もうすぐネロ祭だ! すり抜けがたくさんいるから育てるぜ!(やけくそ)
ちなみに今回の話を書く上で参考にさせて頂いたのは「武蔵と柳生新陰流 集英社新書様」からです。FGOの柳生さんのモーションを彷彿させる内容でした。面白かった。
「うーん……」
詰まった、戦闘シーンの描写で何かが納得いかないのだ。肝心のストーリーはもう既に書き切っている。だが刀を使用する登場人物の戦闘シーン――そこの出来がどうにも腑に落ちない。
高速移動を得意とする強敵と瞬撃の剣戟を繰り広げるシーンはまだいい。わざと見せた隙。そこを狙った相手にカウンターの斬撃を浴びせ、刀を鞘に納めた途端敵の体が崩れ落ちる。緩急ついた戦闘描写は心を躍らせるが、とても難しい。
この一連の描写がどうにも上手くいかない。
――そんな訳で、刀を得意とし剣術に通ずるサーヴァントに会って、実際に話を聞きたいのだ。彼らが生前積み上げてきた技術、心得。それに触れて、何かを掴みたい。
勿論、その謝礼として俺に出来る事なら何でもする。それが条件だろう。
「……やっぱり気が引けるなぁ」
頭に浮かんだのは、フランスきっての大剣豪であるデオンさんや剣を学ぶものであれば決して触れぬ事は無い宮本武蔵……ちゃん。
フランクに聞けるのであればその辺りだろう。鈴鹿御前も付き合ってはくれるだろうが、彼女の剣術は少し違う。
そして俺にはこの際、どうしても話を聞きたい御人がいる。
そんな訳で、和風サーヴァント達が作り上げた寺の中で、俺は彼の人物と出会っていた。
「――ふむ、それで但馬の下を訪ねたと言う事か」
「は、はい……」
柳生但馬守宗矩――日本の剣豪を問われたのなら、俺は真っ先に名を挙げるであろう人。
新陰流の創始者である剣聖、上泉信綱。彼の弟子である柳生宗厳の息子であり剣術無双と称賛され、一大名まで上り詰めた武人。
やばい、緊張しきっていて言葉が上手く出ない。喉が渇いて、舌が上手く回りそうにない。
そして俺の傍らに護衛はいない。護衛のサーヴァントを連れていたところで、彼の剣は誰の動きよりも早く俺に届くだろう。だから、あえて護衛は断っていた。
「剣を学ぶには誠に済まぬが、其方に才は無かろう。仕合にも不慣れと見える。他を当たる事を勧めよう」
「あ、いえ。その、学びたいとかそういうのではなくて……。ただ貴方の剣を知りたいと言いますか、見たいと言いますか」
「成程、つまり江戸柳生の剣を解きたい。そう申したと捉えて相違ないか?」
「そ、そういう訳じゃ……」
剣呑な視線が、一気に柔らかくなる。
張り詰めていた緊張の糸がようやく解けた。
「フフフ、些細な冗談に過ぎん。
何、幼子のように目を輝かせられては、言の葉一つで返すのも無粋と言う物。
この身は既に影法師よ。我が剣、我が心。望む限りお教えしよう」
「あ、ありがとうございます!」
それは本当に幸せな時間だった。
剣術、特に刀は現代であっても人々を魅了する力がある。その一端に触れる事が出来るのだ。
「剣術の基本は円。即ち、身体の動きである。新陰流の
仕合とは、既に構えの時点で決まっているのだ」
かの剣聖から、例え口頭ではあろうとも、学びを受ける事が出来るのだ。
一部の歴史家達は喉から手が出る程に、この時間を経験したくてたまらないだろう。
「腰に帯刀を行うのは鍛錬の一つ。重りとする事により、重心を体に覚えさせるのだ。鋭き刃は、身体の動きによって左右されると言っても良い。」
――気が付けば、上り始めていた筈の太陽は既に沈もうとしているところだった。
執筆作業を進める。もう大筋は書き終わった。後は細かい修正だけだ。本当に誤字だけは気を付けなくては。没入する感覚や雰囲気がたったの一文字で破壊されてしまう。
肝心の戦闘シーンも何とか書けてきた。主人公が拳一つで強敵の猛攻を掻い潜り肉薄するシーンはやはり良い。
「……」
父親である帝王との決戦。彼を下した主人公。だが、雰囲気がどこか違う事を悟る。違和感を感じた次の瞬間、帝王に突き飛ばされ、彼の肉体を凶刃が襲った。
帝国の副官が現れる。――彼が、この国を操っていた正体だった。その理由は、世界にもう一度伝説を生み出す事。即ち、魔王の再来。
突如、城内に高密度の魔力が充満。一人の男が姿を現す。――黒のフードに身を纏った男。顔はよく見えない。
男は副官を瞬時に斬り捨てた。その太刀筋が見えた者はいない。
交戦開始。主人公、急所を的確に狙う閃光の如き斬撃を紙一重で避けていく。それは見切ったのではなく、ほぼ勘任せであった。
フードが外れた瞬間、主人公は動きを止める。それは夢の中で自身と幾度となく斬り合っていた男の顔だったからだ。
それを理解したとたん、心臓を貫かれ、彼は地に伏せた――最期に、救えなかった者達に手を伸ばしながら。
「……」
死んだ筈の彼は、名前以外の記憶を全て失っていた。見えるのは暗闇の世界。どこまで行っても終わる事も、明ける事も無い空間だった。
見覚えのあるモノ――それはかつて彼が救えなかった人々との思い出のカタチ。まるで道標のように散らばっている欠片を、拾い集める。そして辿り着いたのは、自身が務めていた宿屋。
その風景に何かを思い出そうとした瞬間、真横から勢いよく殴り飛ばされる。――その痛みを体は知っている。魂が覚えている。
顔を上げると、立っていたのは自分を鍛えてくれた師の姿だった。
記憶が蘇る。自身が心臓を刺されて死んだと言う感覚すらも。師は、告げる。主人公の精神に細工をした。彼が死ぬ間際に起きる現象に自ら介入したのだと。
師、拳を構える。どこまで強くなったのかを見るために。主人公、拳を構える。彼から継いだモノが無駄ではなかったと示すために。
「……」
壮絶な格闘は、いつしか愚直な殴り合いとなっていた。
互いに殴り合い、そして師から繰り出される渾身の一打を額で受け止める。崩れ落ちそうになる体と途切れかける意識をつなぎとめて、反撃の一手を打ち込んだ。
倒れていく師を見届けて、主人公もまたその場に座り込んだ。
そこで彼は自身の出生を知らされる。
自分の父親は帝王なのではなく、数千年前に魔王を倒し世界を救った英雄であると。英雄とその時彼を支えた王女の息子が彼なのだと。
いずれ魔王の復活を予見した父が彼に力を託し、母は息子を守るためにいずれ魔王が目覚める時まで彼を傍で守り続ける。
師は父である英雄の敵であり、彼に倒されトドメを刺されなかった。いわば悔恨の敵であった。それを知りながら師は一切の私情を交えず主人公を育ててくれたのだ。
ただ、主人公には一つ呪いがあった。それは魔人である父と人間である母の血が混ざりあっていると言う体質故の不幸であった。彼は魔剣を使う都度、自身の記憶が失われていくのだ。
魔剣は奪われることを防ぐために、彼の体に埋め込まれていた。故に呪いは彼を蝕み続けている。
主人公、立ち上がる。ようやく自分の生まれが分かったと。父の誇りと母の愛に応えるために、戦う。
それが呪いであったとしても、自分のやるべき事であるのなら受け入れると。
師、未来へ歩もうとする弟子の姿を見届けた。
「……」
父の剣を携え、再度復活した主人公。その体からは夥しい魔力が溢れている。英雄の再来であると言わんばかりに。
フードの男――魔王と壮絶に斬り合いを展開する。一合交える都度、自身の記憶が砕け散っていく事を知る。けれど、手を緩める事無く、幾度となく交戦していく。
魔王、自身を討ち果たせる存在に歓喜し、舞台を整えると告げる。彼が指を鳴らした途端、城の天井が砕け、灰色の月が顔をのぞかせた。
その体が透けていく。魔王の本体はそこにいると。
ひとまず状況を整える事にした一行。主人公にはこれまで旅をした仲間の名前が思い出せなくなっていた。
「……と、さすがにここまでか」
もう時間も遅い。時刻はもう三時を回っていた。
どうしてこう、文章と言う物はすらすら浮かぶ時と浮かばない時があるのだろうか。ましてやお金を貰って読んでもらう以上、一定のクオリティが無ければ話にならない。
ましてや目に通すのはサーヴァント達が中心。恥ずかしい作品など見せられる筈が無い。
「少し、寝るかな」
背もたれに背中を預けて、小さく目を閉じる。一気に話が進んだ時は、こうやって見直す時間も必要だ。読み直せば直したい台詞や描写ばかりが浮かび上がってくる。だから何度も推敲を重ねるのだ。
「……」
意識が微睡に落ちる。時折聞こえる、時計の音。
ちくたく、ちくたく――
「――マスター」
「わっ、びっくりした」
耳元でいきなり声が聞こえた。聞き慣れた声で無かったら、椅子から落ちてたかもしれない。
振り向こうとして、後ろから腕を回される。これ、アレか。あすなろ抱きってヤツか。
彼女の香りが、いつもより強く感じる。
何だろう、ちょっと変な夢を見てた。あれは……何かの門なのだろうか。それに夢の中の俺は服を着ておらず無手も同然。
あんな夢は初めて見た。今まで一度も無かったのに。
「ごめんなさい、驚かせたかしら?」
「まぁ、ちょっとだけ」
意識の底にまだ靄がかかっている。それなりには寝たはずだ。
時間を見る。時刻は23時59分――先ほどまで文章を打ち込んでいた画面が消えている事に気が付く。暗闇に映っているのは俺と、顔だけが見えない彼女の姿。
「準備も大変ね。全部任せればいいのに、自分でするなんて」
「それは、うん。楽しんで欲しいし」
「……そう」
「……」
気味の悪い沈黙。いつもなら何気ないその一時が、今は少しだけ悍ましい。
そういえば、ルルハワの夜ってこんなに静かだったっけ。いつもは車の音とかサーヴァントや人々の喧騒だとか、鶏の鳴き声とかが聞こえる筈なのに。
「……ねぇ、マスター。いっその事ここで過ごさない?」
「……」
「カルデアに戻っても、戦いの日々が待つだけ。貴方も、大切な人も傷ついて苦しいだけ。
ここなら永遠に生きていける。幸せな日々の中で」
彼女の声音は変わらない。確かによく似ている。
まずは、その返事に答えよう。
それにしても、何だが変な感じだ。まるで夢の中にいるような。
「心配してくれてるのは嬉しい。でも、悪いけど。約束してきたんだ、色んな時代の人や英雄達に。
だから歴史を紡ぐ旅を。終わらせる訳にはいかない」
「だから、苦しむの? だから傷つくの? もう傷だらけの体を酷使してまで?」
「それが、こんな無力な俺にも出来る事なら。少しでも、前に進めるのなら」
「――フ、フフ」
妖しく声が笑う。
でも不思議な事に恐怖は無い。ただ現実を受け止める心がある。
「フフフフ、フフフフフ。あぁ、やっぱり。
ヒトって面白いわ、こんなに足掻き続けるなんて」
「……」
「貴方は特別よ、見届けてあげる。
気が変わったわ。貴方の体をこちらに持って帰るつもりだったけど、そのままの方が面白そう。
私を飽きさせないでね? 最期が来たら、もう一度貴方を迎えに行ってあげるから。今度は夢の国でずっとずっと、過ごしましょう?」
「……」
意識が暗くなってくる。どうやら眠りに着くらしい。
「チクタク、チクタク、チクタク――」
視界が途切れる刹那に彼女の顔が歪んで、燃えるような三つの赤い瞳が見えた。
「……っ」
目が醒める。画面には直前まで打ち込んでいた文章。時刻は午前三時、丁度時計を見た時刻だ。
……さっきのは悪い夢か、それとも。
部屋のカーテンを開けて窓を見れば、空には煌めく星々が浮かんでいる。
「マスターっ」
「?」
声に振り返ろうとしたとき、抱きしめられた。
香りと温もり、そして彼女の声。
「良かった……。無事なのね」
「うん、まぁ。ちょっと、悪い夢を見てたみたいだ」
「良かった、本当に良かった……。帰ってきてくれて」
彼女がいつになく不安げな表情を見せていた事に少し驚いてしまう。
今見たのは、ただの悪い夢。グランドオーダーが始まった頃に比べれば、大した事は無い。
……今日はもう寝よう。
「……そのさ、傍にいてくれないか。またあの夢を見ると思うと、少し不安で」
「えぇ、勿論よ。私のマスター。
おやすみなさい」
彼女の声を聞いて、また眠りに着く。
サバフェス開催まで後少し。明日までに書き終えれば、入稿は間に合うだろう。
うん、大丈夫。少し、気が楽になった。
そんなルルハワの夜空に、赤い三つ星が浮かんでいた。
たった一人を、見つめるように――。