> [1/1] ザ・ロンゲスト・デイ・オブ・オルレアン⑥
[PM 20:24]
「──我が旗よ! 我が同胞を守りたまえ! 【
転がり込むように黒兜の騎士とリッシュモン大元帥の陣幕との間へ割って入ると、ジャンヌは天高く旗を掲げた。
旗の穂先からほとばしる目も
「ArrrrrthuuurrrRRRRR!!!」
黒兜は叫ぶ。叫びながら、撃ち続ける。その手に構えた怪物的な銃砲に真正面から旗を掲げて相対するジャンヌは、彼が全身から垂れ流す狂気とも向き合うことになった。
「AAAArrrRRRrrRRrrrrrR!!!!!」
聞き取れるのは、黒兜の騎士が上げる怨嗟の呻きと、それすら掻き消すほどに繰り返し浴びせかけられる銃声だけ。
その目に映るのは、爛々と狂気に輝く黒兜の眼光と、眼前で見えない壁にぶつかったかのように『神秘的な護り』で無力化され地に落ちる無数の弾丸だけ。
視界を真っ黒に埋め尽くす弾丸の雨が、もし一瞬でも旗の護りを貫いたなら、次の瞬間ジャンヌは蜂の巣になって死ぬだろう。それほどまでに圧倒的な「死」を叩きつけながら、黒兜の叫びも銃声も収まることはない。
「TTTHHhhhhhUUuurrrRRRRR!!!!」
火砲を人に向けて撃つ。
かつて、他ならぬジャンヌ自身が戦いの中で提案し、多くのイングランド兵を打ち破ってきた戦術だ。その犠牲となった敵兵たちが死の間際に感じていただろう恐怖と戦慄と銃火の無慈悲さを、因果応報とでも言うべきか、いまやジャンヌはその身を以て追体験させられていた。
「ーーーーーッ」
食いしばった歯から、声にならない息が漏れる。
本来ジャンヌの掲げる旗に、防御力など無い。旗は旗であって、当然ながらマシュ・キリエライトの持つような大盾でもなければ堅固な城壁でもないのだ。ただ、天使の祝福と敬虔な祈りを捧げるジャンヌの信仰心だけが、彼女の旗が掲げられる空間を絶対不可侵の守護領域と成していた。
そして、その聖域を侵さんとする狂戦士が一騎。
「Arrrrrrrrr……!」
射撃の手を一切止めることなく、黒兜の騎士は一歩、また一歩とジャンヌの元へ近づいてくる。
無数の雨粒がいつか岩をも穿つと言わんばかりに、ただひたすらに、殺意と銃弾とを叩きつけてくる。
ジャンヌは瞬き一つせず黒兜の騎士を睨みつけたまま、動くことができない。
ここから一歩でも
眼前の暴威にほんの僅かでも臆してしまえば、その感情はたちまちのうちにジャンヌの精神を食い荒らしにかかるだろう。
それはすなわち、彼女と、彼女が背に守る全ての人々の死を意味していた。
「主よ……っ」
それは、傍から見ればほんのわずかな時間だっただろう。しかし、ジャンヌにとっては果てしなく長く感じられる時間。
狂戦士の銃口は、文字通りジャンヌの目と鼻の先にまで突きつけられていた。
「Arrrrrthuuurrrrrrr!!!」
再び、絶叫。
叫びながら、引き金を引き続けながら、狂戦士はまさに銃撃中のその銃身をジャンヌの顔面めがけて叩きつけようとする。
その攻撃が旗の護りによって無力化されていると認識しておきながら、ガン、ガン、という無骨な殴打の繰り返しは止むことがない。
もはやジャンヌの視界には敵意とともに叩きつけられる鋼鉄の銃口が映るばかりで、その眼球さえマズルフラッシュに焼かれては旗の祝福の力で回復するという繰り返しによってかろうじて機能しているという有様だった。
「主よ、」
しかしそれでも、ジャンヌ・ダルクは揺るがない。
狂戦士の攻撃に止む気配が見えずとも。旗を展開し続けるだけの魔力が、あとどれほど保つか分からずとも。
鉄壁のごとき精神が、鋼のごとき信仰が、彼女の宝具たる聖なる旗を一際強く輝かせる。
「主よ!!!」
聖女は、天まで届けとばかりに声を張り上げた。
──その瞬間、世界が割れるような音が鳴り響く。
[PM 20:25]
────聖杯に願う。
──【私以外の全てのバーサーク・サーヴァントに与えられた狂化を解呪せよ】
──【オルレアンの魔女とそのサーヴァントの間に結ばれた全ての契約を破戒せよ】
[PM 20:25]
『GAAAAAAAAAAAAAA?!?!?!?!?』
突如、黒兜の騎士が苦悶の声を上げ、その攻撃の手を止めた。
両手の巨大な連射砲が地面に転がるのも構わず、頭を抱えて地面に
『uuuuuu……ua……arrrrr……』
『……これは……?』
宝具展開を止めて旗を下ろしたジャンヌは、なお数歩の距離を保ちながらその様子を
『GAL……H……D?』
黒兜が不明瞭な呻きを上げた。
その数十メートル先でも、同様の光景が繰り広げられている。
ライダーのサーヴァントであるマリー・アントワネットが宝具として召喚したガラスの馬、その
「これは……どういうこと……?」
現地からリアルタイム中継される映像情報を見ながら、カルデアの司令室でオルガマリーが問いかける。
「……わからん。わからんが……敵が一斉に苦しみだしたということは、その元締めたる魔女に何かあったのではないか?」
ライオン顔のエジソンが、器用に眉をしかめて答えた。ロマニも難しそうな顔をしながら、何らかの指示を出そうというのかコンソールに張り付きコマンドを打ち込んでいる。オルガマリーの脳裏で思考が走った。
魔女。
先のファヴニールとの遭遇戦以降は全くオルレアンから動こうとしなかった、もう一人の黒いジャンヌ・ダルク。
彼女の身に何かが起きた?
だとしたら、それに関わっているのは。
(『彼』ッ……!)
同時に指先が端末のキーを叩く。カルデア所長としての閲覧権限で友人のフレンドリストを読み込んでいく。
通話の相手は……フレンド欄の一番上の……
「何よこれ!?」
思わず、声が出た。ぎょっとした顔で数人の職員がオルガマリーに振り向く。
彼らに背を向けて、端末に表示された奇妙な文字を読もうとする。友人が通話しているはずの相手は、その名前が奇妙に文字化けしていた。無論、仕様ではない。
(これってバグ!? そんな、一体どうして……)
疑問を抱く時間ももどかしく、今度は
《そっちで何か起きてない?》
すぐに返事が来た。急いで思考入力されたと思しき、片言の短文。
《ジルドレとマジョがやられた。
テキケイヤクカイジョ。
マジョがセイハイ。
ファブニールゲキオコ。
マジョかついでリヨンいく》
目が滑りそうになる文章に焦りと苛立ちを覚えつつ目を通す。
そして書かれている内容を理解した瞬間、サァッと血の気が引くのを自覚した。
「あンの……ド馬鹿ッ!」
これが事実ならば、疑っている暇など無い。だが、何らかの虚偽の可能性は……。いや。『彼』は、こういう面白くもない嘘をつくような人間ではない、はずだ……と、思いたい。心の奥底にわだかまる生来の不信を捻じ伏せながら、オルガはロマニや職員たちに再び振り向き、怒鳴りつけるように指示を下した。
「オルレアンで魔女が撃破されたわ! 狂化されたサーヴァントたちも契約解除された可能性が高い! ロマニッ! プレイヤーたちにランスロットとサンソンを殺させないで!」
「は!? マリー、いきなり何を」
「質問は後にして! 所長の指示が聞けないの!?」
「ッ……」
珍しく、目に見えて不満そうな顔でロマニがプレイヤーたちへの指示を打ち込む。
ややあってランスロットとサンソンへの討伐クエスト消滅がアナウンスとして告げられる。それを確認してか、苦悶するサンソンの背後で剣を抜こうとしていた数人のプレイヤーたちが、静かに
剣呑な表情で事後策を思案するオルガマリーの肩を、いつの間にか近寄ってきていたエジソンがぽんと叩く。
「事情を聞かせてもらいたいのだが?」
「ええ。でも、その前にあとひとつだけ。……オペレーター! 誰でもいいから、オルレアンに収監されているプレイヤーの魔力反応をサーチして!」
「無理です! ファヴニールの本拠地ですよ!?」
すぐさま、オペレーターから否定の言葉が返った。
そうだった。ファヴニールの大きすぎる魔力反応……。以前の撤退戦のときも同じ問題が起きたのだった。あのときも、リツカの反応がサーチできなくて……。
「って、マーキング! あいつにもマーキングしてたわ、そういえば! この間ファヴニールからの撤退戦のときにマシュのマスターを探したやり方が使えるはずだから、それでサーチして!」
「えっ、あ、はい! えぇっと……。……は!?」
サーチを掛け始めたオペレーターが再び素っ頓狂な声を上げる。
「オルレアンに収監されていたプレイヤーが、たった今、南東に向けて高速で移動を開始しました! それに、先日観測した魔女ジャンヌ・ダルクの魔力パターンも同じ座標で移動しています! この速度だと、リヨン到達まで……一時間かからない計算です!」
「ハァ!?」
そして今度は、オルガマリーが素っ頓狂な声を上げる番だった。
「待って、魔術もまともに使えない一般人よ!? クー・フーリンだってリヨンにいるんでしょう!?」
「ですが……」
そう言ってオペレーターがサブモニターに映し出した魔力反応は、間違いなく友人のもので。それがサーヴァントらしき2つの強い魔力反応と重なるようにして、陸路を
……めまいがする。
思わず目頭を揉むオルガマリーをよそに、エジソンが小首をかしげる。
「ふむ。君の言う魔女の撃破が事実であるなら、クー・フーリンのマスターは他のサーヴァントと協力して魔女を拘束、オルレアンから逃走中ということか? しかし、わざわざ生け捕りにするとは……そんなミッションを出していたかね?」
「いや、出していない。というか、魔女については前回の遭遇戦以降ミッションを設定してないよ」
ロマニがコンソールのキーをカタカタカタカタッターン! と勢いよく叩きながら振り向きもせずに応える。
オルガマリーは疲れたように補足した。
「……わたしもきちんと報告を受けたわけじゃないけれど。『彼』は魔女が聖杯だって言ってるわ」
「ほう!」
エジソンが納得顔でうなずいた。
「なるほど、なるほど。魔女が聖杯そのものであるなら、確かに特異点修復のためには魔女本人を回収する必要がある。……ということは、こちらからも回収作業に人手を割かねばならんな。彼らはリヨン方面に向かっているのだったか。マシュ君はまだ動けそうかね? ……いや。違うな。この場合、ファヴニールが黙っていないか」
「ファヴニール激怒って言ってるわ」
「だろうな」
オルガマリーの再度の補足にもう一度うなずいたエジソンは、オペレーターたちの方へ向き直る。そして、大声を張り上げた。
「諸君、注目!」
ザッ、と一斉に部屋中の視線がエジソンに向かって集中する。エジソンは満足げに笑う。
「よろしい。これより我々は、聖杯を奪取したクー・フーリンのマスターを回収し、この特異点最後の脅威を排除するため、ファヴニール迎撃戦を開始する。迎撃地点はリヨンになると予想する。想定戦闘開始時刻は約一時間後の21時20分、全プレイヤーに通達するように。これが本特異点における最後の戦いとなるだろう。プレイヤーにはデスペナルティ無効化を含めた
「「「はい!」」」
その場の職員全員が威勢よく返事した。
わたし相手の態度とは随分な違いようだ、とオルガマリーは内心穏やかでない感情を押し殺す。
そんなオルガマリーの心中など気にも掛けず、エジソンは獰猛に笑った。
「第一特異点の修復事業も最後の山場だ。今日の日付が変わる前に、全ての仕事を終わらせるとしよう」
このあと主人公から送られてきたログを確認したオルガの胃は破壊された。