FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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[PM 20:33]

 

「その女を置いていきなさい。そうすれば、他の人間には手出ししないわ」

 

 世界が割れるような音が鳴り響いた、その数分後。

 暗闇の中から現れた仮面の女が冷たい声でそう告げた。

 

 

>> [1/2] 解ける呪い、解けぬ呪い

 

[PM 20:31]

 

 オルレアンの南、刃物の街トゥール近郊。魔女の本拠地たるオルレアンへ向けて進攻していた聖騎士ゲオルギウス率いるプレイヤー集団は、突如立て続けに発せられたシステムアナウンスへの対応を検討しているところだった。

 

【MISSION CLEAR!】

【探索ミッション】【聖杯探索】

【達成条件:第一特異点に存在する聖杯の発見】

【オルレアンで聖杯が発見されました!】

【聖杯所有者ジル・ド・レェが撃破されました!】

【魔女ジャンヌ・ダルクが撃破されました!】

 

 

【NOTICE】【NEW MISSION】

【回収ミッション】【聖杯回収】

【達成条件:第一特異点に存在する聖杯の回収】

【失敗条件:聖杯の破壊】

 

 

【NOTICE】【MISSION UPDATE】

【回収ミッション】【聖杯回収】

【聖杯が移動しています……】

【達成条件:聖杯を召喚サークルからカルデアゲートに転送する】

【失敗条件:聖杯の破壊・紛失】

 

 

「魔女は倒れたはずなのに、オルレアンからの邪悪な気配は爆発的に増しています。これは一体……?」

 

「聖杯は南東、リヨンの方角に移動しているようですね」

 

「聖騎士様、いかがなさいますか?」

 

 矢継ぎ早にプレイヤーから提供される情報を聞きながら、ゲオルギウスは思考に沈む。思案に費やせる時間は決して多くはないだろう。状況が大きく変わった今、迅速な決断と断固たる行動が求められていた。

 

「心配したってしょうがないじゃない! 召喚サークルを作れるマシュって娘はリヨンにいるんでしょ? だったらこのまま(オルレアン)の状況を確認するか、(リヨン)に急ぐか、二つに一つよね!」

 

 そんなゲオルギウスの憂いを振り落とすように、竜人じみた容姿の少女(エリザベート)が快活に笑いながらその肩を叩く。……そのときだった。

 

 

「──いいえ。貴女はそのどちらにも行けないわ。貴女はここで、私に殺されて死ぬのだから」

 

 

 冷ややかな声が夜闇に響いた。

 一斉に武器を構えて警戒するプレイヤーたちを睥睨(へいげい)するように、物陰から現れたのは仮面の女。

 

「……立ち聞きしてたの!? ホンット趣味悪いわね!」

 

 エリザベートが心底イヤなものを見た、という目で闖入者(ちんにゅうしゃ)を睨んだ。仮面の女はエリザベートを無視してゲオルギウスへと言葉を投げる。

 

「聖騎士ゲオルギウス、貴方なら今何が起こったか気づいているでしょう。オルレアンで魔女が倒されたわ。ここからでは、誰が、どのようにしてかは分からないけれど。そしてファヴニールが暴れだした」

 

「そのようですね。あなたは……バーサーク・アサシン、でしたか?」

 

 ゲオルギウスは慎重に言葉を返す。協力者たるプレイヤーやエリザベートから、仮面の女サーヴァントの存在は聞いていた。だが、よりによって状況が一刻を争うこのタイミングで敵対することになろうとは。腰の剣(アスカロン)の柄へ伸ばした手に、いつでも抜剣できるよう力を込める。プレイヤーは彼の後ろに控えたままだ。だが、彼が剣を抜けばすぐさま攻撃を開始するだろう。敵の目的はなんだ? 戦うならば、迅速に打倒する必要がある。ここで時間を稼がれれば、オルレアンの変事に対応することは不可能となるだろう。

 しかしゲオルギウスの予想に反して、仮面の女は意外なことを提案した。

 

「こちらの要求はひとつよ。──その女を置いていきなさい。そうすれば、他の人間には手出ししないわ」

 

 そう言って、エリザベートを指差す。エリザベートは吐き捨てるように答えた。

 

「……状況が分からないの? この戦力差を見て要求できる立場だと思ってるわけ?」

 

「あなたの目的は何です? 彼女の言うように我々の戦力差は明白だ。ここで無用の争いをしてもあなたがいたずらに命を失うだけではありませんか?」

 

 ゲオルギウスも続けざまに問う。仮面の女は自嘲するように、仮面から覗く唇を歪める。

 

「そうね、聖騎士ゲオルギウス。貴方ほどの騎士を敵に回すのですから、この場での戦闘は貴方の言う通りの結末をもたらすでしょう。そもそも既に魔女が倒れている以上、大局的にはこちらに勝ちの目などありはしない。けれど……その小娘だけは。この手で殺してやらねば気が済まないの」

 

 敵意をあらわにする仮面の女は、そこでやっとエリザベートに目を向ける。その視界に入れておくことすら嫌で嫌でたまらない、という態度で。そしてそれを睨み返すエリザベートもまた、知らず、仮面の女と同じような態度を表していた。

 

「ご両人の間に確執があることは理解しました。ですが、今ここで争っている場合でないことも分かるはずだ。決闘を望むなら、ファヴニールを止めた後にでも存分に……」

 

「……いいわよ。先に行きなさいブタ共(プレイヤー)、それにゲオルギウス。あの女は(アタシ)がここで殺しておくから」

 

 ゲオルギウスの言葉をエリザベートが遮った。

 

「……」

 

 ゲオルギウスは彼女を説得しようとして、やめる。

 彼の本音としては、これからファヴニールと戦う上でエリザベート・バートリーというサーヴァントの戦力を失うのはあまりに痛い。けれどそれを伝えたとして、彼女たちが互いに互いを殺すことを求めて敵意を(たぎ)らせているのはあまりにも明白だった。目の前の仮面の女アサシンとエリザベートの間にどのような因縁があるかは皆目検討もつかなかったが。何より、今この場で彼女を説得するだけの時間的余裕など与えられてはいなかった。

 

「では、この場は任せます。我々はファヴニールを追ってリヨンへ向かいます。お互い生きて、かの街で会いましょう」

 

「……そうね、この女をぶっ殺したら合流してやるから待ってなさい」

 

「期待しています。プレイヤー諸君も、よろしいか?」

 

 応、と彼の背後のプレイヤーたちが一斉に返事した。そのほぼ全てが聖堂教会の信徒と関係者によって構成されており、聖人ゲオルギウスとの共同戦線を望んで南西(ボルドー)を拠点とした者ばかりである。必然、極めて士気が高かった。

 

「では、次はリヨンにて! ──来い、ベイヤードっ!」

 

 呼びかけに応えて、虚空から一騎の白馬が現れ出た。聖騎士はひらりと馬上の鞍にまたがり、ひとつ鞭を打つ。

 

「ハァッ!」

 

 次の瞬間、彼と乗騎は恐るべきスピードで南東リヨン目指して駆け出していた。それを見送っていたプレイヤーたちも、一人また一人と黒い魔力の塵になって消えていく。カルデアゲートを経由したリヨンへの転送移動(ファストトラベル)を行ったのだ。

 

 

 ──そして、暗がりの中に二人の女が残された。

 

「せっかく狂化が解けたのに、まだアタマがおかしいのね。自分で言うのも何だけど、堕ちるトコまで堕ちたものよね、【エリザベート・バートリー】。これ以上罪を重ねる前に、(アタシ)がここで殺してあげる」

 

「……その狭窄した視野も、この(わたし)に勝てるという思い上がりも。心底憎らしくてたまらない。自分の醜さ愚かさすら認められない小娘というのは、本当に見るに堪えないものだわ」

 

 あるいは()()ともいうべき侮蔑を込めた言葉の合間に、ガチャリガチャリと武器が鳴る。互いの血と断末魔の悲鳴を求めて。

 

「死になさい、(わたし)

「邪魔なのよ、(アタシ)

 

 もはや人理焼却にも修復にも寄与し得ない特異点の片隅で、二つの殺意が交錯した。

 

 

 

 

>> [2/2] ラストスパート×ラストリゾート

 

[PM 21:10]

 

 リヨンに設営されたフランス軍の陣営は、遠目にもハッキリ分かるほどに煌々とまばゆい。それはまさに、夜闇を照らす光であった。

 

 ケモミミよ、あれがリヨンの灯だ……。

 

 言うまでもない事とは思ったが、それでも俺は律儀にナビゲーションをすることにした。なぜって、それが今の俺の役割だからして。何もせずただケモミミに担がれ揺られていると、自分がマジで貨物か何かになったような気分になってしまう。

 

 つーか移動一時間は長いわ。ぶっちゃけ荷物ごっこにも飽きてきた。そろそろ人間らしく地面に立って戦いたい気分だぜ。

 

 あまりに暇なのでオルガに先刻のデオンさん御乱心&ジル・ド・レェ退場のログを投げつけたら、なんか『う゛、』みたいな胃に悪い感じの声出してたけど大丈夫なのかしらん。聞けばオルレアンを出てくる前に俺が送ったメッセ読んで、もう迎撃準備に入ってるんだって。自分で言うのも何だけど、あんな取り急ぎの情報をよく信用する気になったな。オルガのやつ、悪い野郎に騙されないか心配だぜ……。

 

 あ、まもなく目的地周辺です。

 

「言われずとも街の灯りくらい見えている!」

 

 俺のナビ音声にだいぶ余裕のない様子で怒鳴り返したケモミミは、勢いよく真横に飛んだ。次の瞬間、元いた場所に炎弾の雨が落ちてくる。見上げれば空には巨大な黒い影。ファヴニールはすぐそこまで迫っていた。

 

 現状を将棋でいうなら、俺たちはさしずめ竜王に追われる王将だ。

 取られれば詰み。逃げ切れば勝ち。移動速度は敵に分があるが、既にリヨンはすぐそこ。入玉は目前だ。

 いやまあ、入玉は味方の陣にするもんじゃあないが。いずれにせよ、敵の攻勢を一時的に凌ぐ手段があれば良いんだけどね。

 

「それがあったらこんな苦労はしていないッ……!」

 

 と、そこでケモミミは何かを思いついたらしい。炎弾を避けるためにジグザグ走行していたのを、いきなり直線ダッシュに切り替えた。爆炎の中を縫って走る。周囲の地面に直撃した炎の残滓が容赦なく飛び散ってきて、焦げた空気に鼻と口の粘膜が焼けるのが分かった。なけなしのHPが削れる。ケモミミは言う。

 

「このままでは(らち)が明かん……! いいか、汝もいい加減回復したはずだ。これから汝と魔女をまとめてリヨンの方角へ放り投げる。あとは自力で街まで走っていくがいい」

 

 無茶な。というか、そっちはどうするのさ。

 

「汝らを下ろせば、私はあの竜に反撃ができる。このまま汝らを抱えていては、そろって爆死するだけだぞ」

 

 ンンー……。俺は唸った。

 これ、死亡フラグだよな? このまま別れたら確実にケモミミは死ぬ。話の流れ的にはまずそうなる。

 だが、今のままでは遠からず聖杯(ジャンヌ)ごとお陀仏なのも確かだろう。何か手はあるか? 全員死なずに生き残るために、この場で切れるカードは……。

 

 

(────“死にたくない”、のですね?)

 

 

 ザリザリザリザリ……。突然、俺の脳裏に女の声が響く。

 

 体の内側から響いてくるような声。まただ。また、例のチュートリアルが始まった。

 いや、チュートリアルではないのかもしれない。さっき死にかけていたとき、特にチュートリアル的な要素とは関係なくこの女性の声を聞いた気がする。あいにく意識朦朧としていたのでよく覚えてないけども。

 

 と、その瞬間。俺は、しばらくぶりの感覚に襲われた。

 右手の令呪から伸びる、見えない「パス」とやらが媒介する感覚。

 耳触りのいい言葉で言えば主従の絆というやつかもしれない。

 

 へへっ……なんだよ、まだツキは残ってるみたいじゃねぇか。

 

(────?)

 

 チュートリアルのお姉さん、わざわざすまんかったな。だがチュートリアルはキャンセルだ。

 見ろよ。切り札(エース)が、きた。

 

 ケモミミの進路を塞ぐように上空からバラ撒かれたファヴニールの炎弾が、地上から放たれる別の炎弾によって次々と撃ち落とされていく。

 地上で炎弾を放っているのは、「F」の字に似たアンサズのルーン。

 これまた久々の、全身から魔力とやらが奪われていく感覚に俺は襲われた。

 宙に浮かんだ大量のアンサズ・ルーンの真ん中で、青いフードをかぶった男が杖を片手に俺とケモミミを待ち受けている。

 

「よう。出迎えに来たぜ、マスター。しかし何だ、ちょっと目を離した間にずいぶん面白いことになってんな」

 

 綺麗どころ二人(魔女とケモミミ)にサンドイッチされた俺を見て、クー・フーリンはニヤニヤと笑うのだった……。

 


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