『言霊の加護』
およそ発声器官を持つとされる生物と、自由に会話する事ができるという、オットーに与えられた加護だ。……が、残念なことに、その生物の言語に合わせて会話するため、第3者から見ると頭のおかしい奴にしか見えない。
「みょんみょんみょんみょんーー」
だからオットーがこのような珍妙極まりない奇声を発しても、決して笑ってはいけない。笑ってはーー
「ぷぐぐ……ふぅ。……どうだオットー?」
「ダメですナツキさん。青い髪のメイドさんを見なかったか聴いてみたんですが、どうやらこの辺りは通ってないみたいですね。……あと、笑ったのバレてますからね?」
もしかしたら加護の力で上手くいくかもしれないと思ったが、やはりそう都合よくはいかないのが世の常だ。しかしスバルは動じない。近道が出来ないのは確かに残念だが、となれば多少厄介でも、
「そうか、なら仕方ねぇ。オットー、バーリエル邸に向かうぞ」
「バババ、バーリエル邸!?!?」
バーリエル邸といえば、当然エミリアとは対立する派閥。そもそもその皇女様といえば……
「ああ。残念ながら俺が王都で面識ある奴の中では、プリシラぐらいしか役に立ちそうにないんだ」
ラインハルト、ユリウス、クルシュ陣営、アナスタシア陣営には協力してもらっても、こと探すことにおいては残念ながらオットー以下の戦力にしかならない。数の動員は確かに魅力的ではあるが、揃えるのにも時間がかかってしまう。
ーーそれにレムを見つけた時、その場に俺が居ないと意味がない。
「その点、プリシラの日輪の加護。つまり日の出てる間ならあいつに不利益は生じない、らしい。これを利用する」
なるほどといった様子で頷くオットー。
「だからプリシラ様にレムさんを見つけてもらおうということですか」
「ああ、そうだ」
だがそのためには当然クリアしなければならない大きな課題がある。
「しかしそんな上手くいくもんなんですかね……。第一、協力して貰えるんですか?」
そう、それは彼女がスバルに協力するかどうかだ。過去にプリシラはスバルの頼みを聞くどころか、醜いと称し蔑んだ。そうでなくとも、自分本位で気まぐれな彼女である。はっきり言って協力を取り付けるのは至難のワザだろう。それに疑う訳ではないが、プリシラが確実にレムを見つけられるという保証はない。
まぁ実際、彼女の豪運は加護とはまた別の話なのだが、彼らがそれを知る由もないだろう。
「上手くいくかどうかは試してみねぇとわからなねぇ。けど、それ以外に方法が思い付かねぇんだ。レムを救う為だったら、俺はなんだってする」
不可能を可能にする。普通ならあきらめるかもしれない。しかしスバルにとって、レムの事を思えば、超えられない壁を越えることなど確率が0でない限りは、造作もない事だった。たとえそこに、どんな過酷な試練が待ち受けていようとも。
「それに日が傾いた時点でこの案は効力を持たなくなっちまう。試すなら今だ」
「……そうですね。わかりました。なら協力に関してはどうなんですか?」
「考えがないわけじゃないんだ。正直厳しいと思ってた。けど、オットーが居てくれるお陰でかなり勝ちに近づける。……付いてきてくれるか?」
スバルは真っ直ぐにオットーの目を見つめる。 対して、オットーはやれやれといったポーズをとったわりには、
「はい!」
しっかりと肯定の返事をしてくれたのだった。
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今日は町でお買い物。袋一杯に食材を詰めていきます。なんて事は無い日常ですが、レムのお口は言うことを聞かず、ニヤニヤが止められません。
そう、レムはただ食料を買いに行くだけの事が楽しくて、嬉しくてたまらないのです。
だって、
「おいレム。他は何が必要なんだっけか?」
両手一杯に袋を抱えて、一緒に隣を歩いてくれる人がいる。
ーー聞いてくださいよ。この人ったら、レムの方が力が強いのに、自分が持つと言って聞かないんですよ?
でも、
「そうですね、後はリンガだけですよスバルくん。レムとしてはもう少しスバルくんとのお買い物を楽しみたかったのですが、残念です」
少し照れ臭そうにする彼に、イタズラに笑ってみせます。
なぜなら、
「ひゅーひゅー熱いねぇお二人さん」
「う、うるせぇ!さっさとリンガ買って帰ろうぜレム」
「あっーー」
急に引っ張られた腕。
乱暴なのに一切の不快感はない。
それどころか彼の手に触れ合えて、嬉しいとさえ感じる。引っ張られたのではなく
そう。
レムは彼が……スバルくんが大好きです。
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午後
仕事でとても疲れたのだろう、 少女は膝の上で眠る愛しい少年の髪を指で優しく梳かす。
膝から伝わる温もりが、とても愛おしくて。
「ふふ、スバルくんったら赤ちゃんみたいで可愛いです」
レムの指がスバルの髪の毛からおでこ、おでこから鼻、鼻から口へと来て、ふと思う。
「スバルくんの……くちびる……」
一瞬キュッと心臓を締め付けられるような感覚が走り、心臓の鼓動が急激に早くなるのがわかる。
血流が活発になり、上気してゆでダコのようになった自分の頬を包み込むようにして、手を押し当てる。
ーー熱い。
もしこのままこの少年に口づけたら、自分は溶けてしまうのではないだろうか、そんな気さえする。
「……スバルくん」
こんなことをしようとするのはズルいと思う。悔しいが少年の好意は、自分ではなく別の人に向けられているのだから。
しかしそれらを理解したうえで、それでも……少しでも近づけるなら、近づけるチャンスがあるなら……
少女は唇を近づける。少年の唇に。緊張に荒くなる呼吸が、白く見えるほどに熱を帯びて少年の肌を撫でる。
……そして少年と少女の鼻と鼻が触れ合ったその刹那。
「なんて……ダメ、ですよね。レムは悪い子です」
すんでのところで触れてしまいたい衝動に打ち勝ち、そのまま至近距離にある少年の顔を見つめる。
時が止まったかのような静寂、出来ることなら、ずっとこのまま見つめていたい。
この少年の幸せそうな寝顔を見ているだけで、ただそれだけのことで、どうしてこんなにも幸福な気持ちになれるのだろう。
「……頬になら」
……口づけても……キスしても許されるかな?
本当にか細い、自分にしか聞こえないぐらいの声で、そう口にした時だった。
ッグシャ!!
「ーーーーッ!?」
鈍い音と共に
開いた口は塞がらず、身体は硬直し、頭の中が真っ白になっていく。 そんな中、目だけが小刻みに揺れ、生理的嫌悪感がドッと押し寄せてくる。
……それほどまでに、目の前の出来事が彼女には信じられなかった。
レムの腹部を突き抜ける鎖。 いや、通り抜けると言ったほうが正しいだろう。なにせ不思議なことに、自分自身は痛みも無ければ、血も流れないのだから。そのショッキングな光景に、常人なら発狂しても何らおかしくはないだろう。
しかし、
「スバ…スバルくん……?」
それまで膝の上に感じていた “幸せ” は、悲惨なまでに粉々になって変わり果てた肉片に、 “絶望” に変わっていた。
給仕服と顔に飛び散った真っ赤な鮮血。向かいの壁に張り付く少年の一部と“鉄球”。
「なんで……? だれがこんな……」
一杯に開いた目から零れていく涙。
その跡が顔から血を落とし、そこだけが獣道のように割れていく。涙が尾を引いて床に落ちたその時、ようやくレムは目の前の出来事を認識する。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
一瞬にして飛び出した雄々しい一本の角は、普段清楚で可愛らしい彼女からは、想像もできない程の憎悪を放っていた。眼に映る景色全てが狂気に染まり、自分の中でドス黒い何かが激しくのたうちまわる。
幸せな世界を壊した“それ”は、今自分の後ろに居るはずだ。
一体誰がこんなことを。
「 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せないっ!」
涙も嗚咽も止まらない。それでも悲しむ前に、少年を壊したその元凶の正体を。
「ズタズタにしてグチャグチャにしてバラバラにして焼いて苦しめて殺してやーー
それは首の可動域の限り肩越しに後ろを見て、元凶を、自分から幸せな世界を奪ったその張本人を見た、その時だった
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁ、」
そこにはとてつもないほどの軽蔑を顔に張り付け、肉片と化した少年を見つめる
ーー青いメイドが居た。
勉強のために少しだけ休載します。
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