―――6-D唯一のバスケ経験者だった少年の回想―――
仲間でありライバルである多くの部員達との厳しい練習と激しい争いの末、初参加だった春に続き今回も無事にレギュラー入りを決めた大きな大会が間近に迫っていた。
春の大会では思うような成果を上げる事ができなかった事と自分自身の不甲斐なさに部活外でも秘密特訓に明け暮れていた。
そんな時、美星先生が突然バスケをやろうと言い出したのだ。
シロート共相手じゃ練習になんねーだろうけど、大会も近いから少しでもバスケしたいって思っていたし、ちょーどいいか。
ひなたにも俺のカッコいいところをたっぷりと見せてやれるし。
そんな軽い気持ちで始めたが、案の定ラクショー。
必死に食らいついてくる真帆をからかうようにあしらってやる。いくらやってもこれだけはお前には負けねーよ。
このクラスにまともなバスケ経験者なんて俺一人だから、いくらでも相手を抜けるし、シュートだって決め放題だ。
俺がボールを奪うたび、シュートを決める度に巻き起こる歓声が心地良かった。
すっかり気を良くした俺がフリーになった状態からもう一本決めようかと思って、ちょうどボールを持っていた女子にパスを寄越せと指示を出す。
だが、その女子は俺の指示を無視して、あろうことかでたらめなフォームでシュートを打ち……当然だけど外しやがった。
その様子を見て思わず怒りが爆発してしまった。
――へたくそがシュート打つな!!
思わず言ってしまった瞬間やっちまったと思った。
これは体育のバスケで試合じゃないってわかっていたはずなのに。
俺にとってもただの息抜きのはずだったのに、思わず自分の思い通りにならなかったことにイラついてしまったんだと思う。
その子が泣き出してしまい、慌てて謝ろうとしたのに、おせっかい焼きのせいで思わず謝りそびれてしまった。
そのまま話は大きくこじれてしまい、結局男子と女子で別れて試合をする事になり、俺も自分の意地を通す事を決めてしまった。
仕方ない。真帆をコテンパンに打ちのめした後に、あの子にしっかり謝ろう。そう思って試合に臨んだはずだったのに……
――なんでこんな事が起きてんだよ!! こんなの完全にケーサンガイだよ!!
女子の中でもやる気に満ち溢れている連中の中に巻き込まれるように、おどおどしながら入ってきた奴が。
香椎並みに大人しくて完全にノーマークだった湊が。
ガチのバスケ経験者で……しかも、認めたくないが俺よりも上手かった。
『へたくそがシュート打つな!!』と言ってしまった俺以上に上手くて、俺以上にシュートを決めやがんだよ!?
この時点で俺のプライドはボロボロだった。
こんなのってあるかよ……なんでこんなに上手い奴が今までコソコソとしてやがったんだよ。
真帆みたいに悪知恵やひきょーな手を使わずに、純粋にバスケの実力だけで俺を簡単に抜きやがる奴がどうして……
何度味方からパスを受けても、何度ボールを渡された湊を止めようと挑んでも……
悔しいけど、今の俺の実力じゃ一対一で湊に勝つのは無理だと心底思い知らされた。
――くそっ。せめて……せめてあいつらがここにいてくれたら……
激しいレギュラー争いを必死に勝ち取り合う事ができたあいつらがいてくれたら、こんな惨めな結果で終わらなかったはずなのに……
勝つつもりだった勝負に惨敗し、その日の授業は終わってしまった。
悔しさと惨めさと情けない気持ちがいっぺんに押し寄せてきて、
結局俺はあの子には謝る事もできないまま、逃げる様にその場から走り去ってしまった。
*
う~む。困ったぞ。
すごく撫でたい。めちゃくちゃ撫で回したい。
なんとなく真帆やひなたちゃんも、うずうずしてるように見えるけど、やっぱりここはそういう事をしてはいけない場面だと自重してくれているのだろう。
ならば、せっかくの良い感じの緊張感をコーチ自らがぶち壊してしまうわけにもいかない。
「みんなもうすぐ前半が終わるけど、この短い休憩もしっかりと休んで最後まで気を抜かずに頑張ってねっ」
「よっしゃっ。気合入れて休むぜー」
「気合入れたら休めないでしょーが。少しは大人しく休んでなさいっ」
ゴールを決めて気分が高揚したところで中断されたからか、やる気の矛先を見失っている真帆を窘める紗季。
上手く灯った火を燃やしすぎず、かと言って消さないようにと絶妙の火加減に調整してくれているようだ。
「俺の教えをしっかり実践してくれてるな。いいぞ。どんどん上手くなってるぞっ」
「おー。あいりのおかげでひなも上手くボールが取れましたー」
「そ、そうかな? えへへ……ひなちゃんの、みんなのお役に立てたのなら良かった」
兄からの手放しの賞賛と嬉しそうに自分達の活躍を話しながら手を握るひなたちゃんに表情を綻ばせる愛莉。
実際、男バス側は目の前の相手だけでなく、嫌でもゴール下で立ちはだかる愛莉の存在を意識してしまっているはずだ。
意識を向けすぎてしまえば今回の様に隙をついた奇襲を受けたり、残り時間を焦るあまりシュートミスを犯してしまう。
「竹中君ほとんど動いてきませんね」
「もしかしたら、ここから動き出すか、後半に備えているのかもね」
智花だったら竹中をしっかりと抑えてくれると信じているが、決して過信してはいけない。
いつまでもこちらがリードを作れなかったら、一時的に智花に頼る事も考えたが、それは信頼と言うよりは依存になってしまうだろう。
何より男バスの切り札が動く前にこちらの切り札の体力を無駄に消費させてしまう事はしたくなかった。
向こうもこちらと同じく少しでもエースの体力を減らしたいと考えていたはずだ。
結果的にお互いのエースが動かないまま、こちら側へ均衡が崩れ始めてしまったから慌ててタイムアウトを取り、巻き直しを図っているのだろう。
悪いがこのリードはこのまま維持させてもらうぜ。
タイムアウト終了の合図とともに、表情を引き締めながらコート内へ戻っていく五人の背中は、いつの間にかとても頼もしさを感じるようになっていた。
男バスボールから試合再開。
カマキリの叱咤激励でどれだけ落ち着きを取り戻せたか、新たな策を講じてくるかをコーチとしてしっかり見極めなくてはな。
前半終了まで残り約2分。
やはり智花にマークされている竹中は大きな動きを見せずに、パス回しをメインにこちらの穴が開くのを待ち構えているようだ。
シュートミスが致命的となる事を身を持って体験したためか、時間を掛けてより慎重に攻めてきている。
その様子からもどうやら平常心を取り戻すことに成功したようだ。
男バス、女バス共に交互にゴールを決め合う展開が続く。
そして、前半終了間際に遂に竹中が動き出したが、智花もすぐに反応する。
「――くそっ!?」
ここで少しでも点差を縮めておきたい。そんな竹中の焦りを見抜いたように、智花が冷静に対処する。
竹中のチェンジオブペースに反応し進路を塞ぎ、足が止まったところでスティールを決めると、そのままコートを一気に駆け抜けレイアップシュートが相手ゴールネットを揺らすのだった。
注目のエース対決、初戦は概ね予想通り智花が取ったか。
女バス 14-8 男バス
女バスが6点差で前半終了となった。
「ナイッシューもっかんっ!」
「さすがトモっ」
「智花ちゃん、すごくかっこ良かったよ」
「おー。ともかナイスシュート」
「えへへ。みんなありがとうっ」
鮮やかなゴールを決めた智花が自分側のコートへ戻ってくるのに対して、四人も彼女の方へ向かって行き労いながら彼女を取り囲んでいく。
これが智花やみんながずっと望んでいた光景で、いつまでも守りたかった場所なんだよな。
ふとそんな事を思いながら、五人揃って嬉しそうに笑い合いながら俺達が待つベンチへと戻ってきてくれた彼女達を優しく迎え入れる。
「すばるんすばるんっ。あたしのカツヤク見てくれてたっ!」
「こらっ。あんまり時間ないんだから、しっかり休みながら長谷川さんの指示を仰がないと」
真帆が褒めて褒めてと俺にじゃれるように抱き着いてくるのを困り顔で窘める紗季。
「あはは。真帆だけじゃなくて、みんなすごく良く動いてくれてるよ。この調子で後半もしっかり頑張っていこう!」
無意識に真帆の頭を優しく撫でつつ、みんなを一瞥する。よし。それほど疲労が溜まっている様子もないな。
体力面ではもう公式戦をこなせるだけの持久力も十分備わってるのはわかってるんだけど、やっぱり男バス相手だと最初の頃の事を思い出してしまう。
みんなの強い意志と友情でギリギリのところで勝ち取れた勝利。
その勝利の末に守られた俺と小学生達との安息の地。
この場所で俺と小学生達が深めた絆とその成果を。
俺が彼女達に余すことなく注ぎ込んだ熱い情熱の結晶が、彼女達の中でしっかりと根付き、実を結んだ証をしっかりと見せつけてやろうぜ。
「おー。おにーちゃん。ひなもひなもー」
気づくとひなたちゃんも俺の側により、小さな頭を俺に差し出していた。
「ひなたちゃんも、さっきのスティール良かったよ」
「わーい。もっともっとがんばるぞー」
まるで天使が(いや、実際に天使そのものだけど)羽を休めるように純粋無垢な笑顔で俺に寄り添ってくれる少女。
空いている手でひなたちゃんの撫で心地の良いふわふわの髪を撫でていると、
「じー……はっ!? うぅ……」
「……………………いいなぁ……」
「ダ、ダメよっ。今は試合中なんだから……」
遠巻きに羨ましそうに眺めている三人の姿が――少しくらいなら……い、いいよな?
「智花。今日もすごく良いよ。この調子でみんなを引っ張っていってね」
「ふぁう……は、はいっ!」
「愛莉。君は慧心女バス自慢のセンターだ。自信持ってバンバンリバウンドやシュートしちゃったっていいんだよ」
「あ……ありがとうございますっ。わ、私、もっともっと自信持てるようにがんばりますっ」
「ほらほら。遠慮してるとあっという間に時間無くなっちゃうよ? ――後半も紗季の活躍期待してるよっ」
「す、すみません……それではお言葉に甘えて少しだけ――ありがとうございます。みんなと力を合わせて、きっと長谷川さんのご期待に応えて見せますっ」
結局三人も呼び寄せ一人一人丁寧に撫でつつ、背後から感じる複数の冷ややかな視線を浴びながら残りわずかなハーフタイムを過ごす事となったのだった。