私は誰でしょう?   作:岩心

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6話

 集中力と意志力の強固な魔法使いは、呪文を声高に唱えることなく魔法を使う無言呪文というのができる。けれど、無言呪文ができる魔法使いは大人でもそういない。

 そこからさらに段階が進んだ杖無しで魔法が使える魔法使いは魔法界でも数えるほどしかいないそうだ。

 杖は魔法使いが魔力を集中させて、魔法を制御するための補助具。

 まだ杖を持たされていないが魔法使いの素質ある子どもが時に、感情を昂らせたときに魔法を発現することがある。杖の助けがなくとも呪文が使える場合もある。しかし、杖無しの魔術は無言呪文よりもさらに難しく、高い集中力と不可能に近い技能が必要であるために、ほんの一握りの強力な魔法使いしか使いこなせない。

 つまりは、最優等生に言われるまで、それが大人の魔法使いには当然のことなのだと思い込んでいたけれども(これまでの付き合いで一度も彼が杖を振るったところを見たことがないので)、よく指パッチンなどで魔法を行使するこの近所の魔法使いは、途轍もなく卓越した技量の持ち主である。

 

「ご在知の方も多いでしょうが、私がギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、それから、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞――なんて、肩書を持っていますが、ここでの私は、ホグワーツの『闇の魔術に対する防衛術』の教授です」

 

 『闇の魔術に対する防衛術』の最初の授業。生徒みんなが座って教科書と羽ペン、羊皮紙を取り出し、お喋りをしている中、教室の奥の扉から現れたギルデロイが教壇に立ち、パンッ……とひとつ拍手をした途端、場は静まり返った。

 

「では、まず、私の話を聴いてもらいましょう」

 

 昨年、クィレルが行った授業は、どもり声が酷くてとても聞き辛かったけど、ギルデロイの声はとても聞き心地が良く、頭にすっと入るものだった。最前列に座る視界の右端の席で、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルがうっとりしたように目を瞑っているのが映った。

 

「『闇の魔術』の対処法というのは、その状況その状況で異なっていく。必ずこうすれば正解だという数式のように当て嵌まった解などないものだ。この多頭の怪物の如き厄介な相手から切り抜けるには、多くの呪文や魔法の知識よりも、混沌とした状況を正しく判断する理解力とそして、『闇の魔術』に怯むことなく抗する意志力が必要だと私は思っています」

 

 背後の席で、ネビル・ロングボトムが息を呑みながらも頷く気配を感じた。

 

「二年生のあなた達に私が役目として教授するのは、生き延びるための術。()()()です。闇の魔法使いに力で勝つことだけが、我々の戦いの目的ではありません。つまりは逃げるまでの時間を稼ぐための技と度胸付け……と考えてください」

 

 視界の左端で、ディーン・トーマスとシェーマス・フィネガンがレベルの高い謎かけをさせられたかのように揃って首を捻るのが見えた。

 

「ご清聴ありがとう。では、授業を行う。ここにいる作家休業中の私と同じように、皆、筆を置いてもらおうか。杖と教科書だけを出していてくれ」

 

 羽ペンと羊皮紙を鞄に片づけて、右のロンの前には杖と『トロールとのとろい旅』が一冊、左のハーマイオニーの前は、杖と七巻全部が順番に積まれている(『一冊だけとは指定されていないでしょ』というのが彼女の主張)。

 

「私の授業スタイルをよく理解してもらうために誰かにお手本、私のアシスタントをお願いしたいんだが」

 

 隣のハーマイオニーがいの一番に手を高く挙げ、爪先立ちでぴょこぴょこ跳び上がっている。そんな彼女にギルデロイは苦笑しつつ、僕の右へ視線をスライドさせた。つまりは、ロンを。

 

「すまないね、今日の授業ではまだハーマイオニーの教科書は使えないんだ。ロン、教科書と杖をもってこちらに来てくれるかな」

 

『え?』

 

 ぽかんと手を挙げたまま固まるハーマイオニーを無視して出づらいだろうが、僕はロンの肩を押していきなりのご指名に戸惑う親友を前へ出した。

 

「えーと――本当に、僕でいいんですかギルデロイ先生?」

 

「うん。他のクラスでは見本を用意しているんだけどね。実は、ロンにこの前贈った本にはちょっとした仕掛けを施してある」

 

 差し出した手にロンが『トロールとのとろい旅』を渡すと、ギルデロイはその表紙に掌を置いて、魔法力を篭めた。

 瞬間、パラパラといきなり捲れ上がって開かれたページから、のっそりと風船でも膨らませていくように徐々に姿を顕していく巨大な影。

 

 それの背は、五メートルはあり、広々とした造りであるこの教室の天井に手を伸ばせば届いてしまいそうなほど。苔むしているような澱んだ緑色の肌、岩石のようにゴツゴツのずんぐりした巨体、ザンバラ髪が生えた頭は小さく、ココナッツがちょこんと載っているようだ。短い脚は木の幹ほど太く、コブだらけの平たい足がついている。腕が異常に長く、手には巨大な棍棒を持っている。

 

 それから、汚れた靴下と、掃除をした事がない公衆トイレの臭いを混ぜたような、鼻をつく悪臭に、ブァーブァーという低い唸り声まで聴こえてくるというこの無駄に高い再現度(クオリティ)

 トロールだ! この『トロールとのとろい旅』に登場するトロール。

 この書物に篭められている記憶を元にした幻像(ホログラム)を出したのである。

 

「ま、飛び出す絵本、ってところかな」

 

 クラスの皆が圧倒させられる中、ギルデロイはパチンと指を鳴らして、トロールの巨体に金縛りの呪いを掛ける。

 途端、動けなくなったトロールの身体へギルデロイが手を突き出せば、抵抗なく擦り抜ける。ゴーストのようだ。

 

「この通り、魔法は効くが、肉体はすり抜けるので、実戦訓練形式で相手をしても怪我をすることだけはない。だが、実感はある。怖いだろう?」

 

 こくこくとみんなが頷く。

 去年のハロウィーンで対峙したトロールと同じ、いや、記憶の中のそれよりもガタイが大きく見えるのでより迫力がある。

 

「さて、トロールには生息地に分けていくつか系統がありますが、ここにいるのはなんでしょう?」

 

 ハーマイオニーが手を挙げた。こればっかりは譲れないと気迫が篭められた手。流石に二度もこれを肩透かしはさせてやれないだろう。

 

「トロールには、川トロール、森トロール、山トロールの三種の系統があります。その中でもこの個体は、緑色の皮膚、乱雑な頭髪からして森トロールであると推定します」

 

「とても分かりやすい説明をありがとう。作者としても君のような読者をもてて光栄ですよ。グリフィンドールに五点です」

 

 ギルデロイの称賛に、ハーマイオニーは耳まで顔を赤くする。どうにも目と目を合わせて会話するのはまだ無理なようで、解説の間も視線はやや下の胸元を見つめていたところから察するに、彼女はこれからの『闇の魔術に対する防衛術』に苦労するだろう。それでも決して一日たりとも休むことはないだろうけど。

 

「それで話を戻しますが、結局のところ、防衛術の思考訓練をするには、闇と対峙した場の空気に身を置くことが最も効果的だと私は思う。ロン、これからこの仮想トロールの金縛りを解くから、君には、一年生で習得した魔法を駆使して挑んでみせてくれ」

 

「ええっ!?」

 

 なんて無茶ぶりなとロンが驚く。気持ちはよくわかる。でも、手本としてここに立つ以上、引き下がるわけにはいかず、やや腰を引かせながらも杖を構えようとした……ところで、ギルデロイの目が細くなる。

 

「いや、少し待ってもらおう。すまないがロン、杖の方も見せてくれないか?」

 

 待ったをかけると、ロンの杖を一度貸してもらい検分する。

 金縛りを掛けたトロールの幻像をそのままに、堂々と前でロンの杖を上から下を指の腹でなぞっていく。

 

「トネリコと一角獣のタテガミ。……そして、この杖は残念ながらロンを所有者とは認め切ってはいないようだ」

 

 ロンが杖に魔法力を篭めようとしたのを見て、その性格を読み解いた(後で聞いたら杖の記憶を視たらしい)ギルデロイ。まるで僕が杖を買いに行った時のようだ。オリバンダーも相性が悪いと思うや否や、ただ握っただけで僕から杖を取り上げた。

 そして、そう断言するギルデロイに、ロンは言葉の意味が解らず首を捻る。

 

「認め切ってない?」

 

「杖には忠誠心というものがあるんだ。魔法使いであるなら、ほとんどどんな道具を通しても、魔法の力を伝えることができる。しかし、最高のパフォーマンスを出すには、魔法使いと杖の相性が求められる。このつながりは複雑なものがあり、人間関係に近いモノがあってね。杖は魔法使いから、魔法使いは杖から学んでいく」

 

 トロールが相変わらず存在感を放つも、ギルデロイの話しぶりに興味を惹かれるクラスメイト達は自然、彼に視線が集まる。

 

「まるで、杖が感情を持っているように仰るんですね、ギルデロイ先生」

 

 ハーマイオニーの問いかけに、ギルデロイは首肯を返す。

 

「杖の術を学んだ者は、杖が魔法使いを選ぶと評するでしょう。私は、流石にそれは極論だとは思いますけどね。しかし杖の所有権を司る法則があるという事だけは確かです。

 さて、ロン。これは元々あなたの杖ではありませんね?」

 

「はい、その……チャーリー、兄のおさがりです。えっと……それじゃあ実力を出すには新品を買わなくちゃダメですか」

 

「いいえ、認め切ってはいないと私は言ったんです。完全ではありませんが、この杖はロンに靡いている。あとは君の心構え次第だ」

 

 ロンの手を取り、しっかりと杖を握り込ませながら、ギルデロイは言う。

 

「杖にも意思があることは理解したね。さて、君は大変チェスが上手いと聞いているよ。どんな癖のある駒でも命令通りに動かせ、そして、あのマクゴナガル先生の試練を君の活躍で突破したそうじゃないか」

 

「は、はい」

 

「いいかい、兄のおさがりだと遠慮することはない。この杖は君の杖だ。そうだね。駒を扱うように、杖に意思があるものとして指揮してみなさい。杖は君に応え、これまで以上の力を出してくれるはずだ」

 

 まるで、アスリートに助言するスポーツドクターのようだ。

 

「そして、ロン、恐れるのは大いに結構だが、怯むことはない。これは前、君が退治したトロールよりもデカいかもしれないが、同じトロールだ。去年のハロウィーンで君は見事にトロールを倒してみせたとマクゴナガル先生から話に聞いていたんだけど……一度は倒せたものを倒せないはずがないだろう?」

 

「はい!」

 

 そうだ。

 初めて教職についたというギルデロイがどんな授業をするのか、少し不安に思ったけれども、彼は()()ダドリーの成績を上げたのだ。

 

「『ウィンガーディアム・レビオーサ』!」

 

 パチンと指を鳴らしたその合図に、金縛りの呪いが解けたトロールが、強烈な一撃を叩きつけてやろうと棍棒を大きく振りかぶった……ところで、ロンの浮遊呪文がトロールの手から棍棒をすっぽ抜けさせて、『あれ?』と急に軽くなった感触にトロールが頭に疑問符を浮かべたところで、高く高く空中に上げた棍棒を脳天に落とした。トロールは白目を剥いて、天を仰いで倒れた。

 

「見事だ、ロン。グリフィンドールに十点だ」

 

 どっと歓声があがった。

 クラス中から拍手喝采を受けたロンは、注目されることに慣れてなさそうでそばかすの頬を紅くしてるけど、杖を持った手を振り上げて声援に応えた。

 そして、ギルデロイはページが閉じた本を拾う。トロールの幻像が倒されると本はひとりでに閉じる。けれど、ギルデロイがまた開くと同じようにトロールの幻像が現れた。

 

「今日はロンのように、仮想トロールとの模擬戦をしてもらおう。みんなの癖をチェックしたいから、ひとりひとり出てもらう。ああ、同じ学年のロンが挑んだのだから、やれないとは言わせないよ? 全員参加だ。授業の残り時間を計算して……そうだね、一人三分ほどの持ち時間でやってもらおうか。逃げたってかまわないが、その場合も三分間はきっちり逃げ続けてもらう。何よりも攻撃を貰わずに生き残ることを念頭に置く事、いいね? 呪文にばかり集中したら、トロールのとろい棍棒の餌食になってしまうぞ」

 

 ギルデロイは挑発的な文句を言いながら、クラスみんなをトロールの幻像を前に整列させる。

 

「それと、あとで教科書は回収し、次の授業で私が調整したものを返却する。教科書の交換は自由だ。自分の本の相手に慣れたのなら他の本を持っている相手とやってみなさい。この仮想クリーチャーは馬鹿ではないぞ。やられたら、記憶を蓄積して少しずつ学習していく。同じ手は徐々に通じなくなり手強くなっていく。だから、他人の経験値を積んだ仮想クリーチャーは、同じものであっても対応は変わってくるだろう。

 この教室は常に開けるようにしておく。各々自由時間に仮想クリーチャーの相手に励んでくれて結構だ。

 最後に、私はこの一年で、皆が私の七巻全シリーズの闇の生物を制覇してもらうことを目標としている。以上だ」

 

 パンッと柏手を打ち、説明が終わったところで、

 

「では、仮想トロールを倒せたものに一人五点。またロンの浮遊呪文とは違う、他の人がしたことのないような方法で倒した者には十点をあげよう。この低知能のデカブツをどう倒すのか。お手並み拝見だ」

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 『忍びの地図』の“卒業と入学で一年おきに入れ替わる在校生から来客の人名までも網羅する情報更新機能”に、“ナビとして受け答えする人格設定入力のプログラム”を、先輩方から学習している。

 それらを取り入れて、他にも私の得意の記憶系呪文を駆使したり、魔法界の動く写真を立体視(3D)に現像するよう応用を利かせたりと、実現にこぎつけたのがこの飛び出す絵本・仮想クリーチャー……ホグワーツでブームになっていて、『ブック・クリーチャー』なる通称で呼ばれるようになった。略して、“ブックリ”である。

 教科書として読めば、その闇の生物の生態が知れるある種の攻略本や図鑑に。訓練教材として使えば、所持者に合わせて難易度(レベル)をホグワーツの成績付けに合わせてT、D、P、A、E、Oと上げていく闇の生物という練習相手。そして、他の闇の生物を経験するために他の学生らと交換し、他者の対策や傾向というのを学べるだろう。

 まるでマグルのポケットに入るモンスターで遊ぶ携帯ゲームのよう……というか、この発想がそもそもその携帯ゲームからである。電化製品が使えない魔法界で、魔導書で代用したようなものだ。

 現在のホグワーツ悪戯番長の双子からもこれをクリーチャー同士で争えるようにしたらどうかとアイデアを出されている。

 他にも森の番人より「なあ、ギルデロイ、今度こういう本を書かねぇか? 『ドラゴンのドキドキ子育て』っての」とペットを育てる携帯ゲームなのをご所望された。がこれらはあくまで教材である。安全に度胸と自信をつけさせるために私は学生全員分を執筆した。おかげでサイン千人斬りで鍛えられているこの手首が腱鞘炎になり、ここ数日は元気ドリンクのお世話になった。学生全員がハーマイオニーのように七巻全部提出してくるような猛者でなくて本当に良かったと思う。筆を置いたはずなのに前よりも締め切りに追われるという何とも言えない教職生活のスタートであった。

 ……でも、まあせっかくなので特許を申請している。オリジナル整髪料のように危険な要素はないし、教職を退いた後でなら、新たなロックハート・ブランドで出してみるのもいいかもしれない。

 

(おや? 生徒がひとり……?)

 

 執筆作業から解放された私は気分転換に中庭へと出てみれば、女子生徒がひとりベンチに座っていた。それは特別おかしなことではない。腰まで伸びた濁り色のブロンドの髪、とても薄い眉、目が飛び出しているので普通の表情でもびっくり顔で、でも普通に可愛い女の子だ。

 なので、周りの人が避けているのは少女の格好によるものが大きいだろう。ペンでも挟むように耳に杖、それにバタービールのコルクを繋ぎ合わせた首飾りを掛けている。変人のオーラを漂わせるファッションセンスだ。それで、何やら雑誌を太陽の光に透かして見るという奇怪な、あまり目によろしくない読書スタイル。これは生徒たちには話しかけづらいだろう。

 

(ふむ。確かレイブンクローの新入生で、ラブグッド家のルーナさん、だったかな)

 

『おお――かわいそうに――あたくしの曇りなき『心眼』には視えます――これから先の運勢に大凶の前兆が――ですが――メガネをかけた同じ職場の、年上の女性と結ばれるのなら――ええ――死の予告を回避することができるでしょう』

 

 現在このホグワーツで『占い術』の教授をされていて、歓迎会では新人教師にとてもユニークな予言(ジョーク)をかましてくれた、学生時代、同寮で二年上だった先輩(バツイチ)のおかげで、独自の世界観を持っている人への対応には少し自信がある。

 彼女らには彼女らなりのルールというのがあり、それを考慮に入れていれば、会話はできるのだ。

 しかし……女子トイレの地縛霊といい、レイブンクローの女子には変わり種が多いのだろうか。

 

「やあ、隣に座ってもいいかい?」

 

 声をかけると、ルーナ・ラブグッドはこちらをジロッと見て、そして、頷いた。「ありがとう」と微笑み、隣に腰かけると、女の子は目を離さずに、ずっとこちらを見ていて、ハッキリとした声でいった。

 

「あんた、先生なのにどうして生徒の格好をしているの?」

 

 その問いかけに思わず、眉が上がる。

 

「おや、よくわかりましたね。参考までにどこで気づかれたのかな?」

 

 『七変化』にて別人に姿顔、それに服装も学生服へ変えていたのだが、ルーナ・ラブグッドはあっさりと見破ってくれた。

 

「うん、あんたの表情」

 

 バッサリという。これは素晴らしい慧眼の持ち主である。先程はちょっとおかしな子と言う評価だったけれど、この娘はとても賢い、レイブンクローに相応しい生徒だ。

 

「ハハ、なるほど。それで変装しているのは軽い調査ですよ。相手の見た目が生徒である方が話しやすいこともあるでしょう?」

 

「ふうん。先生って大変なんだ」

 

「それで、あなたが読んでいるのは、『ザ・クィブラー』で?」

 

「知ってるの?」

 

「教鞭をとる前は物書きをやっていましたので、出版業界には精通していると自負があります。『ザ・クィブラー』に載っている古代ルーン文字の秘密解明のコーナーは、読解方法には苦労しますが独自の視点で迫っていて、幅が広がり……おっと、そういえば、編集者がゼノフィリウス・ラブグッド氏であったかと思いましたが」

 

「うん、あたしのパパだよ」

 

 そうだったか。

 

「……ちゃんと読んでるんだね、パパの本」

 

「『計り知れぬ叡智こそ、我らが最大の宝なり』が、我らがレイブンクローの寮風でしょう?」

 

「うん。……でも、ホグワーツに来たけど、他にパパの本を読んだ人はいなかったから」

 

「ふむ」

 

「それに、あたしが『しわしわ角スノーカック』の話をしたら笑うんだ。そんなおかしなのはいないって」

 

「なるほど、ね」

 

 レイブンクローは知力を重視する傾向が強いためか、この一期に一人はいる周囲との基準に合わない知性の持ち主は、寮内の生徒から見下されがちである。三階の女子トイレの地縛霊『嘆きのマートル』ことマートル・エリザベス・ウォーレンは、生前は同じ寮の人間から陰湿な虐めを受けていたと語っていた。

 異分子はどうしても自分たちのコミュニティから爪弾きしたがるのが人間社会。私もお世話になった寮監のフィリウス・フリットウィック先生も悩まれているが、白か黒をはっきりとさせたがるレイブンクローはそれが強い傾向にある寮だ。ハッフルパフであれば、理解を求めるのは無理でも灰色なまま受け入れてくれただろうが……

 

「あなたは、その『しわしわ角スノーカック』がいないと思うんですか?」

 

「ううん。お金が溜まったら、パパと一緒にスウェーデンへ探索に行くって約束してる」

 

「ならば、結構! レイブンクローは知性と探求の徒が集まる寮です。常識を学び、固定観念を壊し、望みのままに探求すればいい。ただし法と倫理は守るように」

 

 パチパチと大きな目を瞬かせるルーナ・ラブグッド。

 

「私も、ありもしないと皆が言う“向こう側”を探求しに七年間も旅しましたからね。最初はホグワーツを首席で卒業したのにもったいないと騒がれましたよ」

 

「その“向こう側”は見つけられたの?」

 

「いいえ。見つかりませんでした。しかし、旅は無駄ではありませんでした。新たな発見がたくさんありましたからね。そうです。君もホグワーツを卒業したら世界を見てくると良い」

 

「うん、そうするよ」

 

 少女の表情が明るくなったところで、私はひとつ訊ねた。

 

「『ザ・クィブラー』は、個人運営だと話に聞いていますが、どんな記事でも寄稿すれば載せてもらえるでしょうか?」

 

「いいんじゃない。パパは、大衆が知る必要があると思う重要な記事を出版するのが仕事だって言ってるよ。お金儲けは気にしないから、雑誌の寄稿者にはギャラを支払わないけど」

 

「なるほどなるほど、素晴らしいお考えだ。自費出版しようかと考えてたところにこれは天啓だ」

 

「あんたもパパに記事を送るつもりなの?」

 

「ええ。来年の夏休みはスウェーデンに旅行へ行けるようになるかもしれませんよ」

 

 念のためにこの前双子から見せてもらった地図を確認したけれど……十年以上冤罪でアズカバンに入れられた男の話など、『週刊魔女』や『予言者新聞』など魔法省と関わり深い出版社では取り扱えないだろう。上から販売される前に差し止められるに違いない。

 さて、と会話をしていたら、向こうの方が何か騒がしい。これは、教師の顔を出さなくてはならないな。

 変装を解いて席を立った私に、ルーナはぺこりと頭を下げた。

 

「人と話をしたのは久しぶりだったから楽しかった。……あんた、いい先生だよ」

 

「ハハ、それはどうも。私も君と話せて楽しかったよ。他にこうして話ができる相手はいないのかい?」

 

「うん……何か、最近、ジニーの様子が変なんだもン」

 

「ジニーが? ……ふむ、ホグワーツでの新生活に戸惑っているのかな。気にかけてみます」

 

「ありがと。ジニーのこともよろしく」

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 パパはいつも私達に注意していた。

 『脳みそがどこにあるか見えないのに、ひとりで勝手に考えることができるものは信用しちゃいけない。そんな怪しいものは、闇の魔術が詰まっているに違いない』って。

 でも、()()()()()()()()()()教科書も、同じ。だからママが準備してくれた本の中にあったこの“日記”もきっと()()()

 兄さんたちがからかう、お下がりの本やローブで学校に行かなくちゃならない、そして偉大なハリー・ポッターのことも……悩みは尽きない。

 ギルデロイ・ロックハートは人気者で皆の相談に乗るけど、“彼”は()()()に親切にしてくれる。

 

「トム、あなたぐらい、あたしの事をわかってくれる人はいないわ……何でも打ち明けられるこの日記があってどんなに嬉しいか……まるでポケットの中に入れて運べる友達がいるみたい……」

 

 だから、これは絶対に秘密。

 この“日記”は誰にも明かさない。


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