FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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(12/7 小タイトル変更)


1-13(後)

>>>> [3/4] 虚構推理-騙り部(かたりべ)のキャスター ②

 

 第一の偽証は成し遂げられた。……さあ、追撃をかけるとしようじゃないか。

 

 俺はジャンヌを視界から外さぬようにしながら、棒立ちになっていた足を前へと踏み出した。そのまま、彼女の周りを殊更ゆっくりとしたペースで回り出す。常に余裕を持って雄弁たれ。我が家の家訓だ。俺が今考えた。

 

「アンタがどっかおかしい、誰かに騙されてるって推測する理由はまだ残ってる。なあ、ジャンヌ・ダルク。なぜこのオルレアンを本拠地に選んだ? オルレアンは他ならぬジャンヌ・ダルク本人の手で解放された街。異端審問のときも処刑のときも、この街の住人はジャンヌの味方だったと聞いている。アンタにとっても大事な存在じゃないかと思うんだがね」

 

 そういう資料が残っているとカネさんに聞いている。これも受け売りだな。彼女には後で何かお返しの一つもしておかなくちゃならんだろう。

 

「それはっ……ジルが」

 

 ジャンヌが反論した。言い切るのを待たず、被せるように問いかける。

 

「ジル? アンタがオルレアンの魔女でトップなんだろう。なんで他の名前がそこで出ることがある?」

 

「ジルは……私より先に召喚されていた。私の復活を待っていてくれた。彼は(ジャンヌ)の無念を晴らそうと、私の復讐に協力してくれている! だから私はジルの献策を聞いたのよ! 街の人間が私の味方だった!? ハッ! そんな心の中で思っているだけのこと、処刑された私にとって何の役に立ったという! フランスが私を裏切ったのだ! 私を裏切らなかったのはジルだけ……だから私は、ジルとともにこのフランスを焼き尽くすと決意したッ!!!」

 

 甲高い叫び声。それは、ぐわぁん、と部屋の空気を揺らして俺たちの間に一瞬の静寂をもたらした。ジャンヌの息が荒い。興奮は動揺の現れだ。

 

 ……ジル・ド・レェがジャンヌよりも先に召喚されていただって?

 

 なあ。それって俺の推論、案外悪くないところを突いてるんじゃないか?

 ジルがジャンヌを召喚し、他のサーヴァントよろしく聖杯パワーで適当に洗脳すれば、それだけで復讐の魔女が出来上がっちまうってことだろう?

 

 瓢箪からは小数点以下の確率で駒が出る。やっぱりこうして喋れる機会を待って正解だったっていうことだ。もし正攻法のみで正面からオルレアンを攻略した場合、この辺の裏設定が一切合切明かされぬまま終わってた可能性もあるんだろうな。

 

 しかし、ジル・ド・レェ黒幕説か……。俺は一瞬だけ思案し、それを放棄した。

 残念だが突き詰めるだけの材料が足りていない。なにせ俺がジル・ド・レェと会話したのはあの戦場での一幕だけだ。フランス軍の方にも、サーヴァントじゃない歴史人物としてのジル・ド・レェがいるとは聞いてるけれど。ああ、本来はそっちの存在から推理するのが想定ルートなのかもね。

 

 まあいいさ。今は目の前の魔女に疑念を持たせることに専念しよう。今のオルレアンの話を二つ目とするなら、つまり三つ目、最初に宣言した指摘の最後のひとつを話さなきゃいけないわけだ。さて、一体何を話したものか……俺が思案した、そのとき。

 

(────話題に困ったときは、そもそも論を使うのですよ)

 

 内なる声が再び助言をくれた。……ああ、さっきは提案蹴って悪かったな。俺のことを考えてくれたんだろ? 感謝してるさ。ま、最初に言った3つの話題も残りはひとつ。生きるも死ぬも最後のネタの出来次第ってことになる。だから、もうちっとだけ付き合ってくれないか。

 

(────あまり恐ろしい死に方はしないでくださいね?)

 

 ……努力はしよう。

 

 そして、そうだ。そもそも論だ。俺は思考を切り替える。なるほど、こいつは相手を煙に巻く目的ならピッタリの手法だぜ! それに、そういう前提で思い返せば、これまでの雑多な記憶も使えそうなネタとして立ち上がってくる……!

 俺は興奮で息を荒げるジャンヌの前で、これみよがしに3本目の指を折ってみせた。

 

「3つ目。そもそも──そう、そもそもだ。フランスがどうこう言ってるわりに、アンタのアイデンティティーが今ひとつよく分からないんだよな」

 

「……」

 

 ジャンヌは言葉を返さない。だが、俺を遮る様子も見せない。やっと話を聞いてくれる気になったかい? 良い判断だ。ゆっくり部屋を一周し終えた俺は近くの椅子の背を掴み、勝手に引き寄せて腰掛けた。俺は嘘を話したりしない。嘘みたいに聞こえるかもしれないが、それは全て事実と理性に基づく推論だとも。善意の協力者と呼んでくれてもいいんだぜ?

 そう言って笑みを浮かべ、両手を合わせてポンと音を立てれば、ジャンヌがハッとしたようにこちらを睨んだ。激情家だな。どうやら視野が狭くなっているらしい。いいね、もっと話をややこしくしてやろう。

 

「ジャンヌ・ダルクと言えば、誰でも知ってる英雄さ。21世紀人の俺だってよく知っている。イングランドをやっつけてフランスを救った……なあ、魔女さま。フランスが憎いのはよく分かったけどさ、そもそもの戦争相手イングランドについてはどう思ってるんだ?」

 

「どうも何も……敵よ。殺すべき敵に決まっているでしょう」

 

「そうかい。だが、そいつはどうも変な話だぜ」

 

 俺はわざとらしい大仰な身振りで、上半身を部屋奥の壁に掲げられた邪竜の旗の方に差し向ける。ジャンヌは促されるように、どこか疲れたような仕草で俺の動きを目で追った。

 

「フランスが憎い。イングランドは敵。でもさ、アンタが掲げてる竜の旗。竜旗っていったら、それはイングランドの象徴だろう? ウェールズの旗だ、『赤い竜』。ああ、あれもたしかアーサー王伝説絡みなんだっけ? 俺はてっきり、フランス憎さのあまりイングランドに魂でも売ったのかと思ってたんだがね……」

 

 嘘だ。この時代のイングランドのこととか、今の今まで大して深く考えたりしていなかった。

 

「っ……。違う。……私は、知らない……」

 

 だが、言及しただけの効果はあったらしい。ジャンヌは混乱しているように見える。自分自身についての未確定な情報が多すぎて飽和しつつあるんだ。ジャンヌ・ダルクに竜と関わる伝承とか特に無いもんな。制作は何を考えてそういう妙な設定したんだろう? 人間らしい人格を与える以上、相応に筋道だった設定をきちんと与えてやらなきゃ個性を確立できないぜ。別に何でもいいんだよ、それこそ前世でドラゴンと恋人同士だったとかでもさ。

 無駄な思考を重ねながら、ジャンヌの様子を観察し続ける。情報を飽和させ混乱状態を維持させながら、でもこちらの話を認識できるくらいの思考力は残しておいてもらわないといけない。間の取り方はこんなもんで良いかな? 興味を引ける話題(ネタ)をあといくつ捻り出せるか分からんが、トークには鮮度があるからな。さっそく次の話題いってみよう。

 

「……それだけじゃない。さっきアンタが口にした、宝具発動の台詞……最後まで聞けなかったが、『ラ・グロンドメント』って言ってたな? そうだろ?」

 

 俺の問いかけに、ジャンヌはノロノロと頷く。

 

「けどさ……()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉がジャンヌに届くまで、幾らかの時間が必要だった。

 ゆっくりと、魔女はその言葉の意味を理解し……両目がわずかに見開かれる。ここだ。このタイミングだ。俺はここが勝負どころと見て、一気に畳み掛けることにした。

 

「俺はフランス語についちゃ素人だがね、それでも知ってる有名な特徴がいくつかある。『単語の"h"を音に出して読まない』とかな。それと同じくらい有名な話……『語末の"t"は発音しない』。m●nt-bellはモント・ベルじゃない。モン●ルなんだ。ま、あれは日本の企業だが。ともあれ。『ラ・グロンドメント』がどういう意味かは知らないが、少なくともそいつはフランス語の発音じゃありえないのさ」

 

「……違う」

 

「そして当然、次はどこの発音かって話になる。ジャンヌ・ダルク。その故郷はドンレミ村。フランスの北東、ロレーヌ地方……()()()()()()()()()()()()()()。アルザス・ロレーヌ問題、フランスとドイツの領土問題だ。世界史で習うやつだよな。

 俺さ、ドンレミ村にしばらく滞在していたんだよ。俺たちが聞く言葉は基本勝手に翻訳されちまうから、気にも掛けなかったんだけど……思い出してみろ。アンタ、故郷のドンレミ村で一体何語を話してた? アンタの家族は、近所の知り合い連中は、一体どんな言葉で話していたか。

 

 なあ、教えてくれよ。ジャンヌ・ダルク。

 

 ……イングランド風の旗を掲げてドイツ語風の言葉を話す、元・フランスの聖女サマ?」

 

「黙れッ!!!!」

 

 再びジャンヌは声を荒げる。その眼光が焔になって俺の衣服に纏わりついた。とうとう殺す気になったのか? いや、違うな。その気になれば魔女は俺ごとき瞬殺できる。むしろ、興奮のあまり思わず焔が出ちまったっていう感じか……そう考えている間にもガリガリとHPは削られていく。俺は笑った。

 

 ……ま、なかなか頑張った方じゃないのかな。俺はとりあえず一満足したよ。

 

 目に見える形で死亡へのカウントダウンが始まった以上、さっさと決着をつけなければならない。尻切れトンボはよくないからな。俺は炎上したまま両手を広げて立ち上がり、目の前のジャンヌに一歩歩み寄る。ジャンヌは少し後ずさったように見えた。いまや完全に見開かれた両の目が、俺の焔を反射して赤く輝いている。

 

「違う……違うのよ。だって私はジャンヌ・ダルク。ドンレミ村で生まれ育ち、フランスの(つわもの)たちを率いてイングランドと戦った……」

 

 ジャンヌはうわ言のように呟いた。完全に上の空という体である。

 ……なんだ? 何かがおかしい。動揺させるつもりだったのは確かだが、それにしたって効果がありすぎる……。

 

 だが、最初は満タンだったはずのHPが既に3割を切って警告域(イエローゾーン)を抜けつつある。危険域(レッドゾーン)は目の前だ。ちいっ、今目の前で起きているジャンヌの異変を分析するには時間が足りなすぎるか……!?

 虚ろな魔女と、焦る俺。その構図は俺がこのまま死ぬまで続くかと思われたのだが──

 

「──そこまでだ」

 

 凛と響く、場違いに涼やかな声がそれを妨げた。

 

 焦げ臭い煙を立てながら振り返る俺の先には、つい先程まで壁と一体化していたはずのデオンさんの姿がある。デオンさんはぱちぱちとその白魚みたいな両手を叩いてみせた。

 

「素晴らしい推理だ。実際、賞賛に値すると言っても過言じゃない。私は君をカルデアの雇われ調査員だと認識していたが……むしろ小説家のほうが天職なんじゃないのかな?」

 

 そんなことを言いながらスラリと腰の剣を抜く。その台詞、全く褒め言葉になってないからな。

 

「でも──残念だけど、君は少々やりすぎてしまったらしい。私は彼女の護衛を仰せつかっているからね。こうなってしまっては、君を止めるほかにない」

 

 抜き身の剣を片手につかつかと近づいてくる。

 いや、止めるも何も俺もうそろそろ死ぬんですけど。

 

「殺しはしないさ。君の死に方は既に彼女が指定した。だから、それを果たすまでは君を生かしておくのが私の仕事ということになる」

 

 そして、その手の剣をふっと動かした。目に見えない速さの剣閃。吹き抜ける一迅の風。

 

「……!?」

 

 それが過ぎ去った瞬間、俺を燃やし苛んでいたはずの焔はすっかり消えていた。焼け焦げ炭化していた俺の表面がボロリと剥落する。今、何が起きたのか全然わからなかった。剣を振っただけで火が消えた。

 け、剣技、なのか……?

 その超越的な技量に驚く俺に、デオンさんはもう一度手に持った剣を突きつける。

 

「そして、お帰りの時間だ。もう推理は終わったのだろう? 彼女は少し疲れているらしい。休息が必要だ。君も元の牢獄に帰って休むといい。……けれど、その前に」

 

 そう言ってデオンさんはそのまま俺との距離を縮め、空の左手を俺の首筋から背後に回して抱きしめるように……。

 

 ……俺の土手っ腹を、その右手の剣で貫いた。

 

「ぐぇーっ!?」

 

 HPがゴリっと一気に削れ、残り「1」を指して急停止する。

 

「先の乱戦で君たちプレイヤーを何度も相手したからね。力加減は既に心得ているとも」

 

 そう言いながら、ゴリゴリと俺の腹の中に突き刺した剣を動かした。HPゲージは残り1から動かない。ごっはぁ。俺は血を吐いた。内臓をかき回される感触が気持ち悪い。これ痛覚があったら発狂してるんじゃねぇのかな。こんなにも死にそうなのに死ねないなんて……一体どうなってるの。

 

「生前、私はとある魔術結社(フリーメーソン)に参加していたことがあってね。無論、私はフランス王室に忠誠を誓っていたから社交以上の付き合いはなかったんだけど……それでも、この程度の芸当は身につけた。都合の良いことに見覚えのある術式だ。フフ、何事も学んでおくに()くはないということかな……」

 

 そして俺の体内を陵辱する剣先が、「それ」を探り当てた。背筋がゾクリと粟立ち、無意識に身体が海老反りになろうとする。こ、こいつ……直に触れて干渉する気か。

 

【通信エラー:障害が発生しています】

 

【侵入を検知しました!】

 

【不明なデバイスが接続されています……】

 

 爆発的に溢れ出したシステムアラートが俺の視界を占領する。剣先が触れているのはアバターの奥に封じられた【刻印】か。プレイヤー情報とアバターを媒介する制御システム。こいつ、いきなり俺に何をする気だ……!?

 

「物騒なことなんてしないとも。私の技量では不可能だしね。私は君の推理を評価した。つまり……そう、友だちになりたいと思ったんだよ。ああ、これでいいのかな?」

 

【フレンド申請が届いています:シュヴァリエ・デオン】

 

 そっ……そんな物理的なフレンド申請があってたまるかよッ……! 満足げなデオンさんが剣を引き抜き、崩れ落ちる俺を肩に回した方の手で抱き支えた。赤く染まる俺の視界に、新たなアナウンス文字列が現れる。

 

【フレンド登録が完了しました:シュヴァリエ・デオン】

 

 ば、馬鹿な……。

 愕然とする俺をよそに、見事な物理ハッキングをキメたデオンさんは俺を抱えたままの体勢で部屋入口の大扉を開く。背後の魔女は、俺たちのドタバタを気にする余裕もない様子でうつむいていた。

 

「牢獄への運搬は彼らにお願いするとしよう。なに、心配はいらないさ。優しく運ぶよう伝えておくから死にはしないだろうとも」

 

 開け放たれた扉の先に待っているのは……ああ、ちくしょう、そうだろうと思ったよ! 真っ赤な鱗をテカテカに光らせたワイバーンの姿である。

 

「GRRRRR……」

 

 デオンさんが俺を地面に横たえると、よだれを垂らしたワイバーンちゃんが大口を開けて近づいてきた。きゃぁ! 殺される~~~!

 

 ガブッ! ぐわーっ!

 

 あ、アマガミぃ……!

 

 その牙が俺の身体を貫通しなかったことだけを認識し、俺の意識は深い闇へと落ちていく……。

 

 

 

>>>> [4/4] その物語は捻れ狂う。

 

 

 ──夜。

 

 月明かりも差し込むことのない、分厚い壁に四方を囲まれた部屋。その入口に据え付けられた大扉から、わずかな光が漏れ出している。部屋の中で灯された明かりの欠片。

 

「……」

 

 部屋の中には蝋燭台を片手に壁を見上げる麗人の姿があった。名をシュヴァリエ・デオン。そこは、ほんの数時間前まで一人のプレイヤーと復讐の魔女が言葉を交わしていた部屋だった。

 

 プレイヤーを牢に運ばせた後、護衛のデオンは魔女を介抱しながら彼女の居室へと導いた。介添が必要だと判断するほどに、見たこともない動揺ぶりだった。

 

『何も憂うことはありません。貴女は、貴女の望むままに振る舞うがよろしいでしょう』

 

 デオンの慰めも、おそらくは耳に届いていなかっただろう。けれど、それは伝えておかねばならなかったのだと思っている。

 

『なぜなら、貴女は既に託されているのだから──』

 

 ……託されている。そう。彼女は既に、「それ」を託されているはずだった。そんな分かりきった歴史的事実を改めて確認せずにいられなかったのは、デオン自身あのプレイヤーの残した言葉に動揺するところがあったからだろうか。まったく未熟なことだと、デオンはひとり自嘲した。

 

 風一つ無い部屋の中でも、蝋燭の火は心細げにその光を揺らす。照らし出された壁の竜旗を、デオンは先刻からずっと見つめていた。

 

 中央には黒い竜を模した意匠の紋様が。そしてその端々に、双翼を広げた飛竜の姿が描かれている。2つの翼と、ひとつの頭……。本来そこに有るべきは、3つの百合の花弁であるはずなのに。

 デオンは、その変化を魔女の復讐心が為したものだと思っていた。思い込んでいた。処刑された聖女は、天をも衝かんばかりの怒りでもってフランスを焼き滅ぼすことを決意したのだと。

 

(……私は、きっと彼女に復讐してほしかったのだ)

 

 『あの方』は今リヨンにいるという。白百合の聖女もだ。二人が共にいるところを見たのは、あの乱戦の合間の一瞬でしかなかったが、おそらくは仲睦まじく過ごしていることだろう。なぜなら、彼女たちはきっと、その魂の有り様が似ているから。白く、まばゆく、故国と民衆に裏切られてなおそれを恨もうとはしていなかった。

 

 ──遺恨を孕んだのは、それを見ていることしか出来なかった者たちだけだった。

 

 だから、それはデオン自身が心の何処かで願っていたことだったのかもしれない。ジル・ド・レェほど極端ではないにしても、革命の狂熱に任せて『あの方』を処刑した人々に、何らかの形で償いをしてほしかったのだろう。処刑された聖女に『あの方』を重ねていた節が無かったと言えば嘘になる。そして、そういう感情が……デオンの眼を曇らせていた。

 

(けれど、既に謎は全て解けている)

 

 あのプレイヤーは本当に惜しいところまで辿り着いていた。デオンが『真相』に気づけたのも、彼の推理を踏まえた上でのことだ。だからこそ、彼に対しては親愛と友情を表明し──狂化の影響か少々過激になってしまい、あまり快く受け止めてはもらえなかったが──これから起きることの全ても彼に伝えておこうと思っている。

 

 ファヴニールの息遣いが、堅固な城壁を越えて伝わってくる。魔女がプレイヤーへの対応に追われてオルレアンに釘付けにされたことから、魔女にしか従わぬあの竜もオルレアンの一画をねぐらとしたきり動かぬままでいる。元来が宝物を護る『巣篭もりの竜』だ。あまり活動的な性質ではないのだろう。

 

 一方、静かな城内に息づく人の気配は自分を除いて全部で3つ。魔女、ジル・ド・レェ、そして地下牢に戻されたプレイヤーの彼。

 加えて今夜は、遊撃を担当し単独でプレイヤーへの襲撃を続けているバーサーク・アーチャーも、補給のためこのオルレアンへ戻ってくるはずだった。

 

 そう。だから今夜は、あらゆる条件が揃っている。

 今このときを逃さず全ての決着をつけるべきだと確信できるほど。

 

 デオンは蝋燭台を机に載せると、その火を軽く吹き消した。光が失われると暗闇が一瞬で部屋を塗りつぶし、邪竜の旗も見えなくなった。

 それでもサーヴァントの知覚能力の前には、この程度の暗闇など何の障害にもならない。

 デオンは迷いない足取りで入口の扉へと向かう。

 最後に一度だけ振り返り、闇に向かって小さく呟いた。

 

「──王家の百合(フルール・ド・リス)、永遠なれ」

 

 闇に包まれた廊下を、音ひとつ立てずにデオンは進む。

 向かう先にあるのは、この戦い全ての黒幕……真犯人がいるだろう執務室。

 

(彼はもうひとつ追加で理由を挙げるべきだった。最初に尋ねるべき最大の疑問を、彼は見落としてしまっているのだから──)

 

 ……終わりのときが、近づいていた。

 




 次回、名探偵デオン!『救国の聖処女』
 Next d'EON'S HINT……【Fate/Zero】


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