ロウきゅーぶ!短編集   作:gajun

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マッチアップ3

 女バス 0-2 男バス

 

 竹中とカマキリどちらの策略か……いや、そんな事は関係ない。

 試合開始早々の奇襲に先制を許してしまったが、これはこちらの手の内のほとんどが知られてしまっている以上仕方ないと割り切るしかないんだ。

 みんながすでに気持ちを切り替えているんだし、コーチである俺がいつまでも引きずっていてはいけないな。

 むしろ竹中に一発かまされた事で彼に対して人一倍対抗心が強い真帆がヒートアップし過ぎてしまわないかが少し心配だけど――どうやら大丈夫そうだ。

 

「むーっ。ナツヒめー、絶対に取り返してやるからなっ」

「まだ始まったばっかりなんだから、いきなり飛ばしすぎてバテても知らないわよ」

 紗季がエンドラインの真帆からボールを受け、緩やかなドリブルを続け周囲を見渡しながらハーフラインまでボールを運ぶ。

 誰に反撃の狼煙を上げてもらうかの選定をしているが――まぁ、これは言うまでもないな。

 男バス側としては今までの試合経験から智花と愛莉に人数を割いてしっかりと抑えたいだろうが、もはやそんな余裕はない。

 智花のワンマンチームと言われていた頃が嘘だと思うくらいに全員が大きな成長を遂げている。

 男バス同様に圧倒的な大差で地区優勝を決めた硯谷にこのチームにフリーにしていい選手はいないとまで言わしめたのだから。

 それなら現状、せっかくこっちが抑えている最高の制空権を利用しない手はない。

 

「愛莉!」

「はいっ」

 ローポストに陣取った愛莉が紗季からの高めのパスを受け取り、五番(戸嶋)にポストプレーで挑む。

 背を向け、中へあと一歩深く踏み込むべくパワードリブルを仕掛ける愛莉に対して、侵入を許すまいと必死に食い止めようとしているが、やはり分はこちらにあるようだ。

 パワー勝負を制しゴール下へと入り込んだ愛莉が、シュートを決めてまず一本取り返す。

 

「こりゃ前みたいな手はもう使えそうにねーな。前はビビらせちまって悪かったな」

「ううん。あの時の事は気にしないで戸嶋君。私も負けないようにがんばるから、遠慮なくどんどん勝負してきてね」

 愛莉にもう以前のような脅しは通じないことも十分伝わった事だろうし、ここからは純粋な真っ向勝負となるだろう。

 

 

「おいっ。長谷川。誰だあいつは!! なんで試合中に愛莉と親しげに話をしてやがんだっ!」

 戸嶋と愛莉が一言二言を会話を交わしていたが、その様子に憤慨している兄が突然、俺の肩を掴んで怒りを露わにしながら説明を求めてきた。

 仕方なく、過去の球技大会の話を聞かせてやると、「怖がりだった愛莉になんて手段を!!」と更に怒り出した。めんどくせぇ。

 ってか、愛莉の怖がりもコンプレックスも半分以上はお前が原因だろうに。

 

 

「愛莉。ナイッシュ」

「よっしゃあ。ナイスだアイリーン!」

 ベンチサイドで激昂している兄の様子に不思議そうに首を傾げながらも、コート内の仲間達からの賞賛の声を受けると表情を綻ばせ笑顔を向けながら、仲間達の元へと向かっていく。

 そんな彼女の後姿を闘志を燃やした瞳で見送っていく戸嶋と男バスメンバー。

 体格差があるとはいえ男子がこのまま女子に負けるわけにはいくまい。

 センター対決は戸嶋がどこまで男の意地で食らいついてくるかと、それを愛莉がどこまで抑えられるかだな。

 

 女バス 2-2 男バス

 

「タケッ」

「うーし。しっかり決めて行くぞっ」

 攻守交代し、エンドラインからのパスを受け突っ込んできたのは男バス側ポイントゲッターのエース竹中。

 迎え撃つはこちらも女バスのエース智花だ。

 ハーフラインを越えた辺りでドリブルを続けながら、智花を抜く機を狙っているようだが、すでに根付いてしまっている苦手意識を取り除くのは厳しいだろう。

 

「タケッ! 無理すんな。パス回せっ」

「……ちっ」

 逡巡の末、まだ流れが悪いと判断し智花との対決を保留し、パスを要求した六番(深田)にボールを預ける。

 竹中からボールが離れた後もしっかりマークし牽制を続ける智花。

 おそらくいずれ直接対決を挑んでくると思うが、竹中がいつまでも腹を決められずに智花との勝負を避け続けてしまえば……バスケ選手として少々厄介な傷を負ってしまうかもしれないな。

 ……いや。俺や葵に気後れする事なく全力で挑んでくるような奴に限って、そんな事はないな。

 むしろ爪を研ぎながら、ここぞという時に獲物に飛び掛かってくる獣みたいな男だ。警戒するのはこちらの方だろう。

 

 竹中からボールを託された深田にすぐに真帆が駆け寄りマッチアップする。

 

「フカちゃんが、あたしの相手か」

「深田だっ! ったく、だれかれ構わず変なアダ名付けんなよなっ」

 フカちゃん……なんかオフェンス能力に特化してそうな人に付けられそうなアダ名に似てる気がする。いやそんな気がするだけだけど。

 そんなよくわからない俺の予感が的中したのか、フカちゃんは竹中に準じる程の突破力を発揮し単身で真帆を抜き去る事に成功する。

 続いてスクリーン役となった戸嶋と連携し愛莉を躱し、シュートを決められてしまった。

 

「しゃあっ! このまましっかり守っていくぞっ」

「ぐぬぬっ。フカちゃんもアナドレナイな」

「おー。たけなかもだけど、フカちゃんもケーカイしなくては」

「だから深田だってのっ!!」

 真帆に『フカちゃん』とアダ名を付けられてしまっている深田には若干同情を禁じ得ない。

 あの年で女の子にちゃん付けで呼ばれるのは恥ずかしいしだろうし……本気で嫌そうにしてるなら、あとで真帆にちゃんと言い聞かせておかないと。

 代替案として……例えば『フッキー』とか。うん、こっちもきっとオフェンス能力が高そうだ。そんな気がするだけだけど。

 

 それにしても真帆のあの様子だと男バスのみんなにも色んなアダ名を付けてそうだな。

 過去のイザコザがあったにしても、結局はミホ姉とカマキリが原因だっただけだし、なんだかんだでやっぱみんな仲良いのかな?

 

 女バス 2-4 男バス

 

 点差が戻ってしまったが、こちらも攻めの手札はまだまだいくらでもある。

 どこまでそれが通じるかもだけど、何よりみんなに自分達の成長を肌で感じてもらえたらと思っていたのだが、

 

 ……ひょっとして、これは男バスにはなかなか厳しい展開じゃないかな?

 智花や愛莉へのディフェンスを意識しすぎてしまい、フリーの選手が出てしまうと、最初の時に翻弄された真帆と紗季の高精度のシュートが狙ってくる。

 しかも今回はひなたちゃんもしっかりと攻守共に参加し、ひなたちゃんマスターを目指す俺ですら予想が付かない思いもよらない行動で男バスを翻弄してくれることだろう。

 これまで通りじっくりと確実に攻めて行くだけで、少なくともこちらが点差を離される事はないだろう。

 

 そして、女バスの課題としてはやはりディフェンス面か。

 竹中を智花が抑える事で相手の速攻の足を止めて、こちらもしっかりとディフェンスを敷けているが、やはり個々の技量を考えると総合力ではまだ男バスに分があるように思える。

 こればっかりは純粋な経験の差だろうけど、今後のみんなの努力次第かな。

 まぁ今回に限って言えば、愛莉がほぼ確実にリバウンドを抑えてしまえるだろうから、男バスにとってシュートミスは致命的になりかねない。

 それだけでもかなりのプレッシャーになるだろうし、その上シュートを打つまでも隙あらば、こちらがスティールを狙ってくるのだ。

 以前のように智花さえ抑えれば抜き放題、打ち放題とは行かないぞ。

 強いて言うなら愛莉以外は男バスの方がわずかに上背はあるのだが、智花や真帆達の身体能力の高さの前ではほぼ誤差と言ってしまっても構わないだろう。

 

「やっぱり男バスのみんなもすごく上手いね」

「ちくしょーっ。なかなか逆転できねーぞっ」

「仕方ないでしょ。悔しいけど純粋な技術じゃまだまだ私達は追いつけてないみたいなんだし――でも、このまま行けばきっと勝てると思うわよ」

「竹中君がまだ積極的に動いてきてないのが気になるけど……うん。みんなで最後まで頑張っていこうね」

「おー。しっかり攻めてしっかり守るぞーっ」

 男バスがこちらの実力を認めているのと同様に彼女達も男バスが自分達よりも優れている部分がある事をしっかりと理解している。

 むしろ最初の頃の智花におんぶに抱っこのような状況に比べて自分達が男バス相手にしっかりと渡り合えている事に成長の手応えを感じてくれている事だろう。

 この調子なら試合中に個人としてもチームとしても更なる成長を遂げる事ができるはずだ。

 

 女バス 6-6 男バス

 ここから徐々に均衡が崩れ始める。

 

「しまったっ!?」

 ミドルレンジからのシュートを放った七番(菊池)が悲痛な声を上げる。

 紗季のマークを躱してシュートを放ったが、わずかにフォームが乱れてしまっていたのだ。

 遂に男バス側のシュートがリングに弾かれる。

 

『愛莉っ!!』

 女バスサイドのメンバーが一斉に声を上げ、それに呼応するように愛莉が高く跳躍し、ボールを捉えた。

 

――この絶好のチャンスを逃さない手はない!

 

「愛莉っ!」

「智花ちゃんっ!」

 愛莉が絶対にリバウンドを制すると確信し、すでに走り出していた智花に愛莉のパスが通る。

 追いかけて来ている竹中を引き離すようにギアを一段階上げさらに加速する――が、竹中も負けじと追い抜こうと速度を上げる。

 

「あっ……くそっ!!」

 いよいよ竹中が追い付くかというところで、急停止――竹中がオーバーランしてしまっている隙に、その場で数回ドリブルを付きながら自分のリズムを整え、スリーポイントライン寄りのロングレンジからシュートを放つ。

 目に焼き付き、夢にまで出てしまうくらいに今までに何度も見続けた物と変わりない完璧なフォームから放たれたシュートは、見慣れた放物線を描きながらゴールへと収まったのだった。

 

「よっしゃーっ!! 逆転だっ!! ナイスだもっかんっ!!」

「ナイッシュトモっ」

 

 女バス 8-6 男バス

 

「にひひっ。ワクワクさんの相手があたしだけだと思うなよ」

「和久井だってのっ!! ――あっ!?」

「とー。ひなさんじょー」

 敵も味方もスクリーンとして利用し、死角から急接近する小さな影。

 まるで、多くの人々が行き交う雑踏の中、人と人との隙間を縫うように楽しそうに駆け回る小さな天使。

 奇跡の象徴とも言える存在を捕えようと幾千幾万の手が伸びてきたとしても、そのことごとくをすり抜け、代わりに伸ばした手には彼女が直前までは、確実にその場にいたという証の一枚の羽根が残されているのみ。

 そんな幻想を幻覚を魅せてくれた天使――ひなたちゃんが8番(ワクワクさん)へのスティールに成功する。

 

 遂に逆転された事に焦りを感じた男バスが、再び大切なボールを女バスに許してしまった瞬間だった。

 

「湊っ!」

「させるかっ!」

 先程と同様にカウンターに走り出す素振りを見せた智花を止めようと竹中と菊池がダブルチームで進路を塞ぐ。

 直前に見せつけられてしまったため、嫌でも智花への意識が高まってしまっているのだろうが……残念だが彼女は同じ手を使う気はないらしいぞ。

 

「おー。さき」

「よし。今度はちゃんともらったわよヒナ」

 智花が二人を引き連れてくれた事でフリーになった紗季がひなたちゃんからのパスをもらうとすぐにコートを駆け出す。

 

 さぁどうする?

 いつまでも智花相手に二人掛かりだとフリーの紗季が射程距離まで辿り着いてしまうぞ。

 

「菊池。湊は俺が抑えるから紗季に着け」

「お、おぅ。頼むぞタケッ」

 智花へのダブルチームを解除し、菊池が先のマークへ動き出すのとほぼ同時に智花と竹中もポジション争いを開始する。

 この時点で紗季は自分が攻めるよりも智花へパスを回す選択肢を取る事も視野に入れただろう。

 注目のエース対決の初戦は智花攻めの竹中受けとなるか……いや、ちがうな。

 

 菊池が進路上で待ち構えている状況で紗季は左サイドへドリブルを続ける。

 紗季の進路を塞ぐように同じ方向に動いた菊池が上手く釣れた事を確信しボールを後ろへ送ると、そこに真帆がいた。

 

「頼んだわよ真帆」

「任せろサキっ」

 すぐに反転し紗季がスクリーンとなり、パスを受けた真帆も速度を上げて紗季が確保した進路を一気に駆け抜けて、そこ――リングから右斜め四五度のミドルレンジに辿り着く。

 大切な友人――智花を理想に毎日欠かさずに練習を続けているシュートは当然のように淀みなくゴールへと吸い込まれていった。

 

「よっしゃ! さすがあたしだっ! シュートは任せろー!!」

 さすが智花を目指してるだけあってフォームもどんどん良くなってきてるな。

 でも、ゴールに入るのを確認する前にガッツポーズなんかして、万一外したらすごくカッコ悪い事になっちゃうぞ。

 勝負強い真帆に限ってそんな事はそうそうないだろうけど。

 なんにせよ、このゴールで確実なリードを手にする事ができたし、こちらの士気も一気跳ね上がったな。

 

 女バス 10-6 男バス

 ここで審判から男バス側のタイムアウトが告げられる。

 

 今すぐにでもみんなを褒めまくり、撫でまくりたいが、それは試合が終わってから思う存分すればいい事だ。

 みんなが呼び寄せ、真帆が遂に引き込んだこの良い流れをしっかりと維持したまま試合を終えるためにも、みんなにはしっかりと休憩に専念してもらわないとな。


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