>>> [1/3] ジャンヌ・ダルクの御旗の下に
ヴォークルールから南西にフランスの野を下り、ジャンヌ・ダルクの旗は行く。
──聖女は困惑していた。
白の聖旗に従い進むは数百を超える異装の人々、そして同じく数百に及ぼう異形の群れだ。フランスの人々を襲う恐るべき魔物たちを、なぜか彼らは手懐けていた。
──聖女は困惑していた。
初夏のフランスは、リンゴの花の季節である。果樹園だろう背の低い木々の連なりに咲き誇る白い花々が、道中のあちらこちらで見受けられる。聖女にとってはどこか懐かしい光景。その芳しい香りと陽気に誘われてか、緩く隊列を成す集団の一人が鼻歌を漏らし始めた。陽気なリズムはやがて周りの仲間たちの声を伴い一つの歌となり、数分もすれば天高らかに異郷のメロディーを響き渡らせる。
朗らかな歌声に惹かれたのか、森の中からひょっこり自称音楽家とキラキラ輝くお姫様が姿を現し指揮棒を振り回し始めたので、一行のテンションは最高潮となった。
……現れた2人は、明らかにサーヴァントであった。
サーヴァントと【プレイヤー】の奏でる大合唱。
聖女は、困惑していた──
(主よ、これも主の思し召しなのですか……?)
◇◆◇◆◇
最初は、只の協力者のはずだったのだ。
ふと気がつけば木立の中に立っていた。分かっていたのは、自分が何者であるかということと、この世界に何が起きつつあるかということだけ。吹き抜ける風の薫りに郷愁を覚えて初めて、そこが自分の故郷であるフランス北東部ロレーヌ地方……ドンレミ村の近くだと認識したくらいだ。
しかしそうと気づけば、村の様子を見に行かずにはいられなかった。
何らかの理由によってこの地に聖杯がもたらされ、それが悪用されたことで無数の魔物たちが暗き闇より這い出しつつあったのだから。この身は
霊体となり、誰にも気づかれぬよう彼女は木々の合間を縫って進んだ。
既にジャンヌ・ダルクが処刑されて数日が経っている。処刑の事実、そしてオルレアンに復活したもう一人の自分がシャルル7世陛下を殺害したことはまだ伝わっていないかもしれない。それでも、彼女は故郷の人々にどんな顔をして会えばよいのか分からなかった。異端審問と火刑。この時代における教会から異端と見なされた己と関わることは、きっと彼らを災禍に巻き込んでしまうから。
……そうしてしばらく歩けば、見慣れた景色が目に映る。
召喚時にもたらされた『知識』と異なり、なぜか周辺に魔物は少なかった。覗き見た村の様子も、なんとか平穏を保っているようだった。
(……良かった)
彼女は心の底から安堵した。そして決意する。この平穏が破られぬ内に、必ずオルレアンのジャンヌ・ダルクを止めなければならないと。
彼女、すなわち再びフランスに現界せしもう一人のジャンヌ・ダルクは身を翻し北へと向かう。目指すはヴォークルール。近隣で最も中枢に近い地位にある砦。そこで何らかの情報を得て、一路オルレアンへと向かう……はずだったのだ。
「あれ、あんた【SERVANT】……?」
その道中で奇妙な人々に出会った。この時代に存在するはずのない風変わりな衣装に身を包んだ武装集団。生身の人間ではない、まるでサーヴァントのような霊基体に近い存在の集まり。
そして何より奇妙だったのは、彼らが魔物を従えていたことだ。様子を伺うに自分への悪意や敵意を持った集団では無いようだが、人を襲うはずの魔物を従えている。加えて、どうやらサーヴァントの存在を知っているらしい。……接触しないわけにはいかなかった。
「はじめまして。私は此度の聖杯戦争において【ルーラー】として召喚されたサーヴァントです」
真名は告げなかった。この時この場所において隠匿はさして意味を為さないけれど、それでも。
彼らは動揺した。漏れ聞こえる呟きは「聖杯戦争」と「ルーラー」の言葉を多く含んでいた。ややあって、まとめ役らしき男がジャンヌの前に進み出る。
「あー、どうも。ここのクラン、【殺人シェフ】のリーダーをやってるダラニーだ。聖杯戦争? ってのは良く分からんが、ここの異変の調査解決を目的に動いてる。中立の【SERVANT】とは協力した方が良いって話らしいんだが、あんた俺達の敵かい?」
【殺人シェフ】のダラニー。随分と物騒な名前だが、傭兵団のようなものだろうか。ジャンヌはかつての戦いの日々の中で己の旗の下に戦った傭兵たちを思う。それに、彼らの目的……事情は分からないが、自身のそれと対立するものではないように思われた。
「……いいえ。貴方達がこのフランスを魔物と魔女から救おうとしているならば、私は貴方達の敵ではありません。むしろ目的を同じくする者と言えるでしょう」
彼女がそう言うと、ダラニーは破顔一笑した。野太い声で後ろに従う者たちに声をかけて武器を下ろさせる。筋骨隆々とした粗野な風貌の男だが、不思議とカリスマがあるらしい。彼は言った。
「そいつは結構。で、相談なんだが、俺たちと一緒に来ちゃあくれねぇかい。敵の
やはり彼らはサーヴァントを知っているようだ。それも、協力したことがあると。
……前の
「……返事の前に聞かせて下さい。貴方達は何者なのですか? 事件とは?」
男は答えた。
「俺たちは【プレイヤー】だよ。
……後に聞いた話だが。
彼らの『攻略』において、現地住民とのやり取りは完全に彼ら自身の『コミュニケーション能力』に依存するという。何を当然のことを、と訝しがるジャンヌ・ダルクにプレイヤーたちは口々に愚痴の言葉を連ねた。運営がゲイのサディスト野郎だから俺たちを助けてくれないのだと。
よく分からないなりに彼女は、それが彼ら【プレイヤー】の習わしなのだろうと受け入れた。奇妙な装束をまとい、指導者たる運営に従って戦う集団。その異質さは人ならざる存在故か?
……いずれにせよ、ジャンヌ・ダルクは目的を同じくする彼らとの共闘を受け入れた。
意を決して告げた真名は予想に反して驚きと歓声によって迎えられ、仲間を呼びたいという頼みに頷けば、あっという間に【プレイヤー】の集団は数百にまで膨れ上がった。それは、この荒廃したフランスにあって予想もしなかった驚きの連続だった。
数百と言えば、軍の大隊には及ばぬまでも中隊規模なら優に超える数だ。彼ら自身が並の兵より余程強いこと、そして従える魔物の力を加えれば実質戦力は大隊さえ遥かに上回ると言えるだろう。霊基体に近い彼らは飲まず、食わず、略奪もしない。さらにフランス中から集結しつつある彼らの同士は、やがて万を超えるだろうという。
──万。それが事実ならば、恐ろしい数だった。
在りし日の、オルレアン包囲戦。あの都市を解放する戦いに与した兵はフランス・イングランド両国共に数千程度だったはずだ。万などという兵力は、この時代においてもなかなか動員できるものではない。ならば後はサーヴァントだが……
「味方の【SERVANT】? ああ、いるぜ。マシュっていう【シールダー】だ。あと清姫とかいうのが出たって話だが、こっちはまだ噂だなあ」
……シールダー。エクストラクラス。未知数ではあるが、味方にサーヴァントがいるのは心強い。それに現地サーヴァントが他にもいるのだとすれば。
魔女ジャンヌは既に聖杯を手にしているのだろう。これほど短い期間にフランス全土を魔物によって侵略するなど、聖杯の如き超級の神秘なしでは不可能だ。だがそれでは聖杯戦争が成立しない。
聖杯が最初から誰かの手にある聖杯戦争……。現地サーヴァントとは、おそらくその矛盾へのカウンターとして召喚された存在だ。協力できる可能性はあると思われた。
ジャンヌ・ダルク。かつて常勝と謳われし戦乙女は戦場を思う。
敵のサーヴァントは自分たちサーヴァントで抑え、それ以外の敵を【プレイヤー】に任せる。……魔女が何者かは知らないが、それが本当にジャンヌ・ダルクであるならば、万を超える人外の軍勢との戦闘状況など想定できるものだろうか? なにせ無数の竜を仮想敵としプレイヤーを友軍とする今の自分だって、彼らの作り出す戦場がどのようになるものかなど分からないのだから。
──勝機はある。
だから、【プレイヤー】たちの奇想天外な振る舞いに困惑しながらもそう思ってしまったのだ。
それが神秘跋扈する聖杯戦争においては愚かな思い上がりに過ぎぬと、気づきもせずに。
>>> [2/3] ラ・ピュセル邂逅
俺たちがジャンヌ一行に追いついたのは、ドンレミ村を立ってから数日ほど後のことだった。
当初の予想よりも遅れた主な理由は、モンスターの製造元たる敵方がジャンヌ挙兵の報に警戒したらしく、道中で出会う敵の数が以前に比べて明らかに増えたからだ。
しかしその道中について語ることはあまり多くない。
俺やリーダーが時折木々の影からまろび出てくるスケルトンやゾンビを一体一体ごっすんごっすん打ち据えている間に、我らの頼れる使い魔ーズがリツカとセオさんの指示の下ワイバーンやウェアウルフたちを驚くべき速さで駆逐していったからである。それはもう、完全に別ゲーの様相を呈していたのだ。
ちなみに余談だが、そのあまりの圧勝ぶりに調子に乗ったリーダーは、自分のワイバーンを過剰に褒めちぎった挙句「人型なんてだっせーよな!」「ドラゴンの方がカッケーよな!」などといった安易なサーヴァントdisを始めたので俺もすかさず反論を試み、紛糾する議論が耳障りだったらしいワイバーンちゃんからまとめて【羽ばたき】された。
強烈な風圧に二人揃ってすっ転び頭を変な風に打った俺達は、そのまま
「あ、見えましたよ!」
先頭を行くマシュさんが、未だ全力疾走の疲労を残す俺とリーダーを振り返ってそう言った。併せて動く大盾が掻き乱す空気は甘い香りを含んでいる。リンゴの香りだ。フランスの酒と言えばワイン、シードル、カルバドスだと誰かに聞いたことがある。他にもあるだろうとは思うが、もちろん俺には知る由もない。リツカと同じ
ドンレミから西寄りに進んだ俺たちと、北のヴォークルールから南寄りの進路を取った決起勢の道行きは直交する。俺は横手から進んでくる集団に向けて目を凝らした。
どれどれ、先頭に見える旗を持ってる女性が聖女様だな。おう、美人だ……。陽光に煌めく金の髪と十字架の意匠をあしらったマントが聖女感を極めて巧みに演出していらっしゃる。そして歩を進めるたびに深いスリットから覗く白い太もも……不敬ですよ聖女サマ! 俺はフラフラとその旗に近寄りかける。しかしリーダーが制止をかけた。
あァ……?
見れば、リーダーは俺を腕一本で静止しながらもう一本の腕で海藻めいて風にたなびく前髪を整えているところだ。磨き上げられた白い歯が、太陽に輝く。
……なるほどね。
リーダー、アンタどうやら初対面の聖女様に我らが【ワカメ
俺とリーダーは一斉に駆け出した。イケメン枠で誘いを掛けたリツカは後ろでマシュさんに引き止められている。はは! 女ってのは
「うおおおお!」
二人の声がシンクロし、聖女様に付き従うプレイヤー共が一斉にこちらを振り向いて、集団の中から一陣の風が走った。向かい風だ。その風は俺たちをまっすぐ直撃するコースを走ってくる。避ければタイムロス。俺とリーダーは睨み合う。これはチキンレースだ。狂気の沙汰ほど面白……ッ!
俺とリーダーは、真正面から風のようなスピードで向かってくる迎撃者を避けようとはしなかった。
……衝突した。
吹っ飛ばされた。
そして、連中はあっという間に俺たち2人を組み伏せた……。
「ラ・ピュセルに許可なく近づくことは認められん。おいお前ら、名前と所属クランを名乗れ」
後ろから出てきた男が言う。こいつは見覚えがある。奴のクランは確か、【銀狐】……おう、自治勢がこんなところまで出張してるのか。だったら俺たちを組み伏せたのは【キングフィッシャー】の連中だろう。アサシンオンリーの変態クランだ。
俺は両手をあげようとしたが関節がキマっていて無理だったので、大人しくリーダーに視線をやる。同じ仕草でリーダーがこちらを向いて、2人の目が合った。
(分かってるな?)
俺たちは仲間だ。だから危機にあってこそ心の声でそう囁き合い、通じ合う……。
「「アイツがやれって言いました」」
俺たちの声は、同時だった。
……ともあれ、それからのジャンヌ・ダルク御一行様への合流は極めてスムーズに終わった。
後ろ手に拘束された俺とリーダーを尻目にリツカとセオさんが先頭まで走っていって、聖女様に軽く挨拶をし、あとは後ろに続く列の適当なところにお邪魔するだけ。縛めを受けていた両手ちゃんもお小言とともに解き放たれた。
で、そのまま視界の先で揺れる旗を見ながらみんなと一緒にてくてく歩いていると、なぜだか無性に楽しくなってくる。ピクニック的な浮かれ気分のままにリズミカルなステップを踏んでいたら、そのうちどこからともなく大合唱が始まった。ついでにサーヴァントも2人来た。指揮者と美声のお姫様だ。合唱のクオリティが跳ね上がる。
俺も楽しくお歌を歌っていたが、隣のリーダーが上手くて普通にビビった。カラオケなら95点位、この人わりと完璧超人系なんだよな。リアルの充実を感じさせる堂に入った歌い方だぜ。
まあ、そんな道行きの合間合間に近場の索敵に散ったアサシン共が戻ってくるので、敵がいる場合はそれを殲滅してから再び先に進んでいく。使い魔ワイバーンは野生のワイバーンより弱いみたいだが、戦いは数だ。囲んで棒で叩く。圧倒的兵力差の前に寡兵はただ滅びゆくのみだった。
そうして何度もの戦闘と休憩を繰り返し、またお歌のサイクルがもう何周したのか覚えちゃいないがとにかく数度目の『カントリー・ロード』を日英その他多言語版で歌い上げていた俺たちだったが、ふと見上げると上空を舞う黒い影が数を増していることに気づいた。……ワイバーンが集まってきてやがる。周りの連中も気づき出したらしい、声がザワザワと広がっていき、先頭の聖女様も行進を止めた。
すると、それを待っていたかのように、群れの中から3匹のワイバーンが降りてくる。只のワイバーンじゃない。人が乗っている……俺たちプレイヤーでは騎乗できないはずのワイバーンにだ。
「──そう、本当だったのね。まさか、こんなことが起こるなんて」
真っ先に降り立ったワイバーンに騎乗する女がそう言った。いや、女なんて迂遠な呼称をする必要もないだろう。そいつは明らかに聖女様に瓜二つの顔をしていたのだ。纏う衣だけを、影めいた黒に変えて……。
「貴女は……貴女は、誰ですか!?」
ざわめきはない。動揺も。NPCの会話を邪魔するべからず。その掟は容易に守られた。
なぜって、突如現れた黒衣の女が聖女様の問いかけになんと答えるのか、俺たちプレイヤーは完全に予想できていたのだから。
「私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女ですよ、もう一人の“私”。」
>>> [3/3] 雉も鳴かずば
聖女と魔女が対面している。
聖女様の後ろには、いつの間にか合流していた2人の【SERVANT】……指揮者さんとお姫様が控えている。マシュさんとリツカも前に出ようとしているが、野次馬根性で前に行きたがる奴らは実際多い。なかなか前に進めないようであった。
他方、魔女の後ろに控えるのはギョロ目の魔術師然とした男と、男とも女ともつかぬ美形のレイピア剣士だ。いいね、どちらも実にキャラが立っている。
(で、お前さんはどうして後ろで見物決め込んでるのかねェ)
……ボソリとクー・フーリンが言った。
さっきからずっと霊体化したまま俺の後ろでプカプカしているのだ。
いや、行ってもいいんだけどさあ。
俺は弁明した。
最近の俺ってちょっと頑張り過ぎだったというか、なんかインテリぶって頭使うようなことばっかりだったわけじゃない。元を正せばアルトリアとやりあったあの時からだけど、そもそもアレがいわゆるラッキーストライクだったわけ。俺って本来はモブキャラポジなのよ。これがゲームだって言ったのはお前だろ? だから初心に戻ってロールプレイ……雑兵がホイホイ前に出ていくのって、ただの死亡フラグじゃん。
返事の代わりにジトッとした視線が飛んできた。どうやらお気に召さなかったらしい。
ああそうか。
クー・フーリン……お前、そういえば神話だと戦闘狂みたいなキャラだったな。戦りたいのか? わかった、戦る。戦るよ。でもさ、どうせすぐ乱戦になるんだからその時にしようぜ。
むしろお前は今のうちに霊脈?とかいうのを探しといてくれよ。マシュさんが使うだろうからさ。
……え、俺? 俺は今ちょっと気になることがあるんだ。そう、隣の奴。それな。
テレパシーめいて会話を交わす俺の隣では、魔女襲来からこっち延々と怪しい呟きを垂れ流している男がいる。俺は、どっちかといえばドッペルジャンヌ達よりもそいつの方が気になっていた。
前に出よう前に出ようというプレイヤーたちの混雑の中、なお周囲から若干の距離を開けられ続けているその男。明らかに不審者だが、こいつ、『FGO』ではわりと有名人なのだ。
「……素晴らしい。素晴らしい在り様だよ、ジャンヌ・ダルク。聖と魔。白と黒。すなわち陰陽、対称を刻む
男は暗い声で笑っている。普段爽やか系で通ってるはずのそいつとは見違えるような闇系の気配の中に、明らかな喜悦が混じっていた。
……ヤバイよこいつ。完全に良くないナニカがキマってるじゃねぇか。
(クー・フーリン。戦闘になったら、俺はまず隣の野郎の出方を見たい。【陰陽】のリーダー、カナメ。俺たちプレイヤーの中でもトップクラスを張ってる廃人だ……)
……そして現状、フランス縦断焼却ツアーを敢行中の中立NPC()こと清姫changの粛清ファイアを唯一人免れた男でもある。……ま、その辺の話はそのうちな。
今はカナメだ。南西ボルドー戦線にいたはずのこいつが、どうしてこの場所に来てやがる……?
そんな俺の言を受けてクー・フーリンはカナメをじろりと眺め、そして何やら納得したらしい様子で杖を収めて首をグリグリ回した。
(なるほどな。面白い)
しかし次の瞬間、前方でやり取りを交わしていたらしき魔女ジャンヌが叫んだ。
「──ああッ! ジャンヌ、ジャンヌ・ダルク……! 裏切られ、唾を吐かれ、魔女として火に架けられたお前が! なぜ再び過ちを繰り返す!? お前が率いる兵どもはお前を助けはしない! 救国など! 人を救うなど! 愚かな思い上がりに過ぎぬとまだ分からないのですかッ!!!」
思わず前に視線を戻せば、魔女とお付きの2人が武器を構えている。聖女様も旗を構えた。一触即発の気配……! 隣に視線を流す。まだ何か呟いている。こっちはいい。会話ログ。エルの言う通りなら【ノーリッジ】が来てるはずだ。奴らに頼むとしよう。
「────殺しなさいッ!」
続く魔女の一声で、戦いの幕が上がった。視界へ血のように赤いアナウンスが踊る。
【!WARNING!】【NEW MISSION】
【討伐ミッションが開始されました】
【討伐目標】
【SERVANT】【RULER】【ジャンヌ・ダルク?】【Lv.???】
【SERVANT】【CASTER】【ジル・ド・レェ】【Lv.???】
【SERVANT】【SABER】【?????】【Lv.???】
【敗北条件:プレイヤーの全滅】
同時に上空から一斉に襲い来るワイバーンと、意を為さぬ叫び声を上げながら竜の群れへと突っ込むプレイヤーwith使い魔たち。俺の前後左右の連中が雪崩じみてまとめて動き出した。止まっていたら潰される……! 俺は仕方なしに走り出そうとして、気づく。
おい、カナメは……!? 一瞬目を離した隙に、野郎の姿が人混みに紛れて消えていた。くそ、
「クー・フーリン! 霊脈、頼んだ!」
「ああ、任せとけ。おい嬢ちゃん、こっちに来い!」
【!WARNING!】【NEW MISSION】
【緊急ミッション『マシュ・キリエライトを護衛せよ』が開始されました】
【成功条件:召喚サークルの設置完了】
【失敗条件:マシュ・キリエライトの戦線離脱、あるいは召喚サークルの設置に失敗する】
実体化したクー・フーリンの声が、召喚サークルを設置すべく動き出したマシュさんを誘導する。ちゃんと霊脈とやらに目星を付けていてくれたらしい。仕事のできる男、俺には勿体ないね……! 俺も俺の仕事をしよう。剣を抜き、マシュさんについて走り出す。俺の仕事、すなわち肉壁だ。サークルが出来るまでは早々死んでやる気もないけどな……!
……ところで、戦いは数である。
前線に立つサーヴァントは3対3。戦士としての質で相手が上だろうが、一応数は互角。
暴れまわる敵のワイバーンもかなり多いが、単純な数ならプレイヤーと使い魔がまだ上回る。
これから召喚サークルが設置できれば流れはこっちのものになるだろう。
勝てる戦いだ。
瞬間、俺はそう思ってしまっていた。迫り来るワイバーンの爪をなんとか剣で弾いてしのぎ、いつの間にか背後に回っていたスケルトンを蹴り倒す。このまま時間を稼げば、聖女様とプレイヤーが数の暴力で敵を押し潰すだろう。そう思っていたから、後ろに下がってマシュさんの護衛に徹していたのだ。考えが足りなかった。
……俺たちは目立ちすぎたんだ。
魔女ジャンヌの護衛は2人。確認されている現地サーヴァントは聖女ジャンヌを除いて3人、おそらく他にもいるだろう。これがクー・フーリンの言うとおりゲームだとしたら、最初から敵より味方が多いっていうのは奇妙な状況だ。その違和感に気づかなかった。
これは結果論だが。
魔女ジャンヌは、『ジャンヌ・ダルクの挙兵』を知って最小限の手勢で様子を見に訪れたんだろう。生前の知己だろうジル・ド・レェと、護衛の剣士一人だけを引き連れて。当然、必要になったときに後詰めする殲滅役は別に用意して……。
俺たちは急ぐべきだったんだ。それが可能だったかどうかはともかく、援軍が来る前になんとかして決着をつけるべきだった。
「アハハハハハハ!」
魔女が哄笑する。後ろに下がったはずの俺のところまで届く、魔性を帯びた嘲りの笑い声。
そして、その甲高い声を掻き消す咆哮が上空から鳴り響いた。
「……茶番は終わりよ。さあ殺しなさい、【ファヴニール】ッ!!!」
空が暗い影に覆われる。
見上げたプレイヤーが恐怖に惑う。
それは、どうしようもなく巨大だった。
強大で、凶悪な……黒い巨竜。
「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
一発で耳が馬鹿になるような爆音とともに、『それ』は地面に降り立ち地響きを起こす。
大きくて、動いている。
ただそれだけで現実感を完全にブッ飛ばすような、そんな悪夢じみた存在だった。
【!WARNING!】【NEW MISSION】
【討伐ミッションが開始されました】
【討伐目標】
【MONSTER】【DRAGON】 【ファヴニール】【Lv.???】
【敗北条件:プレイヤーの全滅】
……レイド級クエスト、はじまります。
ジャンヌ・オルタは原作よりも感情的になっています。プレイヤーが聖女へ群がったせいで生前同様に軍勢を率いる形となってしまい、オルタはキレた。口調も最初から貴女じゃなくてお前呼びですね。
【殺人シェフ】【銀狐】【キングフィッシャー】:完全オリキャラによるクラン。元ネタは『傭兵ピエール(佐藤賢一)』、ジャンヌ・ダルク救済モノの小説ですね。良作なので興味のある方は読んでみるといいと思います。コミカライズもされてるよ(ダイレクトマーケティング)。とりあえずモブが欲しかっただけなので、もうほとんど出番はないんじゃないかな……
【陰陽】のカナメ:一応型月キャラ。詳細はまた後の話で。空の境界勢が多いのは、4章クリア後に話が詰まないようにするための布石だったり。