八幡と艦娘達の平和な鎮守府生活   作:38ノット

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お久しぶりです


4.秘書艦戦争(暁の場合)―(2)

 

「暇だな……」

 

「そうねぇ」

 

 釣った魚を鳳翔さんに渡し、執務室に帰ってきた俺達は暇を持て余していた。昼飯まではあと1時間ほど間がある。

 そういや魔王の贈り物の中に本が幾つかあったはずだ。暇つぶしには丁度いいかもしれない。

 

 暁に一言断ってから自室へ入る。お、あったあった。えーと……ラノベが数種類、それぞれ3巻ずつ。好きなのを選んで読めという事だろう。それから、山月記? ……皮肉だろうか。なかなか嫌味な事をなさる魔王様だ。まあでもあの人やる事なす事大体嫌味みたいなものでしたね! いつも通り!

 とりあえず全部持って、執務室の本棚へ移した。

 

「暁、好きなの選んでいいぞ」

 

「うーん……これにするわ!」

 

 暁が選んだのを見て、俺も読んだことのないラノベを取って、椅子に腰掛ける。

 

「きゃあっ!」

 

「ど、どうした?」

 

 さて読もうと思った所で暁が悲鳴をあげた。すわ何事かと思い、慌ててそちらを見ると顔を真っ赤に染めて、手で顔を覆っている。指の間から目が覗いてるけど。

 暁の見ていたページを覗き込むと、茶髪の主人公が黒髪赤目の女の子に向かって右手を伸ばしている。その手には女の子のものであろう黒いパンツがしっかりと握られていた。何してんの。

 

「おー……あー……うん、これはやめた方がいいな。うん。ほ、ほらあれだ。お絵描きとかしたらどうだ?」

 

「あわわ……わ、わかったわ。部屋から色鉛筆と紙持ってくるわね……」

 

「お、おう」

 

 暁は顔を赤くしたまま出ていった。……ラノベは子供の情操教育によろしくないな。手の届かない高い段に移そう。ついでに山月記も。

 改めて椅子に座って本を読む。

 

 コンコン

 

 早いな、もう戻ったのか?

 

「どうぞ」

 

「失礼しまーす……」

 

 遠慮気味に入ってきたのは暁……ではなく阿武隈だった。

 

「ん? 阿武隈……ああ、報告書か」

 

「あ、はい。これです、お願いしまぁす」

 

「りょーかいっと」

 

 消費資材が書かれた報告書に目を通す。消費は……燃料だけか。どうやら敵さんには会わなかったようだ。横須賀に送る報告書に今回の消費分を書き写していると、阿武隈がきょろきょろしているのが視界の隅に入った。

 

「どうした?」

 

「あ、いえ、暁ちゃんが居ないなぁって」

 

「ああ、暁は部屋に色鉛筆取りに戻ってるぞ。あれはお気に召さなかったみたいでな」

 

 俺は本棚を指した。

 

「……本、ですか」

 

 彼女は本を手に取ってパラパラと捲り始めた。

 

「どうかしたのか?」

 

「あ、いえ、珍しくって。本なんて、ここじゃあんまり見ないですから」

 

「ほーん……そうなると暇を潰すのも大変じゃないか? ぶっちゃけ暇だろ、ここ。いつもは何してるんだ?」

 

「あはは、そうですねぇ。でも、本以外でも暇は潰せますよ? アタシはいっつも手芸したり、お菓子とか作ったりしてます」

 

 菓子に手芸か。菓子は今時の女の子っぽい趣味だが、手芸は珍しいな。

 

「ほう、手芸か」

 

「はい! 結構楽しいですよ? マフラーとかぬいぐるみとか。提督さんも今度一緒にどうですか?」

 

 にこにこと人懐っこい笑みを浮かべる阿武隈に、裏は無いように見えた。あるいは、それは俺の希望的観測で、本当は建前に過ぎないのかもしれない。よく、わからない。

 

 それでも、知りたいと、知っていこうと思ったのだ。言葉にもした。その責任はとらねばなるまい。

 俺は、彼女を信じる事にした。

 

「……そうだな、やってみよう。秘書艦やる時にでも教えてくれ」

 

「はい、もちろんです! きっと提督さんも好きになると思いますよ!」

 

 阿武隈は笑顔で言い切った。どうやら、俺の選択は間違っていなかったらしい。

 

 コンコン

 

「ん、どうぞ」

 

「失礼します……あっ、阿武隈さん!」

 

 色鉛筆と画用紙を握りしめて暁が帰ってきた。

 

「おかえり、暁ちゃん」

 

「おかえり」

 

「ただいまー」

 

 暁はトテトテこちらにやって来て隣に座り、画用紙を広げた。

 

「じゃあ、私はそろそろ帰りますね」

 

「えっ、帰っちゃうの?」

 

「うーん……」

 

 阿武隈は困ったような顔をしてこちらをチラリと見た。暁もつられてこちらを見てくる。今にも泣き出しそうな上目遣いで。……その目には弱い。

 

「……別に居ても俺は構わんぞ。たまには本でもどうだ」

 

 そう言うと暁はパアッと音がしそうなくらい顔を明るくした。そのまま阿武隈の方を見る。

 

「じゃあお言葉に甘えて……」

 

「やったー! 流石司令官ね!」

 

 阿武隈は苦笑しながら本棚近くのソファーに腰掛けた。先程の暁のようにならなければいいが、さっきも見ていたし大丈夫だろう。

 

「おっえかき〜ふんふふ〜ん」

 

 暁の楽しそうな鼻歌をBGMにページを捲る。

 

 ペラリ。

 

 ペラリ。

 

 ペラリ。

 

 …………。

 

「……あれ、もうこんな時間」

 

 阿武隈の声に、ハッと顔を上げる。随分と本に集中してしまったようだ。

 時計はまもなく12時半を指そうとしていた。

 

「もう昼飯か。行かねえと」

 

「お昼ごはんね! 今日は何かしら?」

 

「行きゃあわかるさ」

 

「ですねぇ。行きましょっか」

 

 ページを覚えて本をしまい、2人と連れ立って食堂へ向かう。

 

「暁ちゃんは何の絵を描いてたの?」

 

「司令官の絵よ!」

 

「俺の?」

 

「そうよ! 楽しみにしていてね!」

 

「まじか、楽しみだな」

 

「ふふっ。すっかり仲良しさんですねぇ」

 

 言われてみれば確かにそうだ。まだここに来てから1日も経っていないのに、彼女達とは普通に話せている。昔の俺からすれば考えられなかった事だ。

 

「……そうだな」

 

 おそらくは定年までここで過ごすのだろうから、わざわざ嫌われたくもない。嫌われなければ御の字、仲良く出来るなら万々歳だ。

 

「司令官なんだもの、仲良くしたいじゃない?」

 

 ……その言葉がなんだかむず痒くて俺は暁の頭を乱暴に撫でた。

 

「わわっ……どうしたの?」

 

「何でもねえよ」

 

「ふふっ」

 

 そうこうしているうちに食堂に着く。中に入るとまたも俺達以外は揃っていた。

 

「あ、やっと来たね」

 

「お〜遅かったじゃない……ってあれ、阿武隈も一緒だったのー?」

 

「あ、はい。提督さんの所で本を読んでました」

 

「ふぅん?」

 

 北上は感心したような、不思議そうな、そんなよく分からない声を出した。なんだろうか。

 

「みなさーん、できましたよ〜」

 

 内心首を傾げながら座ると、鳳翔さんが料理を運んできてくれた。昼はオムライスのようだ。駆逐艦娘達の分にはご丁寧に日の丸国旗まで立っている。

 

「「おおー!」」

 

 暁型四姉妹が歓声を上げる。暁、レディーはどうした、レディーは。

 

「はいどうぞ〜」

 

「ありがとうございます」

 

 全員の配膳が終わり鳳翔さんと間宮さんが座ったのを確認してから、手を合わせる。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

――――――――――

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 うむ、今日の飯も美味かった。3度しか食べていないのに、俺の胃袋はすっかり鳳翔さんと間宮さんに掴まれてしまったらしい。世界レベルもあながち間違ってはいなかったな。

 暁に声を掛けて部屋に戻る……っと、もう1人いるんだった。

 

「阿武隈、午後も来るか? 本、読みかけだろ」

 

「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて……」

 

「おう。んじゃ行くか」

 

 俺達は食堂を出た。……なんだか視線を感じる。振り向こうかとも思ったが、自意識過剰な気がしてやめた。なんだよ視線を感じるって……俺はエスパーか何かかよ……。

 

 執務室に戻った俺達は、またそれぞれの位置に座ってそれぞれの事を再開した。

 

 ペラリ。

 

 カキカキ。

 

 ペラリ。

 

 サラサラ。

 

 ペラリ。

 

 コンコン。

 

 ペラ……む?

 

 俺は本を捲る手を止め、扉に顔を向けた。

 

「どうぞ」

 

「失礼しま〜す」

 

「失礼します」

 

 気の抜けた挨拶と共に入ってきたのは北上、それから大井だった。

 

「……どうした?」

 

「いや〜阿武隈が本読んでるって言ってたからさ〜」

 

「北上さんが行くって言うので」

 

 要するに興味本位で来ただけで、特に用事がある訳ではないらしい。

 

「……あ、そう。まあ好きにしてくれ。本が読みたかったらあそこだ」

 

 俺は本棚を指さして、手元に視線を落とした。

 

「ほ〜い、りょうかいりょうかい〜」

 

 間延びした返事をして彼女は阿武隈の方へ歩いて行った。大井は暁に話しかけている。

 

「暁ちゃん、何描いてるの?」

 

「司令官よ!」

 

「あら、上手じゃない。もう少しで出来そうね?」

 

「うん!」

 

 大井は年長者らしい優しい微笑みを浮かべた。俺はちょっと呆けて、彼女を見つめていた。

 視線に気づいた大井がこちらを見て、どうしたのかと首を傾げる。俺はなんでもないと首を振って、本に目を戻した。

 

「ちょぉ! 前髪弄らないでくださいよ!」

 

「え~、いいじゃん。減るもんじゃないし〜」

 

「減らなくても崩れはするんですぅ!」

 

 大井は賑やかな方へと歩いていった。

 

「北上さん、あんまりやり過ぎると嫌われちゃいますよ」

 

「む、それはやだなぁ。やめよっと」

 

「やっと解放された……」

 

「せっかくですし私達も何か読みましょうか」

 

「そだね~。本なんて久しぶりだなぁ」

 

 そう言って2人はそれぞれ本を取ってソファーに座った。

 

「……あのぉ」

 

「なにー?」

 

「……なんでアタシを挟んで座るんですか。まだスペースありますよね……」

 

「んー……なんとなく?」

 

「ああもぅこの人は……はぁ……」

 

 阿武隈の受難はまだまだ続きそうだ。苦労してるなぁ……。 姉ノ下さんに弄られる俺の如しだ。悪意がない分あちらの方がやりづらそうだが。

 

 その後は5人で夕食まで静かに過ごした。

 

――――――――――

 

 

「おや、提督。順調に僕達を攻略してるみたいだね?」

 

 食堂に入るなり、時雨がそう声を掛けてきた。にやにやしてるようにも見えるが全然嫌味に思えない。整った顔って得だ。

 

「や、そういうんじゃねえから」

 

「私達は違いますよ。ね、北上さん?」

 

 冗談を至極真面目な顔で否定する大井が面白い。

 

「ん〜どうかな〜?」

 

「北上さん!? そ、そんな……」

 

 この世の終わりみたいな顔をしている大井がとても面白い。

 とか思ってたらこちらを睨みつけてきた。このまま呪い殺されるレベル。

 

「……殺します」

 

 違った。呪いとか回りくどい事せずに直接殺しにくる気だった。やべえよ、この女。

 

「待て待てステイハウス。俺は悪くねえだろ」

 

 両手を上げて無罪を主張する。

 

「北上もあんまからかうなよ。俺が殺されるから」

 

「う〜い」

 

 わかったんだかわかってないんだか、間延びした返事をして北上は席についた。俺達もそれに続いて座る。

 

「……ロリコン?」

 

 隣に座っていた山城が疑いの目を向けてくる。冷たい目だ。美人にされるとゾクゾクくる。いや、嘘。ガチトーンだと普通に凹む。

 

「ちげーよ。俺はシスコンではあってもロリコンじゃない」

 

「なんでそんなに誇らしげなのよ……。……わからなくはないけれど」

 

「おっ、お前もシスコンか? 仲間だな」

 

「その仲間判定はやめてもらいたいわ……」

 

「妹か? それとも姉か?」

 

「姉よ。私の自慢の姉様。あぁ姉様、お元気でしょうか……山城は心配です……」

 

 何やら遠い目をしてトリップしてしまった。シスターコンプレックス病レベル4(大姉妹力者)くらいまでキテると見た。重症だ。

 ちなみに俺はレベル5(超姉妹力者)である。千葉に7人しか居ないレベル5だが、その上には限界を超えたレベル6(絶対姉妹力者)の高坂さん

が居る。妹達(シスターズ)計画は千葉で完遂されていたのだ。

 

「姉様、山城はこんな辺境の土地で目が腐り落ちた男の部下になりましたけど元気です……。はぁ……不幸だわ」

 

「いやまだ落ちてはいねえよ。せめて腐ってるくらいにしといてくれない? あと元気って言った2秒後に自分で全否定すんのやめよう?」

 

 そう言うと山城は俺の目をじぃっと見つめて、「不幸だわ……」と再び呟いてため息をついた。

 

「ねえちょっと? いくら俺でも流石に目を見て不幸って言われるのは初めて……でもねえな」

 

 思えばその辺の罵倒は雪ノ下に言われ尽くされた感がある。あいつのおかげでメンタルが嫌な方向に鍛えられてしまった。いやまあ傷つくときは普通に傷つくんですけどね。

 

「初めてじゃないのね……」

 

 なんだか可哀想なものを見る目で見られている。ええい、こっちを見るな。

 

「うるせえ。そういう人生だったんだよ」

 

「そう……それは、その……と、特殊な人生ね……?」

 

 オブラートで4重くらいに包まれた慰めの言葉を掛けられた。むしろオブラートが本体まである。優しさが辛い。

 

「ふっ、特殊で何が悪い。英語で言えばスペシャルだぞ。なんかかっけぇだろ」

 

 辛さを誤魔化す為に強がってみたら、普通に痛い人になってしまった。お、おかしいな。ルミルミに言った時はもっと決まってたと思うんだけど。ひょっとして気のせいだった?

 

「……やっぱり変な人ね」

 

 山城は呆れたように笑った。

 もはや隠す気もねえな。

 

「なんとでも言え。個性だ個性。俺はたとえ変でもこんな自分が大好きなんだよ」

 

「ふぅん……」

 

 感心したような声を出して、それきり山城は何かを考えているのか俯いてしまった。

 や、あんまり深い意味にとられても困るんだけど……。

 

「自嘲系ダウナーと自虐系ダウナー……いいコンビになりそうだね!」

 

 向かいで会話を聞いていた時雨がビッ、と親指を立ててきた。キャラ変わってるぞ。

 

――――――――――

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 晩飯は鯖味噌だった。暁には昼間釣ったハゼモドキの天ぷらも付いてきていた。両手を上げて喜んでいたが、量が多かったのか、はたまたお姉ちゃん故か、妹達と小さく分け合って食べていたのが印象的だった。

 

 非常にほっこりする光景だ。社会の荒波に削られてきた心が癒されていくのを感じたまである。思わず孫を見る老人の如き目になってしまった。これは目の腐りが治ってしまったかもしれませんね。え、治ってない? あ、そう……。

 

 片付けをして、暁と阿武隈と一緒に執務室に戻る。北上達にも声を掛けたのだが、夜の哨戒の準備があるとかで自室に帰っていった。

 

 部屋に戻ってまたしばらくカキカキペラペラ(?)していると、隣から、「できたー!」と元気な声があがった。当然、暁である。

 

「おお、出来たか。見せてくれよ」

 

「出来た? アタシも見たいです」

 

「ふっふーん。……じゃーん!」

 

「おお、上手いじゃねえか」

 

「わぁ、すごいです! 上手ですね、暁ちゃん」

 

「えっへん!」

 

 無い胸を張る暁だが、見た目通り小学生のお絵描き的な愛らしさのある絵を描いてくれた。軍服を着た俺が無邪気に笑っている。アホ毛がチャームポイントだ。俺にもこんな時期があったんだろうか……。しみじみしじみはまぐりさんである。

 

 ……ただ1つ、思う所があるとすれば、この世の混沌を全て集めて凝縮加工した後、更に弱火で1週間くらい煮込み続けたような、目についてだ。いや似てるんだけど。似てるから尚のこと困るんだけど。

 

「……暁。ちょっと聞きたいんだけど、この目はどうやって描いたんだ?」

 

「12色の色鉛筆をぜーんぶ、ぐりぐりーってしたのよ! 上手く描けたと思うわ!」

 

「そ、そうか……」

 

 そうか……そこまでしないと俺の目は表現出来なかったのか……。普通に凹む。

 

「はい、司令官! あげる!」

 

「……おお、あんがとな。大事にするわ」

 

 凹んでいたらあかつきぱわーでヒーリングされた。めぐ☆りんぱわーと同系統の癒しを感じる。夏休みの自由研究は幼女カウンセリングの効果について調べるべきだろうか。一考の余地があるな。

 

「えへへ、大事にしてね?」

 

 その笑顔を見た瞬間、俺の中で額縁の購入が満場一致で可決されたのだった。

 

――――――――――

 

 

 日が沈み、あたりがすっかり暗くなった、二一三〇。俺は波止場に来ていた。見送りである。

 隣に暁は居ない。誘おうとしたら、画用紙の上に海を創っていた。起こすのも悪かったので、涎を拭いて毛布を掛けておいてきた。今は阿武隈が見てくれているだろう。

 

「旗艦山城、以下2名準備完了です」

 

「お気をつけて。行ってらっしゃい」

 

「ええ」

 

 山城は短く返事をして海に飛び乗った。

 

「行ってきま〜す」

 

「行ってきます」

 

「おう、気ぃつけてな。行ってらっしゃい」

 

 軽く手を振って3人を見送る。後ろ姿は暗い夜の海に溶けてすぐに見えなくなってしまった。

 

「……あいつら、こんな暗いのに遠くの敵とかわかるのか?」

 

「艦娘は視覚も聴覚も人より全然良いですから。普段は人並みに抑えてますけどね」

 

 大淀はそう言って自分の耳の辺りを指した。

 

「ほーん……調整まで出来んのか。そりゃ便利だな」

 

「えぇ、まあ便利ですよ、色々と。戻りましょうか」

 

「ああ」

 

 俺達は歩き出した。のだが……か、会話が無い。あまりに気まずくて空を仰いだ俺は、そこで足を止めた。

 

「提督? どうされました?」

 

 隣の足音が消えた事に気づいた大淀が振り返って尋ねてくる。

 

「……星」

 

 俺はぼんやりと答えた。空を見上げるのに夢中になっていたからだ。

 

「星? ……ああ、なるほど」

 

 夜空には満天の星空が広がっていた。月が出ていないのも後押しして良く見える。ここの弱い街灯では星の光には勝てないのだ。

 

「……すげーな。俺の住んでた所じゃこんなに見れないぞ。5等星くらいまで見えてるんじゃないのか」

 

「私は8等星くらいまで見えますけどね」

 

「あん? 8等星とかねー……おい、視力弄るのは反則だろ」

 

 顔を戻して見れば目を指差しながら腹立たしいどや顔をキメる大淀。殴りたい、このどや顔。殴らないけど。反撃でグラム単価98円のミンチにされるオチが見えている。されなければ殴るという訳ではもちろん無いが。

 

「ふふん」

 

 いたずらに成功した子供みたいな顔をして、彼女は眼鏡を押し上げる。

 俺は苦笑して歩き出した。

 

 そういう所は人間と何も変わらないなと、そう思った。

 

――――――――――

 

 

 執務室に戻ると、2人の姿は無く、代わりに机の上に1枚の紙切れが置いてあった。

 暁ちゃんが起きたので部屋に戻って寝ます、おやすみなさい、というメッセージが可愛らしい丸文字で書いてある。よくわからない顔文字のおまけ付き。

 

 おやすみ、と小さく呟いて紙を丁寧に畳んで屑籠に放り込んだ。

 

 それから革張りの椅子にもたれ込んで息を吐き出す。

 

「ふー……」

 

 1日慣れないことをして疲れた。まだ仕事が残っているのが辛い。世の社畜戦士達は毎日こんな思いをしているのか……。心中お察しする。

 

「ちょっと寝よう……15分くらい……」

 

 腕を枕にして机に伏せる。

 意識はすぐに遠くなっていった。

 

――――――――――

 

 

「……とく……提督?」

 

「……んあ?」

 

 誰かの声で目を覚ました。ノックも聞こえてくる。

 

「入りますよ?」

 

 そう言って入ってきたのは山城だった。

 ぼんやりとその姿を眺める。はて、何だっただろうか。

 

「ああ、やっぱり寝てましたか。迎えにも来ないからそうかと思ってたんですけど」

 

 山城は薄く微笑む。母親のようだ、と思った。

 

「あー……悪い。仮眠のつもりだったんだがな……」

 

「慣れない環境で疲れも溜まっていたんでしょう。これ、報告書です」

 

「了解。すまねえな」

 

「いえ。では私はこれで」

 

 軽く礼をして彼女は出ていった。

 

 向こうに送る報告書に消費資材を書き写し、下の方に「特になし」と書こうとして手を止める。

 少し考えて、改めて筆を走らせる。

 

「今日も1日平和でした……っと。おし、仕事終了」





テスト週間終わったは良いけどE-4突破出来なくて辛いです。根本的な火力が足りていない気がします。リシュリューは無理そうですね……。

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