>>> [1/3] 颯爽たるジークフリートの発送
[PM 23:22]
俺! サンソンさん! なんか着いてきた知らない人たち!
我ら、ジークフリート介護班!
ということで、戦場に戻ることにした。
あれから担当医師的な責任を感じたのか、サンソンさんは片手しか使えないにも関わらずジークフリートさんに同行を申し出た。折れている左腕は固定され三角巾で吊られた状態だ。いつもの黒コートに袖を通すことも出来ないので、現在はコートの下に着ていた白の襟付きシャツ姿である。正直、黒コートじゃないサンソンさんは違和感がスゲェ。面と向かっては言わないけども。
淫夢汚染メディック兄貴? ああ、救護所に残るってよ。ベッドがふたつ空いたとはいえ、まだ魔女様が残っているからな。もし魔女様が目覚めたとき、あの部屋に一人きりだったら流石に悲しすぎるだろ。そのうえ全身血液汚染軟膏と謎の青緑色の粉まみれだし。あまりにも意味がわからなすぎて泣いてしまうかもしれない。
そういった事情もあり、居残り組は必要だったのだ。というか、そもそもからして
……え、俺が前線に復帰する理由? いや、配達終わって特にやることもなかったし。
今のところ魔力も思ったより持っていかれてないから大丈夫っしょ。
クー・フーリン……俺の知らないところで俺に負担のかからない戦いを繰り広げてくれる、なんて便利なヤツなんだ。
しかし実際のところ、わざわざ俺たちが出張ってくる必要はあまりなかったのかもしれない。
重い体を引きずってご出陣あそばした竜殺しの英雄は、おそらく百メートルも自力で歩くことは出来なかった。体力回復が追いつかなかったわけではない。呪いの影響というわけですらない。
「オイオイオイオイ、こいつはなんだァ? 『竜殺し』に『処刑人』……そんで、抜け駆け野郎のリハクさんじゃね~~~か?」
路地裏からぬっと現れたガラの悪いごろつきが俺に絡んできた。サンソンさんが、知り合いか?と言いたげな目でこちらを見ている。もちろん違うさ。こんな品性下劣な態度のプレイヤーが俺の交友関係上に存在するはずがない。まず間違いなく動画か何かで俺の存在を見知っただけの一方的な知り合いというやつだろう。ちょっと「お話」しとくんで、先に行っててくれません?
俺はジークフリートさんたちを先に行かせることにした。ごろつきがねちっこい声で言う。
「連れないこと言ってくれるよなァ。これでも俺は、アンタの企画に何度か参加したこともあるんだぜ? 大金星挙げたはずのアンタが大荷物持ってこの辺ふらついてたっていうから、なんかイベントの続きがあるんじゃねーかと思って張ってたんだよ。いやぁ、なかなかどうして冴えてるじゃねぇの……」
ごろつきは自画自賛しながらニヤニヤ笑っている。
……俺なんかを見張るより、もっと優先すべきイベントがあったんじゃねぇか? レイド級討伐クエとかよ。俺は内心でそう思いつつ、慎重に様子見の構えを取る。
正直、ガチで見覚えがなかった。
というか、ガラの悪いロールプレイをしたがるプレイヤーは皆一様にガラの悪い感じのキャラクリをするので、ぶっちゃけあんまり違いがわからない。そういう意味で言うと、いわゆる『ホンモノ』さんはまた違うタイプのヤバさがあるので外から見てもわりと分かるし、意外に棲み分けも出来るんだが。
結局のところ、これは俺の顔認識能力の問題というより、どれだけ興味関心を抱いているかという問題なんだろう。仮にも相手が美少女なら、それがどんなに似たりよったりのキャラクリでも識別できる気がする。むしろ量産型美少女というのは別ジャンルの性癖に訴えかけてくる感じがあって、それはそれでそそるものがあるとさえ思う。禁書目録に出てくる
たとえ量産型であっても美少女が増えれば俺の目が喜ぶ。文字通りの眼福というやつだ。しかし量産型ごろつきが増えたところで嬉しいことはなにもない。
そしてこいつが言ってることが本当なら、このごろつきは思ったより古参のプレイヤーであるらしい。
……だったら、お互いどう振る舞うべきかは、分かるだろ?
俺は剣の柄に手を掛ける。邪魔なゴミはきちんと始末するに限るから……ではなく、こんなところで足止めを食ってサンソンさんの治療行為を無下にしないためである。建前は大事だ。加えて、PvPのタイマンなら俺にだって勝ち目くらいはあるだろうという算段もあった。フレンドリーファイア情状酌量は機能しているか? 今は見逃されていても、こっちから一撃入れた時点でペナルティ発動の可能性は限りなく高くなる。速攻で片付けるとしよう。
であれば、取るべき戦術は──
──ガンドの抜き撃ち。
俺は【カルデア戦闘服】着用時のタイマン必殺コンボを発動すべくタイミングを図る。
相手の礼装は【カルデア制服】。攻バフ、回避、回復のスキルを併せ持つ、攻防バランスの良い礼装だ。リツカも愛用している。始動技であるガンドを見切られ回避されればコンボは成立しない。チャンスは一度きり、呼吸が大切な技なのだ。
……今ッ!
「【ガ」
「オイオイオイオイ」
「オイオイオイオイ」
「オイオイオイオイ」
しかし駄目だった。ゴミが増えた。
俺は天を仰ぎ嘆息する。
……どうしてこの街は、こんなに治安が悪いんだ?
>>> [2/3]
[PM 23:34]
四人相手に勝てるわけがないだろ!
ということで、知らないごろつきプレイヤーたちがパーティに加わった。
すると奴らはあっという間に次々と仲間を呼んで増殖し、更には呪いから回復しきっていないジークフリートさんのための移動手段まで提案してきた。すなわち、恐ろしいほどの目ざとさでイベントの気配を嗅ぎつけ集まってきた有象無象の
「道を開けぇぇぇーーーい! 『竜殺し』の御出陣じゃあーーーい!」
「控え~~い! 控え~~い! 控えおろ~~~!」
「退けー! 後ろめたいやつは退けェー!」
「ジークフリート様のお通りだァー!」
神輿を担ぐプレイヤーが、口々に大名行列の先触れみたいなことをわめいている。
「すまない……道を開けてくれないだろうか……すまない……」
その様子を神輿の上から見下ろすジークフリートさんは、ひたすらすまながっていた。
しかしまあ……騒がしいのはともかく、道中の面倒が減るのは悪いことではないだろう。
周囲に人だかりができたおかげか、見物に来たプレイヤーの中で手の空いた奴が勝手に近くのモンスターを排除してくれるようになった。シューティングゲーで自動攻撃オプションを手に入れた気分だ。
俺は肩に食い込む神輿の担ぎ棒に力を込める。戦場までのお届け時間を短縮するため、担ぎ手は神輿を担ぎつつ全力疾走することになっていた。
いっち、にっ! いっち、にっ!
わーっしょい! わーっしょい!
いっち、にっ! いっち、にっ!
わーっしょい! わーっしょい!
いやあ、それにしても御神輿を担ぐってのは意外と楽しいもんだなァ。リアルのお祭りとかで見かけても重労働だなぁ~程度にしか思ってなかったが、何というか、こうして大勢で掛け声出しながら担いでいると独特の一体感と昂揚感がある。いつかリアルでもやってみようかしらん。
「まるで
俺の隣を並走するサンソンさんは、よく分からない感心の仕方をしている。聞けば、スペインとかにもこういう御神輿みたいなものがあるらしい。聖母マリアとイエス・キリストの像を載せて運ぶんだってさ。もっとも、雰囲気的にはもっと
爆走する御神輿行列はリヨンの市壁に近づいていく。
見上げる先、市壁のすぐ外にファヴニールの姿が見えている。ここまで迎撃組がよく保たせたというべきか、運営バフ切れを待たずして王手を決められかけていると見るべきか。
崩れ落ちた市壁の隙間にはフランス王軍の大砲が運び込まれ、砲兵らしき人々が轟音を響かせている。
指揮を執ってる偉そうな人が王軍のトップか? クー・フーリンと似たケルト系の顔立ちをしているとリツカから聞いた覚えがあるな。あいにく急いでいるので顔を見る余裕はないんだが。
問題はこのままどこまで近づけるか、だ。
ジークフリート神輿は馬鹿みたいな絵面でこそあるが、なにせ担ぎ手のプレイヤーにパワーがあるので普通に速い。少なくとも、今のジークフリートさんが自力で移動するよりはずっと速く進んでいるはずだ。
そしてジークフリートさんの宝具は、あのアルトリアと同じ剣ビームであるらしい。……剣ビーム、キャラかぶり起こすの早くない? まあ定番といえば定番ではあるが。
ともかく、ジークフリートさんはロングレンジの必殺技を使えるという事実、これがでかい。距離を詰め切る必要がないからだ。そりゃあゼロ距離でブッ放したほうが威力は高いだろうけど、次善の選択肢が増えれば単純に余裕ができる。本調子なら連射だって可能だと言ってたが、そういえばアルトリアも宝具連射してきたな……嫌な記憶が蘇った。本調子のジークフリートさんを見る機会は今後あるのかね?
前線に近づくにつれ、いつもの勇壮な戦場音楽が耳に届き始める。例の音楽家のサーヴァントは今も戦っているらしい。一緒にいたお姫様──デオンさんの言葉を思い出すなら、正体はマリー・アントワネットということになるのだろう──も戦っているのだろうか?
そして、そら、前線組のための
……まあ、少しでも参加してればある程度の報酬はもらえるので、後悔という程のものは無いかもしれないが。
マシュさんとリツカの姿はない。戦闘をプレイヤーに任せてサークルを護衛するのではなく、直接ファヴニールとやり合う方を選んだか。俺は視界に浮かぶアナウンスに意識を向ける。
【魔力リソース開放 制限時間 00:12:41..40..39..】
よし! 決戦用バフの残り時間は10分ちょい!
ファヴニールの残り体力、不明!
このまま可能な限り目標に接近する!
ジークフリート介護班ッ! 全速前進だァーーー!
「「「「わっしょォーーーい!」」」」
俺たちは一際強く大地を踏みしめると、竜炎ひしめく最前線目指して最後の全力ダッシュをキメたのだった。
>>> [3/3] 勇壮たりしジークフリートの追想
[PM 23:48]
ファヴニールの動きが明らかに変わった。
ジークフリートはその変化を誰より早く、鋭敏に感じ取っていた。
同様に接近する
「うわあああ!」
「ジーク! フリート!」
「ジーーク! フリーートォッ!」
断末魔に、
……ジークフリート。
その名の意味は
平和とは、勝ち取ることではじめて生み出されるものだ。
それはときに国と国とが互いに血を流す戦争における戦士たちの剣の勝利であり、あるいは厳しい自然の中で明日を生きる糧を
だからこそ、敵国が絶えず伸ばし続ける野心の手を粉砕し、市井の人々を襲う邪悪な魔物を討ち払うことのできる、勝利を約束された英雄の存在が待望されるのだ。
在りし日のこの身がそうであったように。
だが──いかな英雄にも掴めぬ勝利というものがある。
それは、ひとたび勝ち取った平和と穏やかな暮らしを守り続ける日々の営みだ。
あるいはそれこそが、最もありふれた、しかし最も得難い勝利なのかもしれない。
少なくともかつてのジークフリートは、あらゆる期待と求めに勝利をもって応え続けた英雄は、けれど最後に自身と周囲の平穏を守り切ることが出来なかった。
詩人はその伝承の結末をこう
死すべきものはここにすべて倒れ伏した。
高貴なる王妃*1も真っ二つに切り断たれていた。
二人の王は一族郎党の身を打嘆いた。
誉れ高かったあまたの人々はここに最期を遂げた。
世の人はみな嘆きと悲しみに打沈んだ。
王者の饗宴はかくて悲嘆をもって幕をとじた。
いつの世にも歓びは悲しみに終るものだからである。
その後のことどもについては、おん身らにこれを伝えるよしもない。
ただ騎士や婦人や身分のよい従者たちが、
愛する一族の死を嘆くさまのみが見られた。
物語はここに終りを告げる。これぞニーベルンゲンの災いである。*4
物語の最後に待っていたのは悲劇だった。
ジークフリートは、その結末に立ち会うことすら叶わなかった。
なぜなら
──ならば残りの後半、詩人は何を謳うのか?
答えは、復讐だ。
そしてその結末は、上に述べたとおりである。
(──クリームヒルト。かつての君も、今の俺を
他ならぬジークフリート自身の伝承で語られし最愛の女性の憎悪とその末路とは、彼の記憶に残る美しく優しいクリームヒルトの姿とは似ても似つかぬものだった。それほどに人の在り方を変えてしまうような絶望を、ジークフリートの死はもたらしてしまったのだろう。
絶望。憎悪。そして、復讐……。
英雄ジークフリートは、誰かに復讐したいと望んだことなどない。しかし、憎悪に駆られ復讐を求める人間の情念は、決して彼の人生から無縁なものではなかったのだ。
(そしてこの地でも、憎しみと復讐心とが惨劇をもたらしている)
(暴虐なる邪竜のカタチをとって)
(ならば、俺の為すべきことは──)
魔女ジャンヌ・ダルクは既にプレイヤーの手引きによって打倒され、あの診療所のベッドに意識もなく横たわっている。
彼女の真実をジークフリートは知らない。その傍らにあったジル・ド・レェの真意には触れる機会すら生じなかった。
だが、『あの』聖女ジャンヌ・ダルクがあれほどまでに変わり果てたという事実が、ジークフリートに
惨劇が憎悪を呼び、憎悪がまた新たな惨劇を生む。
人は、
ジークフリートの生きた時代から遠い歳月を経たこの異国の地でもまた、まさに彼の物語と同じ過ちが繰り返されている。
それは人の愚かさ
そう断ずるのは容易い。だが──それでは、あまりにも悲しい。
(──ならば、せめて俺は過ちの枝を断ち切ろう。あの邪竜の命脈を)
ファヴニールを殺したところで、既に死した者たちは戻らぬ。神ならぬ身には、定められた死を避けることも悲劇に至る道筋を巻き戻す事も不可能だ。それでもこの剣が、誰かの未来を救いうるならば。それを振るうことをためらう理由など何もない。
萎え衰えた四肢に力を込める。
苦痛を
──弱くなったな、と。
大きく開かれた邪竜の
その魔力。その熱量。生前戦ったファヴニールに勝るとも劣らない。
魔女より与えられた魔力を喰らったのか、あるいは聖杯の力か、この異郷の地においてファヴニールの威容はいや増しているようにさえ思われた。
周囲のプレイヤーのある者は逃げ出し、またある者は盾になるべく
轟、と唸りを上げて竜の口から灼熱の嵐が解き放たれる瞬間──ジークフリートは、渾身の力を振り絞って跳躍した。
(ファヴニール、確かにお前は強くなり、そして俺は弱くなったのだろう。だが──)
自分のものとは思えないほど重たい腕で、その手に固定された剣を振りかぶる。空気を焼き焦がす竜炎が、ジークフリートを燃やし尽くさんと迫りくるのを認識する。
「──たかがそれだけのことで、諦めると思うなッ!」
雄叫びを上げながら、練り上げた魔力を剣に走らせ、真っ直ぐに振り下ろす。
ただそれだけの一撃で、魔剣は地獄の業火をやすやすと斬り裂いていた。
背後でワッと歓声が上がった。
ジークフリートは、斬り捨てられてなお全身に
身体は悲鳴を上げている。
かつて不屈を誇った悪竜の血鎧も、その『内側』からジークフリートを焼き焦がす呪いを防ぐことはかなわない。
残った魔力にしても、せいぜい宝具を一度撃てるかどうか。かつてのような連続解放など望むべくもないだろう。
しかし、それでも。この時この場所で、正しいことを成し遂げたいと願うなら。
呪いに侵され、もはや約束された勝利の英雄たりえぬジークフリートが、それでも憎悪と悲劇の連鎖を断ち切りたいと願うなら。
「……
竜炎の余波で黒焦げになった包帯が、ジークフリートの全身からボロボロと剥離する。
わずか一撃。されど一撃。その一撃を振り終えるまで、よくぞ保ってくれたと心のなかで感謝する。自分を治療し戦場での無事を祈ってくれた人間がいることに感謝し、今この場に自分を守るため戦おうとする味方がいることに感謝した。
「ジーク! フリート!」
「ジーーク! フリーートォッ!」
死にゆくプレイヤーたちの断末魔が響く。英雄の名を呼ぶ声が。
ジークフリートは剣を握りしめる。この身に背負った思いがある限り、自分から諦めるような無様などあってはならないと戒めるように。そしてどうか最後の瞬間まで戦い続けられるよう、祈るようにファヴニールへの一歩を踏み出した。
かつて英雄はただ一人で邪竜と戦い、それを打倒した。
だが、いまや英雄には独力で竜を滅ぼす力はなく。
しかし同時に、いまや英雄はただ一人で戦っているわけでもない。
──ならば。
「俺は、
Fate/Grand Order
それは、未来を取り戻す物語。
──かくして役者は揃い、ひとつの章が幕を下ろす。