虹に導きを   作:てんぞー

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彼女が腕を見つけるその時

 うーん、これは血を見るな。それが素直な感想だった。自分が直接干渉できれば一瞬で終わらせるんだがなー、残念だなー、でもまぁ、めんどくさいから働かなくて良いのはたぶん悪い事じゃないと思う。このヒーローゲージは後半まで温存しておこう、と心の中で呟く。

 

『でもエリクサーって基本的に最後まで使わないよね。使おうってラストになる時にはなくてもどうにかなっちゃうし』

 

 まぁ、世の中、それが理想でもあると言えるから一概に悪い事だとは言えないのだ。ただの貧乏性なのかもしれないが。ともあれ、馬車から降りてその横を歩き出す。そんな自分の視界の中で、夜の闇に紛れて動く姿が見える―――服装を偽装し、闇に紛れるように色を変え、しかしカモフラージュするように身を同化させる姿は静かに、気配を殺しながら馬車を包囲しつつあった。もう少ししたら手遅れになってしまうぞ、大丈夫か? そう思っていると、

 

「―――止まってください」

 

 オリヴィエの声が馬車の内からした。それと共に馬車の扉が開かれ、中からオリヴィエの姿が出て来た。大きく肩を出したドレスのスタイルは変わらず、袖の中にあるべき腕がないのも変わらない。だが体に致命的な欠陥を抱えた彼女は、昔よりも堂々と、そして美しく輝いて見えた。馬車の外へと出た彼女は軽い跳躍と共に馬車から降りて、そうですね、と呟いた。

 

「包囲されていますよ。総員、抜刀のちに近接戦闘準備を」

 

「っ、はい!」

 

「落ち着いてください。まだ初陣を切っていない者はおとなしく経験のある騎士に従ってください。焦らず、穏やかに、二人一組で絶対に行動してください。貴方達はベルカの騎士です。職業としての騎士であり、精神的にも国防を司る騎士です。相手が夜盗であれば心配はいりません。生きる為に畜生に身をやつした存在では普段から金をかけ、鍛えられた貴方達の敵ではありません。そして相手が他国の間者であろうと―――」

 

 馬車から降りたオリヴィエの姿は頼りない。育ったとはいえ、まだまだ少女と呼べるような年齢で、しかも両腕が存在しないのだ。だが胸を張って鼓舞する彼女の言葉には威厳がある。聞くものを魅了し、そして勇気の炎をその胸に灯す生命の輝きに溢れていた。オリヴィエは一瞬で迷いという言葉を振り払った。

 

「―――迷いも心配する必要もありません。私はベルカが世界最強の騎士を保有する国家だと信じています。故に勝つのは我々です。生き残るのは我々です。いつも通り動き、いつも通り倒し、いつも通り勝利します。それだけです。いいですね?」

 

「ハッ! 魂と剣に賭けて!」

 

『……凄いカリスマだ。ウチの子たちまで皆背筋をピーンと伸ばしちゃってるよ。おそらく現代で彼女クラスのカリスマや王気を放てる人間はいないだろうね』

 

 ジェイルからそんな通信が転がり込んでくる。またジェイルも自分も、性格や根性がかなり捻くれているという事には自覚がある。その為、こういう精神的な高揚効果には一切影響を受けなかったりするのだが、それにしても近年感じた気配の中でもかなり強いものだ。たがやはり、まだまだ未熟。あの聖王に匹敵する程ではない。あの男だったらたぶん存在感だけで気絶や心停止に追い込めそうだ。そう思っている間に騎士たちは一切の淀みもなく配置につき、完全に覚悟と迷いを振り払った状態で抜刀、構えに入っていた。

 

 オリヴィエが本当の意味で王族として育っていたら、おそらく国民全体を死兵にでも変えることが出来るだけの能力を発揮しかねないだろう。そしてその場合、おそらく一番不幸な人生を送る事になるであろう、というのは想像に容易だった。失ってこそ人としてはっきりし始めるとはまた皮肉なものだった。

 

「ヴィヴィ様! 外は危ないですよ!」

 

 馬車の中から侍女が顔を出してくる。オリヴィエに戻ってくるべきだと言っているのだろうが、オリヴィエはそれを笑って受け流した。花の咲くような笑みを浮かべ、

 

「大丈夫ですよ―――なんか、今日はちょっと無敵な気分なんです」

 

 オリヴィエがそう言ったのと同時に気配が一気に動いた。闇の中でもはや隠れている事は不可能と理解したのか、馬車を囲んでいた気配が一気に飛び込んでくる。魔力の気配と人体が出せる速度を超えた動きは魔法特有の強化された動きだった。強化魔法によって強化された肉体で飛び込んでくる姿が馬車に取り付けられたランタンによって明るみになる。

 

「夜盗かっ!」

 

 着崩され、汚れた服装を男たちの姿に騎士の一人がそう叫んだ。それと共に一気に魔力と鋼の気配が強まる。戦闘が始まる。その瞬間にはオリヴィエは跳躍していた。夜空へと大きく、身体強化の魔法でさかさまになる様に跳躍した状態、満月に背を向けるように滞空しながら完全に飛び込んできた襲撃者の頭上を取っていた。

 

「たぶん、今夜は何をしても最強ですよ、私」

 

 言葉の直後に姿が落下した。重力だけでは説明の出来ない超加速落下と同時に直下の夜盗の姿を足の振り下ろしによって砕き、叩き潰した。その動きには虹色の障壁の輝きがあり、必要最低限の武器の様に両足に纏われたそれは斧の様な役割を、或いは鎚の様な役割をはたして人体を破壊していた。それによって発生する一切に汚れや穢れも全て弾き、オリヴィエの姿を純白のまま保っていた。そう、聖王の鎧がある。

 

 それはベルカ王家の、聖王家の証。聖王の直系にしか使えない最強の鎧。虹色の魔力によって生み出されるこの世における最強の防御能力である。それがある限り誰も聖王を傷つけることが出来ない。そういう最強の鎧を武器として使う足にのみオリヴィエは纏っていた。身に纏う事はなく、武器としてのみ使う姿を見せていた。それを油断か、或いは慢心か、そう見た者がその姿を引き裂くために襲い掛かってくる。

 

 だがそれは違う。それは誤りだ、オリヴィエは余裕や慢心というものを抱いていない。それがどういう失敗を引き起こすのか、それを彼女は良く理解している―――自分はそれを感覚的に感じ取っていた。或いはオリヴィエのその感情と感覚を共有していた。アレは、そう、

 

 ―――アレは自分が帽子を被り、片手で帽子を戦闘中に抑え続けるのと同じ理由だ。

 

 護衛が近くにいないのを好機ととったのか、夜盗らしき姿がオリヴィエへと向かって接近する。だがそれをオリヴィエは余裕をもって迎え入れた。接近してくる姿に対して自分から一歩、ステップを踏み出す様に接近した。その動きで自由に揺れるドレスの裾と袖、それが運動によって敵に触れないぎりぎりの領域を把握するようにオリヴィエは接近する回避動作を行っていた。彼女へと向かって振るわれる凶刃、それを回避しながら的確に下段蹴りを放った。それは相手の右足の膝を逆方向へと折り曲げ、骨を肉と皮から突き破らせながら砕けた。

 

 更に接近する姿をオリヴィエは何事もなく、同じように対応する。接近しながら紙一重で回避し、そのまま聖王の鎧を纏った虹色の蹴撃をすれ違いざまにカウンターとして放つ事で完全回避と攻撃を両立させる。それに相手が恐れを見せて動きを止めるのならそのまま大きく足を振り抜いて、虹色の衝撃を蹴り飛ばす。たったそれだけ面白いように敵の姿は蹂躙される。まるで舞う様に放たれる連続攻撃は虹色の光によって照らされ、オリヴィエのソロパフォーマンスの様な幻想的な光景を生み出す。その雄姿を見て騎士たちは鼓舞される―――自分たちの姫がああも輝いている中、自分たちが一人としてこの程度の相手に後れを取るのは恥であると。

 

 気づけば勢いは完全にオリヴィエ達側に傾いて倒れていた。アリを踏み潰す象の様な圧倒的な戦いだった。オリヴィエの言葉の通り、騎士たちはどこか未熟な精神面を抱えたところで()()()()である。一日を訓練に費やし、そして金を使って育成されている。たまにストライカー級が野生から出現するから勘違いされがちだが、

 

 本来は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 当然ながら人材の育成とは金と時間のかかる事であり、職業としての人材育成は職業側が資金と施設と機材を用意してくれる。その環境で金の事を気にせず、ひたすら鍛錬を効率的な指導の下に行えるのだから、突然変異によって出現した怪物ともいえる存在ではない限り、訓練を受けた戦士の方が遥かに強いのが当然だ。

 

 故に夜盗と騎士が衝突した場合、当然ながらまともな訓練を夜盗側が受けていたとしても、その()()()()()が圧倒的に高い、国営の騎士団の方が遥かに強い―――元から負ける理由が存在しない。

 

 それに加え、才能とセンス、そして王家という立場から得られる最高の環境で育ってきたオリヴィエが敗北する理由なんてものは最初から存在しない。とはいえ、

 

『いやぁ、増々楽しくなってきたねぇ―――彼女の戦い方、まるで君の様だったよ』

 

 そう楽しそうにジェイルが言った。

 

 自分が帽子を戦闘中に片手で抑えるのは()()()()()()()()()なのだ。これは誘いであり、同時に自分の余裕を保つ為の手段でもある。それに腕を使わないというのは挑発的な行いである。基本的に自分の戦闘スタイルが相手を誘い込み、そしてカウンターを叩き込むというスタイルである以上、相手から此方へと呼び寄せるの手段の一つとしてスタイルやスタンス、構えのいくつかは持っている。だがその中でもわざと懐を開けるというのはよくある誘いの一つだ―――割と多用している。

 

 ()()()()()()()()というのは一番使っている手段だ。

 

『果たして君が影響されているのか、君が影響しているのか……現状、結果を見るに君の方が影響を与えると言っても良いけど、時間軸を考えると君の方が後だ。いやぁ、実にめんどくさくも楽しい話だね。本当に染められているのはどちらだい?』

 

 さぁ? としか答えようがない。そこまで興味のある話でもないし。重要なのはオリヴィエが元気に動け、そして臣下になり得そうな人物が昔とは違って増えている、という事実である。こうやってジェイルとくだらないやり取りをしている間にもオリヴィエは返り血一つ浴びることなく夜盗を殲滅するし、騎士たちもほぼ無傷で連携を取りながら夜盗を殲滅して行く。凄まじいまでの強さを発揮している。明確に殺しに行く、という動きは現代のミッドチルダでは全く見る事の出来ない動きでもある為、新鮮味すら感じる。

 

「ふぅ……これで最後ですね」

 

 閃光の刃を滑る様に回避し、術者の胸を陥没させるほどに強く蹴り飛ばしながら動いていた最後の夜盗をオリヴィエが蹴り伏せた。それによって夜盗の討伐が終わった瞬間、闇の中から高速でかけてくる気配が出現した。隠れる事も隠す事もない強い気配に一瞬で警戒心が最大へと昇るのが見えた。

 

 そして闇から黒が飛び出してきた。

 

「―――傭兵ヴィルフリッド・エレミアただいま参上! お困りの様子にこの僕が助、太刀……を……あれ……。ん? あれ? なんか、もう、終わってる……?」

 

 勢いよく闇の中から飛び出したのは中性的な声と顔立ちをした若い女だった。年齢はおそらくオリヴィエに近く、特徴的なのは全身を黒一色に染め上げている服装だった。黒、黒、そして黒。着ている服装を全て黒で染め上げ、その髪色も黒で染まっている。センスが欠片も感じさせないその服装はしかし、妙にその少女に対して合っているように感じさせた。確かヴィルフリッド・エレミア、と名乗っていたか。

 

『確か管理局主催のU20次元最強決定戦でチャンピオンの称号を持つ人物の名前がエレミアだったはずだね……えーと……あぁ、あったあった。ジークリンデ・エレミアだね。こっちの彼女も趣味の悪い黒一色の服装を好んでいるらしいし、血族かもしれないね』

 

 どちらにしろ、かなり愉快な性格をしているというのは解った。この状況で飛び込んだ上でえぇ、と声を零しながらどうしたらよいのか、それをすごく悩んでいるように見える。そこで動きを停止させたヴィルフリッドは、

 

「えーと……その、お困り……ではない?」

 

「丁度今終わったところでしたね……」

 

「遅かったかぁ……」

 

 どこか煤けたような様子をヴィルフリッドと名乗った少女は浮かべていた。本当に惜しかった、という感じの表情を見せ、オリヴィエへと視線を向けてから周りの騎士へと視線を見せ、そしてオリヴィエの背後に立っている此方の姿を見て溜息を吐いた。そしていや、まぁ、それもそうか……と、どこか残念そうに呟いた。

 

「これだけ凄い人がいるならそりゃあ敗北する可能性もないかー……あー……」

 

「え、えーと、エレミアさん? その、大丈夫ですか?」

 

「うん? 僕? 大丈夫だよ。一族とは別行動中だけどねー」

 

 ヴィルフリッドのその言葉にオリヴィエは意味が解らないのか首を傾げるが、先ほどまで戦闘から退避していた侍女が何時の間にかオリヴィエの横に戻っており僭越ながら、と言葉を置いてから説明する。

 

「エレミアはこのベルカに存在するエリートとも表現できる戦闘集団です。全員が戦士で一族単位で傭兵を行っているそうです。その実力は一騎当千の猛者揃い、傭兵の中でも最強と呼ばれる集団なのですが凄く好き嫌いが激しく、気に入った相手ではないと雇われようとはしない。ただし参戦した暁には絶対に勝利をもぎ取ってくるとか」

 

 そんな言葉を受け、オリヴィエが視線をヴィルフリッドへと向け、いやいやいや、とヴィルフリッドが手を振った。

 

「僕は見識を広げる為と修行の為に一族を一時的に抜けさせてもらってるんだよ。だから襲われている場所を見てこれはお仕事か名声を稼げるかなぁ、と思ったんだけどなぁー……」

 

 どこか遠い目を浮かべて呟いたヴィルフリッドの様子にオリヴィエがくすり、と笑った。

 

「大変そうなんですね、エレミアさんは」

 

「リッド、ヴィルフリッドって呼んでよ、えーと……どこかのお貴族様? うん、エレミアってのは一族の名前であって僕の名前じゃないからね。無論、一族に対する誇りを僕も持ち合わせているけど、やっぱり同年代の子に呼ばれるなら僕の名前がいいしね。だからヴィルフリッドって呼んでよ」

 

「では私の事もオリヴィエ、と呼んでくださいヴィルフリッドさん」

 

「うん、よろしくオリヴィエ。それじゃあ―――」

 

 と、ヴィルフリッドは何かを言おうと口を開いたところでその腹がぐぅぅ、と虫の音を鳴らした。何か口を挟もうとしていた侍女も動きを停止させ、騎士たちもそっと、ヴィルフリッドから視線を反らした。腹の虫を聞かれたヴィルフリッドは少しだけ体を震わせると、頬をわずかにながら赤く染め、

 

「その……ごめん、何か食べるもの、ないかな……?」

 

「ふ、ふふふ……そうですね、折角ですから少し進んだところでもう遅いですし夜営を行いましょうか。まずは死体の方の処理を行わなければいけませんね。病となる前に死体を燃やして供養しましょう」

 

 イヤッホー、と気分よくガッツポーズをとるヴィルフリッドとオリヴィエの姿はどこか、初対面ながらも漸く得られた旧来の友人、という雰囲気があった。或いはこれが歴史的な出会うべくして出会った友人だったのかもしれない。馬車の中へと戻っていこうと歩き出すオリヴィエと、連れていかれるヴィルフリッドの姿を眺め―――少しだけ違和感を覚え、追いかける足を止めた。

 

 ……何か、小骨が喉に突き刺さる様な感覚を得た。

 

 こう、なんと言うべきだろうか……絶妙な気持ち悪さを感じる。腕を組み、しっかりと感じる。果たして自分がここで感じている気持ちの悪さとは何だろうか? 首を傾げながら和気藹々とする少女たちの姿を見送って行く。そこにジェイルが通信を挟み込んでくる。

 

『ふむ……タイミング良く彼女がここに登場した事かな?』

 

 確かにそれも違和感はある。だけどヴィルフリッドの言葉に偽りはなかった。しかもどうやら彼女は此方の事が見えていたらしい。嘘をつくとも思えないし、嘘をついているのなら俺よりも早くオリヴィエの方が気づくだろうとは思う。ああいう女は誰よりもそういう類の嘘に対して敏感なのだから。

 

『成程、全員疑う事しかない私には解らない感覚だな!』

 

『ドクターったらほんとボッチ体質ですね』

 

『ぼっちではない、孤高なのだよ、私はね。理解できる少数がいればそれで満足なのさぁ! 夜盗の様に掃いて捨てるモブの様な人生を送っていないのさ、私は』

 

『うわっ、ムカつく』

 

 それだ、と指を弾いた。その動きにオリヴィエが動きを停止させ、振り返りながら視線をある一点へと向けた。どうやら此方の感じた違和感へとオリヴィエも到達したらしい―――或いは俺が気づいたからオリヴィエも気づいたというべきなのだろうか。どちらにしろ、オリヴィエは馬車へと踏み込む足を外し、馬車から降りてきた。ヴィヴィ様、と首を傾げる侍女の姿を無視して、オリヴィエが歩いて近づいて行く。

 

『ドクターがムカつくって事実がキーですか?』

 

 違う、それじゃない、と返答している間にオリヴィエが目標へと到達している。その視線の先にあるのは―――夜盗の死体だった。まだ綺麗に形が残されているものであり、その姿が確認できるものだった。夜盗の死体は合計で20程あったが、その大半は一撃で真っ二つにされていたり、ぼろぼろになっていたり、と明確に判別できる死体は騎士たちが燃やし始めたこともあって少なかった。オリヴィエが今見ているのはそういう数少ない判別できる死体の一つであり、

 

「どうしたのですかオリヴィエ様? こちらの死体が何か……」

 

「いえ、違和感を感じていまして」

 

 オリヴィエは軽く頭を横に振ってから首を傾げた。そこに腕があったら両腕を組んでいるだろうなぁ、と思えるポーズでオリヴィエは呟いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「それは―――夜盗だからでは?」

 

 オリヴィエはそうですね、と答えながら頷く。その言葉にオリヴィエの意図を察したヴィルフリッドがあぁ、成程ね、と言葉を呟き、オリヴィエが質問を続ける。

 

「では聞きますが、何故夜盗だと判断したのですか?」

 

「それはもちろん、夜の闇に乗じたこの者がこちらに襲い掛かってきたからです。包囲するまでの動きは慣れていましたが、襲い掛かった時の動きはバラバラで、そして統率が上手くとれていませんでした。それは訓練されていない者の動きです。そして服装と武器を見れば汚れているだけではなく戦いで傷ついた形跡が見えます。という事はこれが初犯ではなく、過去に戦闘を行ったものであると判断できます」

 

「では質問を続けます―――なんで私達は襲われたのでしょう?」

 

 その言葉に騎士が首を傾げた。良く解っていない様子である為、オリヴィエは振り返りながら侍女へと質問をした。

 

「ネリア、ベルカ国内に現在飢えはありますか?」

 

「ありません。この世界有数の経済大国です。村が潰れたという話もここしばらくは聞いていませんし、飢えが地方で発生しているという話も聞いていません」

 

「という事はベルカ人には現在、略奪や窃盗を行うだけの理由がないって事になるよね」

 

 ヴィルフリッドのその言葉に騎士が気づかされたような表情を浮かべ、そうです、とオリヴィエは頷いた。ははーん、こいつら結構頭が良いな? と個人的に考えつつ、オリヴィエの続ける話に聞き入る。ジェイル達もどうやら聞き入っているようで、先ほどから通信の向こう側が静かになっている。オリヴィエはいいですか、と言葉を置いて注目を集めた。

 

 

「私は今、ベルカからガレアへと親善の為に訪問予定です。ガレアはベルカとの同盟国の一つであり、大国です。この世界の平和の為に友好を保たなくてはならない国の一つです。ですから継承権を失った血筋だけの王族である私が親善に向かいます。血筋はそのままですし、継承権がないのでフットワークが他のお兄様やお姉様方よりは軽いからです」

 

 ですが、と言葉を置いた。

 

「それは公開している訳ではありません。当然ながら私も継承権を失っても王族です。護衛の類はつきます。そして夜盗だって馬鹿ではありません。どう足掻いても勝てない相手に対して勝負を挑みません……どうでしょうヴィルフリッドさん?」

 

「とりあえず王族だって事実に先に驚いていい?」

 

「後でお願いします」

 

「じゃあ後で驚くね―――うん。まぁ、正直ベルカの騎士と言えば海の向こうの国まで勇名が轟いているよ。特に国内ともなればその名声も、実情も完全に知らされているようなものだ。もしこの夜盗が本当にベルカの人間だとしたら、20人程度ではどう足掻いても勝てないってことぐらい解るはずだよ」

 

「目先の欲に駆られる可能性は?」

 

 ヴィルフリッドがそれこそ()()()()()と断言する。肩をすくむように両手を持ち上げる。

 

「生きる為に略奪するんだよ? だからこそ絶対に勝てない相手を避けて勝てそうな相手を選ぶんだ。そもそも夜盗や盗賊、追剥の類は基本的に貴族とかに手を出さないように出来てるんだ。そういう連中に手を出すと絶対に報復が返ってくるって解ってるからね。一度は成功しても、そうなると次がなくなる。生きる為に自殺なんて馬鹿な話になっちゃうからね。だからこそ連中は誰よりも狡猾に襲う相手を選ぶものだけど」

 

「だからなんで私達を彼らは襲ったのでしょうか? ……考えてみると、違和感ありませんか?」

 

 オリヴィエの言葉に成程、と呟きながら腕を組む。明らかに訓練された騎士、護衛の体制、奇襲前に気づかれたのに引かず、そして最後に仲間が殺されても逃げずに戦い続けた姿。その姿を眺めているとどこか、夜盗だけでは済まないと思えてしまうのも仕方のない話だった。だが彼らが夜盗ではないとなると―――一体どこに所属しているのだろうか? そう思ったところで、オリヴィエが騎士に頼む。

 

「申し訳ありません、その手を汚す事になるかもしれませんが―――」

 

「いえ、死体を調査しましょう」

 

 迷いのない返答だった。お願いします、とオリヴィエが言葉を出し、騎士がベルトからナイフを抜く。まだ無事に見える死体にそうして近づこうとしたとき、超直感的に危機を感じ取る。それをおそらくはエレミアも同時に感知したのだろう、此方が言葉を出そうとするのと同時にエレミアが動き出したため、手を出す必要もなく、一瞬でオリヴィエと騎士へと接近し、死体との間に自分の体を挟み込んだ。

 

 直後、ぶくぶくと死体が膨れ上がり、肌の色が裏返った。生理的嫌悪感を生み出す色は次の瞬間には異形へと姿を返そうになり―――それよりも早く、ヴィルフリッドの拳が放たれた。大地を踏み潰しながら放たれたそれは死体が乗っていた大地を持ち上げ、目線の高さまで上がっていた。ノータイムで放たれた拳はその先にある存在を文字通り消滅させて行く。その体が見せる異形への変貌、力、それは全てヴィルフリッドの拳の先に触れる事もなく完全に消え去り、死体そのものが存在したという事実さえも消し去った。

 

「ふぅー……危なっ。たぶん自爆だと思ったから跡形もなく消しちゃったけど大丈夫だよね?」

 

「え、えぇ……流石にこれは責める事は出来ません。寧ろ感謝させてください。あまりの気持ち悪さに私も眺めているだけでしたし……」

 

 オリヴィエが申し訳なさそうに感謝の言葉をヴィルフリッドへと送った。あの死体は確かに見ているだけでも生理的な嫌悪感を感じさせる変化を見せていた。肌の色が裏返り、まるで異形への変貌を肉を膨張させながら見せていた。経験上、ああいうのは純粋な破壊を生み出さない。破壊と同時に精神汚染の類をまき散らす事で効率的に破壊を生み出そうとする冒涜の類だ。つまりは、禁止された技術の一つ。

 

禁忌兵器(フェアレーター)。それに類似する技術をこんなところで見るなんて僕もついてないなぁ」

 

 なんてこともなく、それを一蹴したヴィルフリッドが呟いた。そしてそのままあぁ、そうだった、と言葉を続けた。

 

「聞いてくれたらでいいんだけど、なるべく近寄らずに処理するのが一番だと思うよ。調べるなら少し離れてサーチャーを使った遠隔調査とか。でもやっぱり、自爆しそうなことを考えたら余計な欲を出さずにそのまま一気に燃やしたほうがいいと思う。あんまり良い気配がしないし」

 

「解りました。皆もその通り行動をお願いします」

 

 オリヴィエの出した言葉に従い、騎士たちが行動を開始しする。しかし当然ながらオリヴィエの表情は冴えない。

 

「お兄様にもお姉様にも私を狙う理由はもう存在しない筈です。完全に継承レースから外れている以上、そして宮中に対する影響力をほとんど持たない私では取り込む意味もない。だから排除する理由はもはやないから狙われる意味もありません。だとしたら……ガレアですか?」

 

 考え込むようにオリヴィエは呟いた。

 

「現状私の来訪を知って人を用意できるのはガレアだけでしょう。ですがガレアだとしたら手段が余りにも稚拙。本当にガレアがやったのか疑わしい手段です……となるとベルカとガレアで争わせたい国の陰謀でしょうか? でも私一人を消したところでベルカは……あわわわわ!?」

 

 悩み、呟く様子のオリヴィエの腰をヴィルフリッドは掴み、そのまま馬車の方へと引きずって行く。その様子を見ていた侍女がナイス、とサムズアップをヴィルフリッドへと向けている。

 

「ほらほら、悩むのはあとにしようよ、お姫様。もう僕はお腹ペコペコなんだから、さっきの恩にたっぷりお腹いっぱいにして貰わないとだめだしね、これは。という訳で辛いお仕事は一旦騎士達に任せて、僕たちは僕たちでくつろぎながら夕食の話でもしよう?」

 

「もう、ヴィルフリッドさんったら……」

 

「リッドでいいよ、親しい人はそう呼ぶし」

 

「じゃあ……リッド?」

 

「うん……よろしく、オリヴィエ」

 

 仲の良さそうな少女たちの姿を眺めつつ、歴史は新たな流れを生み出していた。めくれ上がった大地の形跡を眺めながら、どこか、底知れぬ深淵に触れた予感があった。これから先、オリヴィエの人生もまだ波乱と共に混沌とする―――その予感を感じながら帽子を被り直した。此方へと視線を向けたヴィルフリッドにウィンクを返しながら、今回のダイブをここまで、とした。

 

 まだ、歴史の真実には至っていないのだから。

 




 R18だったらなぁ! 肉塊から触手が伸びてなぁ! サービスシーンがなぁ! あ、やっぱねぇわ。そして安定のリッドくんちゃん。個人的に服の下にさらし巻いて胸を押さえているとか妄想してたり。

 気分としてはエロゲで2週目以降に出てくる選択肢を選んでいる気分。1週目になかったルートが選べるから以降の展開も変わりつつあるとかいう気持ち。

 古代ベルカ組、幸せになれるルートがあまりにも存在しないから専用ルートの専用話を用意しないと幸せにできないとかいう理不尽。

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