もし死に戻りの記憶がみんなに戻ったら re   作:なつお

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第11話『信頼の信頼』

 

 

 

 あまりに突然の事で、数瞬反応の遅れたガーフィールとユリウスは、スバルを助けようとしたが間に合わない。

 なんの前触れもなく、突如そこに現れた“闇”は、スバルの全身を覆うように被さった。

 

「大将!」

「スバル!」

 

 伸ばした手、伸ばした剣はしかし闇に届かない。一歩出遅れたという理由もあるが、得体の知れない闇に畏怖してしまったというのが主だ。だが、それはスバルを蔑ろにした訳ではない。

 ……その闇の前では剣聖すら数瞬迷いが生じるに違いない。闇はそう思わせる程の、醜悪さと悪意を内包していたのだ。

 

「……なにしてやがる?」

「いずれにしても警戒は解けないね」

 

 スバルを呑み込んだ闇はしかし、何故か目的を見失ったかのようにその場を彷徨うーーいや、蠢くと言った方が正しいだろうか。

 これは()()()()()、それを感じた時、言い様のない嫌悪感が五臓六腑をひた走っていく。

 

 明らかに危険な存在であるそれに対し、呑み込まれたスバルを考慮すると、迂闊に手を出すことの出来ない状況。今はただ臨戦態勢をとり続けることしかできない。

 

『どぉぉぉおこおおおお!?』

 

 どこに発声器官があるというのか。突如闇は咆哮した。その声からは確かな悲しみの感情が伝わってくる。それはまるで最愛の人を失ってしまい、ずっと探し求めているかのような。

 そのモノが何なのかは、全くわからない。形が曖昧で、靄がかかったように中の様子を覗く事は叶わない。ただ形容するなら、矢張りそれは闇であった。

 

 こちらからは()()()()()()()()しか分からない。

 

『ーーーーぁぁ……』

 

 それから何度か同じ様に耳をつんざく様な金切り声をあげて、闇は消滅していった。

 耳を塞ぐことに精一杯になっていたユリウスとガーフィールは、闇が消えたのを視認して、急いでスバルの安否を確認しに行く。

 

 

 

「「ーーーーっ!?」」

 

 しかし、そこにスバルの姿は無かった。

 

「ッ大将!? 大将は一体どこにいっちまったんだよ!」

 

 スンスンッと、スバルの匂いを追おうとしながら辺りを見回すガーフィールだが 、

 

「ッ大将の匂いすらしねぇ……ッキザ野郎はどうだ?」

 

「その呼び方はやめてくれ。……僕の微精霊達も先程とはまた少し違った動揺を示している。だけど恐らくこれは、スバルとは全く関係のないことだろう」

 

 顎に手を置いて考えるユリウス。対して焦りと苛立ちを募らせるガーフィール。

 

「ちっくしょう! 大将がもしヤラレッちまったら、死に戻りでさっきまでの事が全部無かったッことになっちまうのかよ」

 

「落ち着くんだ、逆に考えよう。死に戻りが起こってない今はまだ、スバルは生きているのだと」

 

 焦るガーフィールをなだめるユリウス。いつだって冷静さを欠いてしまえば、それは致命的なミスに繋がるものだ。

 

「それに今僕達の目の前に現れたスバルだって、僕達に死に戻りの記憶が戻ったその後、もしかしたらもう何度も死に戻りをしているかもしれない。そしてそれが行われているかどうかはわからない。……僕達に記憶が残らない以上ね」

 

「…………」

 

 そう。あくまで彼らに戻った記憶は()()()()の死に戻りの記憶。その後ーーつまり()()()()スバルが死に戻ったかどうかは感知不可能。

 なぜ記憶が戻ったのかも分かっていない今は、如何せん不確定要素が多過ぎる。ただその記憶が鮮明であり、リアリティであればあるほどに、それを無視する事は困難を極めていく。

 

「……なら大将にはこうなるッことが分かってたってのかよ?」

 

「いや、行動の数だけ未来がある。少なくともスバルは今回の件に関しては初見ではないだろうか。スバルがあの闇の存在を知っていたとするならば何らかの手を打つか、僕達に存在を知らせるハズさ」

 

 「もっとも」っとユリウスは前置きをいれて、

 

「スバルが僕達のことを信用してくれていればの話、だけどね」

 

 ユリウスは自虐的な笑みを浮かべながら頬をかく。そんな彼の言葉に、聞き捨てならないとばかりにガーフィールが食って掛かる。

 

「おいそりゃあどういうッ意味だよ!」

 

「分からないかい? 何故僕達に記憶が戻るまで、スバルは死に戻りをしていることを僕らに告げてくれなかったのか」

 

「…………あ?」

 

 そう。今まで気付いていたのにも関わらず、ずっと避けていた話題は“それ”であった。

 

「これはあくまで憶測の域を出ないが、スバルは僕達が死に戻りの話を信じないと思ったから、その事を話さなかったのではないかな」

 

 憂いを帯びた表情を浮かべて問いかけるユリウスに、しかしガーフィールは沈黙する。

 少しの沈黙の後、「すまなかった。これは単なる僕の八つ当たりだ」と言って微精霊を正気に戻す作業に移行するユリウスだったが、そこでガーフィールは口を開く。

 

「ッだから」

 

「…………ん?」

 

「だからッなんだってんだよ!」

 

「ーーーーっ!?」

 

 ガーフィールの咆哮が木霊する。あまりの剣幕に驚いたユリウスは思わず剣の柄に手を伸ばす……が、それはどうやら杞憂だったようだ。

 すぐに落ち着きを取り戻したガーフィールは思い詰めた様子で語り出す。

 

「……大将は俺様のことを、みんなのことを居場所だって言った」

 

「居場所?」

 

「ああ」とガーフィールは首肯する。

 

「もしッ大将が俺様達の事を信じきれねぇってんなら、そんッときゃ俺様が大将をぶん殴ってでも話させてやらぁ!」

 

「な……」

 

 触れたくない話に触れたはずだった。自分達が彼を思う様に、彼は自分達を思ってはくれていないんじゃないか。心の底から仲間だと思っているのは実は自分達の方だけで、スバルはまだ自分達を信用してくれていないんじゃないか。

 そんな話をしたはずだった。俯く話だった、心底塗炭に浸りきった不満を吐露したつもりだった、大人気ないと感じたからこそ、ユリウスは謝ったのだ。

 だと言うのにこの少年、ガーフィールティンゼルは、その自慢の犬歯を光らせ、豪快にニヤついてみせた。

 

 その姿に、ユリウスは圧倒される。

 

「信頼されてねえなら、馬鹿野郎って言ってやる。それでもネチネチと信用されねぇなら、ぶん殴ってでも腹を割らせる。今の大将相手ならッそれで分かってくれる。それが居場所ってもんだと、俺様はおもうんだ。大将の居場所は、俺達(それ)で良いって言ってくれたんだ!」

 

 ガーフィールは笑った。その様子に、一片の迷いも曇りもないことを、()()()(スバル)の居場所である、ユリウスは分かってしまった。

 暫しの間硬直していたユリウスだったが、突然「ハハハ」と笑って

 

「そう……だね。それがいい。僕も丁度彼にはお灸を据えてやらないといけないと、そう思っていたところだ」

 

 2人はまるで同盟を結んだかのように拳を付き合わせた。

 

 

 ……まぁ実際はスバルには話したくても話せない理由があったのだが、それを彼らが知る由もなかった。

 

 

 

************************

 

 

 

「おいおい、なんかあちらさんで物騒な話してんだけど?」

 

 実はユリウス達から僅か5m程離れたところにスバル()は居たのだった。

 目立った外傷は無く、一目見ただけでは彼がつい先程まで危険な目に遭って居た、なんてことは誰にも分からないだろう……何せ当の本人のスバルとくれば、この状況で不釣り合いにも、口元には薄く笑みまで浮かべているのだから。

 

()()()()()()()()()()()()()()、ベア子」

 

 その理由は目の前にいる少女だった。

 スバルは口を固く結んで不機嫌そうにこちらを見上げる少女がしかし、心底愛らしいと思った。その光を反射して輝くおでこも、特異な瞳の光沢も、金髪で渦を巻くツインテールも、彼女が例え人ではなく“精霊”であっても。

 

 頭の先から爪先まで全身をくまなく目で舐め回すように見るスバルに対し、彼女は赤面しツンデレを発動する。

 

「べ、別に偶々近くを通っただけかしら。スバルがどうだとかは、まーーったく関係ないのよ!」

 

「そっかそっか! ありがとよ〜ベア子」

 

 プイッと顔を逸らすベアトリスに対し、しかしスバルは彼女の頭を撫で始める。

 

「おまえちゃんとベティーの話聞いてたかしら!? そ、そんな事してもらっても嬉しくないのよ」

 

「して()()()()()?」

 

「キーッ! それは言葉の綾なのよ! されても嬉しくないかしら!」

 

 地団駄を踏んだ後、はぁはぁと肩を上下させるベアトリスに対してスバルはご満悦。

 

「ーーベア子」

 

「……な、何かしら?」

 

「俺のそばに居てくれてありがとな」

 

 そう。先程の闇の襲撃からスバルを救ったのはベアトリスだった。

 そも、今までスバルを見殺しにしてきてしまっていた事を後悔していたベアトリスにとって、スバルから距離をとることなど、よくよく考えればあり得ないことだったのだ。それこそ本末転倒である。

 

「フンッ! なのよ」

 

 先程同様顔を背けるベアトリスであったが、感謝されたのが嬉しいのか、口元が少し緩んでいるのがみえた。

 

「つーか俺らがホッコリモードな時に、あいつらは何してんの?」

 

 スバルが指さすあいつらとは当然ガーフィールとユリウス、そしてこの場から消え去った闇の事である。隠れるような姿勢を取っているとはいえ、彼らがスバルを見失うかといえば怪しいところだ。

 対しベアトリスは「簡単な話かしら」と前置きして話す。

 

「退避と同時に、今のベティに出来る全力のシャマクを闇に食らわせてやったかしら。今は恐らくシャマクの残滓で、あの金髪の小僧の嗅覚が鈍っているのよ」

 

「なるほど。ユリウスの微精霊も影響受けてそうだな。でもあいつらにまで影響与える必要あったのか?」

 

「闇にどこまで通用するか分からない以上、本当に思いっきりやるしかなかったかしら。それにあいつらがこちらに気付いた瞬間に闇が襲いかかってきても面倒なのよ」

 

「OK! その辺の事情については理解したぜ。でもよ、1番分かんねー事聞いていいか?」

 

「なにかしら?」

 

「あの “闇” はいったい何だっーー

「スバルは知らない方がいいかしら」

 

 スバルが疑問を言い切る前に、ベアトリスは厳しい様子で拒絶した。純粋にそれが気になっていたスバルにとってこの思わせ振りな返答は、

 

 ーー “俺は” ってなんなんだ? あーくそぉ気になるうううう!

 

 両手で頭を抱えてクネクネと身をよじらせながら、さらに屈伸運動をするスバル。

 

「気持ち悪いかしら!?」

 

 はぁーと嘆息するベアトリス。その様子を見て、スバルは先刻から抱いてた疑問を口にする。

 

「つーかベア子は、俺が死に戻りのことを黙ってたの、気にならないのか? 全然聞いてこねぇけど」

 

「気にならない、といえば嘘になるかしら。でも死に戻りの記憶が戻った後、そのことに関しては幾つかおかしな点があるのよ」

 

「おかしな点?」

 

「はぁーなのよ。そんな事を気にするよりもスバルはまず、あの鬼の娘を見てきてやった方がいいかしら。まずいことになっている気がするのよ」

 

「……そうだな」

 

 確かにまず優先すべきはレムの安否だ。もうかなり時間が経過してしまっているというのに、レムが出てくる気配は一切ない。

 これ以上はたとえ彼女といえど、何かあったと危惧せざるを得ない。あの闇について、気にならないと言えば嘘になるが、ベアトリスからGOサインが出たのならば、一先ずはアレを考えなくても良いはずだと、スバルは考えた。

 

「行くか!」

 

 不安を掻き消す様に声をあげ、スバルは彼等の元へと走った。

 

 

 




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