>> [1/2] いのちだいじに、MPつかうな
[PM 21:46]
3回突撃して3乙したので、ちょっと冷静になって周囲を見渡すことにした。
何やらチュートリアルお姉さんの嘆息が脳裏に響く気がするが、気にしても仕方ないものは仕方ないので気にしないことにする。
クー・フーリン? ああ、あいつヒデェんだぜ?
俺がせっかく二回も死にながらやっとのことでファヴニールのお膝元までたどり着いたってのに、あいつ俺見てなんて言ったと思う?
「なんでこんなトコまで出て来たんだ、マスター。悪いことは言わねぇから後ろ下がってろって」
だとよ! 馬鹿にしてやがるぜ……ッ! まあ実際その直後に踏み潰されて死んだんだけど。クー・フーリンの方はなんかもの凄いバクステで避けてたな。回避判定にプラス無敵時間も付く感じのやつ。モンハンが究極進化したみたいな動きだった。ていうかVRでデカブツと戦ってると、改めてハンターさん人間じゃねーよなって思うよね。
で、クー・フーリンがハンター役をするとなると俺の役回りは必然的にオトモアイルーということになるんだが……。残念ながら俺は完全にファヴニールの眼中にない感じで、囮役すら果たせそうになかったので諦めたわけ。俺のクラスがアーチャーとかだったなら、まだ遠くからチクチク攻撃するお仕事もあったんだけど。ま、こればっかりは仕方ないわな。さて、何をしたものか。
レイド級を殴りにいくのは割と満足した感があるので、あまり消耗しない過ごし方を考える必要があった。
いい加減きちんと検証してハッキリさせておきたい話なんだが、メインストーリーが始まってからのあれやこれやを通じて、どうもこのゲームにおける魔力ってのは普通のゲームでいうところのMP的なパラメータよりずっと重要なものだという認識が固まりつつある。一年半『FGO』を遊んできたのに最近まであまり気にかけてこなかったように、魔力の存在なんてのは宝具発動みたいな魔力大量消費時にしか意識しないんだけど、実際はそうではなく。ざっくり言うと、プレイヤーごとに扱える全リソースが「魔力」という形で一括賦与されていて、それをHPやらスタミナやらスキル発動やらに適宜割り振ってるというイメージが正しいようだ。
とはいえ、だからといってHPを1にして残り全リソースをスキル発動のクールタイム短縮に回すとか、そういう離れ業ができるわけではない。いや、理屈の上ではできるのかもしれないが……そこまで人間辞められるプレイヤーというのは今の所確認されていなかった。ただ正直なところ、カナメ氏みたいに人間離れした動きができる廃人連中はその辺なんか怪しいと思っている節はある。……うん。多少の融通は効くのかもしれない。一時的にHPを減らす代わりに攻撃力を増加させるとか? 夢のある話だな。
話がそれてしまった。今俺が言いたいのはそこじゃない。
大事なのは、プレイヤーの魔力リソースは使い魔とも共有されるということだ。
すなわち、クー・フーリンがアンサズ・ルーンから炎弾を発射したり人外じみた動きで戦闘機動するためのリソースも、俺の魔力から供給されているということである。なので必然、ヤツが頑張れば頑張るほど俺が自分自身に回せるリソースは失われ、宝具発動なんかされた日にはいつぞやみたいに生まれたての子羊状態になる。
逆に言うと、クー・フーリンに頑張ってもらう必要がある状況では、俺は不必要に死んだりスキル無駄撃ちしたりするような魔力の無駄使いを避けるべきということだ。
この方針は、今みたいなデスペナルティ無効環境下でも変わらない。
そう。ファヴニールとの最終決戦ということもあり、いつぞやのアルトリア戦と同じバフの嵐が吹き荒れている。といっても微妙に内容が違い、今回は令呪開放が無いようだが。
【 GRAND BATTLE 】
【魔力リソース開放 制限時間 02:13:52...】
【デスペナルティ軽減】【自動回復:Lv.2】【スキルCT短縮:Lv.2】【使い魔強化:Lv.2】
……使い魔強化。これ、サーヴァントにも適用されてるのかね? 以前に聞いた話だと、サーヴァントって使い魔の中でも特殊な立ち位置なんだよな。サーヴァントが使う分の魔力リソースだけはバフ環境とか関係なく
(──ぷるぷるぷるぷる!)
しかしその瞬間、俺の心の奥底で何かが震えた。それは例えて言うなら、子供の頃、親に歯医者へ連れて行かれそうになったときの“絶対に行きたくない”という感情に近い拒絶感だった。いや。理性では異常の原因を取り除くべきだと分かっているのに、その異常の原因そのものが取り除かれることを全力拒否しているような──
……ま、差し迫って
しばらく様子見でもいいか。心の内でぷるぷると湧き起こる不思議な拒絶感に、俺は
>> [2/2] いろいろやろうぜ、バッチリがんばれ
[PM 21:48]
うーん。結局どうしようか?
下手に死にに行けないとなると、ぶっちゃけ暇だ。
まー俺もなー。
そういう事情がなければ、ファヴニールにゾンビアタック仕掛けてウロコのひとつも引っ剥がしてくるんだけどなー。
クー・フーリンを最大活用するためには自粛しないといけないからなー。
みんなの勝利のために自分の欲を殺して我慢するっていうかー。
なんつーか、「和」、みたいな? やっぱ俺、協調性あるからなー。
仕方がないので、後方支援担当のプレイヤーと一緒に臨時設営された物資集配所で駄弁っている。
レイド戦ともなると物資の損耗が酷いので、予備の武器やら道具やらを管理するプレイヤーがいないと継続戦闘は不可能だ。普段はクラン単位で管理することもあるが、運営から支給がある場合は量が多いので人手が要る。ま、そうは言っても、剣やら槍やら適当に広げておいて勝手に持っていってもらう程度のゆるゆる管理だが。不埒な考えで盗みを働こうとすると自動でペナルティが入るので、防犯がいらないというのは非常に気楽ではあった。ビバ監視社会。犯罪なきディストピアを
「クラン【FGO-JP-2】です! 剣12本もらいます!」
うーい。集配所にやってきたプレイヤーが剣をかき集めている間に、俺はクラン名と剣の持ち出し本数を記帳した。あとでまとめて運営に投げることになっている。投げなくても別にいいらしいけど、やっておくと経験値になるらしい。モンスターと殺し合いするよりずっとローリスクで賢い稼ぎ方だわな。
「あ、リハクさん。【暁の
この特異点では戦闘機会も多かったせいか、前線組に知らない知り合いが増えた気がする。いや、別にフレンドリストすら登録していない、単なるどっかで見た記憶がある程度の人たちなんだけど。この間の生配信出演とか、さっきリヨンに駆け込んできたのを見られたりとか、そういうので悪目立ちしてしまった結果、こうして声をかけてくるほぼ知らない人が増えたというわけだ。
で、魔女? うん、その件ね、ちゃんと動画で一部始終を上げるんで。とりあえずファヴニールを倒してから編集作業するから。やっぱ口頭だと誤解が生じる気がするんスよ。
「なるほど。では動画を確認したらまたお邪魔しますよ。我々、あなたには期待してますから。ええ、ええ……」
なんか思わせぶりな様子で大量の槍を抱えて去っていく。なんだアイツら。
まあいい。知らないプレイヤーのことなぞいちいち気にかけていても仕方ない、次の客だ。らっしゃーせー。
「【ギャラクティック・ウォリアーズ】ですけどー、投げ槍ってあります?」
あー、
プレイヤーが勝手に作って広めた武器は、追加購入しようとしても生産者不明なことがわりとある。その辺にいた槍投げマンたちから生産者情報を入手した俺は、それをそのままさっきの来客に横流しした。
はい。じゃ、そこの道真っすぐ行って、右手ちょっと曲がったとこですね。青髪の女セイバーが店番してるみたいです。先方にはこっちから伝えとくんで、行けば分かりますから。何かあったらまた来てください。はい。はーい。じゃ、討伐戦がんばってー。
「納品でーす」
あ、お疲れ様ッス。そこにスペースあるんで、まとめて置いといてもらえます? こっちで適当に品出ししときますから……って、これ包帯? 医療物資はここじゃないですねー。救護所わかります? わからない? うーん。じゃ、とりあえず一旦預かります。いや、大丈夫なんで気にしないでください。はい、はい。どうもありがとうございましたー。
……管轄違いの荷物が増えたな。
面倒なんで引き受けてしまったが、包帯やら添え木やらの入った木箱はでかくて場所を取る。さっさと本来の場所に届けてやるか。
俺はその辺で暇そうにしているプレイヤーを捕まえて、ここまでの自分の仕事を引き継いだ。とはいえ別に引き継ぐほどの内容じゃないっていうか、どうせ運営がバラ撒いてるものなんだから好き勝手持っていってもらっても良いんだが。ま、秩序的治安的トラブルシューティング的な問題だな。さっきの投げ槍の人が戻ってきたときの対応とかね。
出掛けに拾ったボロ剣が折れてしまっていたことを思い出したので、俺は帳簿に自分の名前と剣一本
まだ人の多い往来を、木箱を抱えてのしのし歩く。
箱がでかすぎて前が見えないので、辺りをウロウロしてるプレイヤーが露骨に迷惑そうな顔をしているが、この時間にこんなとこにいる奴らが悪い。つーか暇してるならファヴニールを殺しに行けや。今の俺は、俺が戦わない理由を正当化できるからいつもより少し強気だぜ?
とか何とかやっていると、あっという間に救護所にたどり着いた。わりと近いな。元は集会所か何かだったのか、比較的損傷の少ない広い建物がフランス王軍の野戦病院代わりになっている。
プレイヤーには包帯も添え木も基本必要ないので、俺が運んでいる荷物はNPC兵士の人たち用ということになる。
ファヴニール到来とともに、昼間ひととおり討伐したはずの魔物たちが再びリヨンへ集まりつつあるらしい。プレイヤーの多くとサーヴァントたちはファヴニールの相手で手一杯なので現地のフランス王軍が対処にあたってはいるものの、やはり苦戦しているようだった。
NPCだらけの救護所の中を、『毛布にくるまった瓦礫』にぶつからないよう慎重に通り過ぎていく。R-18G的なショッキング映像を見せないためと思しきフィルタリングのせいで、瓦礫が担架で運ばれてくる、みたいな意味不明な光景が展開されていた。モザイク処理で済まされているベッドもあるだけに、フィルタリングを取っ払ったらどうなるのか想像すると逆に怖い。頭おかしいのか
「こっちだ」
ん、プレイヤー? なぜこんなところに?
場違いなプレイヤーに手招きされ、俺は荷物を抱えたまま救護所を出て別の建物に向かった。なぜか玄関口に縄でグルグル巻きにされたプレイヤーたちが転がされている。これは……?
「ああ、その連中は気にしないでくれ。というかアンタ、リハクさんだろ。発注しておいてなんだが、まさかアンタが来るとは思ってなかったよ。てっきり前線で戦っているものだとばかり」
あー前線。前線ね。ちょっと前までは戦ってたけどね。知らない人からその質問をされるのも何度目だっていう。
俺さあ、思うんだけど、やっぱりゲームの楽しみ方ってのは百人百様あって然るべきなんだよ。特にVRMMOみたいなゲームなら。俺たちはたくさんいるプレイヤーの一人であって、世界にただ一人の人類最後の
しかしその点、『FGO』のプレイヤーは違う。なにせサーヴァントはおろか、そこらの雑魚モンスターにもまともに太刀打ちできないヘッポコぶりだ。覚醒しようが悪堕ちしようが、その程度で世界の命運が変わるという可能性がまず存在しねぇ。……だからこそ、世界の行く末とやらに一切の気兼ねなくサブクエに全力を出すことができる。メインストーリーらしきものを放り出して、ファヴニールもガン無視して宅配のお兄さんをやることだってできちまうのさ。
「いやでもアンタはサーヴァントを持ってるんだから……あ! いや、違うんだ。単なる感想だ、反論はいらない。というか、本当に突然ペラペラ喋り出すんだな!?」
人をおしゃべり人形みたいに言うんじゃあない。
……で、結局この箱はどこに置けば良いんだ? 無駄に立ち話が長くなったせいで今更感あるけども。
「あ、ああ……こっちだ。まあアンタなら驚かないだろうが、あまり掲示板に書き込んだり広域チャットに流したりしないでくれよな。場所が割れると他のプレイヤーたちが乗り込んでくるから、対処が面倒なんだ。とりあえず縛って玄関に放置してるけど……」
そう言ってドアを開ける。こ、これは……!
ベッドの並んだその部屋に寝かされていたのは、NPC兵士でもなくプレイヤーでもない。治療中ということで所在不明になっているサーヴァントたちだった。
手前のベッドには、数日ぶりのサンソンさん。しばらく見ない間に全身傷だらけのボロボロになっており、顔面にはギャグ漫画みたいな
真ん中のベッドには数十分ぶりの魔女様だ。マシュさんに預けたあとどこに運ばれたのかと思っていたが、ここで治療を受けていたらしい。
そして、奥のベッドには見知らぬ銀髪ロングで筋骨隆々とした男。はっきり見えるような外傷こそないが、そうか、こいつが例の『竜殺し』のサーヴァントというやつか。呪いで動けなくなっているという噂の。
「ぐ……」
『竜殺し』が苦しげに呻いた。
「これでも随分良くなったんだ。ジャンヌ・ダルクが解呪を試みてくれて……それでも半分くらいしか呪いは解けなかったらしい。今、西の方にもうひとりの聖人、聖ゲオルギウスがいるだろう? 彼が来てくれれば持ち直すんじゃないかと思っていたんだが、どうやら間に合わなさそうだ」
「面倒をかけてすまない……」
俺を連れてきたプレイヤーが、持ってきた木箱から包帯やら薬やらを取り出して魔女様の腹部の傷──デオンさんにぶち抜かれたやつだ──を治療しながら説明する。先程まで俺同様ケモミミ運送の積み荷としてあれほど手荒な取り扱いを受けていたにもかかわらず、一向に目覚める気配がない。魔女様がかけた呪いなんだろうから、彼女が目覚めれば何とかなるんじゃないかという感はあったが、望み薄のようだった。
だが、そうか……。俺が今日ファヴニールを連れてこなければ、あるいはゲオルギウスと合流して『竜殺し』の呪いを完全に解いた上で決戦に挑めたのかもしれないな。そっちが本来あるべきストーリーの流れだったのか?
ストーリーラインを捻じ曲げた自覚はあるので、その影響を受けてしまったらしい『竜殺し』に、俺はなんとなく申し訳ない気分になった。俺はそんなに悪くないんだけどね。状況がね。
「……君は。オルレアンから脱出できたのか? いや、まさか、君が魔女を?」
と、今更ながらにサンソンさんが俺に気づいたらしい。おひさー。俺は
「君は意外と謙虚なんだな」
そう言ってサンソンさんは力なく笑おうとしたようだが、傷が痛んだらしく顔をしかめる。
「オルレアンの牢では、君にも申し訳ないことをした。謝って許されることではないだろうが、君が受けた苦痛について今の僕に償えることがあるなら、何でも言ってほしい」
……? 俺は思わず首をひねった。
どうやらサンソンさんは馬に蹴られて正気に戻ったらしい。良いことだな。
で、俺が受けた苦痛? って、なんだっけ? いやマジで。
一瞬本気で思い当たらなかったが、たぶんオルレアンの牢屋で受けた拷問チックな尋問のことだろう。やっぱね、拷問なんてのは狂気の沙汰ですわ。現代日本人はか弱いから、VRとはいえあんま見てて痛々しい拷問とかしちゃ駄目だぜ? まあプレイヤーは痛みとか感じないんですけども。
「痛み感じるんでしたよね?」
ハイうるさい。感じないっつってんだろ。例のアレをリスペクトした独特の口調で横から茶々を入れてきた治療担当ニキはゲイポルノコンテンツに思考が侵されているようなので、この救護所もいずれ淫夢の海に沈むのかもしれない。まあ俺含め西暦2015年にVRMMOやるようなプレイヤーは、程度の差こそあれたいてい淫夢くらい知ってるものだが。
ん? しかし今、サンソンさんは「何でも」と言ったな? 振られたネタに便乗するようでアレだが、サーヴァントが力を貸してくれるというなら上手く活用する方法を考えたくはある。さて、どうしたものか。
もう一度サンソンさんの状態を確認する。左腕は折れているのか添え木をされており、さらに包帯は血で真っ赤に染まっている。顔面に刻まれた冗談みたいな傷跡も、ダメージとしては相当なものだろう。それ以外にも細かい傷があちこちにあるようで、身じろぎするたびに痛そうな表情をつくっていた。ファヴニール相手に戦力として送り出すのは難しそうだ。
というか、この状況にサンソンさん一人追加したところで意味あるの?とは思う。なにせ彼の専門は人間の首を切ることであって、巨大ドラゴンの相手は専門外だろう。となると、やはり……。俺は『竜殺し』に話しかけた。あー、言いたくなかったら言わなくていいし、間違ってたら申し訳ないんだけど。……ジークフリートさん?
「いかにも。こんな有様で失望させてしまったならすまないが」
『竜殺し』は気負わぬ様子で即答する。
「あれ? 名前の話、今日の昼過ぎには掲示板に出てなかったか?」
やり取りを横で聞いていた治療担当ニキが意外そうな顔をした。
その頃俺は死にかけてたの。オルレアンの牢屋の中でな。今日の昼って攻略本スレで言うと何スレ前だ? 誰か親切な人がまとめてくれるのを待ったほうが早いくらいだろ。全部目を通してたら文字通り日付が変わっちまう。
まあ、死にかけていてもスレの閲覧くらいはできたはずなのだが。他所の攻略情報をリアルタイムで追いかけるほどの関心はなかったというだけだ。
というか、俺の話はどうでもいいんだよ。今はこのジークフリートさんをどうやって戦場に送り出すかっていう話をしてるんだ。
「ええ!? そんな話だったか?」
そんな話だよ。邪竜ファヴニールを討伐したのが英雄ジークフリートだってことくらい、検索すれば5秒で分かる。で、案の定こちらの竜殺しさんがジークフリートなんだろう? 討伐する者される者、せっかく決戦の場に両方揃ってるんだから、話の流れ的にはジークフリートさんがファヴニールと戦わなきゃイベントにならないじゃん。胸で光る傷痕みたいなシルシもファヴニールと同じだし、絶対何かあるに決まってるだろう。
「イベントの流れより傷病者の容態を考えてほしいんだが……」
ぼやくメディック兄貴をジークフリートさんが制した。ひどく真剣な顔で俺に向かって言う。
「……見ての通り、俺はまともに動けないような状態だ。だが君の言う通り、叶うならば今すぐにでもここを出てあの邪竜と戦わなければと思っている。君に何か考えがあるのなら、ぜひ教えてほしい」
うっ……。アー、考えというほどのものじゃあないんだが。
俺はジークフリートさんの剣幕に気圧される。
つまり……そう。サンソンさんが何でも言ってくれって言うからさあ。サーヴァントの体のことはサーヴァントに聞くのが良いのかなって思っただけだよ。サンソンさん、医者的なこともできるでしょ。だから餅は餅屋、みたいな?
窮した俺は、サンソンさんへ話を丸投げすることを試みた。だがサンソンさんもジークフリートさんと同じくらい真剣な表情で俺を見返してくる。ううっ……。ブレスト程度のアイディア提供のつもりが、予想を遥かに上回る
「──身体の状態を見せてもらっても?」
サンソンさんが問う。頼む、とジークフリートさんが首肯する。怪我人なんだからベッドで寝てればいいのに、サンソンさんは痛みに呻きながら起き上がり、ふらふらとジークフリートさんのベッドの脇まで歩いていって診察らしきものを開始した。手足をとって関節を曲げさせてみたり、呪いの状態についてあれこれ尋ねてみたりする。
その様子を見ていると、なんだかオルレアンでの牢獄時代を思い出す。あのときもサンソンさんは、俺の腕やら足やらを斬り落とした後に体の状態を確認したり、痛みはあるか、傷口の感覚はどうかなど細々した質問を重ねてきたものだった。
【医術:A】
【人体研究:B】
一通りの診察を終えたのか、サンソンさんが俺たちに振り返って言った。
「軟膏と包帯を使いたい。僕は左手を動かせないから手伝ってもらえないだろうか」
はいはい、俺らで良ければ。
サンソンさんは補助テーピング的な処置を行いたいようだ。で、このオ●ナイン的なやつが薬の軟膏? じゃ、俺サポートするから塗るのは任せた。
はいジークフリートさん、ちょっとお腹出してくださいねー。
VRで男の体に軟膏を塗布するのは性癖が拒否したので、直接的医療行為は淫夢汚染兄貴におまかせすることにした。俺はジークフリートさんの身体を支えたりといったサポートに回ってみるが、無駄に顔面の造形が良いジークフリートさんがハァハァと苦しげに吐息をもらすたびに俺の顔面がヒクヒクする気がする。
ジークフリートさん、なんで女じゃなかったんだ……!
いやまあ、これまで『FGO』にTS要素を求めたことはないけどさ。女クー・フーリンとかあんま想像したくねーからな。
正直歴史ネタでメインストーリーが始まったときは、その辺のソシャゲよろしくTS偉人祭りになったらどうしようとも思ったが──仮にそうなったらそれはそれで喜んだ気もするが──少なくともオルレアン特異点に登場したサーヴァントを見る限り、このゲームは安易なTSをする気はないのかもしれない。そんな淡い希望が心のうちに芽生えてくる。戦国時代モノでおもちゃ扱いされることに定評のある織田信長だって、きっと男のまま登場させてくれるハズ。歴史の教科書に載ってる肖像画の信長がそのままVRで動いたら、それだけでコンテンツ性は十分だと思うから……!
そんな感じで思考を現実逃避させながら軟膏塗りを終えると、今度は包帯だ。あれってどう巻くのがいいんだっけ? 過去の記憶を掘り起こしつつ、何やら医療系のスキルを発動しているらしいサンソンさんの指示に従って、関節周りを中心にグルグルと包帯を巻いていく。呪いというのが実際どんなものかは知らないが、原因はどうあれ、「具体的な症状」については対症療法が成立するのかもしれなかった。
はい一丁上がり。
え、魔女様の方も治すの!? いいけど。いいけど……ッ!
サンソンさんから続けざまに魔女様の治療を指示された俺は、いそいそと軟膏を手に取った。あふれる期待に俺の顔面がヒクヒクする気がする。
さっきは兄貴におまかせしちゃったから、今回は俺が軟膏を担当しよう。あくまで順番、順番にね?
これは実際医療行為なので猥褻なことは一切ない。欺瞞もないぜ。
「あ、その軟膏は使わないんだ」
え?
だが次の瞬間、サンソンさんがスッと寄ってきて俺の手から軟膏を取り上げた。ああっ……!
「ちょっと準備するから待ってくれないか」
いたって真面目な顔で指示を出すサンソンさんに文句を言えるはずもなく。
まあファヴニールとの決着はともかく、魔女様の容態が下手に悪化してもそれはそれで困るので、いい加減で真面目に手当を始めることにする。その間サンソンさんは何をしているのかと思えば、ジークフリートさんの指先にナイフを当てて血を採ろうとしていた。……ナイフがまったく通らないのでジークフリートさんの剣を代わりに使うことにしたらしく、背中辺りから採取した血を治療用の軟膏に混ぜ込んでいる。
……汚い。汚くない?
「以前、手洗いの話をしたときにも君はそんなことを言っていたけれど。君たちの時代の清潔の概念というのは非常に興味があるな。出血を穢れとして忌む習慣は知っているが、そういう話とも違うのだろう?」
そんなことを言いつつ、サンソンさんは血液汚染軟膏を魔女様に塗りつけ始めた。羨ましいものを見る感情と不潔なものに触りたくない感情が俺の中でせめぎ合う。いずれにしても悪化しそうなんで止めてほしいんですけど……。
そして最後に、コートのポケットから何やら青緑色の粉末の入った小瓶を取り出した。
「仕上げに【りゅ ……いや。ゴホン、ゲフン、えーっと……『粉』」
パサッ……。何やらケミカルな色合いの粉末が魔女様の全身にバラ撒かれる。何の粉だそれ……。
そして再び小瓶をコートの奥に注意深くしまうと、サンソンさんはフーッと一仕事終えたかのような息を吐く。今の一連の流れ、何の意味があったか聞いてもいいです?
「ああ、これか。治療を引き受けておいてなんだけど、僕は呪いなどには門外漢でね。気休めにすぎなくても、出来ることはやっておきたいんだ」
意外とあっさり説明に応じてくれたサンソンさんの話によれば、今やったのは要するにある種の民間療法、人聞きの悪い言い方をすれば黒魔術、感染呪術とも取られかねないような胡散臭いシロモノであるという。……感染呪術。って、なに?
「呪いの一種さ。魔女は呪いたい相手の体の一部、髪や血液などを用いて遠く離れた場所にいる人を呪うことが出来ると信じられてきた。あるいは、相手の持ち物を使うことでもそれが可能だと」
……なるほど?
「魔術師たちに言わせれば、それは存在が本来的に持つ『遠隔作用』を利用したものらしい。同種のものは惹きつけ合うという性質だ。磁石の磁力や引力のようなものだといえば分かるだろうか? だから、相手の体の一部のような『同種のもの』を使って遠く離れたところにいる相手を呪うことも出来るし、逆に『同種のもの』を用いた治療も出来るという話だよ」
磁力と引力と呪いが全部『遠隔作用』扱いで同カテゴリなの……?
「今そこの魔女に使ったのは、俗に武器軟膏と呼ばれるものでね。刃物で人を傷つけたとき『傷つけた刃物』と『傷つけられた人』の間にある種の『共感』が成立するという考え方に基づいている。感染呪術は相手の持ち物を壊すことで相手を傷つけるものだが、武器軟膏は逆に、傷つけた刃物の方を治療することで傷つけられた人も回復するという原理らしい。古くは錬金術師ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススによって提唱されたものだ。僕の時代には既に過去の遺物と化したシロモノだが……まあ、異端じみた技に手を染めようとする者は絶えないからね。……あいにく、呪った人間を治療することで呪われた人間を治そうとする話は聞いたことがないけれど、しかし理屈としては同じだろう?」
──殺してしまうのが一番手っ取り早いだろうが、それは難しいみたいだし。
最後にボソッとサンソンさんが物騒なことを呟いた。
そ、そりゃ恨まれてるよね……。俺は聞かなかったことにした。
しかし……ふむ。確かに言われてみれば、魔力やら魔術やらが存在する『FGO』の世界設定上、ジークフリートさんに呪いが成立するなら呪術的な治療だって成立してもおかしくはない。おかしくはないが……なんだろうな、どうも釈然としないものはある。フィクション100%の魔術と違い、オカルト民間療法が現実にも
一通りの処置を終えると、サンソンさんはジークフリートさんに肩を貸して立ってみるよう促した。
「ッ……」
なお苦しそうな顔で、それでもほぼ自力で立ち上がったジークフリートさんは、ぎこちなく全身を曲げ伸ばしする。
「行けそうか?」
サンソンさんが問いかける。
「──分からない。だが、俺は今こうして立って歩くことが出来る。ならば、戦場で果たすべき役目を見出すことも出来るだろう」
答えたジークフリートさんは、外していた鎧を着せていく淫夢汚染兄貴こと元々の治療担当プレイヤーにも声をかけた。
「救護と治療を感謝する。君はもちろん、この戦いに参加した全てのプレイヤーたちに。微力ながら、この恩は必ず我が剣で返すと誓おう」
「……この際、戦いに行くのは仕方ないけど、後味悪くなるからせめて死なないでくれよな」
「承知した」
ジークフリートさんはフ、と笑って部屋を出ていこうとする。
出入り口の扉の脇に置かれていた彼の剣──なんかさっき採血に使っていた気もするが、あれこそ伝説に名高い『魔剣バルムンク』というやつだろう──に手を伸ばし、しばし硬直した。
「……」
……?
ややあって、ジークフリートさんがゆっくりとこちらに振り返る。
先程の決然とした表情とは打って変わって気まずそうなご様子だ。ひどく申し訳無さそうに言う。
「……すまない。まだ握力が戻らず上手く剣が持てない。その包帯で、俺の手に剣を縛り付けてくれないか……?」
竜殺しの英雄ジークフリートが魔剣バルムンクを『手』に颯爽と出陣を果たすまで、あと数分──
◆「仕上げに、りゅ……いや。ゴホン、ゲフン、えーっと……『粉』」
硫酸鉄(II)、別名『共感の粉』。
なぜサンソンくんが持っていたのかは不明。拷問用の硫酸でも作ろうとしてたんじゃない?(適当)。あと武器軟膏についてはニコニコ動画にわりと有名なゆっくり解説動画があるので、興味のある方は下記リンクからどうぞ(1:44くらいから本編です)。
→世界の奇書をゆっくり解説 第7回 「軟膏をぬぐうスポンジ」ほか