私は誰でしょう?   作:岩心

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11話

 今年のクリスマスもまたハリー・ポッターはたくさんのプレゼントをもらった。

 ハグリッドからは糖蜜ヌガーを大きな缶一杯、ロンからはお気に入りのクィディッチ・チームのガイドブック『キャノンズと遊ぼう』という本、ハーマイオニーからはデラックスな鷲羽のペン、ウィーズリーおばさんから手編みのセーターと大きなプラムケーキ、そして、ギルデロイ先生からは、マッチ箱が送られて来た。『お守りだからポケットに入れておきなさい』とメモが添えられていたけど何だろう?

 ちなみにダーズリー家からは爪楊枝一本。『夏休み中にも学校に残れないかどうか聞いておけ』と書かれたメモ付き。僕もそれは是非望むところだけど、今のホグワーツは存続も危うい状態である。

 そこで、魔法省は打開策を講じてくれたんだけど……それが、あまりに最悪な方法だった。

 

 クリスマスの翌日に、まだ学生たちがクリスマス休暇の間に、ハグリッドが魔法使いの牢獄、あの吸魂鬼が看守をするアズカバンへ送られてしまった。

 その日の『日刊予言者新聞』には、リーター・スキーターが執筆したハグリッドが退学になった五十年前の事件について、犠牲者の家族の取材まで載せた記事が掲載され、『校内に怪物を解き放った野蛮な森の番人はアズカバンに送られた。これでホグワーツは安全だろう。そして、森の番人が二度とアズカバンから解き放たれないことを祈る』で締め括られた。

 ロンもハーマイオニーもカンカンだ。もちろん僕も。この記者は前々から評判が最悪みたいだけど、こいつの書いた記事は今後一切読みたくない。

 でも、魔法省が()()()()対処したという知らせは一定の効果があったようで、子供をホグワーツへ預けるのは遠慮させようとした親たちも考え直した。ホグワーツが閉鎖されるという事態を免れたのである。やり方は最悪だけど。

 

 僕たちは『日刊予言者新聞』を持ってすぐにギルデロイ先生の部屋へと向かった。

 

「ギルデロイ先生! これはどういうことなんですか!」

 

 『闇の魔術に対する防衛術』教授の自室へ駆け込むと、部屋の主は書斎机の上に雄鶏を乗せて、スケッチでもするかのように何か原稿を書いていた。

 何とも珍妙な光景に呆気に取られていると、ボアハウンド犬がすり寄って来た。ハグリッドの飼っているファングだ。それがギルデロイ先生の部屋にいるってことはハグリッドがホグワーツにいないということで……

 

「おや、どうしたんですか、騒がしい」

 

「ギルデロイ先生、これを見てください」

 

 『日刊予言者新聞』を突き付けるように見せると、ギルデロイ先生は短く溜息を吐いて、注意された。

 

「ええ、そんなのは新聞を読まずとも知っています。あの女史の適度に事実を盛り込んだ誇張記事は、大変穿った見方をする文章で気分が最悪になりますので、とても重要な執筆の最中な私の目に入れないでくださいませんか」

 

 手は原稿に、目は雄鶏に向けられたままだけど、耳と口は僕たちと会話してくれるようだ。

 

「既にご承知だったってことは、ハグリッドがいなくなったのをご存知なんですね」

 

 ロンが訊ねる。ギルデロイ先生は大人しくしている雄鶏に直に触って、嘴の下あたりを指でくすぐりながら答えてくれた。

 

「はい。私も偶然にハグリッドが魔法省大臣にアズカバン行きを宣告され、逮捕されたときに立ち会いましたから」

 

「どうして止めてくれなかったんですか!?」

 

「ハリー、ダンブルドア先生が抗議しても無理であったものを私の意見で覆してくれると思うかい? 魔法省は魔法界に“事態解決に取り組んでいる”という体裁を保つ為にああするしか手立てがなかったんです。無実の人間を人身御供にするやり方は最悪ですがね」

 

「でも……!」

 

「そして、状況は君たちが思っている以上に深刻だ。これは、休み明けに発表されるでしょうから教えますが、ダンブルドア先生が理事会からの要求でホグワーツから追放されてしまいました。これには我々教師陣も極めて遺憾の事態です」

 

 『日刊予言者新聞』には記載されていなかった爆弾情報に、僕たちは数秒呼吸を忘れた。

 一体何を考えているんだ理事会は! これでは次は“殺し”になるぞ!?

 ダンブルドアという絶対的な存在がいなくなったことで、抑えられていた恐怖感がジワリジワリと広がっていく。

 

「大変だ。ダンブルドアはいない。これはもう今学期は学校を閉鎖した方がいい。ダンブルドアがいなけりゃ、一日一人は襲われるぜ」

 

「いいえ、そんなことにはさせませんよ、ロン」

 

 ふらりと失神しかけたようによろけて額に手を当てながら掠れた声で言うロンに、ギルデロイ先生は力の籠った声で言う。

 

 ・

 ・

 ・

 

「我々ホグワーツ教師陣は、ダンブルドア校長先生から留守を任された。副校長のマクゴナガル先生は、皆さんに教育を受けられるよう学校を運営。『薬草学』のスプラウト先生は、石にされた生徒を蘇生させるためのマンドレイクの育成を、『魔法薬学』のスネイプ先生は、収穫してすぐに治療薬を調合できるよう万端の準備をしているでしょう。私もこれから『呪文学』のフリットウィック先生と学校中にある仕掛けを施します」

 

「仕掛け?」

 

「ハリー君やハーマイオニーさんは知っているでしょうが、マグルの建物の至る所に設置されている非常警報器のようなものです。元は『夜鳴きの呪文』ですが、それを弄ったこれは『朝鳴きの呪文』といったところですね」

 

 言って、また雄鶏の観察に集中するギルデロイ先生。

 僕とロンはさっきから鶏を相手になにをやってるんだろうと首を捻る。おかしなことをしているせいか説得力も半減してるように思え……でも、それをじっと見ていたハーマイオニーは違った。

 わずかに身震いさえしている……感動が抑えきれない様子の彼女は、胸に手を当てて慎重に、潜めた声でギルデロイ先生に訊ねる。

 

「先生は、『スリザリンの怪物』の正体がわかったんですね」

 

「気づきましたか」

 

「はい、先生の作業を見て」

 

「ハハ。やはり、ハーマイオニーは同年代の魔女の中でも最も優れた頭脳をしています。君なら自力で怪物の正体に辿り着いたことでしょう」

 

 執筆作業を止めて心からの称賛を送るギルデロイに、照れて俯くハーマイオニー。

 何かわかったみたいだけど、僕とロンにも解説してほしい。

 

「ギルデロイ先生、どういうことか説明してもらえませんか?」

 

「私は、ハグリッドが連行される前に、彼とお茶をしていたんです。長い事、ホグワーツに住んでいる、そして、怪物に関して高いアンテナを張っているハグリッドならば、かつて起こったという『秘密の部屋』について何か知っているかもしれないとね」

 

 ギルデロイ先生は再び作業に戻りながら語り始める。

 

「ハグリッドとの会話は色々と問題発言が多かったので省いて、得た情報だけを並べますが。……まず、この城に眠る古代の怪物は、クモに非常に恐れられる。この最近、ホグワーツでクモが避難してるのを見かけたことがありませんか?」

 

「うん、見たことがある」

 

 ウェッと吐くように嫌悪感を示す表情のロンが頷く。ロンは双子の兄の悪戯のせいで生きたクモが大の苦手だ。

 

「また、ハグリッドは、今学期に入ってから小屋で飼育している鶏が()られているという話をしました。ああ、これは魔法で出したものです」

 

 書斎机の上で、コッコッコッと鳴いている雄鶏を見る。

 

「そして、ハリーが証明してくれました。怪物は、ヘビに類するものであると」

 

 ギルデロイ先生は、図書室から借りてきたとても古い本を僕たちの前に置いて、ある生物が記されたページを開いた。

 

「この三つの情報から推測されるのは」

「バジリスク、ですね先生」

 

「ええ、ハーマイオニーさんの言う通り。確定されたわけではありませんが、かなり確度は高いと私は思います」

 

『我らが世界を徘徊する多くの怪獣、怪物の中でも、最も珍しく、最も破壊的であるという点で、バジリスクの右に出るものはない。『毒蛇の王』とも呼ばれる。このヘビは巨大に成長することがあり、何百年も生きながらえることがある。鶏の卵から生まれ、ヒキガエルの腹の下で孵化される。殺しの方法は非常に珍しく、毒牙による殺傷とは別に、バジリスクの一睨みは致命的である。その眼からの光線に捕らわれたものは即死する。蜘蛛が逃げ出すのはバジリスクが来る前触れである。何故ならバジリスクはクモの宿命の天敵だからである。バジリスクにとって致命的なのは雄鶏が時をつくる声で、唯一それからは逃げ出す……』

 

 本に書かれていた内容を読んで、頭の上に豆電球がピカッと閃いたようだった。

 

「これだ。これが答えだ。『秘密の部屋』の怪物はバジリスク――巨大な毒蛇だ! きっと僕はその声を聞いたんだ。ロンとハーマイオニーには聞こえなかった、でも、僕は蛇語がわかるんだ」

 

「そして、バジリスクは視線で対象を殺すことができます。でもそれは直に見なければ効力が弱まるものなのでしょう。おそらく被害に遭ったルーナ・ラブグッドさんは、私の飛び出す絵本の幻像を挟んで光線を受けた。仮想クリーチャーは魔法的な効果を受けるようにできていますから、それであの雪男の石像ができ、威力が軽減された眼光を受けた彼女は石化してしまった」

 

 ぽかんと口を開いたロンが、ハッと急き込んで訊ねる。

 

「それじゃ、ミセス・ノリスは?」

 

 ギルデロイ先生は、こめかみに指を添え、白く靄のようなものを抜き出し、そして、それをシャボン玉でも膨らませるようにふっと軽く息を吹き込む。すると中空に、あのハロウィーンの日の時の、現場の状況が映し出された。

 

「私の記憶を見るに、あの現場は床が水浸しでした。トイレからあふれ出した水に映ったバジリスクを、ミセス・ノリスは目撃したのでしょう」

 

 そう言って、ロウソクの火を消すかのように手で掃って幻像を掻き消す。

 

「蜘蛛が逃げ出すのは前触れ! ハグリッドの雄鶏が殺された! 『秘密の部屋』が開かれたからには、『スリザリンの継承者』は城の周辺の、バジリスクにとって致命的な雄鶏の存在が邪魔だったんだ! 何もかもピッタリですギルデロイ先生!」

 

「だけど、バジリスクはどうやって城の中を動き回っていたんだろう?」

 

 ロンの呟いた疑問。これにはギルデロイ先生もまだ頭を悩ませているようだ。

 

「いい指摘だねロン。どうやってバジリスクが校内を移動しているのかはまだわかっていません。『スリザリンの継承者』が透明になる魔法を施したのかもしれませんし、誰も知らない通路を移動していたのかもしれない。ですが、それが判明すれば、『秘密の部屋』の特定ができるでしょう」

 

 ――『秘密の部屋』まで一歩のところまで近づいてきている。

 

 ギルデロイ先生はバジリスクを記した本を片付けると今度は一枚の羊皮紙を出して、軽く指でチョンと触れる。

 すると触れたところから、細いインクの線が蜘蛛の巣のように広がり始めた。線があちこちで繋がり、交差し、羊皮紙の隅から隅まで伸びていく。段々と形作っていくそれに僕たちも途中から気づいた。

 これはこのホグワーツ城と学校の敷地全体の詳しい地図だと。

 

「まだ途中ですが、私の先輩方の作品技術を駆使したホグワーツの地図です。人名までは表示されませんけど、これから至る所に設置する警報が発せられた地点が赤く点灯するように、フリットウィック先生と共同制作するつもりです。

 これを教員全員に配布し、いざとなればすぐに駆けつけるようにします。他にもダンブルドア先生の代理を任されている副校長マクゴナガル先生の発案より、授業が終われば次の授業の教室へ、生徒を安全に送り届けるため教師が引率することになっています。なので、残念ながら次の学期では質問を受け付ける時間(よゆう)はありません」

 

 そんなっ! とハーマイオニーは悲鳴を上げた。

 でも、安全第一で取り込むことを優先すべきだと勉強()大好きな最優等生を諭す。

 

「そして、クィディッチの寮対抗戦も禁止になります。練習も今後は控えてください」

 

 そんなっ! とこれには僕が悲鳴を上げた。

 ハーマイオニーから当然でしょと鼻を鳴らされた。

 

「ちなみに悪戯で『朝鳴きの呪文』を仕掛けた非常警報を鳴らすことをすれば、その生徒は厳罰に処し、五十点の減点がされることになります」

 

「わかってます。フレッドとジョージだって、ふざけていいものとそうじゃないものの区別はつきますよ」

 

 注意には、悪戯番長の兄を持ってるロンが深く頷いて答えた。ギルデロイ先生は、最後に僕たちへ言う。

 

「ダンブルドア先生は、去り際にこう仰いました――『わしが本当にこの学校を離れるのは、わしに忠実なものが、ここに一人もいなくなった時だけじゃ……。ホグワーツでは助けを求めるものには必ずそれが与えられる』」

 

 パンッといつもの話を終わる合図の拍手をすると、ギルデロイ先生は僕たちに二コリを笑いかける。

 

「校長先生はいませんが、教師たちは生徒のために全力で警戒措置に取り組んでいます。私も『闇の魔術の防衛術』の講師として、全身全霊を賭して、『スリザリンの怪物』からあなた達を守りましょう」

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 ハリーとの会話を終え、フリットウィック先生と作業を終えたギルデロイ・ロックハートは、医務室へ向かった。

 

「ポンフリー先生、ルーナ・ラブグッドさんの容体は依然変わらず?」

 

「はい。石になったまま何の変化はありませんロックハート先生」

 

 ルーナ・ラブグッドの見舞いに来たが、それは無意味な行いだろう。教師だからマダム・ポンフリーは信用して入れてくれたけれど、ここにいる患者の息の根を止めに、また襲撃をする可能性があるため学生たちには面会謝絶となっている。

 

 両親が共に魔法使いの少女が、純血主義を語る『スリザリンの継承者』に襲われた……

 これは、おかしい。ミセス・ノリスが襲われたのは、その飼い主フィルチが魔法の使えない魔法族のスクイブであったからだろう。

 でも、ルーナ・ラブグッドは違う。

 推理小説で言うならば、『ホワイダニット』……“どうしてやったのか”という犯行理由が、『スリザリンの継承者』の主義主張からズレているのだ。

 わざわざ数多くいるマグル生まれの魔法使い魔女の学生らを選ばず、ルーナ・ラブグッドを襲う……マグル狙いと見せかけて、フェイントをかけたのか? いいや、それはない。

 あんな派手な予告をする、世界最高峰の魔法使いダンブルドアに喧嘩を売る、そして、物書きする者として、犯人がプライドの高い性格をしているのがその文字から滲み伝わってくる。そんな自信家が、そのような小細工を弄するとは思えない。

 

 考えられるのだとすれば……そう、ルーナ・ラブグッドは真実を見抜く鋭い感性の持ち主だ。彼女は、“重大な何か”を知ってしまった。

 それも『スリザリンの継承者』の正体に関わるものだ。だから、口封じをした。『スリザリンの怪物』バジリスクを使って、秘密を知った“継承者の敵”を殺そうとし……思わぬトラブルで石にしてしまった。

 本当に幸運だ。一歩間違えば彼女の命はなかっただろう。私は心の底から安堵する。

 

 そして、『スリザリンの継承者』は、殺し切れなかったことをきっと焦っているだろう。

 顔も見られ、秘密を知られたルーナ・ラブグッドは、マンドレイクの治療薬で蘇生するのだから。

 ならば、マンドレイクが収穫されるおよそ半年後の六月ごろまでが『スリザリンの継承者』のタイムリミットだと言えよう。

 それまでに、必ず行動を起こす。今、このダンブルドア先生がいない間を狙って――

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 新学期に入り、ホグワーツは厳戒態勢を敷きながらもハリー・ポッターは通常通りに授業を行っていた。

 『闇の魔術に対する防衛術』の授業は、皆が己の武器をものにできたところで、それを更に磨き上げるため、学生同士二人組を作らせてお互いに武器である得意魔法を教え合うような授業になった。

 他人に教えられるほど呪文の扱いに精通できれば、自分の中で呪文のイメージは確固たるものになっている。それだけの理解力が得られれば、その次の過程、詠唱なしに魔法を発現できる無言呪文の段階に至れるだろうとギルデロイ先生は言う。

 仮想クリーチャーもレベルがEクラスにもなると詠唱させてくれる隙を与えてくれない。最高評定のOレベルにまで上げるには、どうしても得意魔法を無言呪文で扱えるレベルにまで上げる必要があるのだ。

 僕はネビルと二人組を組まされて、お互いに得意な『武装解除の呪文』と『盾の呪文』を教え合った。自分でやってみせるのは簡単だけど、他人に教えるとなると難しい。頭の中で感覚的にやっていたことを口頭にして説明できなければならないから、魔法に対する理解力を試される。

 

「ペトリフィカス トタロス!」

「言い方が間違えてるわよロン。ペトリ・フィカス トタ・ロス。『フィカス』をもっと滑らかに言わなくちゃ」

「だから、ハーマイオニーの詠唱しているように真似してるだろ」

「だから、それが全然真似できてないって」

 

「ロン、ハーマイオニー、二人とも落ち着きなさい」

 

「先生」

 

「ハーマイオニー、呪文で綺麗な詠唱をすることは大事だ。でもね、男女で声帯は異なってしまうものだ。君は無理なく口ずさむものもロンにはきちんと意識できてないと唱えられないこともある。それを直すにはただお手本をすればいいだけではちょっと厳しい」

 

「はい……」

 

「うん、そうだね。……ここは、歌の練習法を取り入れてみたらどうかな。耳を塞いで声を出せばきちんと自分自身の声を意識することができるという話を聞いたことがないかな。ロン、試しに自分の手で耳を塞いで、詠唱してみると良い。そうすれば、ハーマイオニーの注意するズレに気付けるはずだ。

 ハーマイオニーも、きっちり型に嵌った詠唱に拘るのではなく、多少音程は外れても勢いに気を配ってあげると良い。歌のようにノリが良ければ魔法とは案外うまくいってしまうものだ」

 

「わかりました、やってみます」

 

 訓練を見回りながら時に教え方に行き詰まった生徒たちに助言をする先生を見て、教師というのは凄いともう何度も再確認させられたことを改めて実感させられる。

 そうして、フォークダンスのように半月ごとに二人組の組み合わせをネビル以外の生徒と変えながら、切磋琢磨と相手の得意呪文を教えてもらいながら『武装解除の呪文』を教えて数ヶ月、

 今では、まだまだあの『決闘クラブ』の模範実技で見せられたような実戦では扱えるレベルではないけれど、念力に集中できる状態であれば、『武装解除の呪文』を成功できるようになった。

 

 それで、授業以外の学内の状況はあまり良くないけど落ち着いてきている。

 教師陣の厳戒態勢が功を奏しているのか、『スリザリンの継承者』もあれから事件を起こしていない。ただそれで、『ハグリッドが捕まってから事件が起きなくなった。ハグリッドがやっぱり犯人だったんだ』という声がちらほらと上がってあまり気分はよくない。

 

 またマルフォイがホグワーツの理事長である父親のルシウス・マルフォイが、ダンブルドア先生を追い出したことを偉大な功績のように語り、次はマグル生まれ(主にハーマイオニー)を殺してくれることを望むとうるさい。学生の中でこの状況を唯一楽しんでいるようだった。

 

 それから、ジニーの様子がまた変になってきた。一時期は、去年のハーマイオニーのような優等生だったけれど、ここのところ調子が落ちてきている。ロンに聞けば、被害者のルーナ・ラブグッドと顔見知りだったそうだ。きっと気に病んでるんだろう。

 

 あと、バレンタインデーでのギルデロイ先生は、凄かった。事前に『贈り物は受け付けません。お気持ちだけで結構です。本当に』と宣告(嘆願)していたのだけど、二月十四日の朝、数百羽の雲霞の如きふくろうの大軍が、彼のいる朝食の席に雨霰と手紙やプレゼントなどを落としてきた。中には『ェヘン、ェヘン。ロックハートせんぱぁい』ととても甲高い猫撫で声を百倍にして発する真っ赤な手紙(『吼えメール』という公開処刑ものの罰ゲームだとロンが教えてくれた)。それが大広間で爆発したものだから大変だった。

 直前にギルデロイ先生が耳塞ぎの呪文『マフリアート』を張ってくれたので、こちらには何も聞こえなかったけど、『吼えメール』をもらった先生はそれを聞かなくてはならないようで(でないとさらに面倒になるとネビルが教えてくれた)、その日の『闇の魔術に対する防衛術』は、げっそりとした先生に指導する気力はなく、ほとんど自習だった(あれほどに弱ったギルデロイ先生は僕も初めてだ)。他の教師も彼に同情したようで、騒ぎ立てたことに特に触れられなかった(スネイプだけは、愉悦を覚えているかのような薄笑いを浮かべていた)。

 朝食の後、ハーマイオニーはこの事に『迷惑をかけるなんて先生のファンとしてなってない!』とお怒りだったみたいだけど、『じゃあ、君はどうなの?』と僕とロンがじろっと見たら、彼女はプイッと耳まで紅くした顔を逸らした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 それは六月まであと一週間後の日のことだった。

 マクゴナガル先生は、その日最初の授業、『変身術』にて、『今年も例年通りに六月一日に期末試験を行います』と通告したあとの『魔法史』の授業でのことだ。

 僕はふと教室の席に着いた時に、机の下に新聞があるのに気づいた。

 『これは……』と何となく確かめてみるとそれは、もう半年前の『日刊予言者新聞』のリーター・スキーターが書いたハグリッド逮捕の記事だ。気分が悪くなったけれど、退屈なピンズ先生の講義からの暇潰しを欲して、大見出しだけでなく、一度内容に目を通してみた……そして、ある人名に目を止めた。

 

 マートル・エリザベス・ウォーレン。

 女子トイレで発見されたという死亡した被害者の女子学生の名前。僕はそれにピンと来たのだ。

 

 その子がそれから一度もトイレから離れてなかったとしたら?

 まだそこにいるとしたら?

 もしかして――まさか、その女子生徒は『嘆きのマートル』ではないかって。

 

 マートルと話をしてみよう。

 僕は次の教室へ引率するピンズ先生にバレないよう、こっそりと列を抜け出そうとして……ロンとハーマイオニーに見つかった。

 

「ハリー、どうしたの?」

「『闇の魔術に対する防衛術』の教室はそっちじゃないぜ」

 

「……実は僕、わかったことがあるんだ」

 

 ひそひそと二人にも『嘆きのマートル』の事を教える。

 そして、もしかしたら『秘密の部屋』の入口がわかるかもしれない……蛇語の時みたいにまた先生のお役に立てるかもしれない。

 そう言うと、僕たち三人は目を彷徨わせて逡巡したけれど、最終的にお互いに顔を見合わせあって、こくん、と頷いた。

 

 僕、ロン、ハーマイオニーは、列を抜け出して、マートルのいる三階の女子トイレの入り口へと向かう。ちょうど近くを通ったので誰にも見つからなかった。

 中へ入ると『嘆きのマートル』は、一番奥の小部屋のトイレの水槽に座っていた。

 

「アラ、あんただったの。何の用よ」

 

「君が死んだ時の様子を聞きたいんだ」

 

 失礼かな、と思って訊ねたけど、つっけんどんだった様子のマートルはたちまち相好を崩した。これほど誇らしく、嬉しい質問はされたことがないと言わんばかりに。絶命日パーティでもそうだったけど、ゴーストというのは生きている人間と感性が違っているのかもしれない。

 

「オォォォゥ、怖かったわ。まさにここだったの。この小部屋で死んだのよ。よく覚えてるわ。オリーブ・ホーンビーが私の眼鏡の事をからかったものだから、ここに隠れたの。鍵をかけて泣いていたら、誰かが入って来たわ。何か変なことを言ってた。外国語だった、と思うわ。とにかく、イヤだったのは、喋ってるのが男子だったってこと。だから、出ていけ、男子トイレを使えっていうつもりで、鍵を開けて、そして――」

 

 一旦そこで溜めを置いて……マートルは満面の笑みで言う。

 

「死んだの」

 

「どうやって?」

 

 僕が質問すると、マートルは首を捻る。

 

「わからない。覚えてるのは大きな黄色い目玉が二つ。身体全体がギュッと金縛りにあったみたいで、それからフーッと浮いて……」

 

 そして、マートルは死んだらしい。

 それから、さらに踏み込んで訊くと、その目玉は、手洗い台の辺りから見えたらしい。

 

「パイプよ……」

 

 何かに気付いたハーマイオニーが口から言葉を漏らすようにつぶやく。

 

「パイプよ……バジリスクは配管を通ってたのよ。ねぇ、ハリー、その声って壁の中から聞こえてこなかった?」

 

「……うん、言われてみるとそうだったかも」

 

 ハーマイオニーの推理に、身体中に興奮が走ったような感覚を覚えた。

 ロンも目を輝かせている。

 

「それじゃあ、バジリスクは配管を使って……」

 

「そして、この女子トイレから表に出てきた……きっと、ここに『秘密の部屋』の入口があるのよ!」

 

 これは、大発見だ。

 先生に報せれば、これできっと……ブルブル、とその時、『隠れん防止器』を内蔵した腕時計が震えた。

 不穏な気配を察知すると反応するアイテムに、僕は弾かれたように周囲に視線を巡らせて――女子トイレの入り口に、小さな人影を見つけた。

 

「……ジニー?」

 

 赤毛の少女、顔見知りのホグワーツ新入生の魔女。

 俯いた顔に陰がかかっていて表情は読めないけど、その燃えるような赤毛は、ウィーズリー家の証。間違いなく、ジニーだ。

 僕は反射的にとってしまった杖から手を放す……でも、依然と時計は震えている。

 

「違う、ジニー! 勘違いしないでくれ、これは」

 

 妹に女子トイレにいるところを見られて大変バツが悪いロンが言い訳をまくし立てようとした――兄に構わず、ジニーは僕に向けて杖から矢のような赤い閃光を放った。

 

「『ステューピファイ』!」

 

 失神術は、完全に油断し切っていた僕の胸元に的中し、意識を落とした――

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 どう、いうことだ……?

 目の前で起こった光景を、ロン・ウィーズリーは受け入れるのに時間がかかり、しばし呆然としてしまう。

 

「ハリー!?」

 

 ハーマイオニーが、不意打ちの失神術を受けて気絶して、トイレの床に仰向けに倒れるハリーに駆け寄る。でも、それよりも早くジニーは杖を振るう。

 

「『インペディメンタ! 妨害せよ!』」

 

 ジニーの強烈な妨害の呪いは、ハリーに近づこうとしたハーマイオニーを吹き飛ばし、彼女の身をトイレの個室のひとつに叩き込んだ。

 僕は二人が攻撃されたの見て、やっと杖を引き抜いた。

 

「どういうことだ! ジニー!」

 

 杖をジニーに突き付ける……でも、こっちが妹に対して、本気で呪文を掛けようとしていないのが向こうにもわかったんだろう。

 せせら笑うように……ちっともジニーに似合わない表情で、警告を無視して杖を振るった。

 

「―――」

 

 どんな呪文を使ったのかは、わからない。

 ただ僕の身体は強く吹き飛ばされて、手にしていたお下がりの杖は、無残にも折れてしまった。

 

 

「彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう」

 

 

 意識が暗転する間際、僕はジニーの口からジニーの声ではない、不吉な予告を耳にした。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

開け

 

 激しく腰を打ち、上手く立てない。砕けたトイレの扉に身を埋めながらハーマイオニー・グレンジャーはそれを見た。

 手洗い台の前に立ったジニーが、奇妙なシューシューという音を口から出すと、蛇口が眩い白い光を放ち、回り始めた。

 次の瞬間、手洗い台が動き出して、床に沈み込んでみるみる消え去った後に、太いパイプが剥き出しになった。大人一人が滑り込めるほどの太さで、そこへジニーは呪文で気を失っているハリーの身を浮かして、放り込む。それから彼女もその『秘密の部屋』への入口に躊躇なく飛び降りて……そのあと、手洗い台が浮上して入口は閉鎖されてしまった。

 

 ジニーが……ハリーを……

 どうなっているのか、わからない。

 でも、このままだと二人が危ないってことだけは確信してる。だけど、助けに行くにも、入り口は閉じた。きっと『秘密の部屋』に行くには、『パーセルマウス』が資格なのだ。

 だから、ハリーが連れ去られてしまっては、もう校内で誰も『秘密の部屋』へ助けに行くことはできないのだ。

 だけど、あの人なら……!

 

 杖を取る。

 このおよそ半年間、満足に質問できない私に『授業に不満な最優等生に特別に』と手紙でだけど親身に手ほどきしてくれたこの呪文。

 初めてできた時に、褒められたあの気持ちを思い起こしながら、自分の中で魔法力を高める。

 

「先生……助けて……! 『秘密の部屋』に、ハリーとジニーが……!」

 

 力を振り絞って、私は呪文を唱えた。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 それは、ギルデロイ・ロックハートが、『闇の魔術に対する防衛術」の出席確認を取って、いつも最前列を取っている三人組がいないことに気付いたその時だった。

 

 

『先生……助けて……! 『秘密の部屋』に、ハリーとジニーが……!』

 

 

 いきなり教室に飛び込んできたのは、銀色に光るカワウソ。

 これは、ハーマイオニー・グレンジャーの有体守護霊だ。

 そして、カワウソの守護霊が運んできた彼女の伝言に、教室にいるグリフィンドール生も瞠目している。

 私は緊急用の手紙を飛行機にして、先生のいる各教室へと飛ばしながら、声を飛ばす。

 

「すまない、今日の授業は中止する。事態は急を要するようだ。――ファング、ハーマイオニーとロンを探してくれ。それからネビルたちはこの教室にいるように。ここには保護呪文がかけられている。先生たちが駆け付けて来るまで待機しててくれ」

 

 ハグリッドの躾けたファングならば、二人の臭いを辿り、探し当ててくれるだろう。

 私は、懐から取り出したコンテンダー銃に、一発の銃弾を篭めると、銃口を真上に向けて引き金を引いた。

 

「“ハリー・ポッター”!」


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