もし死に戻りの記憶がみんなに戻ったら re   作:なつお

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第3話『友達』

 

 ラムからバトンを託され、まずスバルは会うべき優先順位を設けていた。今屋敷にいるはずのエミリアは、どうやらいくら呼んでも出てこないらしい。しかし居場所が割れている以上、ラムが張っていればいずれ片が付く。となればやはり、精神的負荷が最も大きいと思われるレムから話をつけるのが妥当だろう。……が、問題はそう簡単ではない。

 

「あー、くっそ! どこにいるんだよレムはーー」

 

 意気揚々とロズワール邸を飛び出したものの、レムの居場所に見当がつかないことには話にならない。闇雲に探すのは時間の無駄だ。

 逞しく賢明な地龍も、手綱を取るスバルの指示の曖昧さから、思うように走ることが出来ないでいる。

 ……ラムと波長の合う者で視界を共有する千里眼が使えないということは、なんらかの理由でレムの視界が塞がっているということだ。 まあそれも、彼女が死んでいなければという希望的観測に基づいた話だが。

 

「いや、レムは絶対自殺なんかしねぇ。俺やラムを置いていくわけがねぇんだ」

 

 流石にレムが自分に好意を向けている事には気付いているスバル。そしてそれと同じように、彼もまたレムに対して並々ならぬ想いを抱いていた。仮に、もしも異世界に来て最初に出逢ったのがレムだったならば、スバルの心は刹那の内に彼女の虜となっていただろう。

 しかし当のスバルはといえば、エミリアという心に決めた恩人が、今も脳裏に焼き付いて離れない。一時はこの想いに別れを告げ、レムと逃避行に暮れようとした事もあったが、それは他の誰でもない、レムによって止められた。

 ……レムの事を考えれば、いつも頭の片隅にエミリアがいる。

 

 だから卑しいと分かってはいても、スバルはこの状況を自分自身に置き換えて考えてみた。

 

 ーーもしも、エミリアが死に戻りをしていたとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を知ったら、俺は死のうとするかもしれない……

 

 だけど。

 

 スバルには確信があった。

 

「だけど俺がそうなった時は絶対、レムは俺を死なせてはくれない。無理矢理にでも、生きろって、立って下さいって、手を取るに決まってる」

 

 ーーそうだ。 いつだってレムは俺に厳しいんだ。

 

 いつからだろう。

 アーラムの子供達を魔獣から救い、初めて彼女に認めてもらったあの日から? それとも狂人の魔手によって四肢をもがれながらも、身を粉にして、スバルの為に尽くしてくれたあの日からだろうか。

 いや、繰り返される底のない絶望に打ちのめされ、全てを捨てて告白したあの日? はたまた、恐怖を象徴するかの様に空を泳ぐ白鯨を、共に倒したあの日からだろうか。

 

 ……もしかしたら気付いていなかっただけで、初めて会ったあの日からだったのだろうか?

 

 ーー優柔不断だって、父ちゃんに叱られるかもしれねぇな。いや、あの父親ならワンチャンいけるか? 母ちゃんは……あれ、案外いけそうだな。

 

 『同じように、エミリアと話をしていると、レムの顔が浮かんでくる自分がいるから』

 

 あの可憐で優しいメイドにスバルは教えてやらなければならない。今の自分が笑っていられる、その理由を。

 

「うおおおおお! 飛ばせぇーーパトラッシュ!!」

 

「キュオオオオオオオオ!!」

 

 スバルの脳内でレムにかける言葉の数々が縦横無尽に駆け巡り、自然と気持ちを昂ぶらせる。勿論ノリで何とかなるなんて欠片も思っていない。スバルは既に、レムの居場所を突き止める方法を思い付いていたのだ。

 目を落とし、まるで主人の気持ちを理解したかのように力強い咆哮をあげ、大地をかける相棒の背中を見つめる。

 

「そういえばお前は死に戻りの最初からずっと俺を助けてくれたよな」

 

 その背を優しく撫でてやる。

 

 ーーこいつは本当に賢いやつだ。

 

 ……そんなことを考えていると、突然右の林からハスキーなうるさい声が聞こえてくる。

 

「う、うわわわわどいて下さいーー!」

 

 なんと、見知った顔の()()が物凄いスピードで地龍を走らせてきたのだ。もはや道の概念を無視した猪突猛進っぷり。それも丁度、スバルを乗せるパトラッシュの横っ腹に刺さる位置だ。

 

 ーーシュッ!

 

 しかしここは流石パトラッシュと言ったところか。咄嗟の判断の内に彼等を華麗にかわしてくれた。

 ……一歩間違えば大事故だ。スバルは大きな嘆息を漏らしながら、声の主に声をかける。

 

「……なんでそんな所から出てきてんだよオットー」

 

「あ、すみません。ーーってなんでそんな露骨に嫌そうな顔してるんですかナツキさんっ!」

 

「……だってお前が出てくるってことは絶対不幸なことがあるってことじゃねぇかよ」

 

 この容姿だけなら美形の少年は、その天性の間の悪さと職業柄が相まって、いつも苦労が絶えない。そして彼に関わると大抵とんでもない綱渡りをさせられるのだ。

 まぁ綱渡りをさせられるという点においてはスバルも大概だが。

 

「酷いですよ、ナツキさん。親しい友人が折角手助けをしようと思ってきたのに」

 

「親しい友人? ……ならそろそろ俺をファーストネームで呼んでくれないか?」

 

「ーーーーは?」

 

「親しい友人のお前だからこそ、俺をファーストネームで呼んで欲しいんだ。俺が住んでた故郷じゃあそれが常識なんだよ」

 

 突然スバルにそんなことを言われ、驚くオットー。男同士とはいえ、改めてそういう機会を与えられると少し照れてしまう。

 しかしこの状況でスバルの頼みを無下に断ることも忍びなく、

 

「わかりましたナツキさんーーっじゃないや。その………スバル、さん」

 

「うわー。きもちわりぃー」

 

「あんた絶対ゆるさねええええええええ!」

 

 そうオットーが激昂したところを見計らい、意地の悪いスバルはかなり大袈裟なジェスチャーで、

 

「あー、死に戻りの時、お前に白鯨の前へ転がされた時はうん。なんつーか、ほんっとやばかったなぁー、あーあ」

 

「ひ、酷いですよナツキさん……」

 

「いや、酷いのはお前だろ」

 

「ーーあ……確かに」

 

 オットーとスバルの目が合う。かなりブラックな会話を経た筈の2人だが、自然にこぼれ合う笑みは本当に気持ちのいいものだった。

 

「なんてな。そんなこと気にしてねぇよ。そんぐらい分かんだろお前なら?」

 

「はい。正直ここに来るまでは心配でしたけど、ナツキさんの顔を見たらなんとなく。その……友達ですから」

 

「……ありがとなオットー。お前まで皆みたいな事になってたらまた面倒だった。なんというか、お前と話して気持ちが落ち着いたぜ」

 

「やはり皆さんそういう感じになりましたか」

 

「……ああ」

 

 リアルで胸を張って友人と呼べる者が居なかったスバル。周囲に形成されていく歯車の様な友達の輪に、彼だけがずっと空回りを続けていた。精一杯にバカをやって気を引こうとして、結局バカにされるだけ。スバルに着いて来ようとする人間は居なかった。それだけ欲したのにも関わらず、手に入れられ無かった事が恥ずかしくて……友達なんて作らなくっていいだなんて、虚勢を張った頃が懐かしい。

 それを思えば、スバルはこの異世界生活で、確かな成長をしているといえるだろうか。

 

 ーーやっぱ友達は必要だよな。

 

「それで、オットーに頼みがあるんだが……」

 

「ーーはい?」

 

 

 

***********************

 

 

 ーーひた、ひた、ひた。

 

 ()()()()()()()()血だまりを、少女はフラフラになりながらも歩く。 身体の骨という骨が震え、歯茎は壊れたおもちゃの様にガチガチと耳障りな音を立てる。愛用の給仕服は当然の様に赤く染まり、誰の目から見ても限界が近いのは明らかだろう。

 

「……やっぱり…はあはあ……レムは、鬼族の出来損ない……ですね」

 

 レムは自分自身を皮肉り、嗤った。

 なぜなら彼女が今この世界で最も憎いのは、何を隠そう、彼女自身なのだから。

 

「おいおい流石にもうやめとけって、テメェが死んだらラムや大将に怒られッちまうからよぉ」

 

「……大丈夫…で、す。レムのゲートの大きさな…ら、ロズワール様の様には……はぁはぁ…なりません」

 

 少女の確固たる強い意志を目の当たりしながらも、あまりに無残なその姿に、ガーフィールは声をかけざるを得ない。

 

「つってもよぉ。さっきから何度も何度も気絶して、そのたびに俺様が連れ戻してきてやってんじゃねぇか。なのにまたボロボロになりやがって」

 

「……その節はどうも。でもレムは超えなければならないんです。そのためには……」

 

 

〝レムには試練を受ける必要がある〟

 

 

「はぁー、しぶといなぁこの娘」

 

 ティーカップを傾けながら退屈そうに少女を見るエキドナ。

 少し前に“あること”が起こってから、彼女(レム)は此処に来た。正直そっちで手一杯だというのに、レムの来訪はエキドナにとって憂鬱であった。聖域の住人であること、もしくは知りたいと願う事が、試練を受ける資格であり、そして茶会への出席を与える条件である。

 しかしレムにはそれが無い。彼女にあるのは、途方もない絶望を乗り越えたいという強い想いだけだ。勿論それを否定する気はエキドナには毛頭無いが、そう何度も自分で敷いたルールを破るとは如何なものか。

 

 なぁーんてね。

 

 傷ついても傷ついても、それでもまだ自分に頼み込む少女をみて。

 彼女は不敵に笑った。

 

「いいこと思いついちゃったぜ♪」

 

 

 


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