>>>> [1/4] オルレアン獄中記 ~住めば都~
《…………大変だったよ》
とにかくもう、滅茶苦茶に大変だったんだと。
リツカは開口するなり、そういう趣旨の台詞を言い
「言い募る」と言っても、非公開文字チャットの中での話ではあるが。
何やら狂気的なような幻想的なような極彩色の夢に
早い話が牢獄だ。あの戦場で気を失った俺は、そのままここまで運ばれてきたらしい。
薄暗くジメッとした空気の地下牢獄には、現在のところ俺以外の人の気配は感じられない。
そもそもここオルレアンの住民は、復活した魔女サマが一人残らず一掃してしまったということで。その内どれほどが生きて逃げおおせたかは知らないが、現在の住民数が限りなく0に近いことは確かだった。そしてその事実が意味するのは、この暗い牢獄で孤独を分かち合う牢友(ろうとも)がいないということである。
孤独。それは、死に至る病……。
とはいえ人類史も21世紀にまで至れば、高度に発達した情報通信技術が人類の
例えば無人島に何かひとつだけ持っていけるなら、俺は衛星通信が出来るネット端末を持っていけばいいんじゃないかって思うんだ。そう遠くない未来には、amazonのドローンがモバイルバッテリーだって運んでくれるようになるんじゃないかなあ。そしたら口座とクレカが続く限り無限に生活できる気がしない? もし駄目だったらその端末は鈍器代わりにすればいい。見果てぬ可能性と
……ええっと。少し話が逸れたが、要するに魔女サマの非人間的排他政策が招いた人口過疎化に伴い人手不足が深刻化した結果、オルレアン砦の警備体制は牢番にワイバーンを採用しちゃうくらいまで極まっている。RPGの魔王城か、っつー有様よ。
無駄に感覚が鋭いワイバーンたちが見張ってる以上こっそり脱獄するなんて無理難題ではあるものの、それでも人間様の知恵を回せば奴らの目を盗んで行動することくらいは出来るのだった。非音声チャットとかな。
ククッ……。牢屋の扉越しに俺をガン見してくるワイバーンに手を振りつつ俺はニヤリと笑う。いくら強者を気取ろうが所詮は爬虫類。羽の生えただけのトカゲ以上の何者でもないわっ……!
とまあ、そういう経緯で退屈しのぎにリツカとお話ししようと思った俺は早速彼にチャット申請を飛ばしたのだが、返ってきたのは先の苦言だったという次第。
《ヘイ
《なんでそこで面白外人? まあいいや。今、清姫とマシュと、あとウィッカーマンに乗ってきた皆と合流してリヨンに向かってるんだけど》
《おう》
《その……、清姫とマシュがオレに向ける視線と、二人の間の空気がね。あのさ、キミ、オレが寝てる間にマシュへ何かした?》
あー、したわ。【
でもまあ、後からウィッカーマンで追いついたクー・フーリンがちゃんと解呪しただろ? ていうか時限制だったはずだから、もうとっくに解けてると思うけど。
《うん。それはね、その気遣いには心から感謝してる。血を見ずに済んだから。彼らが追いついてこなかったら、今頃どうなっていたことか……。でもさ、そもそも原因仕込んだのもキミなわけだろ? 完全にマッチポンプだよね?》
《そこは何というか、お前が突然攫われるとかいうピーチ姫ムーブをかますからでさあ。余裕がなかったんだよ。すまねえ。分かって欲しい。……で、ちなみにどうなってたと思うわけ?》
《……マシュと清姫が二人でバトルして、勝ったほうとケッコンしようって話をね?》
《おぅ……》
呻く。
ケッコン。血痕……結魂? ……結婚か。
え、なに、そういうシステムあるの? もしかして次世代継承システムとかもあったりする?
いや待て。そもそもプレイヤーは性的
だが……今の話を聞くに、そいつは只のプロテクトで外そうと思えば外せちまう? 俺はゴクリと唾を飲む。カジュアルな会話として処理するにはヤバ過ぎる特ダネだ。まさか、こんなところで『禁則破り』の手がかりが見つかっちまうとは。
しかし、それが今追求すべき話題でないのも確かではあった。たぶん通話先には聖女様とかもいるだろうしな。そういうネタは選ばれた精鋭だけで詰めるに限る。今話したいことなら他にいくらでもあるわけだし。
そう。例えば目下話題沸騰中の『ふらんす道成寺伝説』のこととかな。そうだ、そっちがいい。やばい発見とかリツカの女関係の話なんかは流していこう。ぶっちゃけ飛び火しそうなのであんまり深入りしたくない。
《ふらんす道成寺伝説?》
リツカが初耳だとばかりに聞いてくる。まあ、清姫にまとわりつかれてるお前の耳に届くような話じゃねえやな。ネタだよ、ネタ。掲示板で大人気。
《掲示板かあ。流れが早くて、あんまり見てないんだよなあ……》
マシュさんとの契約以降、運営のあれやこれやに巻き込まれる一方のリツカは多忙なようだ。契約のきっかけを作った俺としては多少の申し訳無さもあり、ざっくりとした説明を試みることにした。
……『ふらんす道成寺伝説』。
それを絵解きするなら、まずフランスの大地を猛スピードで駆け抜けていく、暫定安珍(リツカ)を抱えた清姫が描かれる。そいつをその上空から、魅了状態の夢見る少女マシュさんが高速飛行で追いかけていくわけだ。そして更にその後ろでは、マシュさんを狙う
実際、この一連の騒動を収めたスクリーンショットは掲示板のあちこちにアップロードされて話題の種になっていた。それだけじゃない。これまでは瓦礫だらけの廃村写真や無人の荒野を徘徊する
やはりインパクトのある写真は見る者の盛り上がりが違ったし、以降アップされるスクショの傾向も明るいほうへ変わってきたように思われた。
《ま、そんなとこだな。で、リツカ、今はどうしてるんだ? 二人は一応落ち着いたんだろ?》
《まあね。それから色々話して、清姫とも契約することになった……。うん。戦力としてはすごく心強いからさ、リヨンを占拠してる鉤爪のサーヴァントに挑む予定だよ。今はジュラの近くで野営してる》
《二人目の契約!? そんなの出来るのか?》
《カルデアがサポートしてくれるらしいよ。サーヴァント契約者に関しては、契約分の魔力をほぼ全部負担してくれるって》
……ふーん。へー。そうなんだぁ~。
その割には、こないだの撤退戦での魔力消費は以前と何も変わってなかったような気がするけどね。
ぶっちゃけ、俺もあわよくば令呪切らずに発動できるかなって思ってた節はある。最終決戦でも何でもない撤退戦で最後の切り札をブッパするプレイヤーなんざいてたまるかよ。
というわけで、宝具使おうとした瞬間にドバっと魔力が流れ込んでくる的な展開に淡い希望を託していたのだが。……いや。それはそれで「ちにゃ!」とか言いながら爆発四散しそうだな。実際、最近じゃあプレイヤースキルよりも死に芸の方が上達してる感あるぜ。
うんざりした気分になった俺にリツカが言う。
《そういうわけでこっちは心配いらないよ。キミはどう? 元気そうだから大丈夫だとは思うけど、捕まって投獄されるって相当なことじゃない?》
んー。こっちも心配してもらうほどの状況じゃないかな。
良くも悪くも囚人って言ったらこんなもんだろって感じ。ま、なかなか出来ない体験させてもらってるよ。
俺の返答にリツカは安心したようだった。むしろ何をそんなに心配することがある? なんなら魔女様に面会できるのを楽しみにしてるまであるぜ。
《そういうこと言うからだよ。気になるのは分かるけど、相手は大ボスなんだからあんまり変な絡みしないでね。……ああ、もうひとつ伝言。一度カルデアに顔出すようにって、ドクターから。なんかキミに追加で供給したはずの魔力が、どっか漏れ出したみたいに消えてるから検査したいってさ》
ああ? 検査ぁ?
《ドクター、名前の通り医者もやってるんだよ。普段はマシュの体調管理とかも担当してるんだって。で、もし問題があれば治療なり解決策を取りたいらしいんだけど》
なるほどね。魔力の漏れ出し。その原因を探るための、ロマニ・アーキマン氏による検査。そして、問題の治療あるいは解決……。
(((──ぷるぷる)))
それを想像し、俺は震えた。それはまるで、心の奥底から伝わってくるような震えだった。
連想されるのは蛇に睨まれた蛙。フクロウに睨まれたジャンガリアンハムスター。あるいは、勇者に睨まれたスライムか。
(((──ぷるぷる。ボク、悪いスライムじゃないよ)))
などという空耳が聞こえたわけじゃないが、そうだな。魔物だからって皆が皆悪いって話でもないだろう。スライムは悪いスライムだけじゃないし、弱いスライムだけでもない。ドラクエで仲間になるやつだって、Lv99まで上げれば結構な戦力になるもんだ。
個体個体の弱さや欠点を多様性として認め維持できる、個体
俺、『集』の強さってのはそういうことなんじゃねぇかなって思うんだ……!
《というわけで、その件は気が向いたらな》
《まあ急ぎの話ではないみたいだし、それでいいんじゃない?》
気が向くのがいつになるかについては、回答を保留させていただきたい。前向きな検討だ。
そう。そんなことより、今の俺には聞いておきたいことがあったのよ。
《あのさ、運営からインタビュー依頼が来てるんだけど、リツカこれ何だか知ってる?》
《え?》
一瞬疑問符を浮かべたらしきリツカだが、ややあって「ああ、」と頷いた。誰かチャット外で助言したな。リツカは言う。
《明日の夜の話かな? 今マシュに聞いたんだけど、サーヴァント召喚について公式からアナウンスすることになったみたい。たぶん、召喚経験者からのコメントが欲しいんじゃないかなあ》
ははあ。いわゆる『先輩の声』みたいな奴ね。でも、インタビューに答えようにも、明日の夜までに脱獄する予定とかは特にないんですけども。
《そのへんは向こうも分かってるだろうし、なんとかするんじゃない? 最悪、文字チャットだけでもコメントにはなるわけだし》
そりゃそうか。向こうが仕切ってる企画なんだから、俺が心配する筋合いの話ではねぇやな。
……ひとまず納得し、礼を言ったところでリツカの方に何か動きがあったらしい。チャット先の俺のところまでリツカへ話しかける声が漏れ聞こえてくる。
これ、チャットシステムの根本的な不具合で、チャットとリアル会話を別々にできないんだよね。オルガに言わせると、複数の会話に使う思考を切り替えられないプレイヤー側に問題がある、みたいな口ぶりなんだけど、分割思考とかどこの超人だっつー話だよ。
でもオルガは真似事程度なら出来るらしいので、凡人の俺から言えることは特に無いのであった。何かと超越者向けの仕様にしたがるのはここの
そんなことを考えながら、「ラ・イール将軍」だの「ラ・ピュセルがどうこう」だの、あんまり横で聞くのもどうかなーって単語を聞き流しつつ待っているとリツカがチャットに戻ってきた。申し訳無さそうな声で言う。
《ああ、ごめん。なんかジャンヌへフランスの将軍さんから使者が来たみたいでさ。明日、ちょっと寄り道していくことになりそうだ》
《フランス軍?》
《そう。ジャンヌの知り合いみたいだから大丈夫だとは思うんだけどね。一応、オレたちもついていこうと思う》
そっか。まあ程々に頑張れよ。
というわけで、明日に備えて英気を養いたいだろうリツカとのお話を切り上げた俺は、冷たく硬い牢屋の石床に寝転がる。ボロボロでペラペラな毛布は用意されていたが、なんか虫食いだったので使うのを止めた。とりあえず汚物の心配をしなくていいのだけはありがたいことである。
牢獄生活。生身でならば無論御免こうむるが、ゲームっぽいと言えばゲームっぽいシチュエーションでもあって。やはり俺は中世フランスを満喫しているのだろうと思われた。
目を閉じる。
ここからでも掲示板へのアクセスや電子資料の閲覧くらいは出来るのだが、とりあえず今日の俺は無性に眠かった。俺が頑張らなくても、他の連中がそれなりにシナリオを進めてくれる。クー・フーリンもいることだし、向こうは向こうでなんとかなるだろう。そう思えば、今の虜囚ポジションも案外悪くないものかもしれないな。あ、眠い。もうダメだ。おやすみー……スヤァ。
>>>> [2/4] オルレアン獄中記 ~たのしい ごうもんべや~
……そうして夜が明け、目が覚めて。
日中の俺を待ち受けているのは、尋問という名の拷問である。
「拷問? 馬鹿を言わないで。苦痛を感じてるかどうかも怪しい相手を痛めつけたところで、そんなものは虫を弄って遊ぶ餓鬼と何も変わりはしないわよ」
おっと失礼。じゃあ、拷問ではないらしい現状は……何? 青少年には刺激的なコミュニケーションタイム?
「何とでも呼べばいいでしょう。……ああ、その無駄口ばかり垂れ流す口の中から、一本残らず歯を引き抜いてやれれば良かったのに」
俺を拷問椅子に拘束した仮面の女は、そう言って手元の小机からペンチ的な道具を取り出した。カチンカチンと金属の先端部を噛み合わせる音が、赤黒いシミだらけの拷問部屋へ硬質な音を立てて響き渡る。ヤバイ、超痛そう。
「やめてください死んでしまいます」
俺は哀願した。別に全くの嘘というわけでもない。
一晩ぐっすり眠ってデスペナ弱体化もだいぶ回復したとはいえ、そしてこの体が痛覚を持たない
たぶんね、12階建てマンションの屋上から1階までジャンプしたら死ぬだろうとは思うのよ。俺もゆとり教育を受けてきた一人だからそういうの分かっちゃう。
「ハァ……これもねぇ。21世紀人? 未来の人間がこんなにひ弱になってると思うと、あの女の言うとおりこの場で種絶するのも一つの選択じゃないかと思うわよ」
「舐めんな。俺らみたいにモラトリアムなお年頃の少年少女と違ってな、ちゃんとした大人はみんなビジネスっつー戦場で戦ってるんだよ。一度飛び込んだら二度と戻ってこれねぇけど」
軟弱ゲーマー少年こと俺は、中世貴族と思しき仮面女に広大無辺なる東京砂漠の虚無を説く。
その目の前で、鉛のインゴットを投入された小鍋がグツグツと煮え立っていた。無感情な眼で火加減を見ているのは、黒の外套に身を包んだ陰気な青年だ。傍らに立て掛けられている、先端の丸い独特な形状をした剣が、十把一絡げな「男は黒に染まれ」系男子とはひと味違う存在であることを主張している。
「やめてください死んでしまいます」
俺は再び哀願した。心からの言葉であった。
煮えた鉛なんてぶち撒けられたら誰だって死ぬ。ニンジャも死ぬし、不死身系の能力者だって鉛風呂に沈めればたぶん死ぬと思う。いつか攻撃が通らない系の敵が出てきたら使ってやろうと思っていた秘奥義の一つだったが、こんなにも早く俺自身へその脅威が迫るとは思ってもみなかった。危険が危ない状況だ。
頼んで駄目なら秘奥義その2、通称【土下座】を繰り出すしかないが、拘束されている以上はどうしたものか……! などと考えていると、
「──やめろサンソン。殺すなと言うのが
それを実行に移すよりも早く制止の指示が出た。やったあ、助かったぞぉ。制止してくれたのは、先の撤退戦でも活躍していた中性的美貌の
「【プレイヤー】を敵対勢力と認めた今、その男を殺すのは情報を引き出しきってからだ」
おっと死の宣告だ。だがまあ、しばらくは生き延びられるらしいのでありがたい言葉だぜ。貴族風の衣装が拷問部屋の雰囲気から浮きまくってるのが気になるけれど、ありがたいので許しちゃう。
ていうか情報。それだよ、質問するならさっさとすればいいじゃない。隠すほどのものは何も持ち合わせてないぜ?
「まあ、捕まえてみたら単なる雇われだったのは想定外だけど。しかし君たちも、無為にこの城で時を過ごすよりは幾らかマシな時間の使い方だと思うだろう?」
デオンがそう言うと、拷問部屋にマッチした雰囲気の陰惨男女ペアは不承不承といった感じで頷いた。
「……確かに、あちらの吸血鬼のように戦場での殺し合いを好むような趣味はありませんが」
「もう一人の聖女のように虐殺や襲撃を命じられるのに比べれば、こちらの方が性に合っているのは事実ですね」
とまあ、そんなわけで非殺傷設定のヌルい尋問が続くのであった。
俺も人とおしゃべりするのはわりと好きだしな。別に口止めされてるわけでもないし、色々喋っちゃうぜ。何から聞きたい? え、俺たちが情報をやり取りする手段? それはね……。
「……掲示板? 掲示板というのは、村の広場なんかに設置されているあの掲示板のことなのか? それでフランス全土の【プレイヤー】が情報をやり取りしていると?」
んー、ちょっと違うんだよな。
匿名ネット掲示板の概念を中世ヨーロッパ人に理解させるのは、意外と骨が折れそうである。
原作との相違点:
前回書き忘れたんですが、本作のマシュがリツカを「先輩」と呼ぶ理由は原作と少し異なります。
また、本作の作風から察しのつく方もいるかもしれませんが、主人公と縁のない=出会わずに終わるサーヴァントも存在します。ご了承ください。