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ーー数時間前。
「あ、れぇ……なん、で……」
それを一瞬考えたとき、ベアトリスは直感する。
そしてそのあまりの恐ろしさに震える手と足を抱えながら、ゆっくりとその場に膝を折った。
「どうしてベティは、禁書庫を捨てて出てきたかしら! そのことが指示されていたはずが、福音書に書いてあったはずがないのよ。だってそれは、ベティ自身が何度も何度も嫌というほど確認したのよ」
あの福音書に書いてあったはずがない。
なぜならベアトリス本人が、何度もあの本に目を通してきたからだ。
身が押し潰されそうになるほど残酷な孤独の中で何年間も向き合ってきた、あの白紙の書を。
字が浮かび出てこないかと幾度も見返したあの白紙の書を。
見落とすはずが、見紛うはずがない。
「……なら、炎の園と化した禁書庫から命惜しさに逃げ出したというのかしら? お母様の言いつけを破って? 福音書すら、灰になって?」
半狂乱となっていたベアトリスは頭を抱え、震えはすでに歯茎にまで伝わって、自問自答の堂々巡りを繰り返していた。
「あー、ベティじゃないかぁ! ……って、なんだか浮かない顔だねぇ、どしたの?」
通りがかったパックが、いつもと様子の違うベアトリスに疑問を投げかける。
しかし、ベアトリスはいつものように喜びを示すどころか、挨拶すら返さずに戸惑った顔を向けるだけだった。
頭に疑問符を浮かべながらも、パックは彼女を起こそうと手を差し出す。
「ほら、そんなところに座り込んでないで立ちなよ? ちょうどお昼で外はあったかいし、あっちでお話でもしようよ」
「にーちゃは……にーちゃは何か知っているかしら?」
「…………ん?」
訳がわからない様子のパックに、ベアトリスの顔はどんどん感情を露わにし、ついに涙を堪えられなくなった。
「ちょっとベティ、どうしたのさ。急に泣き出すなんて君らしくもない」
「ベティは……っ!」
そんなことはわかっている。情けないことも、らしくないことも、迷惑をかけるかもしれないことも……
そんなことはわかっている……でも
「ベティは…一人ぼっち……かしら。お母様からの言いつけを破った、悪い子かしら」
たった一握りの可能性を、自分は断ち切ってしまった。
たとえそこに何も記されていなくとも、それだけが自分の敬愛すべき存在で、進むべき道で、生きる意味そのものであった。
ーーそれが無ければ。
この先に待つのは、ベアトリスが最も忌み嫌う孤独という名の恐怖だ。いつか報われるかもしれないその時さえ、訪れる可能性はゼロとなる。
ベアトリスは震えた。
心が完全に折れかけようとしたその時、パックの言葉が耳に聞こえた。
「言いつけを破った? それってもしかして、禁書庫から出てきたことを言っているのかい?」
「ーーっ!?!? そう、その通りなのよ! にーちゃは、にーちゃは何か知っているかしらっ!?」
ーーそれは一筋の希望だった。
もしどうして、自分が敬愛するお母様を裏切ったのか、あるいは待ち続ける"その人"のことを知れるのか
どちらにせよパックの次の言葉で、ベアトリスの精神は如何様にもなる。
しかし、パックの返答は考えうる最悪の答えだった。
「ごめんねベティ、僕にもそれはわからないや」
「………………………………ぇ」
プラスでもマイナスでも、手がかりさえあれば和らいだ、はっきりした。
しかし、パックの言葉は何の糸口でもない。むしろパックという存在の言葉は、彼女が知り得る可能性を狭める。
瞬間、ベアトリスは再び孤独という耐えがたい寒さに抱擁される。
この世界でベアトリスにもっとも近しい存在であるパックが知り得ない。
そして自分自身もまた思い出せない。
残ったのは空虚の穴を埋め、覆いつくすほどの膨大な不安と自身への責めだった。
期待が打ち砕かれたその落差に、ベアトリスの感情はぐちゃぐちゃにされていた。
「……ベティはどこに行けばいいかしら? どこに居ればいいかしら? どこで何をして、どんな時を過ごして、どう生きていけばいいかしらっ!」
「ちょっと待って。そんなこと、僕に聞かれてもわからないよ」
困り顔を向けるパックに申し訳なさを感じるが、今の彼女に平静を装うことなどできるはずもなかった。
ーー400年。
その重さがベアトリスの心を簡単に繋ぎ止め、引きづり回し、奈落へと突き落とす。
「こんなことなら……あの燃え上がる禁書庫と共に、灰になってしまえば……よかったかしらっ」
「…………」
悲痛な叫びを聞いても、答えを知らぬパックには、黙っていることしか出来なかった。ただ、「気にすることはない」と小さく一言、声をかけた。
しかし、ベアトリスは頭を振る。
「少し考えるかしら」
「分かった。……僕はもう行くけど、あんまり思い詰めないでね」
「ーーーーーーーーーーーーーぁ」
申し訳なさそうな顔をして去っていくパックの背中を見て、ベアトリスは思わず腕を伸ばした。
パックが行ってしまったら、彼女はまた1人になってしまう。
どこにいく? 何をする? 何を考える? どんな答えが欲しい? どうすれば満たされる?
「ベティは一体……どうしてしまったかしら」
そうやって何度も自分を疑いながら数時間、ベアトリスは一つの結論に辿り着く。
「やっぱり、お母様との繋がりを断ち切るなんて、そんな訳はないのよ。きっと……きっとベティは"その人"を見つけたかしら!」
立ち上がったベアトリスは深く呼吸をし、胸を張る。
その"結論"が、自分にとって最も都合の良いものだと感じたから。
折れそうになる心と身体は、彼女の"理想"によって持ち堪えた。
「ベティの心は、全く満たされていない。必ず"その人"を見つけるかしら」
***
「一体これはどういうことかしら、ロズワール」
ベアトリスはロズワールの書斎を訪れていた。
それは随分と珍しいことで、普段であれば、彼女は禁書庫にいるはずだった。
「どういうこと……と言われても、私も何が起きているのかさっぱりわからなーぁいね」
ベアトリスの剣幕も意に介すことなく、ロズワールは肩をすくめた。
「福音書はラムによって燃やされた。それは私だって覚えている。……問題は福音書に書いてあった物語の主人公を、まるっきり覚えていないということだーぁね」
「その人物が……ベティの"その人"ということかしら」
「それはわからない。ただ、私はもうあの本の登場人物がなんであれどうであれ、詮索するつもりはないよ」
今までロズワールは福音書に基づいて行動を起こしてきたはず。それがエキドナとの間にある唯一の手がかりだから。
だというのに、彼はもう本の内容に頓着していなかった。
それはつまり、
「ただ竜を殺して封印を解く。そしてその先にお母様がいる。その目的さえあれば、過程はどうでも良くなったのかしら」
「それについてはノーコメントだーぁね。ただひとつ言えるのは、私は誰も知らない新しいストーリーを進むのも、また悪くはないものだと思っただけだーぁよ」
「ふん。同じようなことを聖域でも聞いたかしら。いったい誰の影響なのよ」
ロズワールの後方で待機するラムが、これでもかというほどに誇らしげな顔をしている。それを一瞥したベアトリスは咳払いをして、
「確かにメイドの小娘の功績はお前から聞いたかしら。でも、それだけじゃないということ、ベティならわかるのよ。特にお前が、"あのとき"のロズワールだと言うのなら」
「はぁーてーぇ。なんのことだかーぁね」
「ふんっなのよ。絶対に突き止めてやるかしら」
「これはあの半魔の小娘にも、話を聞く必要があるかしら……」
【今後について】
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