FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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話としては昨日の続きです。長いので分割されました。


幕間の物語「ローマ前夜②」

>>> [2/3] アーネンエルベの止まり木

 

 喫茶&BAR【アーネンエルベ】。

 カルデア施設内に設けられたこの店は、昼間は喫茶店として営業し夜はバーになるらしい。

 もっともカルデアにはきちんと設備の整った食堂があるそうで、飲むにせよ食うにせよこちらは基本閑古鳥が鳴いているとの話だが……。

 

 第二特異点開放までの数日、雇われバーテンダーをやっている。

 先日オルガに金の無心をしたところ、金はくれなかったがここのバイトを紹介してくれた。クー・フーリンが余計なことをしなければもう一声イケたと思うんだが、それも終わった話。仕方ないというやつだ。

 

 本来の店のスタッフは、俺とは逆に第二特異点解放まで休暇を取るらしい。カクテルとかは作らなくていいから、とりあえず店を開けておいてくれとだけ頼まれている。来るのは運営(カルデア)の人間だけだし、飲みたい客は勝手に店のものを取って飲むとのこと。それでいいのか……?

 

 とはいえ、実際店を開けてみると客がいる間は意外と忙しかった。

 仕事引き継ぎした初日以外はワンオペなので、客が取った酒の補充をしたりウェイターの真似事をしたり使用済みのグラスや皿を洗ったりと、それだけでバタバタ時間が過ぎていく。慣れれば多少マシになるんだろうが、慣れるほど勤続する予定はない。

 客がいないときには店のカクテルブックなんかを読んで見様見真似で作ってみるが、なかなかそれらしいカクテルを作るのは難しかった。というかまず同じものを作ってるはずなのに味が安定しない。レシピ通り測って混ぜるだけでも、裏には様々な技術やコツがあるんだろう。

 

 そんなバイトも今日で最終日だ。

 明日からは第二特異点に行くつもりなので、穏やかに仕事納めを迎えたい。正確に言えば日付的には『明日』ではなくもう『今日』で、バーの営業時間もとっくに看板(クローズ)なのだが、カウンターでは知らないお姉さんが隣の席のお兄さん相手に管を巻いている。

 

「……聞いてます!? わたし今日もずぅっと仕事だったんですよ! そして明日も、明後日も! 一日中プレイヤーの益体もない書き込みを消したり隔離したり、クレーム対応やら通報対処やら、なんでこんなことしなきゃいけないんですかね!? わたしは人類の未来を守るためにカルデアへ来たのに、どうして掲示板の治安なんか守る羽目になったんでしょう…………おかわり! 同じのロックで!」

 

 カン、とグラスが差し出されて注文が入った。ラストオーダーはとうに過ぎているが、まあ最後くらい良いだろう。かしこまりまして。

 俺はスッと氷を取り出す。バーテンダーの技量はともかく、ここのバーの氷はすごいぞ。なにせ全て南極の氷だそうだからな。どういう仕入れルートかは知らんが、俺なんかが雑に使うのはもったいない気さえする。

 琥珀色の液体に氷を投入すると、パチパチと炭酸みたいな音を立てて気泡が出てくる。南極の大地で空気を含んだ雪が解けることなく圧縮されて作られる氷だからこその現象だ。理屈がわかっていると子ども科学実験みたいな趣きがあって楽しい。

 

 だがお姉さんには科学キッズ的な心の余裕がなかったらしい。グラスを掴むとカッとアルコールを流し込み、「もぅマヂ無理。。。リスケ(有給取得)しょ。。。」などと呟きながらテーブルに突っ伏した。見かねたお兄さんが肩を貸しながら店を出ていく。代金はカルデア社の給料から天引きで払われるそうで、金の管理をする必要がないのはバイトとしても大変気楽で良いことだな。

 最後の客がいなくなったので残されたグラスと皿を回収して手早く洗い、入り口の立て看板を店内に戻した。

 あとは片付けと施錠をして帰るだけだが……。俺の手がはたと止まる。

 

 ……今のお客さん、掲示板の中の人だって?

 バーの中で知った情報をお外に漏らすのは御法度らしいのだけど、内心動揺してしまった。幸い相手は、目の前のバーテンダーが今まさに掲示板で絶賛炎上中のプレイヤーであることには気づかなかったようだが……。クー・フーリンをマイルームで寝かしといてよかった。いい加減あいつの調子が戻らないと明日からの特異点攻略に差し障るので、社会(ゲーム)復帰の第一歩としてバイトの助っ人にでも駆り出そうかと思っていたのだ。流石にバーでサーヴァントを働かせていたら即バレだっただろう。

 

 そしてもうひとつ、動揺すべきことがある。これまで全力で目をそらしてきたのだが、いい加減それも限界だ。

 

 ……なんで俺はゲームアカウントにログインしたまま、運営会社の中で働いてるんだ!?

 

 さっきの掲示板管理人さん(?)含め、夜な夜な生身のカルデア職員さんにお酒を提供しているわけだが、俺は依然としてゲームアバターのままなのだ。現にこうして、

 

「ステータスオープン!」

 

 とやれば、ババッとステータスウィンドウが視界に現れる。俺達が一年半以上にわたって慣れ親しんできた『FGO』ゲームアバター以外の何物でもない。

 ならばゲームと現実の境界はどこにあるのか。もし俺が本当にクー・フーリンをここに連れてきていたら、ゲーム内NPCが現実に出現することになったのか。いつだったか、「これは全てゲームだ」とクー・フーリンは言っていた。では今はどっちだ? ゲームを介して現実に介入している現状は。

 情報フィルタリングの封印が解けられた以上、聞けば答えが返ってくるんだろう。だが、この状況を説明できる答えとは? 激ヤバな予感しかしない。深く考えると脳がおかしくなりそうだ……。

 

 少し頭を冷やそう。

 俺はグラスを手に取り、冷たいミルクを注いだ。一息に飲み干せば、頭がシャッキリと冴え渡る。

 冷静になった途端、一層大きな不安が押し寄せてきた……。

 

 ……頭を冷やすのはやめよう。

 俺はグラスを手に取り、スト■ングゼロを注いだ。一息に飲み干せば、頭がぼんやりと鈍くなる。

 【状態異常:酩酊】。VRでも変わらず良く効く、飲む福祉。なぜこんな酒がバーにあるのか。こいつに希少な南極の氷を投入するのはこの星の自然に対する冒涜ではないか。押し寄せる疑問と不安が不明瞭にぼやけていく……。

 

「──まだ入れるかね?」

 

 突然、店のドアが開いて客がやってきた。

 いや、もう終わりなんですが……そう答えようとしたところで、来客の素性に気づく。ムキムキマッチョのライオンマン。ディレクターのエジソン氏だ。その後ろから、【ノーリッジ】のクランリーダーにして最近はすっかり運営関係者と化しているエルがついてきた。

 VIP。VIPの来店だ。

 

「食堂がもう閉まっていてな、悪いが少しここで飲ませてほしい」

 

 閉店時間はとっくに過ぎているが、今更も今更だ。通しても良いだろう。

 退勤意欲を珍客への興味が上回ったので、二人を席に案内することにした。おしぼりと乾き物を出しつつオーダーを聞く。

 

「いや、勝手にやるので気にしないでくれたまえ。君も仕事上がりだったのだろう?」

 

 エジソン氏がそう言って立ち上がり、酒棚からボトルを取った。そういうことなら、と氷とグラスだけ出しておくことにする。ついでにエル用の灰皿も。

 

「すまんな」

 

 そう言ってエルは煙草に火をつけた。フゥーッと煙を吐き出す。

 

「君は明日から第二特異点に行くのか?」

 

 え、俺ですか? 一応そのつもりですが。この数日いろいろ金策を考えてみたんですけど、結局『FGO』内で金を稼ぐなら何やかんや特異点でクエストこなすのが早いんですよね。オルレアンのときも開幕直後が一番クエスト多かったんで、とりあえず現地行ってみて何するか決めようかなって。

 

 ……ディレクターの前でする会話じゃないな、これ?

 だがエジソン氏は気にした様子もなくグラスの中の酒を飲み進めているので、俺も気にしないことにする。

 

「そうか。……オルレアンでの成果を鑑みて、君には自由に行動してもらったほうが良いだろうということになっている。情報だけは密に共有してもらいたいが、そこは君の友人の『レディ・オルガ』と上手くやってほしい」

 

「ああ、彼女とクー・フーリンのマスター、それにマシュ君のマスターは皆同じ所属だったか。君といいリツカ君といい、よくよくサーヴァントに縁のあるクランだな」

 

 ちょうど思い出したという様子でエジソン氏が話に乗ってきた。どうやらオルガはディレクターからも認識されているようだが、実際運営の中じゃどういう立ち位置なんだろうな? ネトゲ仲間のリアル事情なんて踏み込むもんじゃないと分かっちゃいるが、かと言って気にならないわけでもない。

 

 ……というかエジソン氏、サーヴァントなんだよな……? なんでライオンマンなのかは知らんが、それが運営ディレクターをやっていて、現実(リアル)のカルデア施設を歩いている……。

 そして一方、マシュさんは逆だ。NPCじゃないらしいのにサーヴァントをやっている。デミ・サーヴァントって言うんだっけ? 名前が違うってことは何かしら普通のサーヴァントとは違うんだろうが……。

 

 フィルタリングが無くなった今、聞けば答えが返ってくる。それは裏を返せば、聞かないのは俺が「知らない」ことを選択をしたということだ。選択には責任が伴う……。クー・フーリンが言う通り「これは全てゲーム」だと心底信じ込めるなら責任なんざ気にもしないんだが。あいつめ、何も言わずにフィルタリングを続けてくれりゃよかったものを。

 今更のように心中で恨み言を言いながら、ぶり返しそうになる不安を努めて無視しようとする。

 

「そういえば、君は結局どこまで現状を把握した? クー・フーリンからの制約は解除されたと聞いたのだが」

 

 しかしエルがフィルタリングの件をピンポイントで掘り返してきた。なぜその話を知っている。

 

「どこまでって……。まあ、まだ特に何も聞いてないですよ。この間オルガと飲んだときにそういう話になったんですけど、具体的なことを聞けるようなノリでも無かったんで。……ところでこういう情報って、運営の人たちに共有されてるんですかね?」

 

 答えるついでに探りを入れてみると、エルはあっさり「そうだ」と答えた。

 

「基本的に運営はプレイヤー個々人について立ち入らないが、君の場合はサーヴァント絡みだからな。円滑な関係を維持するためにも、彼らの要望には応えられるよう配慮している。これは何もクー・フーリンに限った話ではない。例えばディルムッドもそうだし、清姫については専用の対応マニュアルが作成されている」

 

 対応マニュアル? ……って、ああ。うっかり嘘つき判定されないようにね。SCPみたいな扱い受けてんな。

 

 一方ディルムッド、つまりライネスのランサーについては掲示板がちょっとした騒ぎになっていた。ファヴニール戦で援軍に来た彼の頭部がだいぶ愉快なことになっていたからだ。俺はスクショを見ただけだが、きっと第二特異点にも来るだろうし遭遇できるのを楽しみにしておこう。

 

「サーヴァントのマスターには特異点修復のためいくらかの協力をしてほしいが、それ以外は好きにやるといい。我々は可能な範囲においてプレイヤーの自主性と多様性を尊重する」

 

 エルが紫煙を(くゆ)らせながら言う。そうなんスか? オルガに聞いたのとはいささか違う見解みたいですが。

 

「確かに効率性と合目的性を重視するなら、彼女の主張するように全てのサーヴァントマスターには運営への積極的な協力を要請すべきなのだが。しかし多様性とは、我々に残された数少ない優位性だ。みすみす失うのも惜しいだろう?」

 

 ……多様性が優位性とな。

 

「そうだとも。有史以来、人類史上には数多の英雄や賢王が現れてきたが、その誰一人として現代世界ほどに個人の自由や多様性を重要視することはなかったし、それが実現できる社会を構築することもなかった。未だ道半ばとはいえ、人類は間違いなく過去にない方向性を獲得しつつあると言えるだろう。そしてそれは、限られた人的資源を徹底的に活用しようとする志向でもある。倫理的でありながら、極めてビジネスライクな話でもあるのだよ。

 運営としてプレイヤーに投資する資源の量はそれなりに負担であるものの、人材は替えがきかないからな。ふ、『FGO』プレイヤーの多様性など人類全体からすれば笑ってしまうほどに小さなものだが……それでも君たちは我々の方針の正しさを証明してくれた。あのオルレアンで、魔術もまともに使えない、プレイヤー個人として決して強力な戦力とは呼び難い君たちが、成り行きもあったとはいえ予想を大幅に上回る修復への貢献を示したことでな」

 

 エルが俺たちを褒めている……? すごい珍しい経験をした気がするぞ。

 そしてプレイヤー個々人の自由を重んじてくれるのは良いことだな。ていうか曲がりなりにもゲームの運営やってるんだから当然といえば当然なんだが。俺にせよリツカにせよライネスにせよ、それぞれ違った形でマスターやってていいと御墨付をもらえたのは正直言って気が楽だ。

 しかし、あの不寛容無慈悲で鳴らしたカルデアがダイバーシティ&インクルージョンとか言い出すとは思わなかった。失礼ですが、倫理観とかちゃんとあったんですね。

 

「ふむ。君の認識はともかく、我々カルデアと社会責任とは切っても切り離せない関係にあるのだがな。企業としての社会的責任(Corporate Social Responsibility)、いわゆるCSRを抜きにしてもだ。君はMDGsを知っているかね?」

 

 それまで俺達の話を横に酒と向き合っていたエジソン氏が話題に乗ってきた。

 MDGs。ニュースで聞いたことはありますけど……。国連の今後の目標みたいなやつ。

 

「そうだ。ミレニアム開発目標、すなわち開発分野における国際社会共通の達成目標だ。2000年から2015年までの間に達成することを目指していたもので、今年がその最終年だからニュースにもなっただろうな。そしておそらく、今年の秋にはMDGsを継承する次なる開発目標が採択されるはずだったのだが……」

 

 エジソン氏が解説してくれる。……過去の人物(サーヴァント)にニュース解説される現代人ってどうなんだ? もう少し真面目に勉強しておくべきだったか。個人的にはわりと真面目な生徒だったと思ってるんだけどな。

 

「公開されている社史を見てもらえば分かるが、もともとカルデアは国連関係から支援を受ける研究所として発足していてな。正式名称を【人理継続保障機関フィニス・カルデア】という。継続、言い換えれば持続可能性(サステナビリティ)だ。現代の国際社会において持続可能性は極めて重要なものだと認識されているし、『ある意味で』それに多大な貢献を成しうるカルデアが密かに多くの支援者から賛同を受けていたのも、決して持てる技術の特異性だけが理由というわけではないのだよ。ビジョン。大切なのはそれだ」

 

「国連の次なる開発目標はまだ採択されていないが、ミスター・エジソンの言うように、まず間違いなくサステナブル(Sustainable)の文言はどこかに入るだろうな」

 

 ふうん。ミレニアムの次はサステナブルね。さしずめSDGsとでも言ったところか。俺たち一般人からするとだいぶ遠い世界の話にも感じられるが。こういう世界の未来みたいな話を一人ひとりが考えることが大事だよとはよく言われるけどさ、具体的に何が出来るかっていうとなかなかね。

 俺がそんなことを言うと、エジソン氏がニヤリと笑った。

 

「何を言うかと思えば。いいかね、今の君にはまったく簡単なことだ。マスターとして我々カルデアに協力すればいい。それが我々の助けとなり、ひいては人類の未来にもつながることだろう」

 

 ……。

 まあ、出来る範囲でがんばりますね。

 

 

 ……そして企業化したカルデアが今どれほど国連に関わっているかは知らないが。

 

 未来。

 未来ねぇ。

 

 いつだったか、クー・フーリンがこの戦い(ゲーム)には俺達にとって最も大事なものが懸かっていると言っていた。曖昧であるからこそ価値のあるものだと。そして、過去改変モノとして歴史上の七つの特異点を用意した『FGO』のメインシナリオ。

 

 ……懸かっているのは『俺達の未来』なのだろうとは想像できる。ただゲームと現実の区別がつかないだけでな。

 

 エルが苦笑する。

 

「そこからだったか。まあ、クー・フーリンにも考えがあるのだろうし口は出さんよ。ああ、でも君の疑問に答えるのは良いんだったな?」

 

 そうみたいですね。

 

「では、そうだな。時間があるときにでもフィリップ・K・ディックの『高い城の男』を読んでおきたまえ。カルデアが収蔵する図書資料のどこかにはあるだろう。内容もそうだが、個人的には現代日本人がアレを読んでどう思うかも気になるところだ」

 

 ディック。ディックか。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』とか書いた人でしょ? 名前は知ってるけど、古典SFはちょっと気合い入れないとハードルが高くてなあ。うん、いい機会だし第二特異点の間に読んでみるか。

 

 エジソン氏が立ち上がり、別のボトルを取って戻ってくる。

 もう一本飲んだのか? 確かに元から量はあまり入ってないボトルだったが。

 

 補充を出してこよう。俺は二人に一言断り、地下の倉庫に向かうことにした。あそこ、無駄に酒の種類が多くてな。ちょっと時間はかかるかもしれないが、まあ二人の様子を見る限りたぶん問題ないだろう。

 

 

 

>>> [3/3] 『FGO』開発秘話

 

 

 カウンターで作業しながら話に応じていたクー・フーリンのマスターが店の奥へと消えていく。

 エルメロイⅡ世は紫煙を吐き出した。

 

「……カルデアの協力者として言うのも何だが、ダイバーシティ&インクルージョンなどと真面目な顔で話すことになるとはな。過去の特異点で異常の原因となっている古き神秘や(いにしえ)の魔術師たちと、我々現代の魔術師が、同じ魔術的価値観の土俵でやり合うのは確かに分が悪い。とは言え、時計塔の連中が聞けば腹を抱えて笑うだろう」

 

「気にする必要があるのかね? 世界は魔術で回っているわけではない。人類の大多数にとっては、そういう魔術師の考え方こそが非常識であり異端だろう。……まあ、そのごく少数派に属する我々の双肩に人類の未来が託されるというのは、なんとも皮肉な話だがな」

 

 エジソンはグラスの中の琥珀色の液体を揺らす。

 浮かべられた氷がカランと涼しい音を鳴らした。

 

「そういえば、ミスター・エジソン。貴方がカルデアに召喚されたことが今の『FGO』開発につながったと聞いているが、具体的な経緯を聞いたことはなかったな。この場でお伺いしても?」

 

「む、そうだったか。……ふむ。ちょうど人もいないし問題あるまい」

 

 エジソンはグラスをカウンターに置き、昔を思い出すような遠い目になる。しばしの間をおいて、彼は話し始めた。

 

「私がカルデアに召喚されたとき、まだカルデアの召喚システムは不安定でな。実際にはマシュ君の後、私以前にも召喚は試みられたらしいのだが、いずれも上手くいかなかったらしい。そして所長が交代した後もその試みは続けられ、晴れてこの発明王の出番となったというわけだ」

 

「不安定な召喚システム……」

 

「うむ。まあ、喚ばれたサーヴァントが強く望めば現界を維持する方法もなくはないのだが。それを選ぶサーヴァントが当時来なかったということだな」

 

「しかし、貴方はそれを選んだ。……それほどにカルデアの技術への関心が?」

 

 エルメロイⅡ世の言葉に、エジソンは目を細めてグラスを眺める。その心中に浮かぶ感情がいかなるものか彼には分からなかったが、それは普段の溌剌(はつらつ)とした姿とは大きく異なる印象を与えるものだった。

 

「…………君は、たしか独身だったか?」

 

「!?」

 

 突然アラフォー独り身であることに言及され、エルメロイⅡ世は思わず咳き込みそうになる。

 

(──ファック! 親戚でもないのに「まだ結婚しないの? 誰かいい人とかは?」みたいな話をするのはやめてくれないか。いや、親戚にそういう話をされるのも断固として拒絶したいところだが。義妹(ライネス)とか。あと義妹(ライネス)とかな……!)

 

 ……そんな言葉を口に出さないだけの社会性が彼にはあったので、気を落ち着けるように新しい煙草に火をつけながら既婚子持ちディレクターの言葉を待つことにした。

 

「私は生涯において二度結婚し、六人の子に恵まれた。君も知っての通り、私は偉大な発明王であったが……しかし一方で良き夫、あるいは良き父親であったかと言われれば、そうではないのだよ。家庭を顧みず研究に没頭していた私は、子どもたちとの関係を適切に構築することが出来なかった」

 

「……」

 

 父親どころか夫ですらないエルメロイⅡ世には、告白された「父親の悩み」に何とコメントすれば分からなかったが、その苦悩の大きさだけはひしひしと感じられる。

 

「それでも子どもたちはそれぞれに人生を歩んだ。史書に名を遺すだけの功績を挙げた者もいる。……だが、私は…………今でも悔やまれてならないのだ。特に、私の長男トーマス・ジュニアのことを思うとな」

 

 トーマス・エジソン・ジュニア。

 その名前は聞いたことがあった。エジソンの息子でありながら、その発明の才を受け継ぐことの出来なかった男。彼に与えられた後世の評価は「発明家を名乗った詐欺師」であった。そしてその不名誉な評価すら、あのエジソンの息子という肩書きがなければ記憶に留められることもなかっただろう。

 

「……私は、子どもたちに父の仕事の素晴らしさを知ってほしかったのだ。そして誇ってほしかった。お前たちの父は人類の未来を照らす偉大な発明王なのだと。……だが、神は我が子すべてに発明の才を受け継がせはしなかった。そして息子は……ジュニアは。この父の名の重さに人生を押し潰されたのだ。発明の才もないのに発明家として生きようとし、失敗と失意にまみれることになった。私も生前は何度も衝突した。しかし今思えば、きっと他の生き方もあっただろうに……そう考えると、悔やんでも悔やみきれるものではない」

 

 エジソンは重く苦いものを吐き出すように語った。

 エルメロイⅡ世は、「それ」こそがエジソンの動機なのだと気づく。もちろん、カルデアの持つ技術への興味関心もあっただろう。だが、彼が前所長の計画の方向性を大きく転換し『FGO』を開発するに至ったのは、おそらくそれだけが理由ではない。

 

「なるほど。貴方は、オルガマリー・アニムスフィアに自分の息子を重ねたのか。そして、彼女に待つ未来の破滅を憂慮した」

 

「……そうだ。人は、誰しも思い願う才能を持って生まれるわけではない。ジュニアが発明の才に恵まれなかったようにな。オルガマリー所長は……こう言っては何だが、当時のカルデアの所長を務めるのに十分な能力を持っていたわけではなかった。才能が無かったわけではない。ただ、その方向性が天文の長として人の上に立ち、人理の先へ人を導く方向に向いていなかったと言うだけだ。だが、カルデアには先代の目的を継がせるならよほど良い人材がいたのでな。それで色々と問題が起きていた」

 

「……キリシュタリア・ヴォーダイムだな。ヴォーダイム家の当主にしてマリスビリー氏の一番弟子だったと聞くが」

 

「ああ。彼と彼女を知る者はしばしばこう言っていたよ。『キリシュタリアの方がオルガマリーよりアニムスフィアの後継にふさわしい』とな。確かに彼は、才溢れる若者だった。だが……魔術師が家を継ぐというのは合理性だけによる話ではないのだろう? 文字通り、受け継がれる血統こそが家系(アニムスフィア)であるならば。二人の間にどれほど能力や適性の差があったとしても、血の繋がった娘であるオルガマリー・アニムスフィアはカルデアを継がなければならなかった。まったく合理的な人選でないと本人さえ知りながらな。

 それ自体は仕方のない選択ではあるだろう。…………だが私は、その選択が至る結末(はめつ)を知っている。だから変えねばならないと思った。多少なりとも彼女の意思と適性を活かせる方向へ」

 

「それが『FGO』だったというわけか」

 

「まあ、正直に言えばゲームである必要もなかったのだがね。そこは私の好奇心と発明魂によるものだと言っていい。とにかく、マリスビリー・アニムスフィアとキリシュタリア・ヴォーダイムの能力の方向性にオルガマリー・アニムスフィアのそれがそぐわない以上、ただ遺されたカルデアを受け継がせるだけではいけないと思ったのだ。どうあがいても彼女がカルデアの長になることを変えられないならば、いっそカルデアの方を変えてしまえば良いのだとな」

 

「……発想の転換だな。コロンブスもそんなことはしないだろうが」

 

 コロンブスの卵を叩き割ってオムレツにするような、いっそ暴力的とさえ言うべき転換ではあろう。おそらく、多くの人々の人生を狂わせることになったはずだ。たとえば、当初のレイシフト計画においてマスター候補とされていた魔術師たちの。事業の方針転換に賛同できずカルデアを去った職員たちの。そしてデミ・サーヴァント実験のため調整されたマシュ・キリエライトのような、旧カルデアの計画に関わっていた者たちの人生を。

 

 エジソンはそれら全てを知りながら、それでも自身の選択を肯定し、遂行した。きっとそれは、人の上に立つ者にふさわしい素質のひとつなのだろう。古来「王」あるいは「長」と呼ばれた者たちに求められたような、決断と実行の素質。エジソンは人類史に名を残す発明家であると同時に、人類史に名を残す実業家でもあるのだ。世界最大の多国籍企業ゼネラル・エ■クトリック創始者の名は伊達ではない。

 

「……だからというわけではないが、あのバーテンダーの彼がオルガマリー所長の良き友人であるのは、見ていて悪い気がしないのだよ。実際、彼が思った以上の貢献を果たしたことで、彼との連絡関係を構築していた所長もまた一定の評価を得た。それがなくとも、彼女はカルデアの代表として仕事はしていたと思うがね。

 言うまでもないことだが、私はカルデアのサーヴァントとして、そして『FGO』のディレクターとして人理を守る。先代マリスビリー・アニムスフィアの遺志はきちんと今のカルデアに受け継がせるとも。だがそれ以外の部分においては、私は私なりに……かつて愚かな父親であった償いとして、今を生きる若者たちに、どうか自分なりの人生を生きてほしいと願うのだ」

 

 いつもの情熱と勢いに溢れた語り口ではない、真摯な口調でエジソンはそう締めくくった。

 折よく、店の奥から地下へつながる階段を登ってくる足音が聞こえてくる。

 

「いやー、カウンター空けちゃってすみませんね。ボトル探すのに手間取っちゃいまして」

 

 そう言って『彼』はボトルを棚に収め、

 

「あれ? 何かありました?」

 

 こちらの様子に気づいたらしい。

 だがその瞬間、エジソンがつい先程までとは打って変わったように豪放磊落な表情になる。なにか閃いたという顔だ。

 

「──ム! 閃いた! 閃いたぞ! 君、たしか第二特異点に行っても資金稼ぎ以外特にやりたいことは無いのだったな? では、私から君へ仕事(クエスト)を発注しよう。今日、医務室の方から連絡があったのだが、オルレアンから回収した魔女ジャンヌ・オルタナティブのバイタルがかなり安定してきたらしい。あるいは明日にも目覚めるのではないかとな。だが、折悪しく明日から我々は第二特異点に掛かりきりだ。そちらに割ける労力は限られている……。

 そこでだ! 君とクー・フーリンに、彼女への対応を依頼したい。どのように対応するかは現場の裁量に任せるが、とりあえず目覚めた彼女によって周囲に被害が出ないようにしてほしいのだ。なに、報酬は山ほど出そう。特異点で小さなクエストをいちいちこなすより、よほど効率は良いと思うが……どうかね?」

 

 カウンターの向こうでクー・フーリンのマスターの目が欲望に輝く。

 そもそもからして金欠でバーテンダーのアルバイトをしていたようなプレイヤーである。返事など、聞くまでもないことだった。

 

 




ちょっと今週末バタバタで更新前の見直し修正が出来そうにないので、2章プロローグを日曜夜か月曜に延期させてください。お待たせしてしまいすみませんが、よろしくお願いします。


◆トーマス・エジソン・ジュニア
 エジソンと息子の話が気になる方は、ハーメルンに投稿されている『サーヴァント達の家族になりたいだけの人生だった。』というSSの第6話『エジソン 息子』がオススメです。カルデアのサーヴァントがそれぞれ自分の家族を語るという短編集なので、いきなり6話からで大丈夫ですよ! お気に召しましたら他の話もぜひどうぞ。


◆カルデア召喚英霊第三号
 実のところ、ダ・ヴィンチちゃんがカルデアに来なかったことにそれほど積極的な理由はありません。というか、マリスビリー時代のカルデアとかダ・ヴィンチちゃんの描写があまり無くてよく分からないので、正直ストーリー上で必要にならない限り設定詰めなくていいのでは?などと思ったり。どっちも今いない人だし。
 まあ、星の巡りが悪かったんじゃないですかね?
 きっと運命力が足りなかったんですよ(適当)

 ダ・ヴィンチちゃんが来ない→カルデア技術部に彼女が加入しない→次なる英霊召喚も上手く進まない→ぐだぐだ、みたいな流れの中でマリスビリーは去りました。その後やってきたエジソンがレフ&ロマニと色々頑張って遅れを取り戻した……というか計画そのものが別物になった。

◆マシュ……?
 エジソン「君にも自分なりの人生を生きる権利がある!(無菌室から解放&行動の自由付与)」
 じゆうってこわいね。
 エジソンなりにマシュを思いやっての事だとは分かるので、マシュはエジソンに対してはほとんど悪感情持ってないです。もしあの人が来なければどうなっていたんだろう、くらいは思ってるかもしれませんが。

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