もしかしたらスランプかもしれません。難産でした……。
サーヴァントになって生まれた願いが一つだけある。
強く、なりたい。
この身、この剣が例え借り物で。オレ自身に何もなくとも。凡人に過ぎなくて、何一つ秀でる事がなくても。
それでも――さらなる高みに。あの時の雲耀に至るために、いつか。
あの空に、届く事を夢見て。
「ネロ祭?」
「そーそー。まぁ、サーヴァント達のオリンピックみたいなモノさ」
ダヴィンチちゃんの言った事をかみ砕いたがどうにも想像出来ない。いや、サーヴァントのオリンピックってそれもうSFか何かでしょ。
「でー、アラン君出てみない?」
「いや、あの……。気持ちは嬉しいんですが、多分俺が出ても弾除け程度にしか……」
「うん、いいじゃないか弾除け。誰かの小さな勇気が、やがて一つの大きな勝利を掴み取る。
私もカルデアに来て、ようやく学べた事だし」
「……」
「と言う訳で、ちょっとだけちょっとだけ。何大丈夫、死にはしないさ。先っぽだけ」
「どこぞの剣豪みたいな誘い方やめてくれませんか」
ダメだ、これ。話聞かないパターンだ。
でも、まぁ。ちょっとは憧れがない事も無くはない。
それにアガルタでの戦いを振り返れば、俺自身力をつけなくてはならない。エルドラドのバーサーカーやメガロスは驚異的だったし、レジスタンスのライダーのような曲者もいた。
そろそろ本気で、向かい合う時期なんだろう。
「分かりました、一戦だけなら」
「よっし。じゃあ先に相手を伝えておこう。相手は――」
「……ヘラクレスかぁ」
刀を抜き、目の前にいる大英雄を見据える。足がすくむ程度で済むのは、召喚されてからそれなりに場数を踏んだ故か。或いは他のサーヴァントに稽古を受けた成果か。
傍らにはアルトリアとエミヤの二人。
一応、後衛にも三人のサーヴァントが控えてくれているが、戦場に立つことが出来るのは六人まで。
何でも俺は先陣を任されたらしい。恨むぞダヴィンチ。
「心配は無用です。私とアーチャーが貴方を守ります」
うん、でもね。俺スキルにターゲット集中あるんだ。そしてガッツもあるんだ。それが何を意味するかは分かるだろ。
つまりは囮だよ。
“そいつで戦えるなら、まぁやってやるさ”
ヘラクレスの重圧は凄まじい。
完全なる十二の試練の再現――ランクB以下の宝具は無効かつ一度殺したと判定すれば、殺した威力と同等或いはそれ以下は全て遮断される。
彼女の魔眼がどこまで効くかは分からないけど。多分、今回のメインは俺やアルトリアではない。
「頼りにしてるよエミヤ。攻撃は俺とセイバーで何とかしのいで見せる」
「――あぁ、期待に応えるとしよう。
ほんの僅かでも動きを止めてくれれば、必ず仕留めてみる」
「■■■■――――!!!!」
ヘラクレスが疾走する。
大地を砕きながら、猛スピードで突進してくる様はいつかの光景を思い出させた。
刀を抜き放つ。だがサーヴァントである今、この刃であの屈強な肉体に傷つけるのは不可能だろう。
――俺自身が掴むのは勝利ではなく、数秒後の生存に他ならない。
「!」
直死の魔眼を発動。大地に刃を通し、眼前の地盤を崩落させる。
足場がなければ、その疾走の脅威は削がれる。
「風よッ!」
セイバーの放つ風が、巨大な瓦礫を纏めて吹き飛ばす。
宙に放り出されるヘラクレス。身近に足場となるモノは存在しない。
「我が骨子は捩れ狂う――!」
アーチャーの放った一射が爆発を引き起こし、大英雄の体を木っ端微塵に吹き飛ばした。死の線が消滅したことから、恐らく一回は確実に殺した。
――だが、その肉体が即座に再生する。
「後、十一回……!」
気が遠くなる。
だが、背後からさらに詠唱が聞こえる。
「
続けてアーチャーが弓を構える。
黒い剣――確か、同じものをベオウルフが……。
「赤原を往け、緋の猟犬」
放たれた赤い閃光。
だが、それをヘラクレスは斧剣の腹で受け流す。だが閃光は即座に軌道を変え、更なる加速と威力を得てその巨体を穿たんと迫る。
音速の連撃を、大英雄は捌き切っている。速度、時間、腕力――どれか一つでも損ねれば、死を免れない刹那を進み続けている。
「マジかよ……」
思わず手が震える。武者震い、かもしれない。
あの領域に手を伸ばしたい。確かに届かないかもしれないけれど。それでも、この刃をいつか。あの場所まで。
「!」
セイバーが加速し、矢を受け流そうとしていた斧剣を聖剣で受け止める。
僅かな隙――それを猟犬が逃す筈も無い。
撃破を確信した後、即座に離脱。
「……これで、後十回」
やばい、何もしてない俺。
壁役なのに、さすがにこれはアレだ。
「アーチャー、まだ手数はありますか?」
「あぁ、手数だけならな。だが、あの大英雄に絡め手は通用しない。
――あの時に比べれば、全く苦労しないが」
「■■■――!!!」
自身にターゲット集中を発動。
ヘラクレスの視線がこちらを捉える。
猛進してくる巨躯に、刀を構え――大きく跳躍した。
「……はは、すごいな。あの大英雄に何とか追い付いてる」
熱狂するカルデア職員達。英霊達の死闘を、モニター越しではなく実際に見るのだから。それは興奮してやまないに違いない。
いつだって、闘争は人を興奮させるのだ。
その空気に自身も僅かに惹かれながら、ロマニ・アーキマンは微笑んだ。
傍らにはマシュも固唾を呑んで見守っている。
「……すごいです。あのヘラクレスさんを相手に。あそこまで戦えるなんて」
「――」
その言葉の合間に自戒と懺悔がある事を感じ取って。
ロマニは小さく口を開いた。
「でもマシュにはマシュの戦った記憶と意味がある。彼には彼なりの戦いがある。そこに優劣はない。
それは僕が保証する」
「……ドクター」
「そう、でしたね。
――でも、それなら。今の戦えない私は」
彼女は本気で悩んでいる。本当に苦しんでいる。
先が見えない自身の今に、ただ。
「……いつか分かる。そしていつかカタチになる。それがどれだけ先の事かは分からないけれど。それでも、きっと必ず来るよ」
「先が見えない、と言うのは怖くないのでしょうか」
「そうだね、それは多分すごく怖くて、すごく悲しいコトなんだ。どんな人であっても挫けそうになってしまう程に」
小さく、息を吐いた。それは懐かしい何かを引っ張り出しているかのように。
「もし最初から何もかもが見えてしまえば、それはただの機械と変わらない。ただ生きるだけのロボットになってしまう。
その世界は、きっと灰色の世界だと思う。どうせ見る光景が同じモノならば、せめて。色は鮮やかな方がいい」
「……ドクター」
「世界はね、小さな物語の集合体なんだ。誰かと触れ合って、自分には無い何かを貰って、そうして豊かになって、またささやかな幸せを築いていく。
ほら、マシュだって。最初は強くなりたいって悩んでただろう? それで色んなサーヴァントから助言を受けた」
「……はい、あの方達の言葉と顔は、今でもずっと。胸に残っています。
そしてその記憶は、私が弱かったから。出会えた光景……だと思います」
「――」
薄壁を一枚隔てた頃の彼女と比べると本当に変わったなと、内心で呟いた。
人々に触れて、世界を巡って、新しいモノを見て。勿論、それは綺麗なモノばかりじゃなかった。
汚いモノも、決して表に出してはならないであろうコトも。きっと、彼女の成長に繋がっている。
「曖昧な事しか言えずにごめん。どうにもややこしく、遠回りに言ってしまうね」
「いえ、ありがとうございます。ドクターの言い方はどこか、なぞなぞのように思います。
考えてる間は難しいけれど、答えがわかれば笑ってしまうような」
「知り合いにね、よく問いかけしてくる子がいたものだから。どうにも、癖が写っちゃったみたいだ。
迷惑じゃなかったかな?」
「迷惑だなんてとても。ドクターの問いかけはとても楽しくて有意義な時間でした。実際に本物に触れて、それを理解して。いちごの疑問を説明してくれたあの一時。
例えデミ・サーヴァントであっても、マシュ・キリエライトである私にとって大切な思い出です」
そういって、笑う少女。
多くの人に支えられて、導かれて。
それが、彼女の知る世界。このカルデアを生きた彼女の心に映る鮮やかな――。
「……ちょっと、カルデアに戻るよ」
「ドクター? 最後まで見ては……」
「いや、しなくちゃいけない事を思い出してね。
どうも、
それじゃあまた、カルデアで」
「……分かりました」
観客席を出て、カルデアに一度帰還する。
職員達はほとんど観戦しているからか、通路にあまり人影は無い。
「フォウ」
「……おや。マシュは向こうだけど……。でもまぁ、あの空気じゃちょっと落ち着けないか。
片隅の空き部屋にでもどうかな。とっておきがあるんだ」
「フォフォーウ」
小さな獣と共に、誰もいない通路を歩く。
カルデアの窓から見えるのは雪景色。そして透き通る程の蒼空だった。
――小さく輝く白い星が見える。
「そういえば、神殿からも星が見えたね。確か今はクリスマスツリーのてっぺんに飾るんだったっけ」
ふと懐かしさがこみ上げる。
これもきっと人の証。重ねた自由が長い程、それを愛しく思ってしまう。
彼もサーヴァントとして帰ってきた。帰ってきたのだ。
またここから止まった時間が動き出す。何も変わらない筈の明日がずっと続いていくのだと。
どうも、そんな。叶いもしない夢を見てしまう。
「……やっと、楽しくなってきたのになぁ」
「フォウ?」
その頭に、手を載せる。
何て事は無い。ただ小さくて、温かい命があるだけ。
「
どれだけの時間が続いたのかは分からない。
まだ幸い脱落こそしていないが、手札が次々と零れ落ちていく感覚は焦りを加速させる。
「ちぃっ……!」
彼女の眼の特性を見抜いているのか。
得物を切断しようとしても、ヘラクレスは当たる直前で僅かに面を逸らすのだ。
俺の技量ではそれを追い切れず。結果として、ただ回避と攻撃の応酬だけが続いていた。
「――I am the bone of my sword」
その詠唱が響く瞬間、ヘラクレスが飛び出した。
ソレをさせてはならないと。彼の僅かな理性か記憶か。ともかく奥底に眠る何かが、警鐘を鳴らしたのだろう。
「Steel is my body ,and fire is my blood」
その間に割って入るように。
魔眼で死の線を捉える。これでヘラクレスは俺を素通り出来ない。エミヤの傍にはアルトリアが控えていて、宙を飛べば星の聖剣が焼き尽くす。俺を素通りしようとすれば、死の線をなぞって確実に殺す。
だから、ヘラクレスはここで俺を叩き潰すしかない。
「Unknown to Death」
だがそれは、同時に。
サーヴァントを容易く葬る力そのものが、俺自身を狙う事を意味していて。そして俺はそれを避けてはならない。もし回避すれば、大英雄の俊敏は瞬く間にエミヤへと迫るだろう。
「――!!」
たった一撃。何の仕掛けも無い一刀を受け止めただけで、何もかもが削ぎ落されたようだ。
片膝が地面に着く。両足で耐えるよりも、そちらの方を体が優先した。
全身が捩じ切れそうになる。僅かに力でも緩めようものなら、そのまま圧し潰されるに違いない。
「Nor known to Life」
ロンドンの時とは比較にならない。
あの時に比べれば、カルデアのサーヴァントは誰もが一級品の霊基へと成長した。
加えて、俺はビーストの残滓が残る程度であり、単なる三流サーヴァント。
その差など、最早語るまでも無い。
俺を殺さんと迫る大英雄と目線が合う。何もかもが張り詰めた世界。息を吐く事すら死を招きかねない状況。
それでも、決して目を逸らさず。睨み付けて。心の底から咆哮する。
「――――ォォォォォッッッ!!!」
忘れるな。俺の目的は倒す事ではない。敵の眼を、その力をこちらに向けさせて、少しでも味方の被害を防ぐ。
それが、俺の力の意味。
「Have withstood pain to create many weapons」
その巨体が僅かに後ろへ下がった。
“何……?”
俺の胸によぎったのは、根拠のない喜びと底のない不安だった。
何故、ヘラクレスほどの巨躯が僅かと言っても、俺程度で退くのか。
心の底に埋もれていた疑問が、現実を映し出す。
「■■■■―――!!!!!」
その身体が、膨れ上がるのと、俺の体が圧されるのはほぼ同時だった。
「嘘だろ……!?」
ヘラクレスは俺と鍔迫り合いの体勢のまま、エミヤへと突進を始めたのだ。
背中が瞬く間に倒れ込んだが、斧剣と絡み合った刀を決して離さず。だがそれは相手とて同じだった。
言葉にならない激痛が、背面全体を掻き毟っていく。
結果として、俺の体はヘラクレスの剛腕によって地面に擦り下ろされることになった。
「Yet, those hands will never hold anything」
激痛と衝撃が、脳内に喧しく響き渡る。
このままでは、エミヤの詠唱が終わる前に彼の下までたどり着いてしまう。
どうする、どうする――。
仄かに、甘い香りが鼻を突いた。
“でもまぁ、相手も相手だし。少しぐらい、構わないか”
ヘラクレスの足元に、黒い何かが絡みつく。
それは人の手――。奈落に飲み込もうとする誘引でもあった。
その巨体の動きが、微かに止まる。
意識の外側の奇襲に、反応しきれなかったのだ。
刀を逆手に、その巨体を一閃。神々の試練に耐え抜いたその
「So as I pray, unlimited blade works」
眩い閃光――広がるのは剣が墓標のごとく立ち並ぶ無間の荒野。
剣の一つ一つが観衆のようにも見える。
「時間稼ぎ、感謝する」
「……貴方と彼女なら、まぁ、何とか。削りきれるだろ」
宝具を発動。傷ついた霊基を修復。身体への損傷は無し。
これでまだ、戦える。
無限の剣製――英霊エミヤの切り札。そしてサーヴァント達にとっては一発殴らせろ的な存在。
空に浮かぶ無数の武具。それら一つ一つが真作に匹敵する贋作である。
それらが豪雨の如く降り注ぎ、ヘラクレスの肉体を穿ち、肉片へと変えていく。巨体が煙に搔き消されていく。
これで、残りの命は全て削りきれた筈。これで全て……。
「……えっ」
ヘラクレスの巨体が見えない。
にも関わらず、何もアナウンスがないという事はまだその命は生きている。
「!」
地盤が炸裂し、巨体が姿を現す。
空がだめなら地の底を。文字通りヘラクレスは地中に身を隠し、その爆撃から逃れた。
奇襲に体が反応しきれない。狙われたのはエミヤ。彼が消えれば、この空間は消滅する。
「あぁ、分かっていたとも。貴方程の大英雄ならば、この程度は容易く払いのけると。同じ手が二度通じるとは思っていない」
紅き弓兵の手に見える一つの剣。その一振りがもたらす眩い光はただ赤原の荒野を包み込む。それはまるで夜空に輝く星のように。
「あの夜、ただ見る事しか出来なかった――。だから手を伸ばそう」
その一振りを知っている。その輝きを覚えている。
常勝の王が振るう勝利の剣。
「
かつて星を目指して荒野を駆け抜けた少年。
彼は確かに、その輝きに辿り着いたのだ。
「おや、ホームズ。珍しいね、キミが戦いを見物するなんて」
「一つ、気になる事があってね。
ダヴィンチ女史、彼は確かカルデアに来る前に一度死を迎えたんだね?」
「あぁ、そうと言っていたよ。その時の記憶もあると」
「……そうか。そういう事か。成程」
「む、何か気になる事が?」
「いや、不確定な事はあまり口にする事じゃないからね。これで失礼するよ」
「つまり、彼は選ばれていた。その死もその運命も、余すところなく。内部から確実に崩壊させるために」
「――だが、彼は情を知った。裏切るには大事なモノがここに残り過ぎた。
まだ戦いは続いている。新宿ではとある少年を殺すために。アガルタでは召喚術式そのものを壊すために」
「人理焼却には、魔神柱――そして第三勢力が絡んでいる。そして魔術王が敗れ、魔神柱の脅威が薄れた現在、次に見えるのは恐らく――」
「あぁ、そうだな。願わくば、彼がこのまま
「でなければ、きっと。運命は夢を見る事すら許さないだろう」
戦いが終わり、俺は控え室で横になっていた。
あれだけ滾った血潮も、今は流水のように落ち着いている。
「……はぁ」
結局、アルトリアとエミヤのおかげだ。俺自身何もできなかった。
ただ、誰よりもいい席であの試合を見てただけに過ぎない。
俺は俺自身の力でサーヴァントになった訳じゃないから、まぁそれはそうなのだが。
「さすがにヘコむなぁ」
少しぐらい強くなれたと思っていた。マシになれたと。
けど、フタを空けてみれば、あのザマだ。
「……」
目を瞑る。
脳裏をよぎるのは彼女の太刀筋。瞬時に全てを斬り捨てる刹那の刃。
今なお以て、俺には届かない――。多分、それは俺に足りないものが多すぎるから。
「……お疲れのようですね」
「……うん、まぁ」
聞き覚えのある声。
目を開けると、キアラの姿がある。
――どうしてここに、なんて言葉を言おうとしたときには。俺の頭部は彼女の膝の上にあった。
「――子守歌、は生憎覚えがないものでして。読み聞かせならあるのですが……」
「……うん、頼む。ちょっと疲れた」
彼女の心地よい声に意識を委ねていく。
その刹那に、獣のような息遣いが聞こえた。
自身の奥底から、響くように。
【スキルが変化しました】
サバイバー → 七つの器 E