もし死に戻りの記憶がみんなに戻ったら re   作:なつお

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第14話『虚飾の調べ』

【ーー己の過去と向き合え】

 

 

 聖域の開放から一月後。

 正式に騎士として認められたスバルはレムにもそのことを報告しようと寝室を訪れていた。

 しかし、騎士と認められたのは今日ではない。そして昨日でもなければつい先日という訳でもない。スバルはここ3週間の間、ずっと彼女に言葉を、文字通り投げかけてきた。

 スバルは報告をする。

 そう。“今日も”だ……

 

「大変だったんだ。でも俺頑張って、皆を助けてエミリアも試練を突破して……そんで俺、本当に騎士になったんだよ。口だけじゃないって、認めれたんだよ」

 

 いくらスバルがその武勇伝を語ろうとも彼女の名前を呼んで確認を取ろうともその言葉がレムに届くことはない。

 

「すげぇ努力した。腸狩りとも、魔獣使いともやり合ってベア子も禁書庫から連れ出せたんだ」

 

 それでもスバルは諦めきれない。

 今まで感じてきたどんな痛みよりもずっとずっと苦しい。心にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚に、打ちのめされ続けていた。

 

「レム……」

 

 邸のベッドで死んだように眠るレムのそばに腰かけ、頬を撫でる。

 

「なんで、なんでなんだよレム…」

 

 白鯨との戦闘後、その帰路でレムは存在を、暴食に名前と記憶を喰われることで失った。

 世界の全てが彼女を覚えていない。血を分け合ったラムでさえも

 まるで最初からレムがいなかったかのように

 ……綺麗さっぱりに。

 

 一部の例外を除いて……

 

「悪いことは言わないから

その娘のことは忘れるかしら」

 

 ベアトリスが膝をつくスバルの隣に並ぶ。

 彼女は禁書庫という世界から隔絶された空間にいたおかげで、暴食の権能から逃れていた。

 しかし、スバルと契約して禁書庫から出た途端、彼女からレムの存在は消えてしまった。

 その事実が尚、スバルを苦しめた。

 

「忘れられねぇよ…忘れてたまるかよっ! 俺が忘れたらレムはレムは誰にただいまって言うんだよっ!」

 

 鬼気迫る様子のスバルにしかし、ベアトリスは動じない。

 

「ここで立ち止まっていたって始まらないのよ。スバルは大声を出して泣き叫んでいれば、いずれその娘が目を覚ますと思っているのかしら」

 

「それはーーっ!」

 

「ここのところ食事もろくに取ってないかしら。本当はこんなことベティも言いたくないのよ。……でも、そんな調子じゃあスバルも遅かれ早かれ植物状態になるのよ」

 

 言われてスバルはゆるゆると鏡を見た。

 

(少しは食べてたはずなんだけどな…)

 

 頬はこけ、誰の目から見ても明らかに衰弱の一途を辿っている。

 

「そんなこと、誰も望んでいないのよ。

それこそ、その娘も……」

 

「そう……だよな」

 

もし、レムに少しでも意識があったら。彼女は今のスバルを見て何と言うだろうか。

 

(きっと……優しく、甘々に、包み込むように。それでいて厳しく、痛いところをついて

 でも、本当に俺のこと好きなのって疑いもないそれぐらい好きって気持ちを全身で表現しながら

 

……叱られるな)

 

 スバルは前を向かされるだろう。

 いつだって彼女はスバルに優しく、丁寧で、そして厳しい。

 そう考えたとき、スバルの虚ろがかった瞳の奥に、微かに命の光が宿った気がした。

 

「ベア子すまん。少しだけ1人にしてくれるか?」

 

「1人…? 2人の間違いかしら」

 

 スバルはレムを見た後ゆっくりとベアトリスに視線を戻す。

 

「いや、もうレムのことでくよくよするのは辞める。俺は前に進むよ。……差し当たっては買い出しに行ってくる」

 

「差し当たってはご飯を食べるかしら」

 

 ベアトリスの労いにスバルは首を振る。

 

「ラムお姉様がカンカンなんだよ。バルスが野垂れ死ぬのは一向に構わないけど

今まで穀を潰した分しっかり働いて返してから死になさいってな」

 

「はぁなのよ。ーー死ぬなんて縁起の悪いことはあまり言って欲しくないかしら。他人から言われるのと自分で言うのには大きな差があるのよそれにメイドの娘のそれは、暗にスバルに死ぬなと言っているのよ」

 

 それを聞いたスバルは小さく笑って、

 

「大丈夫だ。死にゃしねえよ。死ぬのなんて、もうこりごりだ」

 

 しかしスバルの言葉を受けてもなおベアトリスはその場から動こうとしなかった。ただ黙って、藍色の瞳をスバルに向ける。その狂いなき意志を見てスバルは頭をかいた。

 

「ごめん、飯食ってからいくよ」

 

「わかればいいかしら」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あー、レムってのはなんだ?兄ちゃんが時々一緒に買い物に来てる赤毛の嬢ちゃんのことか?」

 

「いんや、あの我儘毒舌お姉様はレムじゃなくてラムの方だよ」

 

「ラム……ラムね。よーく覚えとくよ」

 

 つまらなさそうに話を聞いたあと「ほらよ」とおっさんがリンガを手渡してくる。

 スバルが取ると、おっさんは空いた手を突き出したまま、さらにひらひらと振り、金銭を要求した。

 

「その調子だと後5回は言わねーとダメそうだな」

 

 スバルは分厚い掌に押し込むようにお金を置いた。

 

「1回で良いっての」

 

 そう呟いたおっさんは金を握ったまま一向に腕を引っ込めようとしない。

 

「……?」

 

 不思議に思ったスバルが顔をあげるとおっさんは眉根を寄せて

 

「はぁーーったく今日の兄ちゃんは辛気臭せぇ面してんな。そのなんだ……レムって奴のことが心配なんだろ?」

 

「おっさん、なんでそれを……」

 

「バーカ。んなもん兄ちゃんの顔に書いてあるってんだよ。ほら、こいつはサービスだ。持ってけドロボー」

 

 無造作に投げられたリンガをスバルがキャッチする。

 店の鏡に反射した自分の顔は、なるほど大根役者の作り笑い以下の能面だった。

 

(くよくよするのは辞めるって言ったのにな……)

 

 どうしても、“レムを知っていた”人間を見かけると、記憶の中に彼女を聞いてしまう。

 そうしてレムの名前を口に出してもう一度考えてしまう。

 

 彼女の笑う顔、声、瞳の輝きを。

 包み込むような手の温かさを。

 スバルを支えてくれる心の輝きを。

 

『……もう一度話したいですか?』

 

 そんな甘い話が聞こえた気がした。

 その声は今まで聞いたことのない、澄み切った空の遠くから響くようで、目と鼻の先から沁みるようで。

 我慢、作り笑い、道化、空元気。自分が何重にも纏う“虚飾”をすり抜けて、本音が曝け出される。

 

『聞かせてください』

 

 

 

 

「…………ぇ?」

 

 気づくとそこは草原だった。

 景色は薄明るく揺らぎ、足元は何故か覚束ない。

 スバルの手からするりと買い物袋が落ち、中からリンガが転げ出る。

 

 訳がわからない状態が続きながらも目の前に立つ少女の姿を見た時、心臓の拍動を強く感じた。

 

「君は……?」

 

 おそるおそる声をかけるスバルに、少女は笑みを湛えながら

 

 

 

『私は虚飾の魔女、パンドラ。

初めまして、ナツキ・スバルさん』


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