ロウきゅーぶ!短編集   作:gajun

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甘え下手な彼女のために4(完)

 さて、当然だが、今この場には俺と智花しかいない。

 彼女の誰も見たことがないような可愛い姿も、彼女にとって恥ずかしい部分も俺にしか晒されることがない。

 唯一俺だけが彼女の大切な場所。最も深い聖域と言ってもいい場所に踏み込むことを許されたということだ。

 

――ヤバい。なんかゾクゾクしてきた。

 

 いや、決して俺を信頼して迎え入れてくれる彼女の聖域を好き勝手に荒らしたり、穢すようなことは絶対にしないけど、俺だけが今この瞬間、智花の全てを独占してしまっていると思うと胸にこみ上げてくるものが……

 絶対に傷つけないように大切にしてあげないとな。

 とりあえず、目の前で深々と頭を下げて俺のことを待ってくれていた少女に対して色々突っ込みたいことがあるが、一番最初に気になったことから確認させてもらおう。

 

「智花、今着てるのって、朝練用の俺のお古だよね?」

 今の智花の服装は、小柄な彼女にはやや大きいサイズで、いかにもな男物のTシャツだ――ってか、完全に昔の俺のお気に入りの一品だ。

 

「は、はいっ!! すみません、練習の時だけお借りするつもりだったんですが、待ってる間どうしても我慢できなくなってしまって……」

 俺に指摘されると、顔を俯かせたまま頬を染め、悪いことをしてしまった。と申し訳なさそうにしている。

 謝る必要なんて全然ないのに、しゅん。と小さくなってしまった少女を見て、変に緊張していた部分が一気に脱力する。

 

「ごめんなさいっごめんなさいっ……今すぐ着替えますのでっ」

「ちょっ!? と、智花! 落ち着いて!! それは絶対にダメだ!!」

 突然、自分の服の裾を両手で掴むと、一気に捲り上げて脱ごうとする智花に慌てて声を掛けて制止させる。

 全体的にほんのりと桃色に染まっている細いお腹と、中心の小さなかわいらしい窪み。

 目線をわずかに上にあげると、お腹が完全に露出しているどころか、かなり際どいギリギリのラインまで捲り上げてしまっていたが、幸いにも致命的な物は見えずに済んだ。

 反射的に確認するように目線を上げてしまったけど、見えなくて本当に良かったと心の底から安堵する。

 

「はぅぅぅぅ!? す、昴さんの目の前で私ったらなんてはしたない真似を!? うぅ……み、見えちゃいまし……た……?」

「だ、大丈夫。かなり危なかったけど、本当に見てないから!」

 真っ赤な頬を両手で抑え、涙を浮かべている少女に、こちらも必死に見ていないことを説明する。

 

「……ち、小さかったから、見られないで済んだのかな……」

 男としては、なんとも答えづらい独り言を小声で呟きながら、安堵したように胸をなで下ろしていたが、これにはノーコメントを貫く。

 何がとは言わないけど成長期なんだから、別に心配しなくても、すぐに大きくなると思うよ。

 

「うぅ……本当に何度もすみませんでした。その……昴さんが嫌でしたら、すぐに自分のお洋服に着替えますので……」

「別にそのままでもいいよ。朝練の時しか着ちゃダメなんて言ってないし、智花に貸してるんだから自由に使ってよ」

「ですが、昴さんの私物を関係ない時に勝手に使ってしまって……」

「母さんが勝手に残してただけで、俺はもう着れないんだしさ。それに俺が昔気に入ってた奴を同じように智花がそれだけ気に入ってくれてるんだったら、俺も嬉しいよ」

 別に智花は怒られるようなことは一切してないんだ。と優しく頭を撫でると、泣きそうだった表情を一転させ、自分の肩を抱くようにしながら、着ている服を大切そうに抱きしめていた。

 

 不覚にも、そんな彼女の表情を見て、自分がそれだけ彼女に大切に想われているような気がしてしまい、思わずドキリとした。

 何を勘違いしてるんだ。智花も昔の俺と同じく、俺のお気に入りの服を気に入ってくれただけなんだぞ。

 そう思うと、今度はそこまで智花に気に入られている、自分の服を妬ましく思ってしまった……我ながらなんとも情けない……

 

 

 さて、気を取り直して――

 まずはこちらも腰を下ろし、智花と向き合う。

 

「智花。どういう風に抱いて欲しい?」

 言ってから気づいた。盛大にやらかしてしまったと。

 確かに抱くんだけど、こんなストレートな言い方はさすがにないだろ。

 

「はぅ!? ……は、初めてなので……優しくお願いしますっ」

 つられてしまったせいか、智花にとんでもないことを言わせてしまった。

 無自覚というか、気づいてのが幸いだったけど……智花、本当にごめん。絶対に優しくするよ。

 

「えーと、初めてなのはわかるよ。俺も自分からするのは初めてだし……その……前と後ろとどっちがいいのかな?って」

「どっちも恥ずかしいですが……ま、前でお願いします。後ろからより、昴さんのお顔が見える方が……きっと安心できるので」

「了解。智花、本当に嫌だったら絶対に我慢しちゃダメだよ?」

 肩に両手を置くと彼女の方からも遠慮がちにだが、俺の背中に両手を回してくれた。

 彼女の緊張が少しでも解れて、安心してできることを願うように、とても小さく儚さを感じる少女の背中に手を回す。

 

「嫌なんて……そんなこと絶対ないですっ。昴さんにこうやって抱きしめて頂けて……すごく嬉しいです」

「だったら、どうしてそんなに不安そうに震えて……」

「その……こ、これ以上昴さんに甘えてしまって、はしたない姿を見せてしまったら……昴さんに嫌われてしまうんじゃないか。って思うと、すごく怖いんです……」

 智花の言葉で俺の不安が一気に吹き飛んだ。

 お礼に智花のことを強く抱きしめてから、お返しにこちらも正直な思いを告げる。

 

「俺だって、智花のことを嫌いになるなんて絶対にない! もっと強く抱きしめるから、嫌じゃないなら……いっぱい俺に甘えてくれると……俺も安心できるからさ」

 智花が痛みを感じないように注意しながら、もう少しだけ抱きしめる力を強め、しっかりと体を密着させた。

 より強く彼女の温かな体温が小さく柔らかい体越しに伝わってくる。

 一瞬驚いたようにビクりと体が大きく揺れたが、それだけで智花からは抵抗がない。

 

「はぅ……そ、それでは……す、少しだけ失礼しますね……」

 智花も最初は恥ずかしそうにしながら可愛らしい声を上げていたが、徐々に安心感を覚え始めたのか、背中に回されていた手が俺を強く抱きしめ返してくれる。

 俺の膝の上で身体をもぞもぞと動かし、自分で安心できる体勢に直していくと、俺の胸に顔を埋めて子犬のように鼻先を嬉しそうにこすり付けている。

 

「昴さん………すごく温かくて、いい匂い………」

 俺も無意識に智花を抱きしめる力が強くなっていた。

 彼女のミドルショートに手を置いて、サラサラで手触りの良い髪の感触を楽しむように撫でてみる。

 それすらも智花は驚く様子なく、嬉しそうに受け入れてくれる。そして、もっとして欲しいと、ねだるように体を摺り寄せて甘えてきてくれる。

 

「すばるさん………だいすきぃ……ふぁふぅぅぅぅ………」

 緊張で硬く強張っていた体もすっかり緩み切っている。

 小柄な少女の柔らかな体を抱きしめながら、彼女が俺を受け入れてくれたことが、自分でも驚くくらい嬉しかった。

 

「すばるさ~ん……こんな甘えん坊でごめんなさい……でも……もっともっと、すばるさんにギュってして欲しいですよぉ~」

「あぁ、今は俺と智花二人っきりだから、智花の恥ずかしいところ見ているのは俺だけだ。いっぱい甘えさせてやるぞ」

 大人びていてお淑やかで、どこか遠慮してしまってる感じの子が、ここまで無防備に俺に心と体を許してくれるなんて、

 いつもの智花からは考えられないくらい安心しきった表情をしていて、俺が彼女をそんな顔にすることができたと思うと――お互いに勇気を出しあえて本当に良かった。

 

――さぁ、もっと智花の恥ずかしいところを俺だけに見せてくれ。

 俺の前ではもっともっと色んな智花を見せて欲しい。

 頑張ってる姿や、ちょっとしたことでドキドキして恥ずかしそうにしてる顔もかわいいけど、こうやって年相応よりも少し幼い感じがする甘えたがりの顔だって、もっともっと見せて欲しい。

 

「……やばい。すごくかわいい。かわいすぎる――いや、かわいいのはいつも通りなんだけど……」

 無防備に甘えてくれる彼女に愛おしさが湧き上がる。どこまでも智花を可愛がりたい。甘えさせてやりたい。

 智花はいつだって家でも学校でも頑張り続けているんだ。

 だったら、せめてこの時くらいは彼女が安心できる時間を過ごさせてあげたい。

 

「――おっと……あんまり騒がしくすると起きちゃうな」

 気づくと智花は俺の腕の中で穏やかな寝息を立てていた。

 起こすのもかわいそうだし、俺もこうやって智花のことを抱くことなんて、滅多にないだろうし……

 

「……ちょっとくらいなら、いいよな?」

 今の内に、もっとしっかりと智花の抱き心地の良さを堪能させてもらおうかな?

 起きたらきっと「ふぇぇ!?」なんて言いながら、顔を真っ赤にして慌てる彼女の姿が想像できたけど、そのあとだって離してやるもんか。

 そんなことを考えながら智花の幸せそうな寝顔を見ていたら、なんだか俺も眠くなってきた。

 

――少しだけなら、このまま一緒に寝てもいいよな? っていうか、寝たい。一緒に眠らざるを得ない!!

 

 こんなにかわいい子を抱きながら寝れることなんて一生の内に何度もないだろうし、智花には悪いけど、ちょっとだけ俺の至福の時間に付き合ってもらおう。

 智花を起こさないように注意しながら、自分の体を下に、ゆっくりとベッドに倒れ込む。

 幽かに聞こえる智花の寝息や温かな体温に誘われるように、俺も気づいたら安らかな眠りへとついていた。

 

 

 朦朧とする意識の中、何やら聞きなれた気がする声が聞こえる。

 

「ふわぁ……あれ? 私寝ちゃってたのかな? ここどこだっけ? ………ふぇぇ!?」

 驚いたような感じの声と同時に、自分の上に何かが乗っている感触に気づく。

 それほど重さを感じるものでもなく、むしろ自分の上にいるのが自然な感じがするくらい心地良いものだったらしく、

 どうやら自分から、それが離れてしまわないように両手を回して強く抱いていた。

 始めは、それが自分から逃げるように、グラグラと揺れていたようだったが、俺が離そうとする気がないことを察すると、大人しくそのまま抱かれたままでいてくれた。

 

「私……昴さんになんて粗相を……ぁ」

 再び自分の体の上に乗っている物から声が聞こえてくる。

 

「……昴さん……好きです……自分でも変だと思うくらい、はしたない変な子ですけど……大好きです……」

 自分の上半身の方へ昇っていくように動いているが、逃げようとしてる様子ではなく、その動きや温かさがとても心地よかったため、手の力を緩め自由にさせる。

 

「昴さん……大好きです。いつだって私達のことを大切に見守って下さっていて、本当に嬉しいです」

 

――そうか。この声は智花だ!

 ようやく声の主に気づくことができたが、まだ意識が朦朧としているせいだろうか。

 彼女が何を話しているかが、上手く聞き取ることができない。

 

「……本当はもっとしたいことあるんですけど……私なんかの初めてを勝手に押し付けてしまってもご迷惑ですよね。……でも、いつか昴さんにもらって頂けたら嬉しいです」

 また何か遠慮しちゃってるのかな? 俺に遠慮する必要なんかないのに……いつか、もっともっと智花が俺に心を開けるようにならないと……な。

 まだ声も出ないし、体もほとんど動かすことができない。

 すぐにまた眠っちゃいそうだけど、せめて智花が安心できるように、もうちょっとだけ優しく抱きしめてあげないと。

 腕の中にいる智花が嬉しそうに微笑んでくれたような気配を感じ、安心したところで、俺は再び意識を手放した。

 

 

 今度は、しっかりと意識を覚醒させて目覚めると、俺の寝顔を幸せそうに眺めている智花と目が合った。

 今の今まで、自分の寝顔を見られていたかと思うと、すごく恥ずかしい。

 そして、今もなお俺に強く抱きしめられている状態で智花は――

 

「………またお願いしてもいいですか?」

「いつでも歓迎するよ。毎日だっていいくらいだよ。智花にあんな風に甘えてもらえるなんて夢にも思わなかったし」

 俺の言葉に頬を真っ赤にしてしまった。多分、ついさっきまでの自分の姿を思い出してしまったんだろうな。

 

「はぅ!? だ、ダメですよぉ~そんなこと言われちゃったら、私絶対我慢できなくなっちゃいます。……その……ど、どうしても我慢できなくなっちゃったら……ご迷惑を掛けてしまいますが、よろしくお願いします……はぅぅ」

 うん、まだ少し遠慮してるところがあるみたいだけど、ちゃんとおねだりができるようになったのはいい傾向だな。

 

――後に俺のお古を着ている時が、彼女が俺に抱きしめて欲しい時のサインだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。

 

「……ところで、多分風邪を引かないようにだと思うんだけど……この毛布を掛けてくれたのって……」

「いえ……私も目が覚めた時は……その、まだ昴さんに抱きしめて頂いたままだったので……」

 時計をちらりと確認するが、それほど時間は経っていない。二人で寝てしまったが、せいぜいうたた寝をしていた程度だったのだろう。

 

 だが、例えば母さんが朝食を作り終えたのに、いつまでもリビングに来ない俺達を心配して様子を確認するくらいには十分に時間が経過してしまっている……かもしれない。

 ってか、これ絶対に見られてるよね!?

 でもさ、小学生の女の子とベッドで抱き合いながら寝てる姿を微笑ましそうに眺めながら、俺達に毛布だけ掛けてそっと去っていくのは親としてどうかと思うんだが……いや、その状態に持ち込んだのは間違いなく俺なんだけどね!!

 

「はぅぅぅぅぅ……ど、どどどうしよう……絶対見られちゃってるよ……」

 どうやら彼女の方も俺達が寝てる間にこの部屋に第三者が訪れた可能性に気づき、自分のはしたない姿を見られたことに酷く狼狽していた。

 

「ごめん智花。俺のせいだ」

「そ、そんな! 昴さんは悪くないですっ。元々は私が昴さんに無理を言ってお願いしてしまったんですからっ」

「とりあえず行こっか。あんまり待たせるわけにもいかないし……」

「はぅ……はい……うぅ……七夕さんに会うの恥ずかしいよぉ……」

二人で並んで自首するような気持ちでリビングへ向かっていくのだった。

 

ドアを開けた瞬間「あら? もっとゆっくりしてて良かったのよ?」と、心の底から祝福してくれているような、それはもう清々しいまでに温かな笑顔に出迎えられたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 




もっかんに抱き癖属性を付与するお話。
意外とすばるんの古着ネタの汎用性の高さに驚いていたり。

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