最後は、問答無用のハッピーエンドを。
俺こと、アランは時間神殿からカルデアに帰還した。
無事再開を果たし、中へ連れ込まれ、眼前にあるのはただ一つの光景である。
「……なにこれ」
カルデアの一室、正座させられている俺の前に広がるのは、数多のサーヴァント達とカルデア職員の姿だった。
背後の扉はロックされており、どこぞのアサシンが召喚しやがった女看守が警護している。即ち逃亡不可能。
「ではこれより、お説教を始めます」
「……え?」
ルーラーことジャンヌ・ダルクの言葉に、俺以外の誰もが頷いた。
立香とマシュ、ドクターだけが微笑ましく笑ってくれていた。
うん、助けてくれると嬉しいカナー。えっ、無理。そうですか。
「まず、アラン君。無事に帰ってきてくれた事は正直ほっとしています。
貴方がいなくなってから、カルデアは少しだけ広くなってしまいましたから」
多分、ジャンヌさんが仕切ってるのはルーラーだからだろうなぁ。他のルーラーは……。
マルタ――多分言葉より、肉体言語で会話してくるんだろうなぁ。
ホームズ――ロクでなしに言われると何か腹が立つ。というか名探偵だからその手はお手の物だろう。多分、俺が何かを言ったときにそれを論破してくるに違いない。
……ジャンヌさんでよかったわ。
「ただ! あの第四特異点は話が別です!」
「……あー」
確かに。第四特異点はあまりいい思い出じゃない。
アレは俺が魔術王から記憶の干渉を受けなければ、まず思い出さなかった。
「まずカルデアの職員の方からの証言を。ダ・ヴィンチさん、お願いします」
「オッケー。任せたまえ」
「え、貴方サーヴァントじゃ」
「レオナルドパーンチ!」
「理不尽!」
鉄拳制裁とはこの事か。
痛みと衝撃で変な角度に曲がった首をもとに戻す。
「……と、まぁ。これで大概はすっきりしたとして」
ダ・ヴィンチちゃんは近づいてくると、俺の頭にそっと手を置いた。まるで子供の頭を撫でるかのように。
「私からの証言なんて実はないさ。さっきのがしたかっただけだからね。
アラン君、正直言うとね。私はあの第四特異点で全滅する事すら覚悟していたんだ。何せ、相手はグランドだからね。あの場に乗り込んで、戦ってやろうかとすら思った」
「……」
「――そこに一石を投じたのはキミだ。どういう理論か、なんて全く分からないけど。キミはあの時、英霊化した。凡庸な体で冠位に挑み、命を燃やして時間を稼ぎ続けた。そのおかげで、私達は立香君を助ける事が出来て。今、こうして人類の未来は続いている」
俺と目線を合わせて、ダ・ヴィンチちゃんは微笑んだ。
「紛れも無いキミのおかげだよ。カルデアが続いているのは。
――
「……え」
今、なんて――。
「繰り返したんだろう? ビーストになって私達を裏切ろうとした最初と、私達のために魔術王と戦った事。
私達はサーヴァントだ。ありえたかもしれないもう一つの未来なんて、きっかけがあれば思い出せるのさ」
「……」
「――もう、意外とバカなんだねぇキミは。
何もかも一人で抱え込んで、そうして先に突っ走っては消えてしまうんだから」
「……でも、そうしなきゃ……」
「そういう時こそ、大人に頼ってくれなきゃ。キミはまだ子供なんだから」
「……」
そういえば、時間神殿で俺は聖杯に願った。カルデアの人々の幸せを。
――それが、きっと奇跡をなしたのだろう。
俺という個人が辿った無数の末路。人理修復の際に散らばった
つまり今、俺がいる現在はきっと。あらゆる過去と可能性が有り得たという事になる。
まるで、魔法のようだと思ってしまう。
「でもまぁ、それはそれとして」
「……え?」
俺の頭を撫でる手が止まる。
そうして俺の頬に触れて、少しずつその肉を抓っていく。
「面倒ごとを押し付けられたんだから、これぐらいはしてもいいかなー? いいよねー?」
「いや、あの、謝りますから。その義手で抓るのはやめてください」
「うーん、最近助手がほしくてねー。こー、何でも聞いてくれるようなねー」
ギリギリと力が強くなってくる。
痛い、痛いです。ダ・ヴィンチちゃん。
「わかりました。なんでもしますから、許してください」
「……ほう。言質はとったよ? アラン君。万能の天才の“何でも”は重いからね?」
あ、死んだわこれ。
「とまぁ、私から言いたい事はこれぐらいさ。それじゃああとは任せたよ、ルーラー」
槌を叩く音。
また次の人物へと移るようだ。まだ、続くのかコレ。
「――マスター、お気持ちは分かりますが、どうか穏やかに。
皆、嬉しいのですよ。無事に帰ってきてくれた事が」
「……キミは」
俺にそう語りかけるのは銀髪の少女。
……あれ、待って。俺は、彼女を召喚した記憶は――。
“キミにまだ、伝えていない事があるんだ”
“三画の令呪を以て、三度の祈りを此処に遺す”
――あぁ、いや。そうか、そうだったな。
全ての可能性が、この未来に集まっただけなんだから。
「――そうだな、インフェルノ。
あと……ただいま」
「……はい、お帰りなさい。マスター」
彼女の後ろに佇む白髪の青年。彼は何も言わず、ただ目線を合わせてうなずくだけだった。黄金の鎧が微かに煌めく。
「という事で、次の証言はインフェルノさんからですが……」
「いえ、全てだ・ゔぃんち殿が語ってくれましたから。
それに、マスターは帰ってきてくれた。私にはそれで充分です」
そういって、彼女は微笑んだ。
その笑顔にどこか既視感と安堵を覚えて。
「……わかりました。後は、キアラさんですが……」
「いえ、私も結構。後で個人的に伺いますから」
それ、一番危ないですよね。
えっ、セラピストだからセーフ?
「……」
ちらりとアンデルセンを見る。頭を横に振った。
アイツのタイプライターのキーボード配置、こっそり入れ変えてやる。
そんな決意を小さく掲げた。
「……残りの証人はいませんね。お疲れさまでした。ごめんなさい、帰ってきてそうそう、こんな事をしてしまって。
どうしても確認したい事があったからです」
「確認したい事?」
「はい、アラン君が第四特異点で霊基を借りたサーヴァント。その名前を知りたいのです」
思考が停滞する。
それを語るか語るまいか。俺はずっと悩んでいたからだ。
彼女の事を、ずっと。
「ここからは私たちが引き継ごう」
前に出たのは、人類最高の頭脳を持つであろうホームズと、新宿のアーチャーだった。
「こちらとしても、それだけははっきりさせておきたくてね。キミに霊基を譲り渡したサーヴァントに興味がある。
あの戦いでは、ありとあらゆる全ての魔術が使用されたといってもいい。だから、まずキャスターが候補に浮かんだ。
だが、キャスター諸君から話を聞いたところアレは全て借り物だ。自身で編み出したものではない。よって、キャスターは除外」
あ、これマズい。
何か、犯人探しされてるみたいな感じだ。
「ランサー、アーチャー、アサシン、ライダー、バーサーカーもこの中では除外した。限りなく可能性は低い。エクストラクラスも考慮したが、それではキリがないからね。
残ったのは、セイバーだけだ。
刀を使うセイバー――いない事はない。昔の極東は魔境ともいえる。
ただ、それだと矛盾が出る。なぜ、彼らが現代を生きる魔術師達の魔術を使えるのか。
シンクロニシティ、というわけでもあるまい」
「……」
「私としても、ホームズが解けない謎があるのは少しシャクなのさ、ボーイ。
あの戦いの証言と映像を何度も見たが、ハッキリしないのだよ。アレはどこの英霊なのだネ?」
違う、彼女は英霊なんかじゃない。
寂しい事が苦手な、ただの女の子だ。
それだけははっきり言える。
「……」
けど、慎重に。言葉を選べ。
あの二人だ。仕草、表情、目線。これだけで真意をくみ取られてもおかしくない。
「英霊って言うよりも……」
「ふむ、彼は英霊じゃないのかネ?」
「いや、彼女は――あっ」
失態に気づいても、もう遅い。
どこからか駆け付けてきたオルタ二人が、俺の元まで詰め寄ってくる。
……そういえば、言ってなかったなぁ。
「女、女か。いえ、どこの馬の骨だ貴様」
「は、じゃあ、何。私らはずっと、のろけを見せられてたってコト?」
「あ、いや……」
後ろで爆笑している名探偵と犯罪教授。あぁ、そうだよなぁ。こういう光景、見るのが好きそうだもんなぁ。
「むっ! 新しいセイバーの気配! ここですか!」
と、ヒロインXまで乱入してきた。
あぁ、何か騒がしい空気になってきた。
“えぇ、そうね。だから起きてしまったわ”
そんな声が脳裏によぎる。
瞬間、ヒロインXが即座に頭を下げ――その首があったところを無拍子の一閃が煌めいた。
「ジェットォー!」
「あら、残念。斬りおとしてあげたかったのに」
あっ、顕現した。
それも何で俺の隣に立つんでしょうか。
突然の乱入に、場の雰囲気が一気に冷たくなった。
「初めまして、カルデアの方々。私は……そうね。彼に最初に呼ばれたサーヴァント。
名乗ってしまうと、あの子の迷惑になるでしょうから内緒にさせてもらえるかしら」
オルタ二人、そんなに睨まないの。
ダヴィンチちゃんが前に出た。そういえば、彼女のことを少しだけぼかして伝えていたっけ。
「どうもこれは丁寧に。外見の通り、礼節を弁えていると見た。
私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。貴方の事は彼からそれなりに聞いていたよ」
「マスターったら、他人に女性の事を教えるなんて酷い人ね」
いや、貴方もその時傍にいたと思うんですが……。
「確かに。ロンドンでの彼と一致している所が見受けられるね。その羽織に刀に、瞳の色。
でもそれだと魔術は――あぁ、そういうコトか。合点がいったよ」
ダ・ヴィンチちゃんが頷く。
魔術王の発言をくみ取れば、彼女が根源への可能性を秘めている事に気づくだろう。
だが、それを口に出せば厄介なことになると分かったのか。ただ口を噤んでくれた。
「……うん、カルデアとしては姿がわかっただけでも良しとしよう」
「あら、中身を知ろうとは思わないのね」
「何、アラン君が全幅の信頼を置いたサーヴァントだ。なら疑う訳が無いとも」
その言葉に、彼女は小さく微笑んだ。
あ、痛いから。そんなに足踏まないでオルタ。
「――ん、終わったかい。皆」
「ドクター……」
そんな空気を破るように、ひょっこりとまた姿を現した。
白い箱を乗せたワゴンを押している。
「ほら、辛気臭い顔しちゃダメだよアラン君。もう面倒ごとは終わったんだ」
「……」
ドクターは手袋をしておらず。その手に指輪は無かった。
もう役目を終えたのだと。そう言わんばかりに。
「前に行っただろ? ケーキでお祝いをしようって。
さぁ、新たなカルデアの幕開け記念だ。そうだね……カルデア・アニバーサリーっていった所かな」
白い箱が開けられて、ケーキが見える。
多分、厨房で他のサーヴァント達が作ってくれてるのだろう。
「――俺」
「ん?」
「色々あって迷惑かけてしまったけど。
カルデアに、皆に出会えて。本当に、良かったです」
声が震えそうになる。
カルデアの人々と生きるこの時間が、本当に幸せだから。
また何気なく、この日々を過ごせる事が、未だに一夜の夢のように思えてしまうから。
「何を今更。キミは、既にカルデアの一員だよ。それは変わる事のない事実だ。
――あぁ、いや。そんな言葉はもういらないね。だって、当たり前の事なんだから。
お帰り、アラン君。こんなボクだけど、何かあればまたサポートするから。よろしくね」
「……はい、よろしくお願いしますドクター」
「と、いい風に終わらせようとしてもそうはいかんぞ、マスター」
「えぇ、そうよ。マスターちゃんには一つハッキリさせなきゃいけない事があるでしょ?」
「……あれ」
まだ続くの、コレ?
「そうね、私も気になるわマスター。――せっかくの機会だもの。貴方の口からききたいわ」
「……」
「――何やら気になるお話をされているご様子。私に気になりますわ。せっかく、貴方のサーヴァントになれたのですから。
夢の続きを望むのは、ごく当然の事でありましょう?」
「……えっ」
えーと、アルトリア、ジャンヌ、「」、キアラ。
この中から、一番を選べと?
オルタ、ビースト、人類悪からとな?
「むっ、何やら争いの気配。いけませんよ、皆様方。節度、節度です」
インフェルノ……。
「ですが、気にはなりませんか? 貴方もサーヴァントであるのなら、自身が選ばれたいと思うのではなくて?」
「言った筈です。私はマスターが帰ってきてくれた。ただそれだけで充分なのです」
インフェルノォ……。
「でも、マスターは人たらしよ? 私だけじゃなくて、多様なご婦人に声をかけてるみたいだから」
「むっ」
「声をかける割には、自分ではっきりと答えを言わないもの。二人きりの時だけしか告げてくれないから」
「むむっ」
「サーヴァントなら、マスターの性格を整えるのも役目じゃなくて?」
「むむむっ……。マスター、少しばかりお灸をすえる必要がありそうですね」
インフェルノォォォォッ!!
「令呪を以て命ずる――。共倒れになってくれ、ランスロット!」
「なっ、それは殺生ですマスター!」
「頼むぞ、円卓最強っ!」
大丈夫、大丈夫。
相手はアルトリアとジャンヌと「」とキアラとインフェルノだ。
――アレ、無理ゲーじゃねコレ。
いや、まだだ! まだ一人、望みがある!
最強の一角がここに!
「カルナ、頼む……!」
「ふむ、確かに。それは必要な事と見える。望みとあらば、手を貸そう」
「カルナ……」
「マスター、その性根は一度叩き直した方がよさそうだ。いい薬になるだろう」
「カルナァァァァッ!」
あぁ、楽しい。ただこうして、当たり前に騒げる日々が、何よりも。
もうこの道は途切れる事は無いだろう。
だから、ただ。心の底から笑おう。心の底から喜ぼう。
俺は、カルデアに生きているのだと。