もし死に戻りの記憶がみんなに戻ったら re   作:なつお

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第10話『傷付くことの終わり』

  

 窓から差す夕陽が部屋を赤く照らす。

 そしてその赤黒い光が、部屋の姿鏡に反射してレムの顔を照らす。しかし照らし出されたそれは普段の彼女からは想像もつかない、ひどく間抜けな顔だった。

 ポカンと開いた口は乾き切ったまま、尚も冷たい空気に晒され続けている。

 大きく見開かれた眼は口同様、先程から一切動いていない。今彼女の身体で唯一動いているのは、その言葉の意味を理解するために必死に働く頭だけであった。

 

 先程姉様ーーラムの口から告げられた言葉を頭の中で反芻させる。しかし何度記憶と照らし合わせても、どうしてもそこに矛盾が生じてしまうのだ。

 

 だってーー、

 

「スバルくんは死に戻りをしているんじゃ……?」

 

 これがレムの言い分。

 確かにレムはスバルをその手で殺してしまった。だがそれはつい先日、死に戻りの記憶と共に突如去来し、ようやく知った事である。

 さらに言ってしまえばその問題自体、先程試練をクリアする事で乗り越えた筈だ。

 

 レムがスバルを殺した事、それは

 

 “無かったことにはしていないけれど、無かった事になった出来事”なのだ。

 

 それをレムはしっかりと受け止めている。

 それは試練に合格したからというのもあるが、そもそも彼女は(スバル)()()()()()()()頑張れたのだ。

 

 ーー死に戻りをしているスバルくんが、今現在この世界に居ないわけが、死んでいるわけがない。

 

 信じない。

 だからそれが不変の事実だと、それが自分の根底にあるからこそ自分はここに立っていられるのだと、でなければ自分は、みんなは今こうして笑ってはいられなかったのだと。

 

 彼がその残酷な能力で、同じく残酷な運命を変えてくれたのだと。

 自分を救ってくれたのだと、そう信じている。

 

 だから姉様の言葉はきっと何かの冗談でーー

 

「死に戻り? 死に戻りってなんなの?」

 

「…………え?」

 

 ラムの返答に固まるレム。

 

 それもその筈……なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 その根拠として、こんなことがあった。

 

 それは記憶が戻った直後のことである。

 レムが仕事中に屋敷を飛び出した時、背中越しに聞こえた……「バルスに会いにいくの!?」という姉様の言葉。

 あの状況でレムの奇行に「どうしたの!?」ではなく、“明確な目的”を推察する姉様は明らかに死に戻りを思い出している……。

 

 だから彼女が死に戻りを知らないなどということはありえないのだ。

 そもそもガーフィールでさえ思い出していたのに、屋敷でスバルくんと共に過ごしてきた姉様だけが、死に戻りを思い出していないとは到底考え難い。

 

「気に病むことはないわレム。確かに魔女教との間者だと決めつけるのは少し早計だったかもしれないけれど、バルスには不可解な点が山程あったもの」

 

 ーーなのにどうして嘘をつく?

 

 そう。あたかもスバルくんが死に戻りをしているのを覚えていない、いやそれ以前にスバルくんが今現在レムによって殺されて、この世にいないと嘘をつく姉様。

 

「ロズワール様も “もしもの時は” と言っていたもの。本来ならバルスを殺すその役は、レムではなくラムが担うべきだったわ」

 

「……………………」

 

 ーーねぇ、なんで?

 

 なんで? どうして嘘をつくのお姉ちゃん……。スバルくんは生きてるよ? なんでそんな酷い事を言うの? そんな言葉、この世界で1番聴きたくないよ。

 どうしてお姉ちゃんの口からそんな言葉が出てくるの? どうしてそんな意地悪をするの?

 

 ーーレムから……レムからスバルくんを遠ざけないでよ……

 

 止まらない。腹から胸、胸から喉、喉から口へと移動する何か。

 

「ごめんなさいね。レムにそんな役目を押し付けてしまって。たとえ相手がバルスといえど、人を殺すというのはいい気分ではないわ。そんな負い目を背おわせてしまったのは他の誰でもない、ラムの不手際よ。だからさっきも言ったように、レムは気にすることないの。ただ少しマズイことに、血が飛びすぎて掃除に時間がかかり過ぎて、事後処理は間に合わなかったの。いえ、勿論レムがやる必要なんてないわ。後は全てお姉ちゃんたるラムがやっておくわ。……エミリア様には見つからないようにしないとね。彼女はバルスを疑っていないようだったし、何かにつけてバルスを庇っていた。もしかしたらお怒りになるかもしれないけれど、それもラムに任せなさい。なんとかして誤魔化すわ。ラムはこう見えても、そういう時のすり抜け方を心得ているの。だからレムはゆっくり休んでいなさい。……こんな時ぐらいお姉ちゃんを頼るべきなのよ。ーーーあ、そうだ。ラムの得意料理の蒸かし芋をご馳走するわ。気分が冴えない時はアツアツの蒸かし芋を頬張るの。塩加減絶妙のお姉ちゃんの料理はそう、レムがいつも作ってくれる料理の3分の1ぐらいには美味しいわ。……だからバルスのことなんて忘れてしまいなさい。あれは無かったことにすれば……

 

『嘘つきっ!!』

 

「ーーーーえ?」

 

 突然レムから放たれた哀しみを湛えた怒声に、ラムは驚いたように身をすくめる。

 試練の疲れもあり、とうとう我慢の限界に達したレムはこの日初めて、本気でラムに怒った。

 

「なんで……どうしてお姉ちゃん嘘つくの!? スバルくんは生きてるよ! 死んだなんて、そんな悲しくなる嘘はやめて!!……ッ」

 

 それは悲しみと怒りと憂いとが()い交ぜになった、今まで姉には向けたことのない感情だった。

 

 たとえたった1人の肉親であったとしても、愛する人(スバルくん)をレムから遠ざけようとするなんて許せない。

 ふざけるにしたって限度がある。今の精神状態のレムに、1番大切な人の生死を偽るなど、当の彼女が耐え切れる訳は無かった。

 

「ーースバルくんは……スバルくんはレムの英雄なんです!!……ッ」

 

 今まで溜め込んでいたものが全て吐き出され、まるでダムが決壊したかのように溢れ出す涙。

 悲しくて悲しくて、その涙の奔流が無様に鼻水と混ざって、レムの顔はどんどんグシャグシャになっていく。

 

「あ、ちょっと! レム!?」

 

 レムの勢いに気圧されて口を(つぐ)んでいたラムがやっと言葉を絞り出すが、時すでに遅し。

 レムはといえば、既に勢いよく部屋から飛びだしてしまった後だった。

 

 そんなレムに対し、ラムは驚きに目を見開くーー

 

 

 

 

「君みたいな原石は……」

 

 

 

 

*************************

 

 

 廊下は何故か明かりがついておらず、複数の窓から差す夕陽が影を作って仄かに道を照らしている程度だった。

 

 部屋のドアを開け飛び出すレム。涙と暗闇で前がよく見えなかったが、自分がいつも掃除をしているロズワール邸だ。迷うはずがない。

 

 元々屋敷の広さに反して住人は少ない。

 人気のない廊下に、自分の靴音が反響して耳に聞こえる。しかしその小気味の良い音も、今は余計に心臓の鼓動を加速させるだけだった。

 疲労なんて知らない、傷付いた身体が悲鳴をあげるが、そもレムにとって自分のことなど(スバル)に比べればさして気に留めるモノではなかった。

 

「スバルくん!」

 

 スバルが居るはずの部屋のドアを開けるレム。

 勢いに任せた乱暴な開け方。最早ノックをする余裕など、彼女には残されていなかった。

 

「……スバルくん?」

 

 しかし、その部屋にスバルは居なかった。いやそれ以前に、使()()()()()()()()()()()()

 

 ドッドッドと苦しいほどに心臓が脈動する。 喩えようのない不安感が更に呼吸を蝕み、身体中を震わせ、頭の中を真っ白にする。

 

 ーーこれは何かの間違い。間違いに決まってる。きっとスバルくんはお仕事中。お仕事中に決まっている。

 

 そうやって自分に言い聞かせ続けなければ、気を保っていることが出来ない。姉様の言葉が、拭えないのだ。

 不安が心を、レムを掌握していくーー否、『握り潰そうと』している。

 ……そして不安は使命感となって、レムの思考を侵食する。

 

 ーー早くスバルくんを見つけないと。

 

 すぐさま部屋を後にするレム。淑女、メイドには似合わない必死の捜索。

 目に付くドアを開けては彼の名前を叫び、返事がないと見るや否や、虚無感に押し潰されながらも次のドアへと向かう。

 喉の奥から嗚咽が漏れ出て、涙が慣性に従ってレムの背後へと流れ落ちる。

 しかしそんな精神の磨耗(まもう)も、今のレムには最早どうでも良かった。

 

 スバルくんの姿さえ見つけてしまえば、苦しいのも悲しいのも全部消える。ーーそしたらお姉ちゃんに言い過ぎたって謝って、仲直りして、笑い合って、手をとって、そしたらまた、スバルくんと一緒に……

 

 

 

 そう、スバルくんさえ見つけてしまえばーー

 

 

 

 見つけてしまえば?

 

 

 

 ぴちゃっ!

 

「ーーーーっへ?」

 

 踏み出した右足。さっきまで一定のリズムを刻んでいた足音が、まるでなにか液体を踏んだかのような音に変わる。

 驚いて下を見るレム。夕陽に照らされて赤く見えているのか、それとももともと赤いのか、レムはその場に屈んでその液体を確認しようとする。

 

「うっ………!」

 

 しかしそのとき、とんでもない異臭が鼻を突き刺した。その生臭さを最大限にまで溜め込んだかのようなあまりの激臭に、思わず鼻を両手で押さえる。

 

 ーーッドサ!

 

「ーーーーえっ?」

 

 繰り返される奇怪な音に、先程から何度も間抜けな声をあげるレム。

しかしそれも仕方のないことであった。

 なにせ音だけならまだしも、今度は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 その肉の塊が落ちたことによって跳ねた赤い液体が頬につき、何故か自然に伸びた舌がそれを舐めとった。

 

 

 

 ーーそして気付く。その液体が紛れも無い “血” であるということに。

 

 

 

 ーーそして気付く。その肉の塊が “誰かの腕” であるということに。

 

 

 

 ーーそして気付く。顔をあげた先に “何かが転がっている” ということに。

 

 

 

 ーーそして気づく。その何かが “人の顔” であるということに。

 

 

 

 ーーそうして気付いてしまった、分かってしまった、理解してしまった。

 気付いたことに後悔した? 逃げ出したくなった? それとも分かって嬉しかった? 探すことの終わり、未来の終わり、傷つくことの始まりで終わり、自分自身の終わり。

 

 もう傷付かない、これ以上なんてない。言葉なんていらない、感情なんていらない、私なんて、命なんて惜しくもない。

 

 

「あは、あははははははははっ……ッ!」

 

 

 ひとしきり笑った。人生の中でこれ程笑ったことがあっただろうか? 顎が外れそうだ。

 何故それ程笑ったのか? それほど滑稽だったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だって死に戻りなんて、そんな都合の良い能力、あるわけ無いよ……ッ!」

 

 そんな加護や能力がある筈がない。

 それは自分が身勝手に作り上げた、浅ましく、醜く、短慮で、自分本位で、滑稽なただの妄想なんだ。

 

 レムは肉の塊(スバル)をかき集めて抱いた。赤い液体の中に身を放り投げて眠る。

 ーーもう疲れたよ、もう良いよね、だってもう会えないもの、もう眠ろう。

 

「でもなら、レムの中のスバルくんっていったい……」

 

 

 

 まぁ、良いや。あったかいし。

 

 

*************************

 

 

 おかしい。あれからかなりの時間が経っているというのに、レムは一向に墓所から出てくる気配がない。

 これはあくまで憶測だが、わざわざ乗り越えるために自ら墓所の試練に挑んだレムが、その試練に苦戦するとはスバルには到底思えなかった。

 それは彼女の心の強さをよく知っているスバルだからこそ、どうにも()せなかったのだ。

 

「どうするよッ大将?」

 

 流石にもう目を覚ましているガーフィール。かなり陽気に構えていた彼でさえ、事態に不安を募らせていた。

 

「スーッバルっ!」

 

「レムが試練をクリア出来ないなんてことは多分ねえ。……もしかしたらこれは、エキドナのやつが絡んでるかもしれねぇな」

 

 経験したから分かる。エキドナは他の魔女と比べて、一見普通の少女だと思ってしまいがちだが、彼女の内包する異常性は、魔女の中でもかなりのものだろう。

 もし彼女が試練以外で何かしらレムに干渉しているのだとしたら、正直言ってかなりマズイ。

 

「ねぇ、スバルったら!」

 

「まだベアトリスさんやペトラさん……それにエミリア様も残っていらっしゃいますし、ここは二手に分かれたほうが良いんじゃないですか?」

 

「ーー二手に分かれる? でも俺がいないと意味ないんじゃ……?」

 

 オットーの提案に首をかしげるスバル。戻ってこないレムも心配だし、他の奴等も自分が居ないと意味がない気がする。

 これは驕りなどではなく、自分が原因だという自覚だ。

 これでスバルでなくても良いと言ってしまうのは、余りにも責任転嫁が過ぎる。

 

「そうですね、だからナツキさんと後1人はここに残って、その他の2人は他の人達の場所を特定しておくんです」

 

「なるほど。確かにまた探すのは面倒だな。……頼めるか?」

 

 時間をかけ過ぎるのも良くない、効率化を図るならその案は確かに良い。

 

「大丈夫! スバルには私がちゃーんと付いてるんだから!」

 

「……となると捜索隊と、俺との居残り隊に分かれなきゃなんねぇが、どうする? ガーフィールは資格持ちだし絶対残るとして、捜索隊はユリウスとオットーでいいか?」

 

「いや、私はスバルと一緒に残ろう」

 

 完璧に見える作戦を、ユリウスは即行で拒否。

 それを見たスバルは、額にあぶら汗を浮かべたまま自身のお尻を守るジェスチャーを取る。

 

「ユリウスお前やっぱり本当に俺のことを……」

 

 そんなスバル相手に疲れたといったように嘆息するユリウス。

 スバル相手に何度このやり取りをすれば良いのだろうか……と、言いたいところだが、明らかにこれはスバルが不安を紛らわせようとしているのだと、ぎこちない彼を見ていれば誰もが気付く。

 

「良いかい? 先ず僕がここに来た理由を思い出して欲しい。さらに言えば僕は一応は違う陣営の騎士だ。ここまで言えばわかってくれるかな?」

 

「全くそれなら早くそう言えっての。俺は自分の貞操の危機かと思っちまったぜ」

 

 フゥーと、不安で()()()()()()()出ていたあぶら汗を拭うスバル。

 

「ナツキさん……」

 

 それじゃあとスバルが右手をあげると、オットーが何も言わずに首肯し、地竜を走らせて去って行く。

 

 その姿を見送ったスバル達は、再びその場へ腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、みんなどっか行っちゃえば良かったのに。ーーそしたらスバルと2人きりだったのに。ねぇスバル?」

 

「……ねぇったら」

 

「…ぇぐ……ッ。さっきからずっと話しかけてるのに」

 

 

 

 

「ーーなんで無視するの?」

 

「もしかしてスバル、私のこと嫌いになった?」

 

「ーーってそんな訳ないよね! だってスバルが私のこと嫌いになるはずないもの」

 

「………………」

 

「え、ちょっと待って。 じゃあどうしてスバルは私を無視するの?」

 

「ねぇ?」

 

どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?

 

 

 

「ーーーーあ?」

 

 

 突如頭上に現れた、なんとも形容し難い、意志を持ったように蠢く黒い塊が……

 

 

 

 ーースバルに降り落ちた。

 

 




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