もし死に戻りの記憶がみんなに戻ったら re   作:なつお

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第7話『賭けの行方』

 

 賭け勝負というのは、往々にして『運』という要素が絡んでくる。運も実力の内などというが、果たしてそれは過剰に偏りが生まれるようなパラメータなのだろうか。もしそうだというなら、技術や肉体や精神のように鍛えることが出来ないこのステイタスは一体どうすれば良いのか。

 ある種極限的に運のある者とそうでない者、勿論その差を無理矢理に押し埋める程の『技』があれば別だろう。

 が、それもある程度までの話。経験さえ積めば、結局のところ運を持つ者のアドバンテージは覆らない。それも、ことプリシラにおいては、まるで神をも味方につけたかのような『豪運』の持ち主である。

 賭け事を持ち込むなら相手を選ぶべきだ。絶対的な運の前に実力など意味を成さない。

 

 しかしこれはあくまで()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 バーリエル邸にて、スバル達とプリシラによる賭け勝負が今、始まる。

 

「そんじゃあ、始めますかぁ」

 

 まずスバルがテーブルから燭台を取り払い、代わりに4つの箱を置く。先の説明通り、その箱にはイ文字を用いて1〜4の数字が書かれた紙が貼ってある。

 ここでスバルとオットーはそれらに対して、不正が行えないように背を向ける。

 

 そう。これだけ、これだけの準備で後の手番は全てプリシラに委ねられる。運命を決める賭け事というにはあまりにも、恬淡(てんたん)としすぎていると思われても仕方がない。

 

「そんじゃあ姫さん、引いてくれや」

 

 アルがプリシラにそう促す。言われ、並ぶ箱の前に進み出た彼女。

 しかし、ここでプリシラは考えた。

 

〝なぜ、箱でなければならない?〟

 

 スバル達が用意したのは縦横20cm程の、なんの変哲もない鍵のかかった箱。だがそれ自体がそもそも“おかしい”のだ。

 だいたい選んだ数字を当てるだけならば、正しく数字で書かれた『紙』で良いはず、なぜ『箱』なのか?

 

 ーー此奴ら一体どんな小細工を?

 

 そして次に注目するのがその重量。4つの箱のうち3つはほぼ均等な重さだ。

 しかし、

 

 ーー1つだけ、重い?

 

 4つの箱全ての重さが違うというならスバル達の狙いは正しく重量にあると見ていい。だがこれはどうだ、重い物は1つだけ。これにどの様なギミックが隠されているというのか?

 いやそもそもこの勝負、何故スバルだけでなく商人の小僧までもが参加しているのだ?

 

 そんな途方も無い思考が、解を求めるための選択肢の羅列が、彼女の脳内をただ螺旋を描くように、

 

「などと、普通なら迷うじゃろうな」

 

 ……回らなかった。

 

 プリシラは不敵に笑む。

 

 彼女にとってここまでは一瞬で気付くこと。重要なのはその先、()()()()()()()()()()()()だ。

 これは迷う事により精神を削ぎ、邪推を誘う為のフェイクという可能性もある。何故なら相手は此方の実力を知っているのだ。見くびられてさえいなければ箱を選ぶ際、プリシラが重さを見るのは当然予想済み。

 だからここでプリシラが、というより素人でも気付くようなモノに意味などない。問題なのは、彼女自身が此処で戸惑い続けて思考の泉に沈み、自分自身を見失うことだ。

 

 ーーそれにこれは……この事実は、“逆手に取ること”が出来る。

 

「ーーこれじゃ」

 

 彼女はなんの迷いもなく箱を選び取る。

 スバルとオットーは後ろを向いてその現場を見ることができない。

 プリシラの即決に対してオットーが焦った声を上げる。

 

「そんなあっさり……」

「…………」

 

「当然じゃ。妾の意思は天意同然。妾の選択に間違いなどない。よって悩むだけ時間の無駄ということじゃの」

 

 1つは此方の即決により逆に相手へ動揺を与えること。

 

 後ろを向いていて顔を見ることはできないが、自信満々に箱を選ぶプリシラの姿がスバルには想像できた。

 プリシラは取った箱を誰にも、アルにすら見せずに奥の玉座に置く。

 

 ここまでがこのゲームにおける彼女の仕事……が、プリシラはここで終わらない。

 もう一歩彼女は可憐に、そして図々しく、敷居の高さなど物ともせず、土足であがり込むように懐へと踏み込んだ。

 

「しかし貴様ら、ここで1つ条件じゃ。妾が先程箱を手に取った時、重量が違ったでの。これはそう、度し難いのぉ?」

 

 ーー演技。

 

 誰もがそう気付くほどの憎たらしさで、プリシラはこの問題に切り込んできたのだ。

 

「……重さを変えちゃいけないなんてルールは、無かったはずだぜ?」

 

「それでは以前のじゃんけんと同じじゃ。よってこの勝負貴様が箱の番号を言った後、妾が選んだ箱の中身は解錠して貰う。その中身がもし“つまらんモノ”だった場合は、この賭け勝負は無効じゃ」

 

 ーーつまらんモノ。

 それが意味するのは、即ち完全なるイカサマの証拠である。

 

 してやったりと言ったところか、笑いが堪え切れないといったプリシラに対してスバル達は、

 

「ナ、ナツキさんーー」

「……ああ、いいぜ」

 

「…………ほぅ」

 

 (くさび)を打ち込んだつもりであったが、あくまで動揺を見せないスバルにプリシラは感嘆の声を漏らす。

 

 ーーそこな商人はともかく、何故此奴はここまで冷静でいられるのじゃ?

 

 そこでプリシラの頭を1つの考えがよぎる。

 

 ーーまさか此奴、『死に戻り』をしたのかえ?

 

 実際死に戻りをしていた記憶が戻った原因は不明である。いやまず第一に死に戻りなどという能力があることすら疑わしい。だがどうだ、もし本当にそのような能力、加護があるとしたら?

 

 ーー此奴、妾に勝つために死んだのか?

 

 いや、ひいてはそのスバルを好いているという女の為に。

 

 彼女の憶測はこうだ。

 

 スバルは死に戻りの能力を使って、ここでプリシラが選ぶ番号を“予習している”可能性。ループ前でスバルは同じようにプリシラに勝負を挑み、番号を選んだプリシラに敗北、死に戻りをして現在に至る。これならスバルはプリシラが選ぶ番号を事前に知ることが可能だ。もしくは今からループ(それ)を実行しようとしている?

 いずれにしろ常人の沙汰ではない。死とはそれ程までに軽いものではない筈なのだ。命が幾つあろうと心は1つ。精神の激しい磨耗(まもう)は避けられない。

 

「おい兄弟、シンキングタイムはどんぐらいだ?」

 

 アルがスバルに呼びかける。

 が、ここでスバルは即答せずに、何故かオットーに確認を取る。

 

「どうだ、オットー?」

「そろそろいいんじゃないですか?ナツキさん」

「……だな」

 

 ーー“そろそろ”、じゃと?

 

 プリシラが箱を選んでから彼らが答えを導くまでに、一体どれ程の時間がかかったというのか。彼女の認識が正しければ一度オットーに答えを振ったものの、それは『一瞬』……秒数にして10秒も無かった。

 

「ほ、ほぅ。妾の興が冷めぬよう手早く行うのは良いことじゃ。して、妾は何番を選んだ?」

 

 ここで感情が揺れている事を気付かれるのは癪だと、プリシラは思った。

 どうせ自分が勝つに決まっているが、どうこいつらが足掻くか面白そうだと、そう思うのが彼女にとっては当たり前の筈なのだ。今も当然自分が勝つ事を信じて疑ってはいないが、看破したと思って尚、不可解さが心の奥底で引っかかる。

 

 そしてプリシラが勝ちを確信()()()()のと同じく、スバルも勝ちを確信()()

 

 スバルは玉座に背を向けたまま、天に向かって勢いよく指を突き立てた。

 

 その数字は3。

 

 それを見たプリシラはついに動揺の色を隠せなくなった。

 

「な、なぜじゃ! 妾が賭け事で負けるなぞありえん」

 

 敗北。

 正しく、プリシラの選んだ箱の番号は3番であった。

 

「へぇー、姫さんを負かすたぁやるなぁ兄弟」

 

 スバルはその場でくるりとターンしてプリシラ達に向け、悪戯をした子供のように舌をだす。

 対しオットーは、深く安堵の息を吐いてゆっくりとこちらに直った。

 

「なぜじゃーー」

 

「ん?」

 

「……周囲のマナに変化はなかった。一体どういうカラクリじゃ?」

 

 ーー自分が負けたことが余程信じられないんだろうな、すげぇ食いつきっぷりだ。

 

「俺んとこじゃあ魔法なんて大層なもんは無かったんでな。これはマジックってやつだよ」

 

「……まじっく?」

 

「タネも仕掛けもございませんーってやつだな」

 

 アルの補足に対し、プリシラは余計に目を丸くする。

 

 ーーま、実際タネも仕掛けもあるんだけどな。 ハイパー()()タイムって言ったし。

 

 しかしプリシラは選ばなかった残りの箱を片付け始めるスバルに対し、

 

「……まだじゃ」

 

「ーーーーは?」

 

「まだ妾が選んだ箱の中身を確認しておらん。つまらんものなら、分かっておるな?」

 

「ああ、そのことか。別にいいぜ?」

 

 ーーそのあっけらかんとした態度は一体なんなのじゃ……

 

 プリシラは足早に箱を開けにいく。

 あーいうところ見るとプリシラも年相応の女の子っぽいところがあるんだなぁ、とスバルは感じた。

 

「………………リンガ?」

 

 プリシラは箱からリンガを取り出し、不思議そうに見やる。

 

「それはやるよ。マジックについてはちゃんと女の子を見つけられたら教えてやる」

 

 数秒時が静止したかのような彼女であったが、これだけは聞いておかなければならないと言った様子でスバルに向き直る。

 

「貴様、まさか死に戻りを使ったという訳じゃなかろうな?」

 

「まあ、前までの俺だったら使ってたかもしんねぇな。けどよ、そういうのはもう辞めたんだ。ちゃんと精一杯足掻こうってな」

 

 何故だろうか、黙っているだけの筈のアルから、凄く冷たい視線を感じるのは。

 

「レムの居場所を教えてくれ!」

 

「……勝者の特権というやつかの。いいじゃろう。地図を出せ」

 

 オットーが懐から地図を取り出す。

 

「ここじゃな」

 

 なんの迷いもなくプリシラが地図に指を走らせる。

 

「ナツキさんここって……」

 

「まじかよ」

 

 スバル達はようやく理解した。

 

**************************

 

 

「あなたは……“レムはレムです”」

 

 瞬間ガラスが落ちて砕けるような音を響かせ、空間に亀裂が走る。憎しみの血に覆われた世界が崩れ去り、日が差して緑の野原が覗き出た。その光景に目を疑ったレムの思考だったが、直ぐにそれは眼前の人物に注がれることとなる。

 何故なら目の前で白いテーブルに腰掛けながら拍手する『エキドナ』の姿が見えたからだ。その様子はとても友好的で、まるでレムを祝福しているかのようである。

 

「やあ、おめでとう」

 

 思考が上手くまとまらず、しばらく目をパチクリとさせていたレムだったが、ようやく実感し始めた。

 

 ーー試練に、合格したんだ!

 

 その意味がしっかりと心で咀嚼された時、レムは自然とエキドナに頭を下げていた。

 

「レムに試練を受ける資格を頂き、本当にありがとうございました」

 

 エキドナが試練を受けさせてくれたからこそ、自分は堂々とスバルの隣を歩くことが出来る。

 憑き物が落ちたという表現がとても似合う、弾けるような笑顔のレムに、あー眩しいっといったジェスチャーを取るエキドナ。 その様子を見て小首を傾げるレムだったが、次の彼女の言葉を聞いてさらに困惑することとなる。

 

「いやいやとんでもない、これは言わば僕の愛のプレゼントさ。なんて形容すれば良いのだろうか……君にはとても興味が湧いてね。君は本当に良い意味で期待を裏切ってくれるなぁ。100点満点だよ!」

 

「……あぁ、はい。ありがとうございます」

 

 ーーまあ、変わった方だとお聞きしていましたし……。

 

 エキドナの言葉と勢いに若干の無理解を覚えるものの、恩人であるという事実に変わりはない。

 いまだ興奮の冷めないエキドナは、はっと目を見開いて

 

「ああいけないいけない。僕としたことが、少し落ち着かないとね」

 

 ふうーと息を吐いた後、エキドナは優しい笑みを湛えながら、

 

「……さぁ早く目覚めて愛する人のところへ行っておいで」

 

 そう言うエキドナにレムは改めてお辞儀をして、高らかに返事をする。

 

「はい!」

 

 ーーこれでやっと、あの人に……スバルくんに会えるんだ!

 

 気持ちの高揚が全身に確かな熱を送り込み、思わず口角が上に引っ張られるのを感じるレム。今彼女の脳内ではスバルとの様々な再会の場面が夢想され、そのどれもが彼女に幸せと活力を与えてくれるのだ。

 

「じゃあね、また会えるといいね」

 

 ニコリと笑んだエキドナが指を鳴らす、その途端、レムがエキドナの前から姿を消した。

 そうして消えた少女の居た場所を、名残惜しそうに見つめるエキドナ。

 

 そのまま見つめ続けること数十秒、クスリと笑みを浮かべてカップから液体をすする彼女は、

 

「本当の【試練】はここからさ」

 

 んーっと体液の余韻に浸ったあと、 自分の矛盾に『たった今気づいたフリ』をする。

 

「あ、違った。【試練】じゃなくて【実験】か」

 

 あはははっと口を大きく開けて笑うエキドナ。

 

「こんなに楽しみなのは久しぶりだよ」

 

 それはまさに魔女。人が決して相容れない何かを、彼女は内包している。その無邪気な笑みが今、1人の少女を捉えて離さない。

 

「さあ、君程の眩しい子は一体どうなっちゃうのかな?」

 

 

 ーーレムは目を覚ました。

 

 





 
以下、マジックのネタバレ。


小学生とかが考えそうな作戦ですが、スバル達が立てたゲームの作戦を説明していきたいと思います。

四つの箱にはそれぞれ、1,2,4番にはネズミが、3番にはリンガが入っていました。
ここでネズミなどの小動物は、人の可聴領域を越えた超音波を出すことができます。

それを使って気付かれることなくオットーとの意思疎通が可能です。
中に入っているネズミは、箱ごと玉座に持っていく際に持ち上げられるので自分の入っている箱が選ばれたのだと気付きます。玉座に置かせるという一連の動きは箱を持ち上げる動作を入れさせるためです。
また、ネズミとリンガの重さは当然違うので、重さに差が出ました。

ここで、1,2,4番が選ばれた場合は持ち上げられたネズミがオットーに教えます。逆にネズミからの反応がなかった場合はリンガの入った3番となります。
しかし、このままではスバルは選ばれた番号がわかりません。

そこで『選ばれた番号に対応するオットーの台詞を予め決めておきます』

例としては

選ばれたのが1の時「おっけーです。」

選ばれたのが3の時「そろそろいいんじゃないですか?」

といった感じです。つまり今回オットーは動物とスバルを繋ぐ媒体となった訳です。
スバルがわざわざオットーに尋ねた下りはコレが理由でした。
これは実際のマジックではアシスタントが予め客に紛れて行うものなのですが、何回もやらない限りは、まずバレません。

実はオットー1人で成立しますが、あくまで自分を愛してくれる人(レム)を助けるための勝負にスバル本人が主体で参加しないのはおかしいなと思いまして。プリシラ達も不審に思うかもしれない。

また、ネズミを避けてリンガの入った3番を選ばせるという日輪の加護避けも地味に行なっています。

穴とかあるかもしれません。その場合は申し訳ございません。

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