FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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幕間の物語「限定破戒領域 トレーニングルーム」

 【トレーニングルーム】。かの地には『FGO』世界の悪徳が住まうという……。

 

 

>>> [1/3] 悪徳の地へ

 

 

「武器を見に行かないか?」

 

 ふとした思いつきにクランメンバーを誘ってみると案の定乗ってきたので、一緒に買い物をすることにした。

 

 第一特異点修復完了(クリア)から第二特異点の正式開放までの間、一週間の準備期間が宣言されていた。もちろん運営(カルデア)による運営(カルデア)のための準備期間だ。

 

 むしろ前線組のプレイヤーたちはオルレアンで『24』ごっこを見事こなした結果、その激動の一日から一週間のバカンスに叩き込まれた反動で暇を持て余している。

 別に俺たちだって手ぐすね引いて待ってるわけじゃあないんだが、一般にゲームプレイヤーってのはイベントを求めるものだ。ソシャゲだって、一線級のタイトルなら一週間も二週間もイベントが無い虚無期間を続けることは許されない。

 

「うーん……なんて言えばいいのか分からないけど、『イベント』って意味ならリリース一年半イベント無かったわけだし今更じゃない?」

 

 集合場所に5分早くやってきたリツカが微妙に歯切れの悪いフォローを入れる。その三歩後ろには当然のように清姫が付き従っていた。現地NPCだったはずなのに、オルレアン修復(クリア)後に黄金の粒子となって消えた他の連中とは違い、なぜか一人カルデア居残りをキメた系女子である。どういうことなの……?

 詳しい経緯を聞きたい気持ちはあったが、同時に無遠慮な立ち入りを避けたいという倫理的配慮が俺にもあった。これから行く地獄の【トレーニングルーム】に住まう倫理観欠如プレイヤー共とは違ってな……!

 

「眠ィ」

 

 一方うちの同行者(クー・フーリン)は大あくびをかましている。こちらはファヴニールとの決戦で宝具もどきの極限投槍術を使用した反動からまだ回復していない。別段具合が悪そうとかそういうことはないのだが、いまや一日に発する言葉の半分は「眠ィ」か「(だり)ィ」のどちらかだった。これがパワプロなら【さぼり癖】でも取得したのかと疑うところだぞ。

 

「おまたせしましたー」

 

「うわっ、お前らも使い魔連れてきたのかよ。そうならそうと事前に言っとけよ」

 

 おっと。セオさんに連れられて、開口一番苦情を言いつつウチのリーダーがやってきた。

 使い魔ワイバーンの姿が今日は見当たらない。聞けば、邪魔になるから留守番させてきたとのことだった。だがセオさんはシャドウエミヤを連れている。つまりウチのメンバーで真にぼっちなのはリーダーだけ……俺はニヤニヤした。あっ痛! いきなり殴るのは反則! 反則です!

 

「うるさい、平クラン員風情がリーダーの僕に口答えするんじゃない! メンツ揃ったんだからさっさと行くぞ!」

 

 一番最後にやってきたリーダーがそう言って先頭を進み、俺たちはダラダラとその後ろに従った。当然といえば当然だが運営で忙しいだろうオルガは不参加だ。同じく運営サイドのマシュさんも。リツカの隣にマシュさんがいないの、相当久しぶりじゃない?

 ともあれリーダーの言う通り、今日のメンツは全て揃った。クラン【ワカメ王国】、いざ出陣である。

 

 

 

 

 ……というわけで、やってきました【トレーニングルーム】。

 

 特異点へのアクセス同様、カルデアゲートからひとっ飛びのファストトラベルな旅路である。

 

 【トレーニングルーム】は『FGO』内に存在する特殊エリアのひとつだ。ルームと名前がついてはいるが、実際には街ひとつ分くらいの面積がある。そしてこのエリアに定住することを選んだプレイヤーたちによって、事実上の街みたいな集落が形成されているのであった。個人的には物騒すぎてあまり住みたくないエリアだが、逆に惹かれる人間というのもそれなりの数いるらしい。

 

 広く幅を取られた目抜き通りを歩く。目抜き通りと呼ばれるだけあって多くのプレイヤーたちでごった返している。道の両脇には屋台が立ち並び、生産系のプレイヤーたちが作成したらしい品々が売りに出されていた。武器防具のように分かりやすいゲームアイテム的な商品はむしろ少なく、衣装や装身具(アクセサリー)、食べ物などの嗜好品を扱う店が多いようだ。特異点で報酬獲得してきた前線組を狙ってか、売り子たちは道行くプレイヤーに精力的にセールストークを仕掛けている。総じて縁日か何かのような盛況ぶりだった。

 

 まあ、それも治安の良い目抜き通りであればこその話だが。

 

 目指す武器屋まではしばらく距離があった。公共交通機関など存在しない『FGO』において召喚サークル(アクセスポイント)からの距離は客入りに直結するため、より商売っ気の強い連中ほど「駅近」ならぬ「召喚サークル近」を選ぶ傾向が見られる。これから行く店はそうではないということだろう。

 

「大通りを外れるぞ」

 

 先行するリーダーがそう言って抜剣する。俺とリツカもそれに続いた。

 非戦闘職のセオさんを囲むように隊列を組んで横道に入れば、あっという間に人の気配はなくなってしまう。

 

「……いえ、()()()

 

 何を見てそう判断したのか、セオさんが断言するように警告する。昔から状況分析能力に定評のあるセオさんが言うからにはそうなのだろう。俺にはさっぱり分からないが……。

 そのままいくつかの路地を曲がったところで、また景色が変わった。

 廃材のような障害物が道のあちこちに積まれており、見通しが利かない。道の両脇に立ち並ぶ建物は全て二階建て以上かつ高く屋根がせり出しており、もし誰かが上に潜んでいても見つけられないような構造になっていた。

 

「へぇ。カルデアの連中は過保護だとばかり思ってたが、こういうのもアリなんだな」

 

 退屈そうにしていたクー・フーリンの表情が獰猛に変わり、口元がニヤついた。奴とのカルデアへの見解の相違については後々話し合わねばなるまいが。

 

「しかし待ち伏せにしちゃあ、隠れ方がお粗末だぜ」

 

 そう言って足元に落ちていた小石を拾うと、それを少し先に積まれた廃材の山に投げつける。

 案の定誰かが潜んでいたらしく、高い悲鳴が上がった。

 

「ぐぁッ!?」

「馬鹿! うかつに顔出すから気づかれたじゃないか!」

「チッ、もういい! 潜伏やめやめ! 全員囲んで袋にするぞ!」

「オーッ!」

 

 結構な数が徒党を組んで待ち伏せしていたらしく、廃材の影やら通り過ぎたはずの建物の裏口やら屋根上やらからゾロゾロとガラの悪い身なりのプレイヤーたちが現れた。俺たちを完全に包囲する布陣だ。

 先ほど小石が直撃したらしく鼻血を流しているプレイヤーが、得物のナイフを引き抜いてペロリと刃をなめる。

 

「へへっ、驚いたか? ココは俺たち【バックストリート・バンディッツ】の縄張りよ。生きて帰りたかったら有り金まとめて置いてきな」

 

 強盗クランか。キヒヒ、ゲヒヒ、エヒヒと口々に下品な笑い声を立てるプレイヤーたちは、この【トレーニングルーム】を最高にエンジョイしている面々なのだろう。

 

 もうお分かりだと思うが……特殊エリア【トレーニングルーム】とは、要するにプレイヤーに課せられた禁止アクションが限定解除されている領域だ。殺しあり、盗みあり、更には多少のおさわりすら免除されることがあるときく。俗に言うPvPエリア、あるいはPKエリアということになるだろうか。この地に足を踏み入れることは無法地帯に入り込むことであり、弱者は強者と悪者に食われる定めである。戦わなければ生き残れない。

 

 しかし残念ながら、サーヴァントを有する俺たちは相対的に見て弱者ではないのであった。

 

「清姫、みねうちでいいよ!」

 

「炎でみねうちとは……()()()()()()()ということでしょうか?」

 

「それ死んじゃう、死んじゃうから!」

 

 リツカと清姫が漫才しながら前方の敵に突っ込んでいく。マシュさんを欠いてなお安心して見ていられる連携だ。俺とクー・フーリンは屋根上から打ち込まれる矢の対処に当たる。背後に回り込んだ連中はリーダーに任せておけば何とかなるだろう。

 

(ゴッド)ワカメか! 大物首、もらいうける!」

 

「ワカメは僕とは関係ない只のクラン名だ! 勝手なアダ名つけやがって、だからココ来るの嫌なんだよ!」

 

 ランサークラスと思しき槍使いの攻撃を捌きながらリーダーが文句を言う。

 その隙を突いて屋上から飛び降りてきたアサシンっぽいプレイヤーを、黒い矢が貫いた。シャドウエミヤの援護射撃だ。

 

「……」

 

 影一色のアーチャーは無言で次の矢をつがえている。ところでシャドウエミヤの矢って矢にしては妙にでかいというか、そのまま柄の部分を握って使える便利武器なのは意外と知られていない。

 リーダーが撃ち落とされたアサシンから影の矢を引き抜き、疑似二刀流状態になった。

 

 なぜかリーダーは以前からエミヤの矢の扱いが抜群に上手く、大量のワイバーンなんかを相手取る集団戦だと次々に撃ち込まれるエミヤの矢を引き抜いては剣代わりにして使い捨て、また引き抜いては即座に使い捨てる無限武装供給型の無双アクションをおっ始めることがある。その様子を投稿した動画が一時話題になり、ついたアダ名が【Unlimited Blade Wakame(アンリミテッド・ブレイド・ワカメ)】、略してUBW。

 

 オルレアンでは俺もリツカも色々あったが、何やかんやとウチのクランで一番知名度が高いのはやはりワカメ国王、あるいは神ワカメと呼ばれ親しまれている我らがリーダーなのだった。ネタ的な意味でもね。

 

 エミヤの援護を得てUBWモードと化したリーダーが残りの敵を叩き伏せて戦闘終了。幸運にもリツカに石突アタックされただけで生き延びたプレイヤーが這々の体で逃げていく。

 

「きょ、今日のところは見逃してやる! 覚えてろよ~~~!」

 

 テンプレみたいな負け惜しみを残して。あれはあれで楽しいロールプレイなのかもしれないな。

 

 

 

>>> [2/3] 刀工・双つ腕

 

 

 そんなこんなで目当ての武器屋【骨喰(ほねばみ)】へと辿り着いた。

 

 武器屋といっても基本的には運営が支給する武器の小売業みたいな形態を取ることが多い中、この店は数少ない「ガチ」の武器屋だ。店主がリアル鍛冶師とのことで、彼女の鍛造する一品モノの刀剣には根強い人気があるらしい。とはいえ店主事情から店が開いていないことも多く、また相応に値が張るので滅多なことでは手が届かないのも事実だが。

 今回はファヴニール討伐報酬で懐が温かいうえ価格交渉できるカードがあることと、不在の多い店主も今の虚無期間なら確実にいるだろうという目算のもとやって来たわけだ。

 

 店の前には武装集団がたむろしているが、先ほどまでの露骨に悪役キャラ然とした出で立ちではない。というか、見知った顔がちらほらある。それもそのはず、ここの店主はクラン【陰陽】に所属するプレイヤーだ。つい先頃までオルレアンの最前線でバリバリ戦っていた武闘派鍛冶屋さんである。あいにく店前の集団にカナメ氏(クランリーダー)の姿は無いようだったが。

 

 店名と同じ「骨喰」の二文字が染め抜かれたのれんをくぐると、中には純和風の店構えが広がっていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店の奥から声をかけてきた黒髪の女性が、店主の【双つ腕(フタツカイナ)】さんだ。

 

「あら、あなた達は【ワカメ王国】の。オルレアンではお世話になりました」

 

 向こうもこちらの顔を覚えていたのか、彼女は店員を制して立ち上がると、こちらに一礼して歩み寄ってくる。どうやら店主御自ら接客してくださるらしい。

 

「今日はどちらの方の武器をお求めに?」

 

 そう言って、ちらりとクー・フーリンを見る。クー・フーリンはスッと目をそらした。

 

「あら……」

 

 店主さんが露骨に残念そうな顔をする。

 

 ……。

 

 いやまあ、確かに店主さん視点でこの中の誰に自分の剣を使ってほしいかって聞かれたら、そりゃあクー・フーリンだろうけど。ふつう初手からそういうオーラ出す? この人、寡黙美人みたいな面してわりと図太い系なのか。

 そういやカナメ氏も伝奇キャラみたいな造形で中身がわりと残念な感じだし、【陰陽】はそういう連中の集まりなのかもしれない……。俺の中に最前線攻略クランへの偏見が生まれた。

 

「第二特異点が正式開放(リリース)される前に、みんなの装備を整えたいと思いまして。とりあえず色々見せてもらいたいんですが」

 

 そんな俺の横でセオさんが持ち前の社会性を発揮した。同じくリアル社会人のはずのリーダーは勝手に商品を物色し始めている。この違いは一体。

 店主さんは先ほどの態度が嘘のようなにこやかさで俺たちを手招くと、数本の刀剣を選び出し説明を始めた──

 

 

 

◇◆◇

 

「──ですので、やはりワイバーンを相手にするとき『上手く斬ろう』とするのは中々難しいというのが我々の結論です。実際、【陰陽】には一対一でワイバーンを斬れる剣士も在籍しておりますが、その剣士でも乱戦においては苦しい立ち回りを強いられる事が多々あります。武器はそういった負担の影響を直に受けて損耗しますから、多数のモンスターとの乱戦が予想される特異点での戦いを武器ひとつでやり抜くというのが、そもそも無理のある考え方かもしれません」

 

 店主さんが自作の武器を前に滔々(とうとう)と持論を語っている。

 とりあえず分かりやすい強敵といえばワイバーンだよなと思い、ワイバーンと戦うのにおすすめの武器を聞いてみた結果こうなった。目の前に並べられているのはいずれも対竜剣、対竜刀として作られたという刀剣だ。刃の部分や握りの部分に明らかな違いがあるのは見て分かるが、俺の技量だと「だからどうした」レベルの変化で終わりそうでもある。達人なら違うのか……?

 

 そうだな。だったら目先を変えよう。目的ありきではなく、まず「俺に合いそうな」剣をお見立てしてもらう。それならどうだ?

 

「なるほど。でしたら、取り扱いやすく頑丈なものということでご紹介させていただきますね」

 

 店主さんに言わせれば、俺に合う剣とは使いやすくて壊れにくい剣だという。

 ……それは要するに、雑に扱っても大丈夫な剣ということでは……?

 

 だが雑に使っていい剣の方が楽だよと言われたらそうだねとしか言えないので、素直に頷いておく。店主さんは一振りの剣を手に取ると鞘から引き抜き、「振ってみてください」と言って俺に手渡した。

 えっと……。

 さすがに店内では振れないので一度店の外に出させてもらう。相変わらず店の前に立っている【陰陽】の連中がちらちら見てきて気になるが、振ってみなければ始まらない。せい! はっ! 一振り。二振り。そのまま縦横に数回素振りしてみる。こ、これは……!

 

 え、めっちゃ振りやすいんだけど!?

 剣自体が軽いとかそういうことは特に無いのに、嘘みたいに軽く振れる。これがプロの技ってやつなのか!? すげー! プロすげー!

 

 お見立てが予想よりずっと良いモノだったので、店に戻って店主さんに剣を返し、違いの理由を聞いてみる。どうやら重心とかに色々と工夫があるらしい。正直詳しいところは全然分からんが。いや、驚いたな。これで決まりでいい気がするぞ。

 

「お気に召したなら何よりです。そうですね、こちらの品でしたら……」

 

 店主さんがスッと情報ウィンドウを開いた。ずらりと商品一覧が並んでいる。

 

「お値段こちらになりますが」

 

 そう言って、羅列された数字のひとつを指し示す。

 ……た、高ッ!? これ桁ひとつかふたつ間違ってません!?

 思わずそう口走ると、店主さんの眉が申し訳無さそうに下がった。

 

「いえ……。そう仰られるお客様は多いのですが、本来職人の手掛けた刀剣というものはこのくらいの価値があるべきものなのです。『FGO』のゲーム運営は破格に武器防具のたぐいを供出していますから、それとの間に明確な差を見出していただけない限りはなかなか御納得いただけないかもしれませんが……」

 

 言いたいことは分かるし、彼女の作った剣が運営支給の大量生産品と比べてハッキリ扱いやすいのも分かるのだが──運営支給品はなんというか、ディレクターのライオンマンことエジソン氏がアメリカ人らしいこともあってか、全体的にでかくてゴツくて取り回しが微妙なのである──それでもちょっと手が出せない価格帯だ。

 

 いや、だが諦めるにはまだ早い。今回、俺は価格についても対策を持ち込んでいるのだ。

 背中から背嚢を下ろし、中に放り込んでいた大量の素材を取り出す。血のように赤い骨、【狂骨】。スケルトン系のモンスターから得られるドロップ素材である。この店は一部素材の買取を行っているので、売却購入の同時手続きが可能なのだった。

 

「狂骨ですか。確かに何本あっても足りない素材ですので喜んで買取させていただきますが、買取価格と先ほどの提示金額を相殺いたしますと……」

 

 店主さんが算盤(そろばん)を手元に引き寄せ、パチパチと珠を弾いてみせる。

 

「こちらになりますが、いかがでしょうか?」

 

 ぐッ……! 提示された金額を見て、喉の奥で変な音が鳴った。ま……まだ高すぎる!

 

 確かに手の届かない金額ではなくなったが、買えば今までの蓄えの大半を吐き出すことになるだろう。

 さっき店主さん自らが言っていたように乱戦ひとつでロストする可能性があると思うと、ここで大金をつぎ込むのはリスクが大きすぎる。しかしあの剣は惜しい。どうしよう……!

 

 ぐぬぬと頭を抱える俺の横で、クー・フーリンが俺の持ち込んだ狂骨を手にとった。

 

「鍛冶屋が骨をどうするんだ?」

 

「あ! それはですね。わたくしは日々こうして鋼鉄(てつ)()つことを生業(なりわい)としておりますが、それとは別の家業と申しますか累代の宿題とでもいいましょうか、代々骨刀づくりを究めよという責務のような使命のようなものがありまして。現世では刀剣に使えるような骨などなかなか調達できませんので、仮想現実を良いことにクラン活動の傍ら骨刀づくりの研鑽をしているというわけなのです。特に狂骨は武器とするのに向いておりまして、高価買取させていただいておりますよ」

 

 なんだ、店主さんのテンションがバチ上がりしている……?

 クー・フーリンは気にした様子もなく、へぇという顔をして狂骨をいじくり回している。

 

「そうだ、狂骨を削り出してつくった試作品があるんですよ! お見せしてもよろしいでしょうか?」

 

 店主さんはそう言うと返事も待たず、いそいそと店の奥に消えていった。

 何アレ? 俺の問いかけに、クー・フーリンは頭をボリボリと掻きながら答える。

 

「あー、そりゃあオレの伝承を知ってるんだろ。ゲイ・ボルクは海獣クリードの骨からつくられた、いわば骨槍だからな。骨刀づくりの嬢ちゃんからしてみれば、オレは先達にして頂点の使い手ってことになるんじゃないか」

 

 ゲイ・ボルク……。クー・フーリンが使う呪いの魔槍だったな。

 ファヴニールとの戦いを思い出す。あの投槍というか蹴槍は、本来骨の槍でやるものだったのか。

 

「しかし骨刀か。出来が良いモノなら、案外悪くないかもな……。金属の装備は身に付けられんが、骨ならドルイドとしても問題ないだろうし」

 

 ……ん? 今こいつ、なんか聞き捨てならないコトを言ったな?

 俺の怪訝な様子を見て気づいたのか、クー・フーリンは今更思い出したという顔をした。

 

「ああ。そういや言ってなかったか。今のオレは魔槍ゲイ・ボルクの使い手たるランサーじゃなく、ドルイドとしてキャスタークラスで召喚されてるだろ? だから身に付けられるものにも制限があるんだよ。具体的に言えば金属の類いは基本ダメだ。骨や陶器(セラミック)ならアリなんだが」

 

 ふーん。装備制限ね。そいつは大変だな。

 

 ……。

 

 ……いや。待て。

 お前、じゃあ、ファヴニールとの戦いのときのアレ、駄目じゃねぇか! あのバルムンク槍は明らかに金属装備だっただろ!?

 

「そうだよ。だからオレはあれを『装備しなかった』だろ? オレはアンタに投げ渡された槍を、『手で受け取らず』に『足で受け止めて』、そのままファヴニールの目ン玉目掛けて蹴り飛ばしただけだ。屁理屈みたいな話だが、建前ってもんが有るのと無いのじゃ全然違う。ま、それでもこうして反動でクソ怠い状態になるから、二度とやらんと思ってくれよな。マスター」

 

 おま、お前……! 俺は憤慨した。

 そういう事情があるなら先に言っとけや! いやファヴニール戦でバタバタさせたのは俺が悪かったようなものだけど! あれからずっとお前が眠いだの怠いだの言うたび「何だこいつ……」って思ってた俺が馬鹿みたいじゃん! 心中ディスっててごめんね! 養生しろよ!

 

「マスター、アンタ怒りながら謝れるのスゲー器用だな」

 

 ……クー・フーリンが変な感心の仕方を見せながら話題を変えてくる。男の情けというやつか? であれば当然俺も話題変更の流れに乗らせてもらおう。明後日の方向に話を受け流されたので今の話題はこれにて終了! 終了です!

 ほら、ちょうど店主さんが手作り骨刀抱えて戻ってきたから皆で拝見しようぜー!

 

 恥ずかしさを誤魔化すようにパンパンと両手を叩いて皆を集合させる。

 店主さんが俺たちの前で披露してくれたのは、狂骨からつくったという短刀だった。素材が素材だけあって、骨の刀身が血のように赤い。ブラッドソードって感じの不吉さを感じさせる一品だ。一同から感心とも困惑ともつかない声が上がった。

 

「へえ……」

 

「い、いかがでしょうか?」

 

 狂骨短刀を手に取りためつすがめつ眺めるクー・フーリンに、やや緊張した面持ちで店主さんが声をかける。

 クー・フーリンはセオさんの後ろに控えていたシャドウエミヤを手招きした。

 

「形にゃなってると思うが……アーチャー、刀剣はテメェの方が専門だろ。こいつをどう見る?」

 

 そうなの? アーチャーなのに?

 シャドウエミヤは無言で狂骨短刀を手に取り、じっと見つめている。影一色なので表情は伺えないが妙な迫力があり、俺たちは固唾を呑んで彼の判定を待つことにする。

 と、不意にその迫力が和らぎ、シャドウエミヤは短刀をもとの位置に戻す。そして、今手にしていた短刀の脇に置かれた木製の鞘をトンと指差した。店主さんが目を細める。

 

「ああ、やっぱり気になりますよね……。骨刀の鞘をどうすれば良いのか、正直わたくしも悩んでいるところです。特に狂骨はそれ自体が怨念のようなものを宿す素材ですので、只の鞘では刀身と釣り合いが取れなくて」

 

 店主さんの回答にひとつうなずき、シャドウエミヤは続けて短刀の握りの部分を指す。普通の刀のように滑り止めの紐みたいなものがぐるぐると巻かれている。

 

柄巻(つかまき)ですか。骨刀は金属刀と材質が違いますから、普通の短刀と同じ柄巻にするとバランスが悪くなりがちだという問題は認識しています。小柄(こづか)のようなつくりも試してはいるのですが、やはり狂骨と相性のいい素材が見つからず、今ひとつしっくりこないというのが現状ですね」

 

 嘆息する店主さんに再度うなずくと、シャドウエミヤは彼女の広げた包みの中から握りの部分が骨のままの試作品を取り出した。影の手でそれを握ってみせ、指の形に柄をなぞる。店主さんは眼をパチクリさせた。

 

「なるほど……。たしかに素材が骨ですから、使い手の手指の形に合わせて柄を削り出してしまうというのは一つの方法ですね。受注から納品までの間にフィッティングすれば……! そのアイディア、いただいてもよろしいですか?」

 

 感心しているらしい彼女に、シャドウエミヤはまたひとつうなずいた。

 さらに短刀を持ち上げ、刀身の刃の部分を横から軽く叩く。そのまま峰の部分に指を這わせ、そのさきの空中まで動かしていくと、今度は店主さんが観念したようにうなだれた。

 

「ええ、ええ……。であれば当然そこもお気づきになりますよね……。今のわたくしの技術と素材にしている狂骨の強度では、金属製の刀剣との打ち合いは不可能です。必然的に短刀や飛刀のような打ち合いを目的としない形態の骨刀となってしまい……。もちろん目標はあらゆる種類の刀剣を骨刀としてつくることですが、こればかりはわたくしの未熟ゆえと申しあげる他ありません」

 

 シャドウエミヤは一言も喋っていないのに、勝手に店主さんがどんどん落ち込んでいく。

 それを見かねたのか、影の刀剣評論家(アーチャー)は手にしていた短刀をもう一度もとの位置に戻すと店主さんの肩をぽんと叩く。そして右手の親指を立て、グッジョブの意を表した。

 

「エミヤさん……!」

 

 店主さんが感じ入ったような声を上げる。流れるような落として上げるムーブだ。

 この男がシャドウじゃなかったら、とんだ女たらしになっていたのかもしれない……。

 そんな可能性に戦慄しつつ、ひとまず骨刀品評会はここまでということでお開きになった。

 

「エミヤさん、武器の評価も出来るんですね。すごいです!」

 

 セオさんがシャドウエミヤを褒めている。

 アーチャーなのに刀剣に詳しいというのがなんか面白かったので話に加わろうとしたら、シャドウエミヤがスッと後ろに一歩引いた。……き、嫌われてる……? 俺は軽く落ち込んだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 それからまたしばらく色々な武器を見せてもらい、そろそろ帰ろうかという段になり。

 

「本日はご来店ありがとうございました。こちら不出来な品で申し訳ないのですが、もしよろしければ骨刀のアドバイスをいただいたお礼にどうぞ」

 

 そう言って、店主さんが先ほどの試作型狂骨短刀を俺たち一人ひとりに手渡してくれる。

 やったあ。剣は高くて買えなかったけど、サブウェポンがもらえたぞ。今日は来てよかったな。

 無邪気に喜ぶ俺。しかしリーダーは冷たく水を差してきた。

 

「え、お前冷やかすだけ冷やかして結局何も買わないの? ……あ、僕これキャッシュで買うから持ち帰りでよろしく」

 

「はい、ありがとうございます。今お包みしますね」

 

 リーダーが明らかに高そうな剣を一括払いで購入している。

 リツカはと見れば、いつの間にか護身刀のような短剣を清姫と二人できゃっきゃうふふしながら選んでいた。

 リ、リア充……! いやVR充……!

 

 店内に漂う金と愛の暴力に耐えきれず、俺は皆を置いてひとり店を飛び出した。

 

 

 

 

>>> [3/3] 『人体の芸術展』

 

 ど、どうしてこんなにカネがないんだ……!

 言っちゃあ何だが、俺はオルレアンのあれやこれやで相当な報酬をもらっているはずだ。

 元々の所持金が少なかったというのは、確かにある。ユーザーイベントは企画側の持ち出しになることも多いから、どうしても支出は増えがちだ。しかし購買力という形でこうもハッキリ財力の違いを見せつけられると、流石に少々()()ものがあった。

 

 金、金がほしい。なにかうまい儲け話はないか……!?

 マネーを求めてあてもなく彷徨(さまよ)う俺の視界に、バイト募集のビラが映り込む。

 毒々しい赤の太字ポップ体で書き連ねられた耳触りの良い言葉の羅列が飛び込んできた。

 

 

 「初心者歓迎!」 「経験不問」 「短期間で高収入!」 「一日からでもOK!」 「笑顔が絶えない職場です」

 

 

 ……詐欺では? 俺は訝しんだ。

 

 だが待て。これはゲームだ。仮にブラックだったときは即辞めればいいだけの話だし、何ならクー・フーリンの戦闘力にモノを言わせてダイナミック退職することだって出来るだろう。なにせここは地の果て濁悪の地こと【トレーニングルーム】なのだから。

 そうだな、もうちょっと詳しく見てから判断しても遅くない。

 

 ええっと、募集主のプレイヤー名は【龍ちゃん】。

 仕事の内容はプレイヤー企画イベント『人体の芸術展』のスタッフ。

 一日からでもOKで、給与は基本給プラスその日の収入から出来高払い。

 

 ふぅん、要するに企画展の会場スタッフか。

 募集ビラのセンスはどうかと思うが、内容は案外悪くないんじゃないか? スタッフにも出来高払いで報酬積みましてくれるのは美味しいな。

 どうせ第二特異点が開放されるまで暇なんだし、短期でバイトを入れるというのは有りかもしれん。一度話だけでも聞いてみようか……。

 

 

 そう思って募集ビラをスクショしていると、突然誰かが肩を叩いてきた。

 

「キミ、このバイトに興味あるのかい?」

 

 !? 驚いて振り返ると、豹柄の上着を着た知らないプレイヤーが立っている。そいつは笑いながら言った。

 

「このビラ、オレが貼ったんだよ。どう、興味あるなら今日からでも入れるけど?」

 

 ぼ、募集主さんかー。心臓に悪いな。

 いや、今ちょっとバイト探してまして。まだ決めてないんですけど。あとで話聞いてみようかと思ってたんですよ。

 

「へぇ、そりゃあいいな! あ、申し遅れたけどオレ【龍ちゃん】ね。そのまんま呼んでくれていいから。趣味は人殺しとアート。あ、ゲームの中ではPKっていうんだっけ? まあそんな感じかな」

 

 ……待て。こいつ今なんて言った?

 俺の中で目の前の男に対する警戒レベルが一気に跳ね上がる。

 そりゃあこんなエリアで暮らしてる連中は、みんな殺し合いを(いと)わないPKerみたいなもんだと言っていい。さっきの双つ腕さんだって、こんなところに店を構えているのは客が買った刀で「試し切り」するのに便利な立地だからだ。需要と供給が釣り合っている。

 だがこいつは普通のPKerとは違う。何というかこう、言葉にできない『ホンモノ』感がある。ヤ、ヤバイやつだ……! 

 

「で、仕事内容だけどさァ。オレが作る『芸術』の材料になってほしいんだよね。あんたの皮膚と骨と筋と血液と、とにかく全部解体して使わせてほしい。死んだら消えちゃうから、ギリ死なない範囲でさ。で、出来上がった作品をどっか適当な会場で展示する。いっぱい人が見に来てくれたら、その分いっぱいお金も払う。どう、いいビジネスだと思わない? どうせプレイヤーなんて死んでも復活するんだし、割の良いバイトだと思うなァ」

 

 ヘラヘラと得意げに話す【龍ちゃん】の言葉がスルスルと右から左に抜けていく。思考が上手く働かない。

 ……突然、嫌な記憶を思い出した。

 

 

 ──夜の学校。人気のない校舎裏。雲ひとつない夜空に照り輝く白い月。

 

 ──痛む足首。口の中に広がる土の味。不快な笑い声が耳に響いて、けれど誰もそれを耳にする人はいなくて、誰も助けになど来てくれない。

 

 ──冴え冴えと降り注ぐ月の光が金属の刃に反射して──

 

 

「バーカ滅びろ猟奇趣味!! 二度と来ねぇよ、こんな場所!」

 

 

 ようやく我に返った俺は全力ジャンプで近くの建物の屋根に這い上がり、そこから一目散に逃げ出したのだった。

 




カルデア「特異点には人型の敵も多いだろうから、やっぱり対人コンテンツも用意しないとね!」
……プレイヤーが勝手につくったPvPランキング的なものが存在するとかしないとか。

◆その後の【バックストリート・バンディッツ】の皆さん
「いやー、死んだ死んだ。やっぱサーヴァント強いわー」
「ワカメさんも動きキレッキレだったよね。これ動画上げる?」
「良んじゃね? 最近あんまり新規さん見ないし、いっぱい来てもらったほうが楽しいからな」
「俺、きよひースレで焼かれたがる連中の気持ち分かった気がする……」
「「「!?」」」


◆骨刀/刀崎/双つ腕
 刀崎家は『月姫』に登場する遠野家の分家筋にあたり、骨師と呼ばれる一族。
 普段は鉄で刀を鍛えるが、これは、という使い手に出会ったときに自らの腕を差し出し、その骨で刀を作る。

 ……という設定だけがある。ちなみに上記は『月姫読本』からの抜き書きです。
 茨木童子が鬼だし絆礼装が骨刀だしで何か設定つながりがあるのかと思いましたが、今のところ特に言及されてないみたいですね。月姫リメイク関連でこの辺の設定も整理されるといいなあ。
 キャラ設定上【双つ腕】は刀崎の関係者、くらいしか決めていません。分家の分家あたりでオリジナル骨刀作りたがってる変人と言う方がそれっぽいかもしれない。


◆【龍ちゃん】:
 雨生龍之介。Fate/Zeroに登場する快楽殺人者にしてキャスター【ジル・ド・レェ】のマスター。概念礼装的には星4礼装【死の芸術】に写ってる紫男。
 どうしてリアル芸術じゃなく『FGO』でVR猟奇趣味やってるのかについては、いつかどこかで語る機会があればいいですね……。

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