ロウきゅーぶ!短編集   作:gajun

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智花二回目のお泊り4

 俺と智花が買い物に行っている間に昼食の用意をしていた母さんは、ちょうど俺達が帰ってくるのを見計らっていたかのようなタイミングで昼食を食卓に並べ俺達を待ってくれていた。

 

「お昼は簡単なものにしちゃってごめんなさいね。でも、そのかわり晩御飯は気合を入れて作るから楽しみにしててね~」

「わ、私も七夕さんのお邪魔にならないように精いっぱい頑張りますっ」

 母さんは簡単なものとは言っているが、いつもに比べればという程度で、朝食と合わせれば俺や智花が朝練や買い物で消費したカロリーは十分に補われることだろう。

 

 それにしても……相変わらず母さんは智花一人増えただけでも本当に嬉しそうだよな。

 まったく分不相応にも智花を自分の娘みたいに思ってしまっているのではないのだろうか?

 とはいえ、仲睦まじく微笑みあっている様子は本当に仲の良い母娘のように見えなくもないが、それはそれで彼女の実の母親である花織さんになんか申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「ごちそうさんっと。それで、午後からは何をすればいいんだ?」

 昼食を平らげて一息ついたところで、母さんから次の指令を確認する。

 

 べ、別に母さんと智花が仲良くしてるのを見てて羨ましくなったわけではない、礼儀正しく健気な少女が家の手伝いをしてくれるというのに、実の息子である俺が好き勝手にダラダラと過ごすことに居心地の悪さを感じてしまうだけだ。

 何より彼女にコーチとしての威厳を保つためにも、彼女の言葉を借りて言うなら『はしたない姿』を見せるわけにもいかないだろう。

 俺としては智花の『はしたない姿』をもっと見せてもらいたいところではあるが……さすがに本人に向かって「智花のはしたない姿をもっと見せて欲しい!!」なんてことは口が裂けても言えないが。

 

「そうねぇ~それじゃあ夕飯の準備をするまで二人とも自由時間~」

 母さんの言葉に内心面倒事を回避できたと安堵する俺に対して、智花は不満そうな……というよりは申し訳なさと、どこか寂しさを感じる表情になった。

 

「え……でも、まだ色々と家のお仕事があるのでは……おっしゃって頂ければ、お洗濯でも何でもお手伝いさせて頂きますよ?」

「ううん。お買い物をしてくれただけで十分よ。それにお洗濯は昴くんが恥ずかしいんじゃないかしら?」

 真面目な少女はすぐにでも自分ができることがないかと必死に考えを巡らせ、母さんに手伝わせて欲しいと懇願している。

 

 ダメだな。智花と比べるとどんどん自分が情けなく思えてきてしまう……とは言え洗濯はマズいよな。

 俺が彼女の衣服を手に取ることは当然アウトだが、俺の物を彼女の手に触れさせる。というのもできれば避けたい。

 母さんの言うとおりメチャクチャ恥ずかしいし、そもそも智花にそんな物を触らせたくない。

 

「ふぇ? ……はぅぅ!? す、すす昴さんの……」

 男の俺が言う訳にもいかず、あえて傍観に徹していたが、一拍遅れて彼女も俺と同じ考えに至ったらしく、顔を両手で抑えて俯いてしまった。

 きっと心優しく真面目な彼女は恥ずかしがりながらも、俺の服や下着を手に取り、それはもう丁寧に扱ってくれることだろう。

 ここは彼女が変な決意を固めてしまう前にさっさと話題を変えてしまった方がいいな。

 

「智花、母さんもああ言ってるんだし、良かったら飯の準備まで一緒にバスケに付き合――」

「昴くんには智花ちゃんのお勉強を見て欲しいんだけどな~ついでに自分のお勉強も頑張ってくれるともっと嬉しいんだけどな~」

 くっ……なかなか痛いところを……確かに来年からのバスケ部活動再開のためにも学業は疎かにはできないが、なにも智花の前で言わなくてもいいじゃないか。

 まるで俺が勉強嫌いで成績がいつも赤点ギリギリのダメな学生みたいじゃないか……悔しいが否定はできないけどさっ。

 

「ふぇ? ええっと……」

 俺と母さんから同時に別々の提案を受け、困った表情で交互に見比べながら、どちらを受けるべきか迷っている。

 偶然にもタイミングが被ってしまったわけだが、彼女にはなかなか酷な選択を強いる結果となってしまったか。

 コーチかその母親か。はたして智花はどちらを選ぶ。

 

「智花。自由時間なんだから、智花の好きな方でいいんだよ」

 本心としては、再び彼女と頭が真っ白になるくらいメチャクチャに激しいバスケがしたい。

 彼女の繊細でいて時に激しいボール捌きや綺麗なフォームで『俺を抜きたい』というたった一つの想いのみを抱きながら一心不乱に彼女が飛ぶ瞬間を何度も目に焼き付けたい。

 

「で、では……お勉強を見て頂いてもよろしいでしょうか? 次の授業までにしっかり予習と復習をしておきたいので」

 うん。しってた。優等生な彼女が学生の本分である学業を疎かにしてまで大好きなバスケに夢中になるわけないよね。

 やるべきことをしっかりとこなして、それではじめて大好きなことを思う存分楽しむ子達だもんね。

 あの夏休み以来、真帆も少しずつではあるけれども、ちゃんと自分で宿題を頑張るようにもなってくれたみたいなんだし。

 

「やっぱり智花ちゃんがお泊りに来てくれて良かったわ~これを機に昴くんももっと勉強を――」

「――そ、それじゃ、俺の部屋じゃ机も椅子も一個しかないから、今日はリビングで一緒に勉学に励もうか。うん」

 もうやめて! 俺のライフはとっくにゼロよ! お願いだから智花の前で俺のコーチとしての威厳を揺るがすようなことを言わないで下さい!!

 それに……これでも俺、みんなのコーチだと自信を持って言えるように勉強も頑張ってるんだぜ。

 

 

 それぞれの勉強道具をリビングの小さなテーブルに広げながら、向かい合って座る。

 さて二人の勉強会を始めようか。という時に、目の前の少女が俺の顔色を窺いながら声をかけてきた。

 

「あの……昴さん?」

「ん? ……あぁ……ごめんね。みんなの前では偉そうにしてるのに……幻滅しちゃったろ?」

 ここで実は勉強もちゃんと頑張ってるよ。とアピールしたい気もするが、それはそれでなんか情けない気もするし、

 そもそも目の前の文武両道を地で行っている少女に、そんなことを言う勇気はない。

 

「ふぇ? い、いえっ。その……こう言っては失礼だとは思うんですが、なんかちょっとだけ安心したと言いますか……」

「安心?」

「部活の時とか私達が無理をしないように身体の事を本当に良く考えて下さっていたり、試合の時だって、いつも私達じゃ思い付けないようなすごい作戦を考えて下さっています。それに、とても優しくて温かくて……こんなにすごい人のお側に私なんかがいさせてもらっていいのかな? って思ってしまいます」

 ただバスケを始めたのが彼女達よりほんの少しだけ早かっただけなんだ。

 たったそれだけの事で、彼女達は俺を心から尊敬してくれている。

 まぁ、彼女達の大切な場所を守るためのわずかばかりの手助けをすることができた。と思うくらいはいいだろうか。

 

「あはは、実際に蓋を開けてみれば買い被りすぎだっただろ?」

「そんなことないですよっ。愛莉を通じてですけど、万里さんや葵さんも昴さんが勉強をしっかり頑張ってるってお話を聞いてますし……その……前の葵さんの時みたいに私達のコーチを辞めさせられないようにって、すごく真面目に頑張っていらっしゃるってお聞きしてますっ」

「俺も最後まで智花達のコーチを続けたいからね」

「来年からはもうお別れ……なんですよね」

 言ってから失言に気づいたが、これは避けては通れないことを彼女だって理解している。

 

「別にお別れってわけじゃないさ。中学からはちゃんとした部活もあるみたいだから、今度こそ智花達だって色んな試合にも出れるし、思いっきりバスケを楽しむことができるんだよ」

「はい……」

「智花達が思いっきりバスケを楽しんでいる姿を見せてもらって、俺もバスケが大好きなんだって思い出させてもらったし、来年からは俺も自分のバスケを思いっきり楽しませてもらうよ」

「昴さんのご活躍……本当にお祈りしてますね……」

 いくら俺が鈍いとは言っても、今にも泣きそうな表情で彼女が本当に口に出したい言葉を必死に我慢して、別の言葉を俺に届けてくれた。ということくらいは気づいている。

 どれだけの想いで、その言葉を口に出さないようにしているかは分からなくても、言いたいことくらいは今までの彼女達と過ごした日々を通じて十分伝わっている。

 

――ダメだな。わがままを言ってもらいたい。とか勝手に思ってたくせに、いざ本当に言われちまったら、そのわがままを叶えてあげることができないじゃねぇかよ。

 

 俺もできることなら、みんなの成長をいつまでも間近で見続けたいけど、俺の本当の目標は別にあるし、彼女達もそれを理解してくれている。

 仮に彼女達の口から俺に「中学になってからもコーチを続けて欲しい」なんてわがままを言われても俺は、それに応えてあげることはできない。

 だから、せめてものお詫びにと瞳を潤ませて涙を必死に堪えながらも、俺を激励してくれた少女の気持ちが落ち着くまで、何度も優しく撫でて続けてあげた。

 

 

「うぅ……すみません……また泣いてしまって……いつも昴さんにご迷惑かけてしまってばかりで……自分が情けないです……」

「そんなことないって。みんなのコーチとして過ごさせてもらっている時間は本当に俺にとってかけがえなのない大切な時間になってるんだ。もちろん今もね」

「ふぇ? ……今もですか?」

「頼りないとは思うけど、智花が――慧心女バスの誰かがいるなら俺はいつだって君達のコーチだ。バスケ以外のことだって俺に教えられることは何でも教えてあげるよ」

 慧心の授業が意外とハイレベルだったのは、夏休みに智花の宿題を見てあげた時に知ってはいる。

 だが、いくら俺でも中学生レベルに踏み込んでいるとはいえ、小学生の勉強を見てあげることくらいはできるはずだ。

 すごく情けないとは思うけど、智花達からコーチとしての威厳を保つためなら、使える手はなんだって使わせてもらう。

 

「よしっ。それじゃすっかり話し込んじゃったけど、そろそろ学生らしく勉学に励むとしようか。わからないところあったら、いつでも聞いてくれて構わないからね」

「はいっ。よろしくお願いしますね。昴さんっ」

 互いのペンを走らせたり、ノートを捲る音を聞きながら相手の集中が持続していることを感じ合う。

 俺が一息ついて集中の持続を中断した時や、智花がペンを走らせる音を止め、悩ましげな声を上げながら、こちらをチラチラと見つめているような視線を感じたら、微笑みかけながら彼女の勉強をみてやる。

 

 こうしてみると、二人で勉強をするという選択も良かったのかもしれないな。

 この後、彼女には晩飯の支度という最後の大仕事が控えているのだし、俺とのバスケで足腰が立たなくなるくらいヘトヘトにさせてしまっていたら、その大仕事に支障をきたすどころかできなくなってしまっていたかもしれない。

 何より、こうしてバスケ以外でも智花にいい恰好ができたというのが一番嬉しい事だったりする。

 真面目に頑張っている智花に触発されて……というのは、少々情けなくはあるが、それでも俺自身、自分でも驚くくらい勉強に集中できたという手応えがあった。

 

 

「智花ちゃん。そろそろお夕飯の支度を始めようと思うんだけどいいかしら?」

 智花の予習のための最後の問題を一緒に解き終えたところで、飲み物を持って来てくれた母さんから遂に声がかかる。

 

「はいっ。七夕さんのお邪魔にならないように頑張りますので、どうかよろしくお願いしますっ。昴さんも、勉強を見て頂いてありがとうございましたっ」

「こっちは俺が一緒に片付けておくから、智花は飯の準備お願いね」

「ありがとうございますっ。昴さんに喜んで頂けるよう頑張りますので……た、楽しみにしててくださいねっ」

「期待してるよ。それじゃ、俺は大人しく部屋で待ってるから、できたら声をかけてね」

 引っ込み思案の彼女が「楽しみにしててください」とまで言ってくれたのだ、これは期待せずにはいられない。

 俺は俺で期待を胸にしつつ、ふと思いついたことを、こっそりと実行すべく自分と彼女が使っていた勉強道具を抱えながら自室へ戻るのだった。


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