2095年、正月。ついにこの時がやってきた。そう、次期当主指名である。
慶春会に出席するため、今日は朝から忙しくしている。慶春会とは、四葉の親戚一同と使用人が本家に集う会のことである。正装をしなくてはならないため、和風着せ替え人形のようになっている。化粧のために顔を弄り回され、帰りたくなった。ここが家だが。
「お兄ちゃん、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。頑張ってな」
「うん。ありがとう」
廊下ですれ違ったお兄ちゃんに挨拶をする。お兄ちゃんは慶春会には参加しないのだ。
「お姉ちゃん、あけましておめでとう」
「深咲、あけましておめでとう」
控えの間に入り、お姉ちゃんと挨拶を交わす。まだ他の人は一緒じゃないようだ。今年の慶春会には、次期当主候補が全員招かれているはずだ。
「深雪さん、深咲さん、あけましておめでとうございます」
「深雪姉様、深咲姉様、あけましておめでとうございます」
「文弥くん、亜夜子ちゃん、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
文弥くんと亜夜子ちゃんがやってきた。亜夜子ちゃんは相変わらずお姉ちゃんに対する目つきが挑戦的である。私がライバル視されていない理由はいまだによく分からないが。やっぱりお兄ちゃんを巡っての対立だろうか……?
その後、
「失礼致します。皆様の慶春会への案内役を仰せつかりました桜井七波と申します。至らぬところ多々あろうかと存じますが、精一杯努めますのでよろしくお願い致します」
七波ちゃんはかなり緊張しているようだ。慶春会の案内役はちょっと他とは違うというか、やや時代錯誤で伝統文化の解釈を間違っているのではないかと思われる部分があるので、それが今から恥ずかしいのかもしれない。
「まずは文弥様、亜夜子様、ご案内致します」
文弥くんと亜夜子ちゃんが目礼をして立ち上がる。
しずしずと進む七波ちゃんの後ろに、歩幅を合わせて二人は控えの間を出て行った。
「そういえば深雪さんと深咲さんは慶春会の入場作法をご存知かしら?」
見送っていた夕歌さんが訊ねてきた。私は知っているが、お姉ちゃんは知らないかもしれない。
「知っていますよ。ちょっと大変ですよね」
「案内役の呼び出しがあって、それに先導されて入場すると聞いています」
「そう……。じゃあ、私から深雪さんには一つだけアドバイスね」
お姉ちゃんは訝しげな顔をしている。
「入場の際にね、絶対噴き出しちゃ駄目よ。我慢できそうになかったら、さっさと座ってお辞儀しなさい。純和室だから、それで笑っているところを誤魔化せるわ」
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夕歌さんも勝成さんも広間に向かい、ついに私達の順番である。
「深雪様、深咲様、ご案内致します」
「……七波ちゃん、大丈夫?なんだか疲れているみたいだけど」
お姉ちゃんの言うとおり、七波ちゃんはかなり消耗しているように見える。きっと心労だろう。早く終わらせてあげよう。
「次期当主候補・司波深雪様、及び、次期当主候補・司波深咲様、おなーりー」
ちらっとお姉ちゃんを見ると引きつっている。確かにこれは破壊力がでかい。
使用人が一斉に平伏している。
私達は端正な所作で膝を折って一礼した。
横に跪いた七波ちゃんが「お席にご案内します」と小声で囁く。それを合図にして顔を上げた。
案内されて席に着く。ざわめきが起こった。私が叔母様の隣に案内されたからだった。お姉ちゃんは叔母様と向かい合う最前列だ。
「皆様、改めて、新年おめでとうございます」
金糸をふんだんに使った華麗な黒留袖を着た叔母様のお声により、ざわめきがピタッと収まり、一拍置いて出席者全員が「おめでとうございます」と唱和した。
叔母様が満足げに左右を見回す。
「本日はおめでたい新年に加えて、一つ、皆様に良い知らせ伝えることができます。私はこれを、心より喜ばしく思います」
そう前置きをして、広間を睥睨する叔母様。
「皆様が最も関心を寄せていらっしゃることを、ここで発表させていただきます」
広間中が水を打ったように、しんと静まった。
「私の次の当主は、ここにいる司波深咲さんにお任せしたいと思います」
一拍置いて、熱烈な拍手が起こった。ありがたいことだ。
「ご挨拶とかは、またの機会に。この慶春会は、そういう固いお話をする場ではありませんので」
所々で賛同の笑い声が上がった。大体が顔を赤くしている男性である。酔っているのだろう。
「では、お食事にいたしましょうか」
そうして、無事に慶春会が終わり、次期当主としての地位を確立したのだった。
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そして翌日、2095年1月2日。四葉家から魔法協会を通じて十師族、師補十八家、百家
四葉深咲を四葉家次期当主に指名したこと。
四葉深咲は四葉真夜の姪にあたること。
四葉深咲の婚約者は高校生の間に決定すること。
有力魔法師各家はその日のうちに、魔法協会にある四葉家の私書箱宛に祝電を打った。また、婚約の打診がいくつかの家から来たようだ。叔母様は「検討します」と返しているらしい。もう腹案があるくせに意地悪な人だ。
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2月下旬、今日はいよいよ魔法科高校の入学試験の日だ。
実技は処理速度・演算規模・干渉強度の3つを測定される。四葉の血筋である私にとっては容易い試験だ。
問題は筆記である。お兄ちゃん程の圧倒的な点数を取る自信はない。それでも主席は落とせないから頑張るしかないが。今日のためにお兄ちゃんに家庭教師してもらったのだ。
おや、一条将輝がいる。当然吉祥寺真紅郎も一緒だ。
「話しかけますか?」
「あっちから気づいてもらいたいところね……ま、とりあえず試験に集中しましょ」
教室に入り、試験の準備をする。一緒に受験申し込みをしたため、七波ちゃんとは前後の席である。
筆記は全部埋めることができた。とはいえ、特に魔法工学分野は自信が持てないが。苦手なのだ。魔法工学に限っては七波ちゃんの方が上だと思う。
試験が無事に終わり、解放されたような気持ちで外に出る。
一条将輝を再度発見。近くに寄ってみることにする。
「七波ちゃん、ちょっと疲れたしお茶でもしていかない?」
「賛成です。脳味噌を使った後ですし、糖分を補給しましょう」
そろそろ視界に入りそうだ。
「あ!司波、いえ、四葉さん?」
「ええ、四葉で合っていますわ」
「驚きましたよ。四葉家の次期当主と知り合っていたとは……」
「言えなくてごめんなさいね。私が四葉の名乗りを許されたのは、今年の正月のことなのですよ」
「そうでしたか」
「一条さんは
「ええ。正直あの時にばれたと思っていましたが」
「私自身隠していたものですから、確認しにくくて……」
「なるほど。あの、立ち話もなんですから、お茶でもどうですか?」
「ええ、よろこんで」
もちろん、固有能力により後押しをしている。