ロウきゅーぶ!短編集   作:gajun

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智花二回目のお泊り2

「今日一日出来るだけ、この家のお手伝いをさせて頂けませんか?」

 俺がシャワーを浴び終え、リビングで三人で朝食を囲んでいた時に隣に座っていた少女からの言葉だった。

 

「あら? いいの? せっかく家に泊まりに来てくれたのに」

「ただ泊めて頂くわけにもいきませんし、その……出来れば七夕さんにお料理を教えて頂ければと思いまして……あっ、もちろん他のことだってなんでもやりますっ」

 まさか智花からそんなことを言いだすなんて、これはちょっと予想外だったな。

 礼儀正しい彼女らしいと言えばそうなのだが、もしかしてまだ気にしちゃってるのかな?

 無碍に断るよりも、それで少しでも彼女の気が晴れるなら、その方がいいかもしれないけど……

 

「お手伝いしてくれるのは嬉しいんだけど、昴くんは本当にいいの?」

「そこでなんで俺に振るんだよ? そりゃ、智花には泊まりに来てくれてるんだから、もっと自由に過ごして欲しいとは思うけど」

「家でもお母さんのお手伝いをしてますので、七夕さんのお邪魔にならないようがんばりますから、どうかやらせてくださいっ」

 ここまで真剣に頼まれちゃ、母さんだって断れないよな。

 智花を独り占めできる時間が減ってしまうのは、少しだけ残念な気がするけど、彼女の意志を尊重しなくちゃな。

 

「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら。よろしくね、智花ちゃん」

「はいっ。ありがとうございますっ!」

 まるで本当の親子の様に仲良く微笑みあっている二人になんか疎外感を感じてしまう……

 

「――それで、昴くんはどうするのかなー?」

 多分、俺の心情を察して声を掛けてくれたんだろうけど、なんか悔しい。

 別に苦ではないんだけど、そのニヤニヤした表情で俺を見るのをやめろ。

 

「俺も手伝うよ。智花一人にやらせるわけにいかないし」

「そんなっ。昴さんはゆっくり過ごしてくださいっ。いつも私達のお相手までして頂いて、とてもお疲れでしょうし」

「ふふっ。いいんじゃない? たまには昴くんにもお手伝いして欲しかったんだし、昴くんも智花ちゃんの花嫁修業ぶりをしっかり見てあげてね」

 俺と智花を交互に見比べるながら、それはそれはとても楽しそうに、からかう様な笑顔を浮かべている。

 

「ぶっ!? ……お、おいっ。いきなり何言ってんだ!?」

「は!? は、はは花嫁!? ふぁうぅぅぅぅ……花嫁……修行…………昴さんの…………はぅ!?」

 両手で可愛らしく頬を抑えているが、紅潮しているのは頬どころか顔中が真っ赤になってしまっている。

 

「……すばるさんに……はなよめとして……ごまんぞくしていただけるか……みていただける……ふぁうぅぅ」

「智花! 落ち着くんだ!! これは母さんのいつもの悪戯だ。真帆達みたいに俺達をからかってるだけなんだ!!」

「……いっぱいがんばりますから……ためして……みて、くだ……さ……!?」

 頼むから焦点の合ってない瞳で、考えようによってはすごく危なそうな事を呟かないでくれ!!

 思わず智花の両肩を抱き、顔をじっと見つめる。

 俺の祈りが届いたのか智花の瞳に徐々に光が戻るが、小さな口をぱくぱく開いたり閉じたりを繰り返して何か言葉を縛り出そうとしているが何も出ていない。

 

「智花。ゆっくり深呼吸しようか」

 俺の声にこくこくと首を縦に振り、ゆっくりと小さな胸いっぱいに空気を溜めこんで、ゆっくりと吐き出す。

 俺と見つめ合いながら何度か深呼吸を繰り返していく内に徐々に落ち着きを取り戻し始めている。

 

「わ、わわ私、何を言っちゃって……はぅぅぅぅ!!」

 なんとか極限状態を脱することはできたようだけど、顔を隠しながら俯いてしまった。

 

「あまり母さんの言うことを真に受けなくていいからね。たまに変な事言うけど聞き流してくれて全然構わないから」

「は、はい……はぅぅ……わ、私にはまだ早すぎますよね……」

「うふふ。本当に二人は仲良しさんね」

 元凶が何を言ってんだ。

 

「頼むからあまり智花をからかわないでくれよな。すごく真面目な子なのわかってるだろ?」

「あら? 別にからかってるつもりはないわよ? 女の子にとって素敵なお嫁さんはいつの時だって憧れなんだから。ね、智花ちゃん」

「ふぇぇ!? は、はい……ですが、私になれるんでしょうか? ……お、お嫁……さんに……」

 智花なら十分すぎるんじゃ。礼儀作法も家事も一通りできるみたいだし、あとは年齢さえクリアしちゃえば、よっぽどそこらの自称主婦よりも、いつでも嫁入りできる気がする。

 まぁ智花が欲しければ忍さんを攻略しないといけないわけだが……

 もっとも忍さんが認める程の男だったら、きっと智花も幸せに暮らせるだろうし、毎日がすごく楽しい日々を過ごせるんだろうな。

 

「智花を嫁にするには、まず忍さんを説得しないといけないけどね」

「あはは、お父さんすごく厳しいですから大変そうですね……………………え?」

「あら? 昴くん、本気で智花ちゃんをお嫁さんに迎え入れるつもりなの? まだ少し早いから難しいと思うけど、できるなら歓迎するわよ?」

「な!? ち、違う!! 俺がじゃなくて、智花を嫁にしたい男はって話だよ!!」

「そ、そそそうですよねっ……す、すみません、勘違いしてしまいましたっ!…………はぁ……」

「ダメよ昴くん、女の子に期待させておいて、がっかりさせちゃうのは」

 ……どうして俺が智花と結婚する話にすり替わってんだ。ってか、歓迎するとか何さらっと、とんでもないこと言ってんだよ!

 智花と一緒に暮らせるなら、きっと今みたいにすごく楽しい生活を送れるとは思うけど……

 きっと智花が大きくなる頃には、俺よりも相応しい男に俺も忍さんも智花を奪われちゃうんだろうなぁ……

 それなら、その時が来るまでに今回のお泊りみたいに、智花とたくさん思い出作りを……

 もちろん俺を信用して大切な一人娘を俺の元に預けてくれてる花織さんや忍さんを裏切るつもりも、智花に不埒な事をする気も一切ないけど、

 残り僅かな時間しかない小学生の智花達と触れ合うくらいはいいよな?

 

「あはは……やっぱり私なんかじゃ、昴さんにご迷惑ですよね……」

「いや、迷惑なんてことは全然ないんだけどさ……」

「普通に考えたらそうよねぇ~私は本人達がその気なら構わないんだけど、智花ちゃんのご両親は心配よね~」

 頼むからいい加減、俺と智花を結婚させようとする発想から離れてくれ。

 

「ふぇ? えっと、その……どういう意味でしょうか?」

「俺もだけど、智花達も今後いっぱい色んな出会いがあると思うんだ。中学生や俺みたいに高校生になったら、今の大切な友人以外にもたくさん友達ができたり、色んなことに興味を持つようになると思う」

「は、はい。仰ることはわかります」

「だからさ。簡単にこの人と結婚したいとか言わないで、もっと視野を広く持ってゆっくりと色んなことを経験しながら、決めてもいいんじゃないかな?」

 今の智花くらいの年齢だと幼児が『将来お父さんと結婚する』なんて微笑ましい話では済まされなくなってしまうことだってあるんだし。

 間違っても彼女をそんなことに巻き込むようなことはしたくない。

 

「さすが昴くん、年上として智花ちゃんのことをしっかり諭してあげてるわね」

「これは本来は母さんの仕事だろ! なに面白そうに傍観決めてんだよ!?」

 なんで四つしか違わない若造が、こんな年頃で多感な時期の少女の話に真剣に向き合わなきゃいけないんだよ!?

 俺が話したことだって、結局はただのガキの持論でしかないから、もしかしたら間違ったことを教えてしまったのかもしれないとメチャクチャ不安なんだぞ!!

 

「……昴さんはやっぱり優しいです。お母さんやお父さんと同じくらい、私の事を大切に考えて下さっているのが伝わってきます」

「そりゃ年上として頑張ってるつもりだけど、もし間違ってると思ったことがあったら、遠慮なく指摘してよ。智花だってすごく立派な考え方ができると思うんだから」

 普段は大人しく引っ込み思案だけど、大好きな事や大切な者のためになら、すごい行動力を発揮できるんだしさ。

 

「それで……その……昴さん……」

「ん? あ、もしかしてやっぱり何か変なこと言っちゃてたかな?」

 俯き加減でもじもじと申し訳なさそうに上目づかいでこちらを見ている。

 

「そうではなくて……ですね……あの」

「うん。言えるようになるまでちゃんと待ってるから、落ち着いてからゆっくりでいいよ」

「ありがとうございます……その、さっき勢いですごいことを言ってしまいましたので……わ、私の決意が固まりましたら……あ、改めて伝えさせて頂きますので……どうかそれまで忘れて頂けますと……はぅぅ」

「え? あ、うん……それじゃ、また聞かせてもらえるの楽しみに待ってるよ?」

 よくわからないけど、これで智花も安心するなら頷いておいた方がいいか。

 智花もだけど、正直俺の方も母さんのペースに飲まれないように必死に落ち着こうとしているが、あまりにも刺激的過ぎる会話のせいで、そうとう頭が茹で上がってしまっている。

 なんか母さんにつられて俺も智花もすごいことを口走ってしまった記憶は幽かにあるが、何を話していたかまでは正直良く覚えてはいない。

 ただこの事態を引き起こした張本人である母さんは一人全てを把握した上で、俺達の様子を嬉しそうに眺めているのが気に食わない。すごく気に食わないがっ。

 うん。この状況で俺達が取るべき行動は一つ。さっさとこの出来事を忘れることだ!

 

「……とりあえずさ、しょ、将来の話で悶々と悩むより、今をいっぱい楽しまないと」

「は、はいっ。そ、そうですよねっ。せっかく七夕さんのお手伝いをさせて頂けるのに、このままだと何もできないで終わってしまいますっ」

「二人ともごめんねー。二人がとても仲良しさんだったから、羨ましくなっちゃって、つい変な事言っちゃたわ」

「やっぱりワザとかよ!?」

「はぅ!? 七夕さんまで……うぅ……恥ずかしいよぉ……」

 これ以上母さんが智花に変な事を吹き込もうと言うのなら、俺は智花を部屋に連れ込んで絶対に部屋から出さないという選択を取ることも辞さないぞ。

 智花の大切な純情を母さんに奪われないように俺が全力で護ってやる。

 

「ごめんね。智花ちゃんに恥ずかしい思いさせちゃったわね。……でもね、多分これは二人だけじゃなくて、私や智花ちゃんのご両親にとっても、きっと大切なことだと思うの」

「どういうことだよ?」

「思わせ振りなこと言っちゃったわね。ううん。今は気にしなくていいわ」

 珍しく急に真剣な表情になったかと思うと、いきなり会話を打ち切られてしまった。

 まぁ、せっかく話がまとまりかけて俺も智花も落ち着き始めたんだし、無理にこの話を続ける必要はないか。

 

「それじゃ、お料理を手伝いたいって言ってくれてる智花ちゃんには申し訳ないんだけど、お昼は私が作るから、二人は買い物に行って来てくれるかしら?」

「ん? 買い物なら俺だけでも……どうせなら智花に料理を教えてくれた方がいいんじゃ――」

「いえっ。私もお付き合いさせてくださいっ。何でもお手伝いすると言いましたし、わがままを言うつもりはありませんっ」

 わがままっていうか、そもそも買い物も料理も立派なお手伝いだし、荷物持ち位なら俺一人でも十分だと思うんだが……

 

「ありがとう、助かるわぁ。やっぱ昴くんよりも智花ちゃんに食材を選んでもらった方がいいからね」

「あまり自信はないですが……一生懸命選ばせて頂きますっ」

 あ、納得。確かに俺より智花に選んでもらう方が間違いなく良い物を選んでくれるはずだ。

 俺が口を出せるのは、せいぜい彼女が値段を気にして遠慮しないかを確認するくらいだろう。

 

「晩御飯は一緒に作りましょうね――それじゃ、お買い物のメモを書くから、二人はその間に出かける準備をして来てね」

「あ! 私はいつでも大丈夫ですので、お手伝いしますね。せめてこれくらいはやらせてくださいっ」

「あらそう? それじゃ一緒に洗いましょうね」

「はいっ。えへへ、家でもお母さんとたまに一緒に洗ってるので嬉しいです」

 食べ終えた食器を集め台所へ向かう母さんを智花が追いかけて行く。

 

「なんか朝飯を食べてただけのはずなのに、どっと疲れたな」

 くっ……不覚にも終始母さんのペースに振り回されっぱなしだったな。

 結婚か……確かに智花をはじめ、みんな俺のところにいるのが考えられないくらいすごく良い子達ばかりだよな――

 

 まさに現代の大和撫子を体現している智花。

 側に居てくれるだけで周囲をいつも元気に楽しい気持ちにしてくれる真帆。

 とてもしっかり者で、ただ厳しいだけでなく、実はとても優しい紗季。

 温かい包容力と誰にでも優しく深い慈愛の心に満ちている愛莉。

 庇護欲を掻き立てられるも、決してそれに甘えず、人一倍頑張り屋の小さな天使ひなたちゃん。

 

 ――って、ちょっと待て!? なんでナチュラルにみんなを対象として考えてしまっているんだ!?

 彼女達小学生は俺なんかが手を出していいような存在じゃない。むしろ俺の手なんかじゃ絶対に届かないくらい遥か遠い崇高な存在なんだぞ!!

 いかんいかん。気持ちをしっかり切り替えないと!

 さっき智花にやらせたように自分でも数回深呼吸をして気持ちを落ち着けながら、自分の部屋に携帯とサイフを取りに行くことにした。

 


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