もし死に戻りの記憶がみんなに戻ったら re   作:なつお

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第1章〜レム編〜
第2話『事の重大さ』


 

 

 

 

 ーーう、うぅぅ……

 

 王選開会式後、騎士を自称したスバルとユリウスが決闘し、スバルはボロボロに敗北した。顔を腫らし、骨を折られ、使わないと約束していた魔法まで使って。

 どうしてそんな事をしたのか、どうして彼が私にそこまで構おうとしたのか、今なら分かる。

 私の存在に気づいたのか、慌ててベッドから上半身だけを起こしたスバルに、私こと“エミリア”は微笑んだ。

 

「……?」

 

 しかし彼の視線は依然私を捉えず、この場にいるもう1人へと……()()()()()へと向けられていた。

 今の私は2人に干渉できず、されどその場に居ない第三者として、2人を鑑賞する立場を与えられているようだ。……声を発することさえ、叶わない。

 

 そんな中、()()()()()()()()と、()()()()()()()()()とのおしゃべりは進んでいく。いや、今思えばこれはおしゃべりなんて可愛らしいものじゃなかった。

 これはただの浅ましい“責め”だ。期待をしていたのにと、勝手に彼を籠の中に閉じ込めて、推し量った。思い出すだけで(はらわた)が煮えくり返る、あの日のことだ。

 

「言ってくれなきゃ、わかんないよ」

 

 ーーや、やめてよ。言えないに決まってたじゃない。わたし何て事を……

 

「おれはただ……君のために、何かしてあげたいって……そう思って」

 

「わたしの、ために?」

 

 ーーそうよ。スバルはいつだって私のために、ずっと私のために……

 

「……自分の、ためでしょう?」

 

 ーー……ぁ。

 

「ちがっ! ただ俺は君の為にーー

「そうやってなにもかも、私のためだって嘘をつくのはやめてよ!!」

 

 彼との関係が壊れていくーー否、無理矢理に、無慈悲に、傲慢に、卑劣に、壊していく。他の誰でもない。私自身が。

 

「屋敷に来たのも、魔法を使ったのも、全部わたしの為だって言うの!? 私はそんな事、一度も頼んでない」

 

 ーー違うっ違うっ違う! 間違っていたのは私。

 

 泣きながら手を伸ばそうとしてもそれは掴めない、変わらない事実。

 

「エミリアは……俺を信じてくれないのか?」

 

「信じたいよ、でも信じたいのに信じさせてくれなかったのは、スバルの方じゃない!!」

 

 彼は、スバルはこの言葉を聞いて……どう思ったのだろう? それを考えるだけで、私の胸は奥底から張り裂けるような悲鳴をあげる。

 

「わ゛からな゛いってい゛ってるの!!」

 

 とうとう声を荒げ、彼を睨め付け始めた私。苦しいと、もう見たくないと目を背けようとしても、身体が硬直して動かない。

 現実から、卑しい私自身から、私は逃げられない。

 

「わからないかもしれないけど聞いてくれ……本当の、本当の話なんだよ?」

 

「私がスバルを助けてあげた? ……そんなこと、あるわけない。私とあなたが初めて会ったのは盗品蔵のことで、そこ以外でスバルと接点があったはずないもの!」

 

 少年の顔が、悲しみに歪んでいく……。

 

「スバルの中の、私はすごいね」

「ーー言ってくれなきゃわかんないよ」

「……終わりにしましょう?」

 

 散々な言葉を私にかけられ、もう絶望に沈む寸前という少年は、それでも尚、(すが)るように私へ手を伸ばす。しかしそんな彼に対して……私は、

 

 

 

 

 ーーもういいよ、ナツキ・スバル。

 

 

 

 

 少年を見限り、扉を閉めた。

 見限られることがどれ程怖いかを、自分が1番よく知っているというのに。

 

 

 

「ーーっスバル!! 」

 

 やっと伸ばすことができた手はしかし空を掴み、瞬間巨大な虚しさと形容し難い程の痛烈な胸の痛みが襲いかかってくる。

 

「ーーゆ……め?」

 

 あの日、彼に言った言葉。思い返せばどれだけの事をスバルに強いていたかが分かる。

 

「いかな、い、で……スバル。ゆるして、わたしを見捨てないで……」

 

 これが本当なら彼はきっとエミリアを見限るだろう。いや、見限って当然だ。自分はそれだけの事を彼にしたのだ。憎まれていてもなんらおかしくはない。……ましてやそんな自分が彼への愛を謳うなど、あまりにも虫が良すぎて、自分でも(わら)ってしまう程だ。

 

 だから現実から逃避する様に、彼女はまた目を閉じた。きっとこの死に戻りの記憶こそが夢なのだと。そう、信じて。

 

 また……悪夢に呑まれていく。

 

 

***********************

 

「はやくみんなに話をしないと。……でも正直こええ。本当に俺なんかが何かしてやれんのかな」

 

 しかしこれは他の誰でもない、スバルにしか出来ないことなのだからタチが悪い。生まれてこのかた17年、元の世界では親しい友人の1人も満足に出来なかったスバルにとって、誰かを励ますというのはすこぶる相性が悪いという事を彼は自覚している。レムを救った時でさえ、寄りかかりあうという選択肢があったからこそ出来た芸当だ。

 しかし今回はそれが使えない。

 スバルに出来ることと言えば、いつも通り存分に道化を演じ続ける事ぐらいだろうか。

 

 袋に入ったリンガを眺めながら頭を捻っていると、いつの間にかロズワール邸の前まで来てしまっていた。

 

「落ち着けよ、ナツキ・スバル」

 

 目を閉じ、深く息を吸い込み、みんなの顔を一人一人思い浮かべながら、鼻から空気を吐き出していく。

 思えばこの世界に来てから、本当に沢山の人と出会った。

 

「みんな個性的で、それぞれが色んなスゲェーもんを持ってて。……それに比べて俺には何もなくて、そんで持ってるやつに嫉妬して」

 

 元の世界と、何も変わらなかった。

 

「俺にこの力が無けりゃあ、きっと俺はただの貧乏神……いや、死神ってのが正しいかもしれねぇ」

 

 役立たずだったばかりに。……スバルの強欲さが、無知蒙昧さが、あるいは怠惰が、親しい誰かを殺すのだ。

 

「だから今までずっと頼りきりだった分、せめて今回だけは俺の力で解決するんだ」

 

 そう意気込んでドアノブに手をかける……が、スバルの思惑とは裏腹に、ドアノブはやけに軽く回った。

 

「ーーっバルス!!」

 

 扉が開くと同時、ものすごい剣幕で紅いメイドが飛び出して来たのだ。普段どこか気の抜けた彼女なだけに、それだけでも事態は芳しくないことが窺える。

 

「ーーっど、どうしたんだよラム!?」

 

「レムの居場所が分からない。千里眼が使えない……」

 

 千里眼。

 自分と波長が合う者の、視界を共有するラムの能力。当然ながらレムとの相性は抜群で、今まで彼女はその力を使い、レムの居場所を感知してきた。

 しかし今はそれが使えない。これが一体何を意味するのか。

 

「……どうして使えないか、聞いてもいいか?」

 

「分からない。あの娘、仕事中急に屋敷を飛び出していったから。……その、バルスに会いにいったんじゃないかと思って」

 

「……死に戻りの記憶が原因か」

 

 口にして、違和感に気づく。今確かにスバルは“死に戻り”と言葉にしたのだ。にも関わらず、一向にサテラは現れない。

 ただ実を言うと、これに関してはスバルの試行の内であった。

 屋敷に戻る最中、もう一度サテラに会うためにわざわざスバルは死に戻りを口にした。しかし時が止まることも、暗転が起こることも無かったのだ。

 

 どうやら今この状況では、対人において禁忌を犯してもセーフらしい。

 

「それに今屋敷の中はとても悪い状況よ。ロズワール様は外出なされていて、エミリア様はいくら呼びかけても部屋から出てきてくださらない。……ガーフもどこかへ消えちゃったし、ペトラも見当たらない」

 

「ーーっくそ!まさかここまでのことが起こってるなんて」

 

 話をしてそれで終わりだと思っていたスバルはどうやら甘かったらしい。彼は事態の最悪さをようやく理解した。

 

「バルス、よく聞いて。悔しいけどレムはバルスに心酔していたわ。この男のどこが良いのかまったく分からないけど」

 

「ーーああ。それは知ってる」

 

 あれだけ尽くしてくれて、あまつさえ言葉にしてくれたレムの好意に、気付いていないなんて口にすることは許されない。

「その状況で記憶が戻った。これはラムが思うに、レムにとっては耐え難いことのはずよ」

 

 ーーそうだ。レムは俺を……

 

「そして千里眼が使えないということはもしかしたら。……もう既にレムはーー」

 

 ーー自殺!?

 

「おいおい、縁起でもねえこと言ってんじゃねぇって。とりあえず俺がちゃちゃっと見つけ出して、レムお嬢様をメロメロにしてお持ち帰りすりゃあいいんだろ? 任せとけって」

 

 そう言ったものの、内心気が気でないスバルは直ぐに踵を返す。しかしそのままスバルが駆け出しそうになったところで待ちなさい、とラムが止めた。

 

「よく聞いてと言ったはずよ、バルス。まだ話は終わりじゃないわ」

 

 ラムの目付きが急に鋭くなる。瞬間、風がスバルの首を這い、巻きつくように撫でた。

 それは有無を言わさない警告だった。スバルが何度も経験してきた、強者と弱者の間にある決して埋まらない溝が、弱者(スバル)に一切の抵抗を許さない。身体を冷や汗が伝い、スバルの精神と体温を奪う。

 もしラムがその気になれば、次の瞬間にもスバルの首は宙を舞っているだろう。

 

「もしもの時はバルス、貴方を殺すわ」

 

「ーーーーっ!!」

 

「貴方を殺した場合、死に戻りが発動して、レムが命を絶つ前に戻るはず」

 

 ラムの殺気。

 これは死に戻りの時、ロズワール邸でレムを呪いで死なせてしまった時に感じたものと同じだった。

 

 ……だからかもしれない。

 

 それと同じものだと感じられたからこそ、スバルは()()()()()()()()()

 

 あの時スバルは身に降りかかる全てを拒絶し、禁書庫の中でただ怯えて過ごした。その怠惰の結果が、レムの死へと繋がったのは間違いない。……だからきっとあの時から既に、スバルは覚悟を決めていたのだ。

 

「……そうだな。殺してくれて構わない。俺もレムの居ない世界なんてまっぴらだ。もし“そうだった時”は頼むよ」

 

 風で浮いていた桃色の頭髪が、だんだんと重力に従い始め、ラムの殺気が消えていく……。

 

「はぁ。バルスも大きくなったものね」

 

 いつもの無表情へと戻るラムに、安堵のため息を吐くスバル。全くこのお嬢様は豪胆だと、改めて称賛せざるを得ない。

 

「そういうお前は全然変わってねぇよな、ラム。死に戻りの時の記憶が戻った筈なのにさ」

 

 そう。一応彼女も、スバルを殺した事があるわけだが……

 

「別にバルスがいくら惨めに死に絶えたとしても、ラムにとってはどうでも良いわ?」

 

「ーーって辛辣すぎるだろっ!!」

 

「冗談よ。ラムの中でバルスは」

 

 ごくりっと期待に喉を鳴らすスバル。

 

 ーーもしかしたら今までずっとツンしか見せなかったラムちーのデレが、ついに!?

 

「ロズワール様≧レム>超えられない壁>エミリア様>ベアトリス様>>>>>×20000>ミジンコ>バルスというような具合まではきているわよ」

 

「ミジンコより下とか、どんだけだよ俺……」

 

 ーーまさか微生物よりも下だったとは……俺ってばもしかして有害?

 

 軽く凹むスバルに対し、ラムは含むように薄く笑んだ。

 

「だけどバルスにしかできないこともあるわ」

 

「ーーへ?」

 

「……なんでもないわ。ちゃんとみんなを元どおりにしてくれたら、教えてあげる」

 

 そう残してラムは屋敷に入っていった。

 

 ーーッパン!

 

 両手で思いっきり頬を叩き、喝を入れるスバル。

 妹が危険な状況と分かっていながら、彼女が、ラムが笑ってスバルに後を託した。この意味が、事実が、本当に嬉しくて……スバルの中で、確かに勇気の芽を出させたのだった。

 

「なつきすばる! 全身全霊をもって、みんなを救います!」

 

 ーービビってちゃダメだ。こうしてる間にも、みんなは苦しんでいるはずだから。

 

 スバルは動き出した。今度は自分の力で、みんなを救うために。

 

 


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