ロウきゅーぶ!短編集   作:gajun

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甘え下手な彼女のために1

「トモのこと抱いてやってくれませんか?」

 

 今日の部活終了後に他の四人がシャワーを浴びに行く中、俺に少し用事があるから。と、ただ一人残った少女――永塚紗季の口から突然そんな言葉が飛び出した。

――キミハイッタイナニヲイッテルンダ? 思わず反射的に出そうになった言葉を飲み込み別の言葉を絞り出す。

 

「いやいや!! 突然そんなこと言われたってできるわけないだろっ」

 俺のもっともな正論に、紗季も何かに気づいたのか急に顔を赤くしながら早口で説明を始める。

 

「……!? いえ違うんですっ!! 抱いて欲しいと言っても別にトモの初めてをもr――」

「ストーーーップ!! 女の子が男の前でそんなこと口にしちゃいけません!!」

 恥ずかしさのあまりか、矢継ぎ早にとんでもないことを口走りそうになった紗季の言葉に慌てて割り込み暴走を食い止める。

 

「わ、私としたことが……失礼しましたっ」

「う、うん。とりあえず何か理由がありそうなのはわかったよ――それと…言いづらいんだけど、紗季はとても勉強熱心だから色んなことを知ってるのはわかるんだけど……もう少し言葉を選ぼうね? 俺もドキッっとしちゃうから…」

「ぅぅ……本当に失礼しました……」

 自分の失言にバツが悪そうに黙り込んでしまった。

 やっぱり真帆と違って紗季は言葉の意味わかってて使ってるんだろうなぁ……たぶん。

 でも、言葉の表面上の意味だけで、本質には気づいてないみたいだし、ここら辺はまだ真帆と大差ないのかも知れない。

 

 いずれ本当の意味を知っちゃった時には紗季だけじゃなくて、みんなともギクシャクした関係になっちゃうかもしれないのは少し寂しいけど、いつかは訪れることだろうし仕方ないか。

 せめてその時までは、智花達と深く繋がり合える関係のままでいたいな。

 端から見れば小学生と深め合った絆なんて。と思われるかもしれないが、今の――いや、今後の俺にとってもこの絆が永遠の宝物になるのだから。

 

 小学生という一生の内でもっとも大切な時期を俺に捧げてくれている、みんなの決意と覚悟に報いるためにも、俺も俺が与えられる全てを彼女たちに注ぎ込むつもりだ。

 

――おっと、つい己の中に宿る小学生への熱く燃え滾る想いに夢中になってしまっていた。この気持ちに偽りがないことを証明するためにも、まずは目の前の少女を自らが招きよせてしまった羞恥心から解放してあげなくては。

 

「勝手に勘違いしちゃったのは俺なんだし、俺の方こそ紗季に恥ずかしい思いをさせちゃってごめんね――さすがに紗季がいきなりこんなことを言い出すのにもちゃんとした理由があると思うんだけど、それを聞かせてもらえるかな?」

「はい。いつも長谷川さんを頼らせて頂くのは申し訳ないとは思うのですが、今回もやっぱり長谷川さんが適任だと思いましたので」

 過去にも智花に俺の背中を流させたり、俺の部屋に泊まらせたりと、たまに真帆との悪ノリに歯止めが効かなくなり、智花をからかいすぎてしまっているとは思う。

 だけど、最終的には彼女たちの目論見通り、俺と智花をより親密な関係にさせることに成功した。という実績がある彼女からの提案だ。

 きっと今回も大切な友人のためを想ってこその提案なのだろう。

 

――と言っても口ぶりから今回もなかなか高いハードルを用意してくれたみたいだが。

 これを飛ぶか潜るかは俺と智花次第ではあるんだが――智花はきっと友人からの提案を信じて飛び越える選択をしちゃうんだろうな。

 そして、その智花の決意に俺も一緒の道を選ばざるを得ない。紗季……恐ろしい子。

 

「長谷川さんもご存知かと思いますが、トモは実はすごく寂しがり屋なんです。本当は真帆やひなみたいに抱き付いたり触れ合ったりして喜びや気持ちを伝えたいと思っているのに…きっとトモの家でも厳しく育てられているでしょうし、よっぽど嬉しい時以外は、恥ずかしさもあって普段は我慢してしまうんですよね。」

「あ~なんとなくわかる気がするな。智花も前に寝てる時とか手に届く物を強く握りしめたり、抱き締めてしまう癖があるって言ってたっけな。今思うと、やっぱり本当は寂しいし、手にした大切ものを絶対に失いたくないっていう気持ちが強いんだろうね」

 智花がそうなってしまったであろう一番の原因は俺も紗季もとっくに気づいてしまっている。

 

「――何より前の学校のこともあって人に嫌われることに対してひどく怯えてしまっているんでしょうね。私たちと本気でバスケを始めるようになって、ようやくトモ本来の性格が戻ってきたんでしょうけど、やっぱり心のどこかで失うことに対しての恐怖が根強く残ってしまっているんだと思います」

 紗季が言うことが多分正解なのだろう。

 彼女達は俺が出会う以前の傷ついた心を必死に守るために殻に閉じこもり続けていた智花を知っているのだから。

 四人の出会いが、智花の心をゆっくりと癒し、再び智花が飛び立つことができる新しい翼を創り上げた。

 だからこそ、大切な友人に嫌われるかもしれないと思ったことは無意識にできなくなってしまっているんだと思う。

 

「でも、それなら真帆とかひなたちゃんが適任じゃない? っていうか、普段からよく抱き合ってそうなイメージがあるんだけど」

「そうですね。ちょっとしたスキンシップくらいなら私達でも十分できると思います」

「それならわざわざ俺に頼むことでもないんじゃ……っていうか、智花だって俺みたいな男に抱き着かれたら、恐怖こそすれ喜びなんて絶対にしないと思うよ」

 下手すると一生物のトラウマになりかねんし。

 俺としても大切な智花にそんな真似は絶対にできない。

 

「抱き合うくらいなら私達でもいいんですが、私達が知ってる限りでは長谷川さんにしか頼めないことだと思っています。同い年の私達よりも年上の長谷川さんの方が、トモも甘えやすいでしょうから」

「あ、なるほどな」、

 確かに智花は普段から色々頑張り過ぎちゃってるところがあるし、いつも粗相がないように。と気を張り詰めていることだろう。そんな少女が少しでも気を緩めることができるような場所が増えてくれるなら、反対する理由なんてどこにもない。むしろ推奨するくらいだ。

 家でも花織さんは優しそうだけど、多分忍さんの父としての優しさっていうのは、智花の年齢じゃ伝わりにくいと思うし。あまり忍さんには甘えられないのかもしれない。

 智花を甘やかしてあげられる役割を俺が担うことができるのなら、これ以上に嬉しいことはないだろう。

 まぁ、智花とこれまでの間にどれだけ信頼関係を築けていたかが、はっきりしてしまうから、少し怖いところではあるが。

 下手すると今まで必死に積み上げ、慎重に築いてきた信頼が一瞬で消し飛んでしまいそうだし、そうなったら俺の方が、多分もう二度と立ち直れなくなるかも……

 

「……でもさ、もう少しだけハードルを下げられないかな? さすがにいきなり智花を抱きしめるのは……」

「では、長谷川さんにお聞きしますが、抱き癖のあるトモが一番甘えやすくて、嬉しい状況ってどんな場面だと思います?」

「……抱き付いたり、抱きしめられることだとは思うけど……」

 智花の名誉のためにあえて蒸し返すようなことはしたくはなかったのだが、お淑やかで自制心の強いはずの智花が衝動のままに動いてしまっていた時の出来事を思い出してしまった。

 

 ForM主催のミニバス大会の優勝祝賀会の時は、智花が俺に全身しがみ付くように強く抱き着いた挙句、スク水越しの幽かな膨らみを顔面に押し付けらr――いやいやそんなことはない。絶対になかった。

 そして、羽多野先生のご実家の旅館でも、智花らしからぬくらいに着崩した浴衣姿で俺に全てを曝け出そうとしてしまっていた時も、やっぱり俺に強く抱き着いてきた――あの攻防戦の後すぐに寝落ちしてくれたおかげで事なきを得たが、本当に危なかった。

 確かに俺に心を開いてくれてるからこその行動だとは思うが、だからといって無自覚の状態の智花を気兼ねなく抱きしめてやれるかと言われれば、そんなことできるわけもない。

 

 初めて会った頃に、あの歩道橋の上で本当はみんなとのバスケを続けたい。と泣きながら話してくれた時は、先に俺の感情が爆発してしまったが。

 俺も智花もいつもお互いに相手に迷惑が掛からないようにと、限界まで我慢した末に、ようやくほんの少しずつ気持ちを打ち明け合うことができていた関係なんだ。

 

 

「私からトモにも話してみるので、長谷川さんからも提案して頂けませんか? きっとトモは恥ずかしがって遠慮するかもしれませんし、それならそれで構いません――だけど…もしトモが長谷川さんに抱きしめてもらうことを望んだら、その願いを叶えてあげることはできますか?」

「俺で良ければ全然構わないけど……お願いだから、くれぐれも無理強いするような言い方はしちゃダメだよ」

「それはわかってます。私からは、もう長谷川さんにお願いしちゃったってトモに話しちゃいますし、長谷川さんからも私からトモを抱いて欲しい。って言われたって、トモに迫って頂いても構いませんよ? その方がトモも――」

「え~っと……迫るっていうのは、さすがに冗談だよね?」

 どこまで本気で冗談なのかが少々読めなくなってきた。

 紗季のことだから、ちゃんとわかってくれてるとは思っているんだけど、俺の立場上、からかい目的で智花を抱くようなことは絶対にできない。っていうのをしっかり説明するべきだろうか?

 

「ふふっ。はい。長谷川さんがそんなことしなくても、トモのことだから長谷川さんが許して下さっているとわかったら、きっとすぐに甘えちゃうと思いますよ」

「紗季の期待に応えられればいいんだけどね。それじゃ俺の方はいつでもいくらでも構わないよ。って伝えてくれるかな? ちゃんと俺からも誤解がないように正しく伝えるつもりだけど、先に俺の気持ちがわかってた方が智花もきっと話しやすいだろうし」

 どうやら紗季の中では俺が智花を抱くことが、すでに確定事項になってしまっているようだ。

 智花を良く知る彼女から見ても俺と智花の信頼関係はそれくらいのことができるレベルになってると判断してくれてるのかな?

 だとしたら嬉しい限りだけど、それを盲信して先走るような真似は絶対にしないよう気をつけないとな。

 

「………………………………ほんっとトモが羨ましくなっちゃうな」

「え?」

 ポツリと小声で何か呟いたようだが聞き取れなかった。

 

「いえ。それでは真帆達がいる前で話すと色々と話がこじれてしまうと思うので、後でトモにだけそれとなく話してみます。結果は近いうち、トモの口から直接聞けるのを楽しみにしてて下さいねっ」

 そう言い残して急いでみんなが待っているシャワー室へと駆けて行く紗季の後姿を見送りながら考える。

 

――本当にこれで良かったのだろうか? という不安がいつまでも拭い切れなかったが、俺はみんなが戻ってくるのを立ち尽くしながら待つしかできない。

 まぁ、いつ智花を抱いてもいいようにしっかり準備はしておかないといけないかもな……いや、智花を思う存分抱けるなんていう、身の程知らずな期待などしてないが。

 …………………………あれ? もしかして葵に頼めば良かったんじゃ…親でもなく面識もあって、年上かつ同性ならもっと甘えやすいんじゃ……

 我ながら名案だと思うが……どうしてあと数分早くそのことに気づかなかったんだ!?

 

 

「なぁ紗季。気づいたんだけど、これって別に俺じゃなくて葵に――」

「ダメです。長谷川さんは、トモが望んだら抱いて頂けるとおっしゃいましたよね」

 みんなと一緒に汗を流し終えて体育館に戻ってきた紗季にこっそりと話しかけるも、俺の意見はばっさりと切り捨てられてしまった。

 

 ほんの少し前の紗季とのやり取りが思い返される。

 

――もしトモが長谷川さんに抱きしめてもらうことを望んだら、その願いを叶えてあげることはできますか?

――俺で良ければ全然構わない

 

 俺は紗季に智花が望めば抱く。という言質をしっかりと取られていた。

 日ごろから思慮深くしているつもりだったのに、まさかこんな大事な場面で致命的な判断ミスを引き起こしてしまうとは……

 

「でも、智花だって女の子同士の方が――」

「長谷川さん……お願いします。ほんの少しだけトモに歩み寄って頂けませんか? そうして頂けるだけ、きっとトモは長谷川さんへの本当の気持ちを伝えられるだけの勇気をもらえると思います」

 俺がどう食い下がろうとしても、やはり紗季は俺に智花を抱かせたいらしい。

 紗季自身も智花のことを想っての行動なのだろうし、俺も二人の仲を信じるべきかも知れない。

 確かに思慮深い紗季が、葵に頼るという発想に至らなかったとは考えにくいし、もしかしたら、その上で葵よりも俺の方が適任だと判断してくれたということなのだろう。

 

「あの……長谷川さん……本当に無理だとおっしゃるんでしたら……はっきりおっしゃって頂ければ、撤回しますので……」

「いや、俺が智花を抱くのは全然、嫌なんかじゃないんだ。むしろそれで本当に智花が安心して気持ちを休めることができるのなら、いくらでも抱いてやりたいくらいだ」

「ありがとうございます。長谷川さんにはいっぱい気苦労を掛けてしまい申し訳ないですが、どうかよろしくお願いします。あまり関係ないかもしれませんが、もし長谷川さんがトモ以外の事も抱いて頂けるのでしたら、私たちは間違いなく葵さんよりも長谷川さんを選びます」

 俺と紗季がこんな話をしているとは夢にも思っていないだろうな。と、視線をちらりと智花に向ける。

 紗季と同じくらい大切な友人達と楽しそうに笑顔で何かを話している様子からも、俺達の様子には気づいていないのだろう。

 

「はは、みんなにそう思われてるなら光栄だよ……でも、紗季、女の子があんまり過激な発言をしないようにね」

 視線を戻すと頬を赤く染め、俯き加減に視線を落とし、体操服の裾を握りしめている紗季がいた。

 そこで紗季もまた恥ずかしいのを我慢して、彼女なりに必死に智花のためにできることをしていたのだと気づく。

 

「ありがとな。紗季」

「!? ……い、いえっ、私は長谷川さんにご迷惑なお願いをしてしまっただけで……」

 

――この友達想いの優しい少女の期待に応えるためにも、絶対に智花を抱いてやらないとな。と、紗季の髪を優しく撫でながら、決意を固めた。


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