FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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>>> [1/3] 武練は身を助く

 

[PM 23:49]

 

「ジーク! フリート!」

 

「「ジーーク! フリーートォッ!」」

 

 ファヴニールに爆殺されていくプレイヤーが死ぬ間際にジークジオンごっこをやっている。もしかしたらドイツ第三帝国(ジーク・ハイル)ごっこかもしれないが、どのみち大差はないだろう。そんな連中を肉の盾代わりに使いつつ御神輿ワッショイに興じていた俺のところへ、突然リツカがやってきた。珍しく御機嫌斜めなご様子だ。

 どしたん、大丈夫? 御神輿担ぐ? もうそろそろゴールだと思うから、ちょっとだけだけど。

 

「どうしたもこうしたも無いし、御神輿も担がないよ!」

 

 あっ、思ったよりシリアスなノリだった。リツカが予想外にマジ顔なのでとりあえず謝ることにする。すまない。

 

 それで、どうしてリツカはファヴニール討伐にここまで前のめりになってんだ?

 ……いや、そんなことは聞かずとも分かるか。NPC保護のためだろう。

 

 運営バフが切れればプレイヤー戦線が崩壊する。その影響で最も被害を受けるのがフランス王軍をはじめとする現地NPCたちだ。リツカはマシュさんを通じて運営サイドと関係を持っているようだが、それ抜きでもNPCを死なせたくないという点において運営(カルデア)とは利害が一致している。というかリツカがそういうやつだからこそマシュさんを助けたわけだし、今でも運営とも上手くやれているのだろうが。

 

 ファヴニールが襲来してきたのが21時過ぎだから、かれこれ2時間半近く拮抗状態が続いていることになる。そりゃあリツカだって焦るというものか。

 こちらのプレイヤーとサーヴァントは奮戦しているものの決定打がなく、ファヴニール側も連携して動くサーヴァントたちを倒しきれないという状況が続いているらしい。

 

 そういう経緯もあって、ファヴニールはこちらのバフ切れを狙って姑息な遅滞戦術を採っているんじゃないかというのが攻略組の見解だ。まあ、連中は連中でトッププレイヤーで御座いとばかり勇ましく戦いに向かっておきながら未だに目標撃破できてないわけで、その釈明とも取れようが。

 

 そんな思惑ひしめく最前線から、ファヴニール討伐ガチ勢と化したはずのリツカはマシュさんと清姫を置いたまま戻ってきたわけだ。なにゆえ?

 

「キミを! 迎えに! 来たんだよ! 正確にはキミとキミが連れてきたジークフリートさんを!」

 

 ああ、なるほど。そいつは面倒をかけちまったな。

 

 ……ん?

 

 あれ? 俺、ジークフリートさんと一緒に前線行くって話、してなかったよな?

 

「オレが伝えた」

 

 おっと。リツカと同じくいつの間にか戻っていたらしいクー・フーリンが補足を入れてきた。

 ……いや、待て。俺はお前にも伝えた覚えはないんだが。

 

「マスターと使い魔(サーヴァント)の視界共有。それのちょっとした応用だ……知りたいんだったら後で話してやるよ」

 

 全然使ってない便利機能のおかげだった。ああ、なんかそんなことも出来るんだっけ……?

 どうせ魔術がどうこうみたいな話になるだろうから細かい話は後回しにするとして、とにかくクー・フーリンはファヴニールと戦闘継続しつつ俺の様子もチェック入れていたということか。相変わらずデキる野郎だな。で、そのデキるクー・フーリンが前線放棄しちまって大丈夫なの?

 

「大丈夫ではねぇよ。だが、それでもこっちのサポートに入らなきゃジリ貧だからな」

 

 いわく、最前線ではマシュさん&清姫のリツカサーヴァンツに加えて、【ノーリッジ】のライネスが召喚したランサーや聖女ジャンヌをはじめとした現地サーヴァントNPCも大集結しているらしい。特に西からやってきた聖ゲオルギウスの活躍がすごいらしいが……うん。あとで動画で見るね。話がここまで進んじまった以上、もう直接会う機会はないだろう。ま、このフランスで全部のサーヴァントNPCに会えたプレイヤーもいないだろうからな。そう考えれば、俺とリツカは相当多いほうだ……。

 

「おい……おい! 聞いているのか? ボーッとしていないで前を見るんだ! 前!」

 

 ……逃したイベントに思いを馳せる俺をサンソンさんが小突いた。そして、来るぞ、と言いながらファヴニールの方を指し示す。

 はるか頭上から俺達を見下す竜の頭部が、この御神輿をバッチリ見据えていた。口の中で青い炎が燃えている。あ、やべぇ。標的確認、方位角固定、最終セーフティロック解除って感じ。既に何度も経験しているファイアブレス焼死体験がありありと思い起こされ、心の奥底でチュートリアルお姉さんがぷるぷると震えた。死が見える……!

 

「マスター、ちっと多めに魔力もらうぞッ!」

 

 せめてもの抵抗にか、クー・フーリンが杖を構えて何やら防御魔法(フバーハ)的なルーンを宙に刻もうとする。

 だが、その瞬間。

 御神輿の上から、ジークフリートさんが力強く飛び出した。

 

「グエーッ!」

 

 その踏み込みの反動でべチャリと潰れる担ぎ手一同、含む俺。

 そんな俺達を尻目に、ジークフリートさんは大きくその手の魔剣を振りかぶって……迫る竜炎を、切り払った!?

 

 すっげー。俺は地べたに這いつくばりながら感心した。

 え、ジークフリートさんマジで強キャラじゃん。あの害悪邪竜ブレスへ真正面から飛び込んだのにピンピンしてる。炎耐性MAXかよ。イベント特効が過ぎるぞ。

 

 ジークフリートさんはひとつ大きく息を吐き、そしてファヴニールへと駆け出していく。リツカとサンソンさん、そして周囲の知らないプレイヤーたちが後に続いた。

 

「やるな、『竜殺し』!」

 

 その背中に、クー・フーリンが感心したように声をかける。

 と、その目がスッと細くなり、間髪入れず非公開チャットが飛んできた。

 

《マスター。あの調子じゃ、『竜殺し』はそう長くは保たねぇぞ》

 

 だろうな。つい一時間前までまともに歩くことも出来なかったんだ。サンソンさんの手当も気休め程度のものだろうし、今動いてるのはほとんど気合と根性と底力みたいな話だろ? 運営バフも残り10分切ってるし、速攻でケリをつける必要があるだろう。

 

 そんなことを言い返しながらジークフリートさんを見送り、視線をファヴニールへと向ける。……暗くてよく見えない。そう思ったとたん、見かねたクー・フーリンが視界をジャックしてきた。例の大空洞でアルトリアと戦った後にやられたやつだ。カメラのピントが合うように、一気に視界がクリアになる。黒い竜鱗があちこち血に染まっているのが見えた。

 

 なるほど、だいぶ傷ついてはいるらしい。最前線組はよく削ったもんだな。

 この状況なら、狙うはジークフリートさんの大技一発か? 宝具の剣ビームが例のアルトリア級の威力を期待できるなら、接射で一撃必殺も不可能な話ではないと思う。ファヴニールや魔女ジャンヌの攻撃を鑑みても、【約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)】の火力は明らかに突き抜けていた。

 だが一方で、相手は全身鱗で覆われたファヴニールだ。漫然と攻撃しても致命傷にはならないだろう。どこなら有効打が通る……?

 

《見ろ》

 

 クー・フーリンの声と同時にジャックされた視界がぐっとファヴニールの左目にフォーカスし、次いで右目を大きく映し出す。

 ん? 左目と違って、右目が赤い。充血している……というか、出血してる。右目がよく見えてないのかもしれないな。あの傷口、拡大鮮明化して。

 

 俺の要望に応えて、更に視界がファヴニールの右目を拡大した。

 出血部。その傷口は、何かひどく鋭利なもので勢いよく穿(うが)たれたような痕を残していた。

 

 ……見覚えのある傷だ。過去の記憶(トラウマ)が刺激されたからだろうか、傷口を見ただけでそう確信できた。

 あれは……俺や魔女様の腹をブチ抜いたのと同じ傷。だったら、あれをやったのは……。

 

 デオンさん?

 

 その瞬間、右目の傷跡にデオンさんの剣を幻視した、ような気がした。

 

 ……そうか。龍鱗に覆われていない眼球なら、攻撃が通るかもしれない。

 

 クー・フーリンの視界ジャックが解除された。正常に戻った視野の中で、眼球攻撃の可能性を考える。

 

 前提として、今のジークフリートさんに直接眼球を攻撃させるのは無理だ。相手が地面まで鼻先を下ろしてくれるならともかく、あの高さまでこっちから剣を構えて突っ込むのは現実的じゃない。……いつぞやの飛行魔術(チート)よろしく、どうにかしてジークフリートさんを飛ばす? どうやって? その手段がここにはない。またオルガにでも聞いてみるか? だが仮に飛ばせたとして、あの【トーコ・トラベル】とかいう飛行法の精度じゃ狙い通り眼球へ飛んでいけるとは思えない。

 

 ファヴニールの頭を下げさせるというのは……無理か? 奴が首を下げる理由がない以上、頭上から脳天ぶん殴るような攻撃を用意する必要があるだろう。それは結局、ファヴニールの頭上へ行ける手段が無いという話に逆戻りしてしまう。

 

 そうだな、別々という手はあるかもしれない。プレイヤーの新兵器こと投槍器(アトラトル)みたいな道具でもって、ジークフリートさんの剣をまずヤツの眼球にぶっ刺す。そしたら両手が空いたジークフリートさんを何とかファヴニールの頭まで登らせて……駄目だ。ファヴニールの眼球を狙い撃ちできるビジョンが見えない。そんな器用なことが出来るなら、聖騎士ゲオルギウスとかライネスのランサーあたりがとっくに両目とも潰してるんじゃねぇ? 

 

 どうも難しいな。うまい流れが思いつかない。

 ただ、ジークフリートさんの宝具でファヴニールの眼球をブチ抜いて殺すという筋立て(プロット)は捨てがたいように思う。クー・フーリンに御膳立てされている感は否めないが……。

 

 俺はひとつ息を入れた。時間がないぞ。頭を冷やせ。

 一度問題を整理しよう。解決すべき問題点は大きく二つ。眼球を確実に狙い撃ちできる精度の攻撃手段と、ジークフリートさんの身体の限界だ。どちらを欠いても攻撃は成功せず、そしてプレイヤーに与えられたバフの残り時間はもうすぐ5分を切ってしまう。人を集める余裕も、小細工を仕掛ける時間もない。手持ちのカードだけでファヴニールを殺し切る必要があるが、明らかにその流れを作るには足りていない。

 ならば……ジョーカーだ。

 

《クー・フーリン》

 

 俺は、訳知り顔の魔術師に呼びかけた。

 クー・フーリン。俺が切れるカードでありながら、俺はこいつに何が出来て何が出来ないのかさっぱり把握できていない。それは逆に言えば、この男を構成する未知の要素(ライブラリー)の中に、現状を打開できる可能性(カード)がある……かもしれないということだ。その可能性が存在することに、俺は賭けた。さあクー・フーリン、お前の可能性(チカラ)を見せてみろ!

 

《自力では行き詰まったか。仕方ねぇと言えば仕方ねぇが……ま、今回は特別だ。時間もないしな。事の流れを決めただけでも上出来としてやろう》

 

 当然のように訳知り風の答えが返ってきた。

 ……さっきの非公開チャット。実のところ、そもそもプレイヤーではないサーヴァントたちが俺達と同じシステムでチャットを繋いでいるのかどうかは、定かではない。というか、その辺の村人NPCなんかとは非公開チャットできないことが分かっている。デオンさんは念話と言っていたか。そしてクー・フーリンのクラスは魔術師(キャスター)だ……。サーヴァント側のチャットシステムが魔術(オカルト)設定を参照しているなら、チャットをつないでいる限り、思考のひとつやふたつ読まれても不思議じゃないか?

 

 というか、そもそも思考なんて運営側にはダダ漏れになってるんだよな。内心の自由を侵す究極のプライバシー侵害ゲーム『FGO』。実はその旨きっちり初回ログイン時の同意書に書いてあるにも関わらず、あまりの煩雑さに読み飛ばして後日その辺に気づくプレイヤーは少なくない。そして運営(カルデア)がそれ関係のクレームにまともに対応したという話も聞いたことがない。

 だから、そういう思考ログの一部をサーヴァントに横流しすれば、ゲームシステム的には読心能力だって実装可能なんだけど……。

 

《思考を逸らすな。時間がないと言ったろうが》

 

 ほらな。きっちり考えを読まれてお叱りが飛んでくる。

 

《今回は特別に、アンタの懸念をオレが解消してやろう。……といっても、何も難しいことはねぇんだが》

 

 俺の懸念。要はさっき考えたファヴニール攻撃実行における二つの問題点のことだろう。

 

《まずひとつ。ジークフリートの身体を気にする必要はない。なぜなら、あの男は『英雄』だからだ。それが為すべきことだと信じられるなら、それを誰もが望むなら、ジークフリートは力尽きる最期の瞬間まで戦い続けるだろうよ。必要とあらばファヴニールの頭にだって登ってみせるだろうさ》

 

 ……いきなり分からん。ジークフリートさんが英雄であることと死ぬまで戦うことに何の関係が? いや、確かに典型的な英雄ムーヴだとは思うけど。というかクー・フーリン、確かこいつもそういう死に方した系の英雄だったな。じゃあ信用していいってこと? 分からん。全然分からん……。

 そして仮にクー・フーリンが言ってることが正しいとしたら、俺たちが頑張ってジークフリートさんを治療して連れてきた意味とは?

 

《もしリヨン市内に攻め込まれていたら、治療されていようがいなかろうが、あの男は立ち上がったろうさ。それが必敗にして必死の戦いであっても、何もできないまま布団の中で死ぬよりはマシだからな。その点、アンタはジークフリートによほど上等な戦場をくれてやったことになる。あるいは死に場所をな。その結末がどうなろうが、マスター、そこだけは誇っていいぜ》

 

 ……。

 ……ふうん。気に食わんが、まあいい。なら、もうひとつの方はどうなんだ。

 あの遥か頭上にあるファヴニールの眼球へ魔剣バルムンクを叩き込む方法を、今この場で用意できるのか? 

 

 俺の問いに、クー・フーリンはクツクツと笑った。

 なんて馬鹿なことを尋ねるのだというように。

 

《マスター。アンタは、ひょっとしたらお忘れかも知れないが……。この身に刻まれし名はクー・フーリン。赤枝騎士団の一員にしてアルスター最強の戦士であり、異界の盟主スカサハから授かった魔槍を駆る英雄だ。……さっきからプレイヤー共がひょろひょろ槍投げを繰り返してるがな、槍を投げさせたらオレの右に出るやつはいねえよ》

 

 それは……つまり。

 

《適当な槍の穂先にでも例の魔剣を括り付けておけ。()()()()()ってもんを見せてやる》

 

 

>>> [2/3] 偽・蹴り穿つ死翔の魔剣

 

[23:54]

 

 放り捨てられた槍はそこら中に転がってるのに、肝心の縄がないからチクショウ!

 

「あったぞ、縄」

 

 でかした! 背後からスッと差し出された縄を俺はありがたく受け取った。これで魔剣を固定できるぞ。

 

「御役御免になったジークフリート神輿の廃材だから、感謝されるほどのものでもないが」

 

 その手があったか。……って、ン? 聞いた声だな?

 そう思って縄の主へ振り返った俺に、カナメ氏が「やあ」と軽く手を振ってきた。

 どうせどっかにいるだろうとは思っていたが。ええっと、俺に一体何用で?

 

「『フレンド』に会いに来るのに理由が必要かい? ……というのは冗談として。せっかくのイベントだ、どうせなら特等席で見たいと思ってね。それで、これで何を作るのかな?」

 

 イチから説明する時間はちょっと無いけど、見てりゃ分かるよ。

 そう言いながら、最後のパーツである魔剣バルムンクをジークフリートさんから借り受けるため走り出す。クー・フーリンが後ろに続き、更にカナメ氏以下有象無象のプレイヤー共がぞろぞろとついてきた。

 

 先行していたリツカが追ってきた俺に気づき、手を振ってくる。同時に交渉成功を伝えるメッセが飛んできた。

 マジで? 俺から仕事投げておいてなんだが、すごいなお前。

 

 ……『ジークフリートさんに愛用の魔剣を借りる』というどう考えても厄介そうな任務を、俺はリツカに丸投げしていた。それをこうもやすやすと成し遂げるとは。やはりモノが違う。面倒な説得はリツカに任せるに限るな!

 

 ……いや、俺だってやってやれないことは無いんだよ。だけどさ、俺が説得しようとすると、なんか最終的に「丸め込む」とか「論破する」とか微妙に違う結果で終わるんだよな。会話って難しいよね。

 

「話は聞かせてもらった。協力に感謝する。俺が万全でないばかりに、面倒をかけてすまない」

 

 追いついての開口一番、ジークフリートさんから詫びの言葉が飛び出した。さっきから思っていたが、この人ホント腰低いな。

 

「おう。ま、このオレが手を貸す以上、その剣は間違いなくヤツの眼球ど真ん中にブチ込んでやる。だから最後のトドメはきっちり頼むぜ、ネーデルラントの大英雄」

 

 一方気さくに答えるクー・フーリン。こちらは対称的に、腰の低さとかいう概念の持ち合わせがあるとは思われない。だいたいいつもこんなノリである。

 

 そういうやり取りを横で聞きながら、ジークフリートさんの魔剣を拾い物の槍へギチギチと縛り付ける。クー・フーリンからのオーダーは唯一つ、「絶対に外れないようにしろ」だけである。そういうわけで出来上がった即席魔『槍』バルムンクは、剣そのものの重さと縄の重さで重心が前方に偏りすぎており、バランスが悪いなんてレベルじゃない。クー・フーリンは「そんなもんこっちでどうにかする」などと言っていたが、本当に大丈夫なんだろうな……?

 しかし今更手遅れだ。俺はクー・フーリンに準備完了を告げることにした。運営バフの残り時間は3分ちょい。マジで頼むぞお前。

 

「お、出来たか。なら時間もないし、とっとと始めるか。ジークフリート、覚悟はいいな」

 

「任せてくれ。たとえ途上でこの心臓が止まろうと、誓ってファヴニールの頭までたどり着き宝具を解放して見せよう」

 

「良い返事だ。じゃあ──」

 

 クー・フーリンが俺を見る。俺は石突を下に、穂先を上にして槍を持つ。その向きのまま、魔槍バルムンクをクー・フーリンに投げ渡すよう言われていた。どういう意味があるのかは知らん。聞いてる時間もないのでヤツの指示に粛々と従うのみである。マスターとは、サーヴァントとは一体……?

 

「レディ……ゴーッ!」

 

 タイミングを任された俺はやけくそのように叫び、ジークフリートさんは凄まじい土煙を上げて走り出し、クー・フーリン目掛けて投げ渡した魔槍は軽く持ち上げられたヤツの右足の爪先へと着地した。クー・フーリンはフン、と鼻息を吐いて爪先を上下左右に動かしている。糞バランスが悪いはずの魔槍バルムンクは、どういうバランス感覚で保たれているのか、爪先へ垂直に突っ立ったまま小揺るぎもしない。

 

「ま、なんとかなるだろ」

 

 そう呟いて、その槍を高く高く頭上へと蹴り上げた。

 続いてクー・フーリン本人も強く地面を蹴って天高く飛び上がっていく。

 一瞬遅れて、地上に残された俺たちに声が届いた。

 

「いいか、二度とやらねぇからよく見とけ────()()()()()()()()()()()

 

 天蓋へと蹴り上げられた魔槍は、その剣身に月の光を反射して、まるで夜空の星のようだった。

 その星に追いついたクー・フーリンが、彼のもつ超絶技巧の投槍術を解き放とうとする。宝具ではないはずなのに、まるで宝具を発動するように。当然のようにマスターたる俺の魔力はごっそりと失われ、俺は地面に倒れ伏して天を仰いだ。

 

「その眼球、貰い受ける──!」

 

 頭上から響き渡る、朗々たるクー・フーリンの声。

 オーバーヘッド気味に蹴り出された死翔の槍は、流星のように白く尾を引いて──あやまたず、ファヴニールに残された左眼球を貫いたのだった。

 

 

>>> [3/3] 決着

 

[PM 23:57]

 

「GGGGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

 ファヴニールが絶叫した。

 一発で鼓膜が逝ったが、今はその感覚さえ心地良い。苦痛に悶えるファヴニールを見て浮かぶのは、ただ「ザマァ」の一言だ。間違いなくクリティカルな一撃が入った。だから、あとはジークフリートさんさえ……!

 

「GRUOOOOOOOOOO!!!」

 

 立て続けの絶叫に、自動回復したはずの鼓膜が再び吹っ飛ぶ。ジークフリートさんと一緒にファヴニールへ特攻(ぶっこみ)かけたプレイヤーたちが軒並み足運びを乱す中、ただジークフリートさんだけが何事もなかったかのように一直線にファヴニールへと向かう。事態を把握したのか、ファヴニールに攻撃を掛けていたサーヴァントの数人がジークフリートさんのサポートに入るべく動き出す。

 クー・フーリンの跳躍力を考えれば、サーヴァントの誰かがジークフリートさんを連れて飛び上がれば眼球に突き刺さったバルムンクだって掴めるはずだ。だからあとは距離さえ詰めれば!

 

 あと少し! あと少しで長かった戦いがッ……!

 

 ……いや、待て。

 

「GGGGGGGGG……ッ!」

 

 ファヴニールの様子が……

 

「GAAAAAAA!」

 

 ……ッ! あいつ、飛んで逃げる気か!?

 バサリとその背の黒い翼が大きく羽ばたき、ファヴニールの巨大な身体が宙に浮き上がる。

 その口の中では、またあの青い炎が……見たこともないほどの勢いで燃えて上がっている。違う、逃げようとしているんじゃない。まさか、まだ余力を隠していた……!?

 

 ファヴニールは俺たちに驚く暇を与えなかった。当然、その奥の手に対応する時間も。

 

 ファヴニールは知恵のある竜だ。しばしば『狡賢(ずるがしこ)い』と称される邪竜の狡猾さを、俺たちは軽視していた。ヤツが、あまりにも分かりやすい暴力の具現だったから。知恵など使わずとも力だけで俺たちを殲滅してきた邪竜の姿を、この上なくはっきりと記憶に焼き付けられてきたから。

 思えば、攻略組が負け惜しみのように発していた推察は正しかったのだろう。ファヴニールは手加減していたのだ。こちらのバフ切れを待ち、それから確実に一人残らず虫でも潰すように殺し尽くす気だったのかもしれない。

 だが、両目から血を流す邪竜にはもはや一切の余裕がなく、ゆえに一切の出し惜しみもない。

 

【ニーブルヘイム】

 

 サーヴァントの宝具詠唱と似た感覚が脳裏を走った。その顎門(あぎと)から、青く燃え盛る炎が解き放たれる。

 

「マシュ!」

 

 遠く前方、ジークフリートさんを遅れて追いかけるリツカが叫んだ。マシュさんはファヴニールの足元で戦い続けていたのだろう。リツカの声に応えて、もう何度となく俺たちを守ってきた蒼翠の盾が巨大な光の壁となって顕現する。

 

「真名、偽装登録── 【疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)】!!!」

 

 久々に見る彼女の宝具は、以前見たときより強く輝いているように思われた。光が結界となり、ファヴニールの炎を遮っている。

 

 ……数秒、拮抗が続いた。

 だが勝ったのはマシュさんだ。ファヴニールの炎は彼女の盾を破ることなく、風に吹き消えた。

 

 ──いや、違う!

 ファヴニールがゴゥッと音を立てて大きく息を吸う。その口の中で、再びさっきと同じ蒼炎が渦を巻いて──

 

【ニーブルヘイム】

 

「ッ─────!!!」

 

 今度は、マシュさんが圧される番だった。

 宝具級の攻撃を連射だと!? ……チッ、アルトリアの次の特異点(ステージ)ボスである以上、そのくらいのことはするってわけか! 思えばジークフリートさんも万全の状態なら宝具連射できるって言ってたな! 宝具連射勝負でもやらせる気だったのか、クソ制作ゥ!

 

 俺は罵言を吐いた。だが、この状態では……。

 何かをしようにも魔力切れでろくに動けない俺を、後ろから伸びてきた腕がぐっと掴み起こす。……クー・フーリンか。降りてきたんだな。現状を伝えようと口を開いた俺を遮るように、クー・フーリンは軽い口調で言う。

 

「心配いらねぇよ、マスター。オレたちは仕事を果たした。あとはアイツらがきっちりやり遂げるさ」

 

 その信頼はどこから来るのか。見れば、宝具もどきをブッ放したのがだいぶ負担だったのか、いつもの飄々とした様子と違って相当しんどそうな表情をしている。……そうだな。ここまで来たら、あとはもう残りの連中の奮闘に期待するくらいしか出来ねぇか。

 

 俺たちは、ただその場ですべての結果を見届けることにした。

 せっかくなので、再びクー・フーリンの視界を借りて録画モードになりながら。

 時刻は[23:58]。

 それから、多くのことが起こった。

 

 

 

 まず最初に、()()()()が空の彼方からやってきた。

 

【GAAAAAAAALAAAAAHHHHHHHAAAAAAAAAAADDDDD!!】

 

 意味不明な叫びを撒き散らしながら、飛行機か戦闘機みたいなものが突っ込んでくる。あれは……

 

「ランスロットだな。いや、ヒデェ目にあわされたぜ。ったく、ブリテンの騎士ってのはどいつもこいつも」

 

 クー・フーリンが隣でぼやく。

 どういう経緯でランスロットが戦闘機に乗っているのかはしらんが、ミサイルと銃弾をバラ撒きながらランスロット機──ゲーム的な正式名称は【ランスロット[航空騎兵(エアキャバルリー)]】というらしい──は一直線にファヴニールへと突っ込んでいき……

 

 KRAAAAA---TOOOM!

 

 特攻したァ!? ……あ、いや、真っ黒いフルプレートアーマーが爆発の中から飛び出してきた。再び意味不明な絶叫を上げながら手にした長い棒のような武器でファヴニールを殴り始める。

 あれが狂戦士(バーサーカー)ランスロットか……すげぇな、なんか。

 直接やりあったクー・フーリンは何やら思うところがあるようだが、特に戦う機会もなかった俺は因縁もないので素直に感心するばかりだ。

  

 

 

 続いて、『それ』が空の上から降ってきた。

 クー・フーリンの目を得ている俺ですら一瞬『それ』が何であるのかわからなかったが、とにかく天上から降り注ぐ黒々とした巨大な質量のカタマリが、突貫したランスロット機の爆炎に苦悶するファヴニールの全身を強く打ち据えた。

 

「GRRRAAAA!?」

 

 ファヴニールの巨体がふらつき、落下し始める。その間、『それ』は絶え間なく降り注ぎ続けていた。

 俺はようやく、『それ』がひとつの巨大な質量体ではなく、無数の『矢』によって構成された『矢の雨』であったことに気づく。あまりに高密度に降り注いだその雨は、もはや矢の雨というより矢の滝、矢の洪水とでもいうべきものだったのだ。

 

(ケモミミ……!)

 

 俺は周囲に意識を向けながら、数時間前にこの場を去ったはずのアーチャーの姿を探そうとした。……だが、どこにも見つけることはできなかった。

 

『私は私の好きにさせてもらう。────復讐も服従も、もうたくさんだ』

 

 彼女が去り際に告げた言葉を思い出す。ケモミミは、きっともうこの戦いになど関わりたくはなかったのだろう。

 しかしそれでも、彼女はこの瞬間に最も必要な形で助太刀をしてくれた。その善意を、俺はありがたく思った。

 

 

 

 そしてランスロットとケモミミが作り出した好機を、リツカは逃さなかった。

 

「清姫っ! 宝具を頼む!!」

 

 矢の洪水が止むと同時に、宝具展開を続けるマシュさんへと駆け寄りながらもうひとりの契約サーヴァントの名を叫ぶ。その右手の令呪が一際強く輝いた。マシュさんの盾はまだファヴニールの炎を防ぎ続けている。複数サーヴァントによる宝具の同時発動だと……!? 俺には逆立ちしても到達できない領域へリツカは既に到っていたらしい。いつの間にかリツカの直ぐ側に寄ってきていた清姫の身体が、ファヴニールの炎のような青い輪郭をまとって大きく膨らみ始める。

 

安珍様(マスター)のお望みとあらば……。──どうかご照覧あれ、【転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)】!」

 

 爆発的な勢いで巨大化した清姫の身体が形を変え、長く太く伸びていく。安珍清姫伝説において、怒れる清姫は龍に姿を変えたという。その伝説が、今ここに再現されているかのようだった。

 

【やっと──やっとお役に立てるときが来ましたわ! この清姫の活躍、しかとご覧くださいまし!】

 

 ファヴニールと同じくらいの巨体と化した清姫が、その全身をファヴニールに絡みつけながら言う。活躍も何も、わりと特異点(ステージ)とおして大暴れしていた気がするんだが。これ以上活躍されたら清姫狂信者(きよひースレ)の連中はどうなってしまうのか。

 

「GGGGRR……ッ!!!」

 

 清姫バインドによって全身の動きを封じられたファヴニールが、ついに地上に落ちる。

 口から吐き出す炎がやっと止み、宝具展開を止めたマシュさんも精魂尽きたように脱力した。いや、すぐに起き上がった。さっきのランスロットといい今のマシュさんといい、すごいガッツだ。

 魔力切れでダラダラ観戦モードに入っている俺は無責任に感心するばかりである。地面に落としてしまえばもう怖いものはないな!

 

 

 が、そんなことはなかった。ファヴニールは相当に諦めが悪いらしい。

 清姫ドラゴンに全身拘束されながら、なおもジタバタともがいている。そのジタバタのひとつひとつが常人では立っていられないレベルの地響きを引き起こすので、ジークフリートさん転んだりしてないかしらと心配していると、そんな俺よりよほど気遣いのできるサーヴァントたちが援護に入った。

 

「ジークフリート、今こそ勇敢に進むときです! 必ずや全てが上手くいくでしょう!」

 

 聖女ジャンヌが旗を振りかざしながら高々と声を張り上げ、聖ゲオルギウスとともにファヴニールの足掻きを抑え込みにかかった。サンソンさんとランスロット、ライネスのランサー、それにマリー王妃とお付きの音楽家もそこに加わって、最後の総攻撃を掛けていく。

 

 

 

 ──そしてついに、ジークフリートさんがファヴニールのもとへと辿り着いた。

 

「GUUUUAAAAAA──ッ!!!!」

 

 その姿を認めてか、最後の抵抗とばかりにファヴニールはその頭を可能な限り天高く持ち上げようとする。

 かつて一度はジークフリートさんによって討伐された身だ、こちらの狙いに既に気づいているのだろう。

 清姫ドラゴンの龍体に幾重にも巻き付かれて動きを封じられてはいるが、それでも持ち前の巨体は変わることがない。高層ビルみたいな高さへ挑まんとするジークフリートさんは、しかし一切のためらいなく走り込む勢いのまま全身を(たわ)め──弾かれたように跳び上がった。

 

「うおおおおおおおッッッッ!」

 

 雄叫びが俺たちのもとまで届いてくる。視界にアナウンスが走った……!

 

 【霊基再臨】

 

 次の瞬間、遠目に見えるジークフリートさんの全身が金色の光をまとう。

 それだけじゃない。ジークフリートさんの頭から竜の角のようなものが生え、尻尾が生え、そして背中からは──翼が生えた!

 

「ファヴニール! すまないなどと言うつもりはないぞ──必殺させてもらう!」

 

 ファヴニールと同じ黒い竜の翼を大きく羽ばたかせ、ジークフリートさんは矢のように飛んでいく。ファヴニールの頭部はもう目前だ!

 行けっ! ジークフリートさん! 行けェーーーッ!!!

 

「GUUUUUuuuuuuーーー!!」

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界はいま落陽に至る──邪竜、滅ぶべし!」

 

 ジークフリートさんは宝具詠唱をしながら右手を大きく振りかぶり──

 

「【幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)】ッッッ!!!」

 

 ファヴニールの眼球に突き刺さった魔剣バルムンクの柄尻に、全力の拳を叩き込んだ。

 剣身から凄まじい光が溢れ出し──

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

 ファヴニールの頭を、首を、胴を、邪竜の全身をバルムンクの魔光が貫いた。

 

 

 時刻は0:00。

 戦いの日々は終わり、そして新たな一日が始まった。

 




次回、第一章エピローグ

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