四葉の姫君   作:らふらふ

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9話

時刻は0時過ぎ、眼下には警備の厳重な建物が見えている。七草の息のかかった違法研究所である。叔母様の情報収集能力は本当に驚異的だ。

 

「ボス、突入準備が整いました」

 

声を掛けてきたのは雛菊。隠密行動に長ける古式魔法の使い手で、私の直轄部隊ラタトスクの隊長である。ちなみにラタトスクという名前は、叔母様の直轄部隊ユグドラシルにあやかってつけた。

 

「では、もう一度確認する。目標は研究データ。抜き取ったあとは破壊すること。実験体がいた場合は保護すること。突入メンバーは表から濃霧・雷霆・刹那、裏から雛菊・玲瓏・幽玄。私が遮音障壁を張る」

 

「了解!」

 

表の警備員をムスペルスヘイムで始末する。濃霧達が建物に入ったのを確認し、千里眼(クレヤボヤンス)を発動する。千里眼(クレヤボヤンス)は透視、遠視ができる知覚系魔法で、最大で半径10kmまで見える。これを使いながら、念話で誘導するのだ。私の特異魔法は表向き念話ということになっている。本当はお姉ちゃんと同じくコキュートスなのだけど。

 

『刹那、前方に隠し金庫がある』

 

『了解です』

 

『幽玄、右手に隠し扉がある』

 

『これですか』

 

幽玄の開けた扉の先には、実験体の収容所があった。幸い数は少ないようだ。ピクリとも動いていないのだが、生きているのだろうか?

 

すべての処理を終えた隊員たちが戻ってくる。結局生きていたのは一人だったようだ。他の元気な実験体はどこかに動かされたのかもしれない。

 

「ボス、すべてのデータを抜き取り破壊しました」

 

「了解、最後に建物を破壊する」

 

破城槌を使い、研究所を瓦礫の山にした。

 

撤収した後、四葉本家に戻ってくると、午前3時過ぎだった。ねむいわ。

 

**********

 

「あの研究所では生体干渉の研究をしていたのよ」

 

「それって第一研の研究テーマでは?」

 

「そうなのよね。爆裂でも作りたかったのかしら。ああ、保護した実験体はあなたの好きにしなさいな」

 

「分かりました。失礼します」

 

謁見室を出て歩く。

 

「雛菊、例の実験体は?」

 

「こちらです」

 

思ったよりもいい待遇のようで、客人用の部屋を一つ当てがわれていた。

 

「初めまして。私は深咲。あなたを助け出すように指示したものよ」

 

「あなたが、救い出してくれたのか……」

 

「ここに来たからには、もう理不尽なことはないわ。指示には従ってもらうし訓練もしてもらうけど、衣食住はたっぷりと与えられるしワザと傷つけられることもないのよ。どうかしら、うちの部隊に入らない?」

 

「ここは居心地がいい。恩返しもしたいし、願っても無いことだ」

 

「そう、じゃあこれからよろしくね。あなたのコードネームは紅蓮よ」

 

「ぐれん、紅蓮か。名前はないからちょうどいい」

 

「しばらくは隊員達と訓練ね。あなたは何が得意なのかしら」

 

「加重系魔法が使える、いや、使えます」

 

「あら、無理して口調を変えなくていいのよ?」

 

「そういうわけにはいきません。上司ですから」

 

**********

 

目の前でお兄ちゃんと七波ちゃんが組手をしている。

 

七波ちゃんの手刀をお兄ちゃんは腕で防ぎ、カウンターを入れる。

 

左手で七波ちゃんの右手を巻き込みながら右の突きを放つお兄ちゃん。

 

七波ちゃんは右手を八の字に振ることで技を逃れ、拳を包むように受けてそのまま脇に抱え込む。

 

逆らわず前進したお兄ちゃんの足が七波ちゃんの後頭部に襲いかかり、それを七波ちゃんは身を捻って躱した。

 

辛うじて見える攻防に思わず息を吐く。

 

「ありがとうございました。達也様」

 

「七波も随分上達したね」

 

二人がこちらに歩いてくる。

 

「なんかもう、私には見ているだけで精一杯だったわ。もっと体術の練度も上げないと」

 

「程々にな。本来お前は魔法がメインなんだし」

 

「そうね、いざという時に咄嗟に身体が動くぐらいにはなりたいかな。七波ちゃんの足手纏いにはなりたくないし」

 

「足手纏いになど!状況を理解して守られて下さるだけでいいんですよ」

 

「いつもありがとうね。だけど守られるだけのお姫様にはなりたくないの」

 

「確かに深咲様の体術の練度ならある程度の者は相手できますが……」

 

「無謀なことはしないから、ね?」

 

「約束ですよ」

 

沖縄海戦以来、敵は容赦なく始末できるようになったけど、部下を使い捨てることはできそうにない。七波ちゃんが危機に陥ったら黙っていられないだろう。

 

「さて、折角だからお前も稽古していくか?」

 

「ええ、お願い。あと、体術だけじゃなくて魔法ありの形式で模擬戦をお願いしたいの。三高は尚武の気風だと言うし、模擬戦が多い気がするのよね。お兄ちゃんを相手にしていれば、大抵の相手には気圧されないですむと思うし」

 

お兄ちゃんと向かい合う。一呼吸おいて、息を吸い込んだ。

 

とてつもない速さで接近してくる。自己加速魔法だ。

 

私も自己加速魔法を使い、避ける。交差する瞬間、手首を取り投げ飛ばす。流石に投げにくかったが、なんとか距離を取る。

 

単一振動系魔法で牽制するが、小揺るぎもせず再接近してくる。

 

バックステップで距離を開け、冷却系の魔法を使おうとする。

 

と、その瞬間後ろに回り込まれ、サイオン波が放たれる。

 

思わず膝をついてしまった。私の負けだ。

 

「最後の、なに……?」

 

「ただのサイオン波酔いだよ。波を合成したんだ」

 

原作の服部戦で使ってたんだっけ?あれはループ・キャストがあってこそのものじゃなかった?

 

「CAD使ってた?」

 

「いや、フラッシュ・キャストだよ」

 

「なるほど。それにしても、全然歯が立たなかったね……」

 

「そんなことはないさ。投げられた時はちょっと焦ったよ。それに、お前の本来のスタイルなら、領域干渉によって相手は魔法の発動すらできないよ。三高での模擬戦では、接近戦は最後の手段にすべきだな」

 

「わかったわ。四葉として負けられないからね。」

 

「そういえば、高校は四葉の名で入るのか?それとも司波?」

 

「まだ分からないわ。叔母様がどうお考えなのか……場合によっては四葉でも司波でもない別の名字で入学するかもね」

 

「司波でもない?」

 

「ええ、私が四葉だと発表する時点でお兄ちゃんとお姉ちゃんのことを隠しておくなら、同じ名字だと都合が悪いもの。九校戦で互いに目立つだろうしね」

 

「そういうことか……そもそもどこまで実力を出していいんだろうな」

 

「そのうち叔母様に聞いておくわ。受験まであと二年はあるし」

 

「悪いな」

 

相変わらず叔母様を毛嫌いしているらしい。

 


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