もし死に戻りの記憶がみんなに戻ったら re   作:なつお

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第6話『賭け事』

 あまりに予想外の台詞に、スバルは思わず間の抜けた声を出してしまった。 なにせ彼女ーープリシラといえば、まず身分という観点からスバルとは雲泥の差である。

 スバルはエミリア陣営の……騎士、といっても未だに自称であり、言葉にしてから行動を見返すと、まあ赤面をかます程度には嘆かわしいものである。それでも一応はアーラムという小さな村の救世主であり、村人達からは老若男女問わず絶大な支持を集めている……が、スバルは所詮『その程度』でしかない。対してプリシラは当然周知の事実として、王選の候補者でありバーリエルの家督を継ぐ紛れもない『貴族』である。

 

 そして次に容姿。

 これといって特徴はなく、立てた短髪と目つきの悪い三白眼だけがスバルのアイデンティティ。それはレベルにして平々凡々、お世辞にも整っているとは言い難い。対してプリシラ……バレッタで纏められた背に届く橙色の髪は手入れが行き届いており、紅の瞳は彼女の意思を反映するが如く妖しい輝きを放つ。パーツ一つ一つに無駄がなく、挑発的で豊満なその肢体も相まって、世の男どもの視線を釘付けにする程の容姿端麗ぶり。

 

 そして最後にその性格だ。

 彼女はその自尊心やら矜持やらといったものに、一片の曇りも陰りも持ち合わせていない。そこに道があるならばたとえ何が待ち受けていようと、一縷の憂いなく悠々と真ん中を歩いていく、そんな一休さんも驚きの少女である。そんな彼女とスバルが……現世で残念な引き篭もりだった彼と気が合うかと言われれば、当然首を傾げざるを得ない。

 

 ーーそんな規格外なお姫様を、いつの間に攻略しちゃったの俺?

 

 唯一スバルに価値があるところといえばその短髪が『黒い』という点だろうか。異世界召喚されてからというもの、黒髪がやけに少ないことは確認済みである。それにどれ程の価値があるかは皆目見当も付かないが。

 隣のオットーは未だに現実を呑み込む事が出来ていないようで、目を点にしたまま微動だにしていない。

 

 いずれにしろ取り敢えずこの状況でスバルがかける言葉はこれしかなかった。

 

「ーー冗談だろ?」

 

「冗談ではない。貴様は容姿も中身も卑しく醜いが」

 

 我に返ったのか、オットーが隣でうんうんと頷いていたのでとりあえずグーパンをかましておく。

 それにしても酷い言われ様だ。倒置法まで使われたとあれば、スバルは当然の疑問を口にする他ない。

 

「……ならなんで俺なんかと結婚しようとするんだよ? オットーで良いじゃねぇかオットーで!」

 

「ちょっ、ちょっと何言ってるんですかナツキさん!」

 

「だってこいつ美形のショタ執事囲ってんだぜ? お前とか頑張ればギリギリストライクゾーンだろ」

 

 正直金持ちやら貴族やら女の感覚というのはよく分からないが、きっとそれはスバルが可愛いメイドを侍らせたいという気持ちと同じなのだろう。

 であればオットーも容姿はそこそこ美形ではあるので、彼女のお眼鏡に適いさえすれば……

 

「そんなうるさいだけの幸が薄そうな奴はいらん」

 

「…………」

 

 ーーそんな悲しそうな顔するなって。

 

 理不尽に振られて落ち込むオットーが流石にかわいそうだったので、スバルはその事を茶化さず本題に入る。

 

「じゃあなんで俺なんだよ」

 

 今まで散々罵声を浴びせておいて求婚とか流石におかしいだろう。

 

「それはひとえに貴様の死に戻りの能力が理由じゃ」

 

 ーー死に戻りの能力が??

 

 疑問を顔に浮かべるスバルにアルが補足する。

 

「兄弟。姫さんはこれまで8回結婚している。……が、その結婚した全員が謎の没落、変死をとげていやがんだ」

 

「血染めの、花嫁……」

 

 オットーが吐息のようにそう呟いた。

 

 ーー血染めの花嫁。確か王選の時に聞いたな。 人妻だってわかってたけどまさか8回も結婚してたのかよ。しかも全員が全員没落、変死ってとんでもねぇな。

 

「死に戻りの力を使い妾の夫としてせいぜい足掻いてみせよ。退屈しのぎにはなるじゃろう」

 

 ーー成る程そういうことか。

 

 つまりプリシラは死に戻りを持つスバルがどこまで食らいつけるか、それを試そうというのだ。それは言わば一種の娯楽、そこに一切の愛は無く、ただ賭け事に興じるが如しという訳だろう。

 

「それにあの卑しきハーフエルフと貴様を愛するその女とやらの反応も見ものじゃの」

 

 プリシラは谷間から扇子を取り出し口に当ててクスリと笑んだ。 それからわざと自身の胸を押し上げる様に腕を組み、さも同然と言うように続ける。

 

「妾のぱーふぇくとな美貌の前に落ちん男などおらん。貴様も本望じゃろう?」

 

 そう。実際プリシラの言うように彼女が今まで幾ら理不尽な要求をしてきても、彼女と華燭の典を挙げることを厭う者などいなかった。誰もが男ならば彼女のその美貌の前に跪き、媚びへつらい身を捧げる。だから彼女にとってこれは当たり前、なにせ彼女の方から、知も財も美もないスバルに声を掛けてやっているのだ。本来なら届く事ないその腕を、()()()()()()()彼女自ら取りに来てやったのだ。そこに愛がない事、それを理解しても尚男達は断れない、断る筈がない。それ程までに彼女を手にするというメリットは計り知れなかった。最早価値が違うのだ、人間としての価値が。だからどんな条件を強いられても男は手を伸ばす、文字通り喉から手が出るほどに彼女を欲して、奪い合う程に。

 

 だからこの提案が魅力的でない訳はない……こと、“スバルを除いては”の話だが。

 

 この話を聞いてスバルが抱いていたのは喜びや幸福、ましてや彼女への劣情などではなく、ただの素直な『怒り』だった。

 スバルは自分だけならいざ知らず、エミリアとレムまでオモチャのように扱おうとするプリシラにキレかけていたのだ。

 なにせ大前提としてスバルは彼女らを愛している。だから寧ろこの提案は始まる前に破綻しているのだ。もしそれが今まで友好関係を築いてきたベアトリスやペトラならともかく、そこにプリシラが介在する余地などない。

 

 プリシラの言葉を受け、少しの『間』が生じたが、それはスバルがその提案を本気で考えていると、周囲にはそう映ったことだろう。

 しかしその実、その『間』は自身の怒りを落ち着けることのみに当てられていた。

 

「……落ち着けよ俺。そうだ。どちらにせよやろうとしていた事を実行するだけだ」

 

 言い聞かせ、心に少しでも余裕の息吹をーー

 

「なんじゃ? 何を訳の分からぬ事を言っておる」

 

 ここで声を荒げミスミスこのチャンスを逃すこと、それだけは避けなければならない。

 調子を取り戻すために頬を叩き、深呼吸をする。流れを掴むその一瞬を見逃すなと、相手のペースに呑まれるなと、決意新たにイタズラな笑みを浮かべながら得意のサムズアップを決めるスバル。

 

「こっからはハイパー俺らタイムってことだよ!」

 

 スバルは威勢良くそう言い放った。

 対して一瞬驚きを見せたが、扇子の向こうでとても嬉しそうな笑みを浮かべるプリシラ。

 

「分かっておらんな。世界は妾の都合の良いように出来ておる。言ってしまえばいつ何時も、はいぱー妾たいむじゃ」

 

 スバルは予想通り乗ってきたプリシラに提案する。

 

「プリシラ、俺達とゲームをしようぜ」

 

「げーむじゃと?」

 

「ああ。勝った方が負けた方の用件を呑む。お前が勝てば結婚でもなんでもしてやる。ただし、お前が負けたら俺達に協力してもらう!」

 

 プリシラが自身の豊満な胸の下で腕を組み少し思考しているような態度をとる。しかしそれもすぐに消え、ほぼ快調といった様子でこう告げた。

 

「つまりげーむとは勝負するということじゃな? よかろう、受けてやる。 妾が賭け事で負けるわけがないからの」

 

 スバルが用意していた策はコレだった。賭け事に絶対の自信を持つプリシラを、『必勝の手』でもって打倒する。勿論それが通用するという保証は無い。保証は無いが……

 

「して、どんな勝負をするのじゃ? 前の 『じゃんけん』 のようにルール説明に欠損があるのは無しじゃぞ?」

 

 そう、スバルには実績があった。別にプリシラは100パーセント勝つわけではない。それこそ、1()%()()()()()()()()()()()()()キッチリと『負ける』のだ。幾ら馬鹿げたチカラを持っていたとして、それがあらゆる形でプリシラを勝たせようとしても、不可能に“勝ちを生み出す”ことは出来ない。それが分かっていれば、幾らでもやりようはあるのだ。

 

 とはいえグーチョキパー等の荒ワザ中の荒ワザはたった今封じられた。

 

 ーーまぁ、流石に前と同じじゃ誤魔化しきれんわな。

 

 スバルはチッチと人差し指を揺らし

 

「勿論そんな事はしねぇよ? なんてったって今回のゲームは至ってシンプル」

 

 スバルは持っていた袋からそれぞれにイ文字で1〜4までの数字が書かれた四つの箱を取り出す。

 

「この中からプリシラが1つ選んで取る。取った箱は不正が起きないように自分だけで見たあとお前が座っているその玉座に置け。俺は取った箱、取られた残りの箱を見ることも触れることも出来ない。その状態でお前が選んだ箱に書いてある数字を当てるだけだ。な、簡単だろ?」

 

「ふん、なるほどの。では妾がお前の選んだ箱に書いてある数字を当てるというのは?」

 

 その切り返しにスバルの額に嫌な汗が噴き出る。

 

 ーー今までの経験から、プリシラはなんとなく思った数を言うだけで100発100中で当ててきそうだ。……流石にそれは無理ゲー確定だよなぁ。

 

 スバルはプリシラのその発言に苦笑いしながら

 

「それだと確実に負ける」

 

 プリシラはその返答に満足気に笑う。

 

「フフフ、正直な奴め。よかろう。妾は一度受けると言った勝負を降りるつもりはない」

 

 運命を分ける賭け勝負が今、幕を切って落とされた。

 

 

 


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