晩飯をたっぷりと堪能させてもらい、引き続き三人で食後に母さんが用意してくれたお茶を飲みながら疑似的な家族の団欒を続けていた。
いつもなら食後は早々に自分の部屋で引き上げてしまうのだが、智花と母さんの会話が妙に弾んでいて、ほぼ聞き手に回りながらもそこに参加させてもらっていたのだった。
やはり女性同士(母さんを智花と同じ『女の子』で分類したくない)だと色々話しやすい事もあるんだろうなぁ。
バスケ以外の何気ない日常や彼女の好きな事や習慣など、今までに聞いた事がなかった、彼女の知らない一面を知る事ができ、ささやかな喜びを感じる。
まぁ代償として昔の俺の恥ずかしい思い出を智花に暴露されてしまっているわけだが……
彼女から一つ情報を得る度に、母さんは昔の俺のやんちゃな行動を一つ、聞いてもいない彼女に提供するという謎のやりとりが成立してしまっていた。
なぜか智花の方も目を輝かせながら、興味津々にうんうんと頷いているのだが、彼女に昔の俺を知られる事がたまらなく恥ずかしい。
「えへへ、昴さんも意外とやんちゃさんだったんですね」
「ま、まぁ否定はしないけど……」
こうして昔の俺の行動一つ一つに律儀に感想を述べてくれているのだが……恥ずかしすぎる。
今の彼女くらいの年齢の当時の俺と彼女を比べると自分が如何に精神的に幼いガキだったのか痛感させれてしまう。
今すぐにでも自室に逃げ出して、傷ついた心を慰めたいが、俺の智花の知らない話も聞きたいジレンマ。
「それに負けず嫌いなのよね」
「明らかに父さんとミホ姉のせいだろ。あいつら子供相手にすら全然手加減しねぇんだぞ。しかも俺が悔しそうな顔すると余計に勝ち誇った顔しやがるし」
「もしかして私とする時にいつもハンデを付けて頂いてるのは、そういうのも理由だったりします?」
昔の自分と私を重ねているのかな? と思っているような苦笑気味な表情で彼女が訪ねてきた。
「そういうつもりはなんだけどね。前にも言ったように俺と智花じゃ身長差がありすぎるから、ゲームを成立させるためのものであって、それ以外には何もないよ。もし智花が俺を抜けたなら、それは純粋に智花の実力で俺を抜いたって事になるんだから」
だからこそ、俺はまだ智花に抜かれるわけにはいかないんだけどね。とこっそり心の中で付け加える。
「昴さんのお父さんは絶対にそういう事はなさらないんですよね?」
「あぁ。絶対にないっ」
「銀河くんは何でも本当に楽しそうにしてるから、だからついつい本気になっちゃうんじゃないかしら?」
それもない。あれは毎回、俺が悔しがるのがわかっててやってる目だ。
「やっぱりミミちゃんすごいんだなぁ。手加減なしの昴さんのお父さんを抜いちゃったんですよね」
「あぁ。そういえば……」
親父相手に唯一初見殺しが通用した最初で最後の一回きりの……だけど間違いなく大金星だろうし、親父にとっても屈辱的な黒星となった事だろう――だからこそ
多分そのあと、その身にたっぷりとオトナゲナイ大人の強さを思う存分味あわされちゃったんだろうなぁ。
親父に一回抜かれる度にどんどん涙目になっていくミミちゃん――智花に負けず劣らずの小柄の銀髪美少女の姿が容易に想像できてしまう……
…………………………あれ?
そこである可能性に気づく。
……俺が智花に最初に余計なもの――ハンデを付けるなんて言わなければ、最初やった時に智花に抜かれてたんじゃ……
明らかに格上ぶってる相手に、本気を出さずに様子見をしてやる。みたいな態度で挑まれれば、相手だってこっちの実力を見定める様に動いてしまうだろう。
何よりも一番重要なのは、俺がジャンプ禁止だと言ってしまった時点で、智花は自分の最大の武器であるジャンプシュートを封じてしまった事だ。
本来なら彼女がほんの少しだけこちらの予想を超えたタイミングでジャンプシュートを放ってしまえば、それで俺の負けが決まっていただろう。
ハンデは智花ではなく俺に有利に働いていたのでは……
確かに仮に抜かれたとしても最初の一回だけで、それ以降は今まで通りの戦績をキープできていた自信はある。
だけど、そんな些細な事なんかよりも見逃せないもっともっと重大な問題が浮かび上がってきてしまった。
――もしかして俺は知らない間に智花の大切な初めてを奪ってしまったのではないのだろうか。
以前彼女が不運なアクシデントのせいで逃してしまった初勝利以上に決定的な勝利を、それよりももっと早く手にする事ができたはずなのに、
俺の下らない拘りのせいで、彼女は初勝利の可能性を完全に摘み取られてしまっていたのだ。
それなのに彼女は今でも俺を遠い目標だと言って尊敬の眼差しを向けてくれている――向けてしまっている。
ヤバい……なんか智花にすごく申し訳ない気がしてきた……
い、いやっ大丈夫だ。智花ならいつか絶対に俺を抜いてくれる。成長期なんだから身体だってどんどん大きくなってくるし、テクニックだって日に日に上達してる。
毎日相手をさせてもらってる俺が言うんだから間違いないっ。うん。
それにお互いの全てを曝け出しあった今になって、下手に手加減して抜かせるような事したって、絶対智花に気づかれるし、何より俺も彼女もそんな不本意な初体験を望んでいるわけがない。
智花にとっては当然だが俺にだって智花の初めては本当に大切なものになるんだから、ちゃんとお互いが納得できるものでなくてはならない。
きっと、そう遠くない未来に正真正銘の彼女の大切な初めてが訪れてくれる事を信じている。
がんばれ智花。俺、智花の事、信じてるから。
芽生えてしまった罪悪感を誤魔化すように、何も知らぬ純粋な少女にそっと心の中でエールを送る。
「それじゃ、そろそろお腹も落ち着いた頃でしょうし、お風呂に入りましょうか」
頃合いを見てポンと両手を合わせながら提案してくる。
確かにとても自然な流れのように見えるし、初見ならきっと騙されてしまうかもしれない。
「そうですね。それでは私が最後に――」
案の定、何も知らない智花はあっさりと母さんの提案に乗ってしまったが――俺は絶対に騙されないぞ!!
自然体を装いながら、こちらをその思惑に乗せようとしてくる言動を何度も見てきたが、俺はその全てを見破ってきたんだ。
「今日は智花ちゃんも泊りに来てくれたんだし、三人で一緒に入りましょうか」
「あっいいんですかっ。……………………ふぇ? さ、さん……に……ん? ふ、ふぇぇえぇぇぇ!? す、すす昴さんもですかっ!?」
自分自身を指で指し、続いて目線で母さんを見ながら人数を数えていく、
なかなか見つからない三人目の姿を探し、俺と視線が合うと予想通り悲鳴混じりの驚愕の声を上げる。
「却下だ!!」
当然母さんのふざけた提案なんぞ受け入れられるわけがない――ってか、だから人様の大切な一人娘になんて扱いしてんだよ!!
「どうしても? 智花ちゃんも一緒なら昴くんも入ってくれると思ったんだけどなぁ」
「わ……私が一緒だと入るんですかっ!?」
「そんなわけあるかっ!!」
この母は普通に考えたら、なぜそれだと余計入らないという発想に至らないのだ。
俺と智花の組み合わせは考えうる限りで最大の禁忌だろうがっ。
だからと言って母さんと入るという選択もさらさらないが。
彼女を通じて女バスのみんなに俺と母さんが一緒に風呂に入る関係だと誤解されてしまったら、
これまでに俺が必死になって築きあげた彼女達との清く正しい交際関係が一気に破綻してしまう。
こんなくだらない理由で小学生達との関係を壊されてたまるかっ!!
しかし、状況は悪いな。
俺は母さんをあしらうのは慣れているが、心優しい彼女の方は母さんの扱いに慣れてもいないし、下手をすると母さんの方に加わってしまうかもしれない。
それこそ無意識に人との触れ合いに飢えてしまっているところもあるし、彼女が一時の気の迷いで取り返しのつかない選択をする前に、なんとしてもこちらから妥協点を提案しなくてはならないな。
――すまない智花。俺のために犠牲になってくれっ。
「……智花。悪いんだけど、母さんと一緒に入ってやってくれないか? 俺は一人で入るから安心してくれていい」
心を鬼にして、もっとも被害が少ないであろう苦渋の決断を口にする。
「は、はい……それなら、大丈夫……です」
「本当は昴くんも一緒だと嬉しんだけどなぁ……でも、あんまりわがまま言っちゃいけないわね」
よし。これなら俺と智花が一緒に入るという最悪の結末だけは回避できる。
無理に断る事もできるだろうけど、それだと間違いなく智花は母さんに対して負い目を抱いてしまう事だろう。
それに彼女も一度はその提案に乗りかけてしまったのだから、一人で入るよりは誰かと一緒の方が気も楽だろう――たとえ相手が母さんであろうと。
「母さん。絶対に智花に変な事すんじゃねぇぞ」
俺の無責任な提案の被害をモロに被ってしまった彼女のためにも最低限の釘だけは打っておく。
「わかってるわよ。昴くんは心配性ねぇ。それなら一緒に入ってくれればいいのに」
だからそれは絶対にできんというのに、この母はなぜわからんのか――もしかしてわざとか?
からかうにしても、彼女を巻きこんじゃ駄目だろうに。
「それじゃ、智花ちゃん。お話の続きいっぱいしましょうね」
「は、はいっ! 昔の昴さんのお話いっぱい聞かせて頂けるのすっごく楽しみですっ!」
あれ? もしかして俺、判断を見誤っちまったのか?
俺は智花の話を聞きそびれた挙句、母さんに俺の恥ずかしい過去を智花にたっぷりと垂れ流されちまうんじゃ……
……いや、いいんだ。これは彼女を利用した代償と名誉の負傷だ。大切な智花の事を守る事ができるのなら、俺の恥ずかしい秘密くらい大した問題じゃないんだっ。
「ゆっくり温まっておいで……」
「あまりお待たせしないようにしますので、少しだけお待ちくださいね」
「あらあら。ダメよ、智花ちゃん。女の子なんだから、ちゃんと綺麗にしないと。背中とか洗いっこしましょうね」
和気あいあいとしている二人を送り出しながら、俺は傷ついた心をひっそりと癒すべく自室へ戻るのだった。
個人的なロウきゅーぶ!のイメージにより、銀河とミミの即堕ち二コマ的なセリフ部分は割愛。
あと1~2話で終わる予定です。
もともとは今までみたいに長くても4~5話で終わると思ってましたが、毎回実際に書いたり考えてる最中に降ったり湧き出ることが多く、話数が伸びてしまっている状況。