、さらに注目されるな」
「2人で対局って、やりにくいんじゃない?」
「そんなことないですよ。勝負事である以上、当たることはあるし、プロ試験では絶対に対局しますし」
明日美さんが気軽に言ってくる。こういうところは、去年のプロ試験を経験しているだけあるよね。でも、1年ずっと一緒に勉強してきた院生で、星の潰し合いをするんだから、当たった時に勝ちを狙う姿勢は保たなきゃいけない。
「うん。ちゃんと、勝ちを狙いに行きます」
「簡単には負けないよ。塔矢くんにもね!」
「え、はい。僕も頑張ります」
「うーん? なんだか気迫が足りないなぁ。どうしたの?」
明日美さんが首をかしげるけど、本当にどうしたのかな。
様子を見ていると、緒方さんがぼそりとつぶやいた。
「で、思ったより強かったか? それとも、期待外れだったか?」
「……大手合いで打つ相手より、強いと思いました」
ヒカルの話だよね。今、塔矢くんが大手合いで打つのは、初段や二段が多い。そのあたりよりヒカルの方が強いってことよね。
少し前から思っていたけど、やっぱりヒカルの強くなる速度は異常。下手したら、プロ試験前に、私より強くなるかもしれない。
喜ばしいことなんだけど、置いていかれたくない。明日の対局、明日美さんに勝ちたいな。そして塔矢くんと、真剣勝負がしたい。
「ほう。じゃあ今年のプロ試験、楽しみだな」
私と明日美さんの方を見ながら笑う。
「知ってるか? saiがプロ試験を受けるかもしれないって話」
「え?」
そんな話、聞いたことない。ヒカルが受けるんだから、プロ試験を受けると言えば受けるけど、佐為じゃないと言えば佐為じゃない。
何がどうなってそんな噂が流れているのか、聞いてみたい。
「saiが現れて1年ほど。不定期ながら、頻繁に顔を出すし、プロではないのは確かだ。しかし、あれだけの腕を持っていて表舞台に立たないなんてことが、あると思うか?」
去年は間に合わなかっただけじゃないか、という話らしい。
良かった、何か確証があったわけじゃないんだね。
「私、少し前に打ちましたよ。あかりちゃんから教えてもらって」
「え、藤崎さんから?」
「どういうことだ、何か知ってるのか?」
塔矢くんと緒方さんが、勢い込んで言い募る。ひゃあ、塔矢先生もこっちに目を向けてきた。睨んでるつもりはないだろうけど、塔矢先生は眼力が強すぎて、ちょっとひるんじゃう。
「あ……。えーと。偶然だけど、saiがいるってあかりちゃんから連絡があったんです」
「ほう。藤崎は、打とうとしなかったのか?」
「私は、もう打ったことがあったので、明日美さんに持ちかけてみたんです」
「へえ、それはそれは、俺にも打てる機会を教えてほしいものだな」
「偶然ですから」
ああ、駄目だ。何とか塔矢先生や緒方さんと佐為を打たせてあげたいと思っていたけど、偶然を装うのは難しすぎる。
「今、いるかな。ちょっと確認してみるか。先生、パソコンを付けさせてもらいますね」
「ああ、いいだろう」
塔矢先生は、パソコンを使わないようだけど、棋譜整理とかで部屋にパソコンが置いている。
緒方さんは慣れた様子で起動させて、ネット碁のページに繋げた。
「藤崎、お前の名前でログインしてくれよ」
「何故ですか?」
「前に対局したことがあるんだろう? 縁起良いじゃないか」
明日美さんだって対局してるんですけど。あからさまに怪しいけど、固辞するのも変だし。こういう時って、何か企んでそうで怖いのよね。
「えーと。名前がgaifu。パスワードが……」
さすがにパスワードを漏らすような真似はしない。自分で入力して、ログインする。
「gaifu? どういう意味?」
「名前? 藤崎あかりだから、逆から見たらあかふじでしょ? 赤富士って言えば、北斎の凱風快晴が有名だから」
明日美さんの疑問に答えると、みんな驚いたような顔になった。
なんだろう。変なこと言ったかな?
「あかりちゃん、回りくどいのが好きだっけ?」
「そういうわけじゃないけど、簡単に個人情報に繋がるような名前を使いたくないなぁって……」
あ。うっかり前世の気分で名前を付けたけど、まだまだネットリテラシーなんて浸透していない頃かも。そういえば、明日美さんも塔矢くんも、自分の名前を使ってるね。
和谷くんは、好きなゲームキャラの名前を付けてたっけ。
「ほう。なるほど、確かにgaifuと見て、藤崎は想像できないな。saiも自分の名前とは全然違うものだと思うか?」
「さあ、どうでしょうか」
えーん、緒方先生の追求が厳しいよぅ。ヒカルの時はスルーしてくれたのに。
「緒方くん」
「……はい。それはそれとして、saiはいるか?」
塔矢先生が止めてくれて、ほっと一息つく。えーっと。ヒカルいるかなぁ。
私がここに来る時、ネット碁か碁会所なんだけど。
「sai、いますね」
「今の対局が終わったら、申し込んでみろよ」
はいはい。どうなるか分からないけど、逆らう手は打てないし、打つ気もあまりない。
相手はすぐに投了して、saiが空く。
対局待ちリストをページ更新して、すぐに対局を申し込む。他の人が対局を申し込んだ後ならエラーになるけど、エラーにならず待ちになった。
私だっていうのはすぐに分かるから、ヒカルと佐為で相談してるんだろうな。あ、受けてくれた。
「受けてくれましたね。塔矢先生か緒方先生、対局してみますか?」
「お前はいいのか?」
「明日、若獅子戦があるんですよ。今からsaiと打つって、疲れちゃいますもん」
私が言うと、緒方先生が少し目を輝かせる。ふふ、緒方さんにもこういう面があるんだ。
コホン、と咳払いして、塔矢先生に声をかける。
「塔矢先生、いかがですか?」
「いや、私は遠慮しておこう。碁石を持っての対局じゃないのは譲るとして、自ら打てない碁を打つ気はないよ」
「じゃあ、どうぞ。塔矢先生、こっちで並べますね」
緒方先生に席を譲って、塔矢先生のそばに行く。緒方先生はもちろん、塔矢くんもパソコンに夢中。ランダムで先手を決めて、こちらが黒、佐為が白で対局が始まった。
「塔矢先生、もしsaiが緒方先生に勝ったら、ネット碁を覚えてみませんか?」
「私が? 何故だね?」
「saiと打ってみたくないですか?」
「表舞台に出ない者とは、打つ気はないよ」
塔矢先生は、前言撤回しない。うーん、どうしたものかな。
「もしかしたら、ネット碁しか打てないかもしれませんよね。身体の都合とか、立場とかで。その場合でも、やっぱりsaiは打つに値しないでしょうか?」
「ふむ……」
佐為と緒方先生の碁を盤面に打ちながら、話を進める。塔矢先生は、少し悩んで口を開く。
「緒方くんとの碁も、ここからどうなるか楽しみだな」
はぐらかされた……のかな?
塔矢先生らしくないけど、私が性急すぎたかもしれない。焦ることじゃないし、今は緒方先生と佐為が対局できただけで十分かな。
「もし、緒方くんに勝つようなら……」
凄く小さな、間違っても対局中の緒方先生には聞こえないつぶやき。驚いて顔を上げると、塔矢先生は小さく笑みを浮かべた。
「それほど時間に余裕があるわけじゃないから、対局できるようになるのがいつになるかは分からないがね」
「はい」
塔矢先生には、私がネットのsaiと何らかの関わりがあるって気付かれているかもしれない。下手したら、緒方さんにも。
でも、彼らはそれを言いふらすような性格じゃないし、様子見でいいかな。
対局が進み、佐為の優勢がはっきりと現れてくる。中盤を越えて、ヨセになる。緒方先生が、3目半ほど不利。この差を覆すのは、難しいだろう。
そう思っていると、緒方先生が舌打ちして、投了した。
「sai……。これほどか……」
打ってみて初めて、相手の強さが身にしみるんだよね。間違いなく強いのは分かっていても、緒方先生ほど打てたら、自分なら勝てる目はある、と思うのが当然。実際、今まで見た中で、一番苦戦していたと思う。
「お疲れ様でした。すみません、私のアカウントで打ってもらっちゃって」
「ああ、そんなこと。むしろ悪かったな、負けてしまって」
負けたと言っても、相手は佐為だし。とはいえ、今は緒方先生も相手が佐為だとか関係ないだろう。急な対局だったとはいえ、本気で挑んで負けた。
なぐさめの言葉なんてかけられたくないだろうし、かける権利もない。
「遅くなってしまったね。今日は解散しよう。来週、緒方くんとsaiの対局を検討でいいかね」
時計を見ると、塔矢先生の言う通り、普段なら解散している時間になっていた。手早く部屋の片付けをして、家を出た。
帰り道は、明日美さんと一緒に駅まで歩いている。
「あかりちゃん、運が良いよね」
「え?」
「sai。一週間に、多くて1回か2回だし、時間も不定期なのに、何度も見つけてるし」
あはは。確かに、事情を知らなければ運が良いように見えるよね。
あまりぼろが出ないように話を合わせる。
「ともかく、明日はよろしくね。簡単には負けないよ」
「うん、もちろん。私も全力で頑張ります」
明日、楽しみだな。明日美さんと本気の勝負をやって、勝てたら塔矢くんとも対局できる。
塔矢くんが負けたら別の人だけど、塔矢くんが負けるとは思えない。
打てば打つほど、塔矢くんの凄さが分かる。私たちはもちろん、冴木さんや芦原さんと比べても、読みが鋭い。むしろ塔矢先生や緒方さんに近いと言うべきかもしれない。
そんな人が、プロになってまだ二ヶ月弱だっていうんだから、とんでもないよね。
家に帰って、早々にヒカルの家へ向かった。
「ヒカル、今日はごめんね」
「いや、全然構わねえけど、あれ、相手誰だったんだ?」
「えっと。緒方先生」
「ああ、なるほど。佐為が、今までで1、2を争う実力だって言うからさ」
前に打った韓国の人とどっちが上か、というほどの強さだったという。
「おかげで佐為がはしゃいじゃって、ウザいったらこの上ねえよ」
「そうなんだ。でも、ヒカルも勉強になったんじゃない?」
「まあな。あれだけ佐為と打てるんだから、緒方さんだっけ、あの人も大したもんだよな」
「うん。そうだ、そのうち塔矢先生とも打てるかもしれないよ」
私の言葉に、ヒカルがわっと耳を塞ぐ。
佐為ってば騒ぎすぎ。嬉しいのは分かるけど。
「ぜひ打ちたいってよ。でも俺、バレるのは嫌だぜ」
「うん。分かってる。バレない範囲でやってる。というか、決定的な証拠がなければ、何も言いようがないよ」
「ならいいけどよ。塔矢とだって打ったし、佐為がバレて俺が打てなくなるのなんて嫌だぜ」
「ヒカルはヒカルだし、佐為も佐為としてネット碁で打てるし、これからもきっと大丈夫」
ヒカルとそんな話をしつつ、1手10秒の早碁を打つ。早碁にも慣れたし、先週真剣勝負でミスせず勝ちきったからかな。打っている途中に焦ることもほとんどなくなった。
うん。先週の対局で、凄く手応えを掴めた。今年のプロ試験、ヒカルと一緒に受かりたい。
そのためにも明日、全力で打とう。