ファヴニールからの撤退戦のあと、まだ主人公が牢屋の中にいた頃の話です。
> [1/1] それぞれの『FGO』:クラン【チェンジ・ゼア・マスト】の場合。
数日ぶりに降り立つフランスの空気は、青空の下でカラリと乾いていた。
目下この国を襲う戦乱の喧騒も、今このとき彼女が立っている地点からはまだ遠い。戦いの前線は、プレイヤーの尽力によって押し上げられていた。
『戦局は優勢であり、現在の予想では九月末までに第一特異点の修復を完了する見込み──』
彼女……クラン【
驚くほど広いブリーフィングルームに集められた今回の『事件』の関係者たちと、『責任者』として場を仕切るカルデアの魔術師ども。巨大なスクリーンに映し出されたフィニス・カルデアの仰々しい紋章。登壇するのは時計塔の
タチバナにとって、それはおそらく一生に一度遭遇するかしないかという規模の大事件であると思われた。そして言うまでもなく、叶うことなら一生遭遇したくない
ともあれ、【ファーストオーダー】イベントからの混乱の中で山のように繰り返されてきたプレイヤーの問い合わせをのらりくらりと
タチバナもまた、当事者たるプレイヤーの一員として……そして何より現実世界においては【第八秘蹟会】に所属する聖堂教会エージェントの一人として、彼らの招集に応じない理由などあるはずもなかった。彼女たちの所属するゲーム内クラン【
さて、カルデアが主催した
カルデアから伝えられた現状は信じがたいほどに酷いものだった。率直に言って、めまいがする。拠点にたどり着いたら、報告書など後回しにしてさっさと仮眠を取りたいと、ただそればかりを考えていた。
【新着メッセージはありません】
システムメニューから、メッセージウィンドウを開く。自分の視界そのものにシステム画面を重ねて投影される感覚は、未だに慣れるものではない。ヒトとして何か大切なものを侵されている気分になるからだ。
……まあ、それを言うなら、今の彼女の身体そのものが造り物の
視線でメッセージ一覧をスクロールさせ、目当てのものを探し出す。既に何度か目を通していたそれを、再度確認のために開いた。
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From:ヒナ
To:タチバナ
Title:拠点移動しました
タチバナさん
カルデアへの出張、お疲れ様です。向こうの様子はどうでしたか?
タチバナさんがいない間にクラン拠点を移動しました(座標を添付しますね)。
周辺に多数の魔物が確認されていますので、お気をつけてお戻りください。
ヒナ
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カルデア滞在中に届いた、後輩からメッセージだ。自分がカルデアへ出向いている間に、クランの拠点を移したらしい。添付された座標を見れば、オルレアンに向けて押し上げられた戦いの前線を追いかける形での移動のようだった。
カルデアの戦況報告を待つまでもなく、現地の状況については彼女も十二分に把握している。
現在の戦いの焦点は南東のリヨン攻防戦と西のオルレアン攻略軍だ。教会の人間として聖ゲオルギウスに率いられた西軍へ合流したい気持ちはあるが、自クランと彼らの間の距離を考えればかなり微妙なところであった。
「……ああ。ここね」
そんなことを考えながら、ようやく目的のクランハウスに辿り着く。無人の民家を転用したと思しき、小さな小屋だった。
後輩たちプレイヤーを新たな住人として収めているだろう木製の簡素な扉を叩くその前に、タチバナは一度瞑目してその家に住んでいただろう元住人たちの冥福を祈る。
──それは不死者やワイバーンのような魔物によるものか、黒死病の如き疫病の犠牲になったのか。あるいは野盗や傭兵崩れの襲撃を受けたのかもしれないが。とにかく、この時代はタチバナらの生きる21世紀と比べてあまりにも死が身近にありすぎた。
扉を叩くとすぐにガチャリと錠を外す音がして、軋み音を立てながら扉が開いた。自分の帰りを待ってくれていたらしい十代後半くらいの少女が、タチバナへ笑いかけてくる。ややくすんだ色の金髪がふわりと揺れた。
「おかえりなさい、タチバナさん」
「ええ。あなたもお疲れ様、ヒナ」
タチバナは言いながら室内へと入り、黒スーツのネクタイを緩めた。
魔術礼装【ロイヤルブランド】。
教会に属する身としては、
肩まで黒髪を伸ばした容姿のタチバナが着ると喪服じみた全身黒一色になってしまうのが、どうにも落ち着かないところではあるが。
「他の連中は?」
手近な椅子を引き寄せて座る。
「外に出てますよ。私は留守番兼お出迎え役として残ったんです」
そう言いながら、ヒナが紅茶を淹れて差し出した。
添えられた角砂糖瓶から3個まとめて放り込む。口をつけると、脳に糖が染み渡るような気がして落ち着いた。
「ふぅ……」
思わず、息が漏れる。ヒナが苦笑した。
「その様子だと、相当ろくでもない話を聞かされてきたみたいですね」
「そう。そうなのよ……」
タチバナは愚痴ることにした。どうせ、今日中には彼女自身からクラン全体に共有することになる情報である。多少順番が前後したところで問題はあるまい。……仮に問題があったとして、それを咎められる者などもう誰もいないのだ。
つらつらと話していく。
アニムスフィア家とカルデアによって進められてきた人理継続の観測と、『Fate/Grand ONLINE』プロジェクト。
観測された未来の消失。
発動された【ファースト・オーダー】。事情を知らぬまま調査に協力させられるプレイヤーたち。
そして明らかになった真実【人理焼却】。過去改ざんによる未来の消滅。
残されたのは、カルデア運営本部と当該時刻にログインしていたプレイヤーのみ。
未来を取り戻すために課せられた『人理修復』の対象たる七つの特異点の第一こそが、このオルレアンであること──
「……うっわぁ。……ええ、それ、本当なんですか……?」
ヒナがどう反応していいか分からない、といった顔で尋ね返す。タチバナは極めて真面目な表情を作ってうなずいた。現実と同じコーカソイド顔貌のヒナのアバターが、険しく眉根を寄せる。
「完全に代行者案件じゃないですか」
「より正確には【埋葬機関】案件だと言うべきね」
「え! ……もしかして、プレイヤーの中に『いる』んですか?」
ヒナの顔がぱぁっと輝いた。
埋葬機関。お伽噺の英雄じみた(あるいは怪物じみた)、端的に言えば天災のような存在の集まりだ。教会の裏の顔、異端審問の剣とでも言うべき存在ではあるが……。
職務柄、異端と関わることの多い第八秘蹟会に属する彼女らであるから存在こそ(非公式に)知ってはいるものの、平時ならば関わりたくもないし本来なら知るべきですらないというのがタチバナの正直な見解だった。
「いないわよ」
ヒナの顔がずどんと落胆に染まった。まあ、その規格外の存在からして、一介のエージェントに過ぎぬタチバナが知らないだけという可能性はありうる。とはいえ、仮に
「まあ、魔術協会の連中が中心になって対処するでしょう。どちらも若手とはいえ、時計塔のロード格が二人いるってのはそう悪くない状況ではあるわ。不幸中の幸いね」
「ロード、ですか……」
ヒナは疑問符を浮かべたような顔をした。
まだ第八秘蹟会のエージェントとして経歴が浅い彼女は、時計塔についてもあまり詳しくない。
一口にロード格と言っても、かのバルトメロイのように「戦闘能力」において強大な魔術師もいれば、今のエルメロイのように「人脈」が能力の半ばを占めると揶揄される者もいる。この『ゲーム』に戦力としてカウントできる前者が参戦していないことを、タチバナはあえてヒナに告げようとは思わなかった。現状でそんな情報を共有しても、彼女に要らぬ心労を増すだけだ。
「現状報告は以上! よって、我々の任務はぁー……彼ら魔術協会と協調行動を取りつつー、各人が己の職責を十全に遂行することとぉ、愚考するものであるぅー……」
間延びした声でタチバナは言った。やる気ゲージは既にゼロに近い。がぶりとカップに残った紅茶を飲み干し、席を立つ。仮眠に費やせる時間は一時間が限度だろう。入眠前のカフェイン摂取はゲームアバターにも影響するのだろうかと、ちらりと思う。
「あ、カルデアから渡された資料の整理、こっちでやっておきますか?」
ヒナが言った。正直ありがたい申し出だ。タチバナは先刻出席した説明会で配布された電子データを彼女に送信する。
「鍵かかってますけど」
「ああ、そうだった。パスは『Lev11:7』で」
「ありがとうございます!
ええっと。Levなら『レビ記』で、11章7節だから──
【豚、これは、ひずめが分かれており、ひずめが全く切れているけれども、
あ、開きましたね。……何ですか、このパス? もしかして夕ご飯のリクエストとかだったりします?」
もう献立決めちゃったんですが、とどこか申し訳無さそうに告げるヒナ。
「適当よ、適当」
ひらひらと手を振る。大きなあくびがでた。
「ベッド借りるわね。一時間で起きなかったら声かけて」
「はーい」
応えるヒナは、先程までタチバナが座っていた椅子に腰掛け、資料を読み出している。
「これ、よく考えたらアレですね~。ネットの都市伝説の……『CK-クラス:再構築シナリオ』ってやつ。過去改変で人類滅亡ってまさにそれじゃないですか」
話が良くない方に飛びそうだ。さっさと寝てしまおう。「おやすみなさい」タチバナはヒナに振り返ることなく、そのまま寝室につながる扉を閉めた。
◆◇◆
「……で、何なのよこれ」
寝室の隅には、等身大のヴィーナスの青銅像が置かれていた。非常に美しく精巧な像ではあるが、扉の隙間から漏れ込む光の加減か、表情が妙に邪悪に見える。粗末な木の小屋との不協和音が凄まじい。加えて、それが置かれた一角だけが近づけないよう鎖で封鎖されていた。
タチバナは眠気を堪えながらシステムメニューを呼び出し、自身が留守にしている間の報告書を検索した。
(……あった)
独特の形式で書かれた報告書を流し見たところ、これはオルレアン特異点内のイールという町で不審な現地人の集団が地面に埋めているところを発見されたものらしい。ローマ時代に作られたと思われるその像は、埋めていた者たちの証言によれば『呪いの女神像』であるとのことで、近くにいた【
現在までの調査において物質的構成・神秘的組成ともに異常は見られないものの、「動くヴィーナス像」型のオブジェクトは古代ギリシャ時代のものを含め複数確認されている。この女神像がその一つである可能性は否定できず、保管の是非を含めて継続的観察が必要とのことだった。
「そんな厄介なモノ、寝室に置かないでよ……」
収納スペースがないのは理解するが、それの横で眠る身にもなってほしい。収容が確立できていない異端遺物など、いつ爆発するかわからない爆弾に等しいものだ。たとえ爆発する機構が存在しなくとも、安易に放置などすれば想像だにしなかった方法で吹き飛ばされることになる。
しかしまったく、人類存亡の危機だと言うのに仕事熱心なエージェントもいたものだ。こういった物品の『回収と管理』こそが、聖堂教会の特務機関・第八秘蹟会の任務なのは事実だが……。
我らが会派のお偉方、曰く。
世に、主よりもたらされし七つの恵みあり。
しかして世の陰に、正しき教えに背く第八の恵みあり。
これを第八秘蹟と称し──その異端を、人々の健やかなる営みから隔絶する。
あるいは。
ヒナがつい先ほど口にした、インターネット上の創作サイトにおける架空団体『SCP財団』が掲げる活動理念だ。そんな都市伝説じみたフィクションと奇妙に類似した組織が教会内部に実在するのは、偶然の一致か、あるいは『SCP財団』そのものが何らかのカバーストーリーの一端なのか。
末端エージェントであるタチバナには知る由もないことではあるが、ともあれ、代行者ですらない彼女たちがこの『人理焼却』などというろくでもない事態の中で出来ることと言えば、本来の職務を粛々と遂行するくらいのことだった。非常時にあって統制が取れていないのは協会も教会も同様ということか。
「SCP、ねぇ……。私も昔はよく読んでたけどさあ……」
特に
「……寝よ」
ベッドに潜り込む。貴重な仮眠の時間を無為に消費してしまった。
マットレスに沈んでいくような眠気が、こちらをじっと見つめている女神像の視線さえ今はどうでも良いものに思わせる。
彼女が深い眠りの底に落ちるまで、さほど時間はかからなかった。
『FGO』におけるひとつの日常。
本来は1-14で出てきたデオンさんからのメッセージ解説のための挿話でした。
そのうち1-14の後ろに移動するかもしれません。
ちなみにデオンさんが遺した『John1224』は『ヨハネによる福音書 12章24節』を意味し、
【よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。】
となります(訳文はwww.word.project.orgから引用)。主人公視点で言及できるのはいつになるやら。
以下解説など。長いのでSCP興味ない方は読み飛ばしていいよ!
◆第八秘蹟会
聖堂協会の特務機関。聖遺物の回収・管理を任務としており、冬木の聖杯戦争で言峰神父が監督役を務めていたのはそのためである。
原作まわりに登場する関係者としては、言峰ファミリー(璃正/綺礼/シロウ)やエドモンの復讐関係者など。彼らをプレイヤー側で出すわけにもいかなかったので、似たようなお仕事をしている方々をモデルにご登場いただきました。
◆タチバナ
聖堂教会関係者の両親のもとに生まれた彼女は、14歳の頃、自分が超常的『異能』の力に目覚めたことを表明した。彼女の口述に含まれる『魔法』『堕天使』『前世』などの語は聖堂教会の教義において重大な問題になりうると判断されたため、彼女は教会の監視下に置かれることとなる。
しかし1年後、15歳の誕生日を迎えた数日後に彼女は突如『異能』を失ったと告白。以降、当時の状況について尋ねられるたび著しい精神的苦痛の症状を示すようになったという。
現在は教会エージェントとして活動中。
ちなみに彼女が『異能』に目覚めていた頃、とある『死徒』に関する記述を含む複数の異端関連資料が流出する事件が発生した。
それを偶然見てしまった彼女は、しかし資料に記された死徒への恐怖に強い耐性を示すばかりか、「これってSCPのパクリですか?」などとコメントしたそうな。その胆力が今も評価されているとかいないとか。
◆ヒナ
「――――初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ」
第八秘蹟会に所属する、タチバナの後輩にあたる女性。
かつて、とある大火災によって孤児となった彼女は、「魔法使い」を自称する一人の男性に引き取られたという記録だけを残して以降の消息を絶つ。
そして十数年後。一人の少女が『身元不明のコスプレイヤー』として教会に保護された。
時代錯誤なドレスと極めて精巧な造りの杖を身に着けた彼女は、自身が「王国の王女」であり「魔法使い」であることを主張。教会は魔術協会へ連絡をとり、少女の素性の解明を試みるが……
──そこに神秘など存在しなかった。
かつて「魔法使い」を名乗った彼女の育て親は、ただ──
"
──ただ「魔法の国の王女様」として育てられた純粋な子供の、世界の「真実」を知って絶望する顔を見て愉悦したかっただけだったのだ。
現在、彼女は第八秘蹟会が用意した現実復帰プログラムを完了し、同会派のエージェント任務に従事している。
元ネタ:
「F■■eのパクリじゃないんですかこれ?」でお馴染み(?)SCP-014-JP-J『奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使アイスヴァイン』ちゃんの成人モードと、SCP版トゥルーマン・ショーことSCP-014-JP-EX『君のその顔が見たくて』。
なお邪悪な女神像は特にSCPとは関係ありません(こちらの出典はP・メリメ『イールのヴィーナス』)。
以下、今更ながらのライセンス表記等。
本作は『Fate/Grand Order』の二次創作であり、『Fate/Grand Order 二次創作に関するガイドライン』に基づきます。
ただし本ページから登場する『タチバナ』『ヒナ』に関する記述につきましては、下記の『SCP財団』コンテンツを引用しており、それらは『クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 ライセンス(CC BY-SA 3.0)』の下に提供されるものです(http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.ja)。
"SCP-014-JP-J" 奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使アイスヴァイン by tokage-otoko
http://ja.scp-wiki.net/scp-014-jp-j
"SCP-014-JP-EX" 君のその顔が見たくて by hannyahara
http://ja.scp-wiki.net/scp-014-jp-ex
右近の橘、左近の桜 by kyougoku08
http://ja.scp-wiki.net/tachibana-cherry-princes
SCP-014-JP-Jとエージェント・カナヘビのlol漫画 by (ドラゴン)アキツキ
https://www.pixiv.net/artworks/47088531