八幡と艦娘達の平和な鎮守府生活   作:38ノット

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 長いし書きあがるの遅いしなので分割します。



3.秘書艦戦争(暁の場合)―(1)

 ピピピピピピ……

 

 目覚まし時計の音がぼんやりと、しかしそれでいて突き刺すように脳内に響く。寝ている時の騒音というものはどうしてこうも不快になるのだろうか。まぁ、だからこその目覚まし時計、とも言えるのだが。

 適当に頭上を探って、目覚まし時計を叩いた。

 

「む……あと5分……」

 

 誰に聞かせるわけでもないが、お決まりの台詞を言って、再び夢の世界へと旅立つ。

 こうしていれば小町が起こしに来てくれるからだ。そこを狙って抱き着き、朝の小町成分を補給するのだうへへ。

 まあそんな事をしていたら3日で来なくなったんですけどね。おかげで遅刻してしまった。

 

「しれーかーん、朝よー? ……って、まだ寝てるの? もう、そんなんじゃ立派なジェントルマンになれないわよ!」

 

 なんだかいつもと声が違う気がする。まぁいいか。

 

「ほら、起きて! 朝よ!」

 

 ゆさゆさと体を揺さぶってきたところでがばっと起き上がり抱き着いた。

 

「こぉーまちぃー!」

 

「えっ? きゃぁぁぁぁ!!」

 

「小町は今日もかわいいなぁ。うりうり〜」

 

「こ、こまち?? やっ、ほっぺたすりすりしないでよぅ! ちょっ、まっ……ふえぇぇぇぇん!」

 

「うおっ!?」

 

 泣き叫ぶ声で俺の意識は一気に覚醒した。俺は慌てて身を引き、先ほどまで抱き着いていた相手を見た。果たして、それは幼いながらも整った顔を涙でぐしゃぐしゃにした、長い髪の幼女だった。

 間違っても俺の妹などではなかった。

 

「こ、小町が幼女化した!? 」

 

「ふえぇぇぇぇん!!」

 

 ……いや、んなわけねーか。

 目の前にいたのは小町ではなく、暁であった。そうだった。俺は昨日からくっそ遠い離島に無期限旅行に来てたんだった。

 

「あ、暁、その、ごめんな? 妹と間違えちまって……。ほんとごめん!」

 

「ふえぇぇぇぇ!」

 

 ああ……泣き止まない……。幼女の泣き顔は罪悪感で心がズタボロになってやばい……。ちょっと卑怯な気もするけど……確か昨日から何度も口にしている言葉があったよな。

 

「あー……暁、一人前のレディーは涙を肝心な時以外は見せないんだぞ。涙は男を落とす時と男の地位を社会的に落とす時に見せるもんだ。ほら、飴ちゃんあげるから、な?」

 

 そう言って飴ちゃんを差し出すと、暁は素直に受け取った。

 

「ふぇ……ひっく……ぐす……。怖かった……ぐす」

 

「ごめんな、怖かったよな。もうしないから」

 

 俺はしゃがんで目線を合わせ、頭を撫でた。お兄ちゃんスキルのオート発動である。暁は少し落ち着いたようで、泣き止み、気持ちよさそうに目を細めている。

 

「ぐす……ほんと?」

 

「ほんとだ。約束する。……許してくれるか?」

 

「……んっ……えへ。わかったわ。暁は大人だから許してあげる!」

 

「ありがとう、暁。せっかくの顔が台無しになっちまったな……ほら、ちーん」

 

 俺はティッシュを取って彼女の鼻にあて、それから目元を親指で拭ってやった。

 

「んっ……レディーは常に身だしなみに気を遣わなければならないものね! ありがとう司令官!」

 

「ああ、そうだな。お詫びついでに……暁、高いとこ大丈夫か?」

 

「だいじょぶだけど……どうして?」

 

「それは……よっ!」

 

「きゃっ!」

 

 俺はその小さな身体を持ち上げた。たかいたかいと言う奴だ。

 

「ほーらたかいたかーい」

 

「あははっ! なにこれ楽しいー!」

 

 気に入ってもらえたようだ。気を良くした俺は暁を持ち上げたまま回転を始めた。

 

「ほーれぐるぐるぐるー」

 

「きゃー! わー! あははー! もっとやってー!」

 

「ぐるぐるー! わはははー!」

 

 やばい。超楽しい。親父が昔よくやってきたのを思い出す。うん、これはやるわ。楽しいもん。

 

「あははー!」

 

「わははー!」

 

「あははははは!」

 

「わははははは!」

 

「提督? もう皆集まっていますけ……何してるんですか」

 

「わはは……はは?」

 

 開いた扉を見やると呆れ顔の大淀が顔をのぞかせていた。

 目の腐った男が泣き腫らした顔の幼女を持ち上げてぶん回している。うん、終わったね。通報されて逮捕エンドだ……。

 

「はぁ……。交流するのはいいですけど、早く食堂に来てくださいね。皆待ってるんですから」

 

 が、俺の予想に反して大淀はそれだけ言って出て行った。どうやら昨日の発言の延長だと捉えてもらえたようだ。助かった……。

 俺は回転を止め暁を床に降ろした。

 

「ふう……。暁、俺は着替えるから、ちょっと待っててくれるか?」

 

「ええ、わかったわ! ありがとう司令官!」

 

「なに、気にすんな」

 

 俺はそう言って暁を部屋から出した。

 

「さて……」

 

 一応俺も提督になったので、制服が支給されている。はるのんレポートによれば私服でも構わないらしい。あまり堅苦しい格好はしたくないのだが……。まあ、実質初日だし制服着るか。それに……軍服って恰好いいよね、うん。

 中二病が抜けきっていない思考で真新しい制服に袖を通す。……うわ。マジでサイズぴったりじゃねえか……。怖い。怖いよ。

 

「すまん、待たせた」

 

 着替えを済ませ部屋を出る。暁は律儀に……いや、若干退屈そうに足をプラプラさせながら待っていた。

 

「あっ! 終わったのね! 行きましょ?」

 

「ああ」

 

 執務室を出て食堂に向かう。

 

「ねえ司令官、その……さっきのやつまたしてくれてもいいのよ?」

 

 どうやら随分気に入ってくれたようだ。そんな上目遣いにチラチラと見られると断れない。やだ、俺、小さい子に甘すぎ! 妹の教育の賜物である。

 

「ん? またやるか?」

 

 んー……お、肩車なら今も出来るんじゃないか。さっき持ち上げた感じならいけるはずだ。

 そう考えて、俺は床にしゃがんだ。

 

「よし。暁、首辺りに乗って足で俺の肩を挟め。んで、俺の頭にしっかり掴まってろ」

 

「わ、わかったわ」

 

 暁が掴まったのを確認して、俺は一気に立ち上がった。

 

「せーの……よっ! と」

 

「わわっ! ……わぁ! すごい! 高い!」

 

 肩車も気に入ってもらえたようだ。

 

「景色が全然違って見えるだろ?」

 

「うん! 楽しいわ!」

 

「うし、んじゃ食堂行くか。頭気を付けろよー」

 

「わかったわ!」

 

 道中、暁はずっと鼻歌を歌っていた。ご機嫌である。

 俺は鼻歌のリズムに合わせて歩いた。時々膝を曲げ、暁がぶつからないようにする。大変だがこの笑顔を曇らせるわけにもいかないからな。また俺のせいで泣かれたりしたら自己嫌悪で海に飛び込む自信がある。

 

「遅れてすまん。おはよう」

 

「おはようございます!」

 

 大淀の言った通り、食堂では既に皆が席についていた。

 

「お、おはようございます!」

 

「おはようございます、提督」

 

「おはよ〜」

 

「おはよう、いい朝だね」

 

「おはようございます……何してるのよ」

 

 口々に挨拶を返してくる。と、響、雷、電の3人がこちらに駆け寄ってきた。この3人と暁は確か姉妹みたいなもんだったはずだ。

 

「おはよう、司令官! それは何?」

 

「暁ちゃん、楽しそうなのです!」

 

「司令官、なんだか楽しそうな事をしているね」

 

 ああ、肩車が気になっていたのか。

 

「おう、おはよう。これは肩車ってんだ」

 

「とっても楽しいのよ!」

 

 俺達がそう言うと3人はキラキラした目でこちらを見てきた。

 

「へぇ、楽しそうね! 司令官、今度私もやりたいわ!」

 

「電も気になるのです! 」

 

「ハラショー。響も乗せてくれないか」

 

「おー、いいぞ。でもまた今度な。今日は暁の番だから。秘書艦当番の時にでもやってやろう」

 

「ありがとう! 約束よ?」

 

「楽しみなのです!」

 

「スパスィーバ。ありがとう、提督」

 

「おう」

 

 俺は暁を床に降ろし、空けられていた北上の横の席に座った。

 

「てーとくー、あたしも今度さっきのやつやりたいなー」

 

 隣を見ると、北上がからかうような目つきでこちらを見ていた。奥には大井が綺麗な笑顔で中指を立てているのが見える。……いや、見えたらだめだろ。

 

「ちょっ! 大井さん!」

 

 向かいにいた阿武隈が慌てて止めているが、大井は止める気配は無い。力関係が如実に現れていた。虚しくなったので見なかった振りをする。

 

「や、あれはちびっ子だから出来るんであってだな、お前のサイズだと流石にキツい。俺はそんなに力があるわけでも無いしな」

 

「そうなのー? ちぇー残念。だってさー大井っちー」

 

「ええ、残念ですね。北上さん」

 

「いやお前、さっき中指立ててたじゃねえか」

 

「はい? 何の事ですか? さっぱりですわ、うふふ」

 

 今さら上品な笑い方しても無駄だわ。

 

「しらばっくれやがって……」

 

「ごめんなさい……大井さん、北上さんが絡むといつもこうなんです……」

 

「ん、まぁ別に気にせんから大丈夫だ」

 

 そう言うと阿武隈はほぅ、と息を吐いた。うんまぁ普通上司にあんな事したら1発でクビだよね。そりゃあ心配もするわな。

 

「…………」

 

「残念だったね?」

 

「馬鹿言わないで。……ふん……どうせ私は大きいだけの女ですよ」

 

「ふふっ。そんなことは無いさ」

 

 大井と北上の向こうからそんな会話が聞こえた。……流石に山城は無理かなぁ……。

 

「みなさーん、お待たせしましたー! 朝ごはんですよー!」

 

 そんな話をしていたら間宮さんが料理を運んできてくれた。きっと俺が遅かった分奥で温めてくれたのだろう。

 

「すんません、遅れてしまって」

 

「いえいえ! 大丈夫ですとも!」

 

 間宮さんは眩しいくらいの笑顔で返してくれた。天使や……。戸塚に次ぐ天使を見つけてしまった……。これでチタンダエル、トツカエル、マミヤエルの三大天使の存在が証明されてしまったな。いや、マミヤエルの語呂悪すぎるだろ。言いにくいわ。

 

 下らないことを考えているうちに配膳は全て終わったようで、間宮さんと鳳翔さんも席についていた。

 

「提督、号令をお願いします」

 

「号令? ……ああ、なるほど。……では、いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

 朝食は焼き魚に白飯、味噌汁、卵焼き、漬物とバランスの良い和食だった。やはり非常に美味い。箸が止まらずあっという間に食べきってしまった。

 

「ふう……美味かった」

 

「んあ? てーとくもう食べ終わったの? 早いねぇ」

 

「ん、飯が美味かったからな。自然と食も進むってもんだ」

 

「なるほどねー。確かに間宮さんと鳳翔さんのご飯は美味しいもん、うん」

 

 なにやらうんうんと頷く北上を横目に俺はお茶をちびちび飲みながら皆が食べ終わるのを待った。

 

――――――――――

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 お盆を厨房まで運び、片付けを鳳翔さん達にお願いして、俺は暁と執務室に戻った。

 

「ふう……んで、俺はどうすりゃいいんだ?」

 

「えーとね、午前は阿武隈さんと暁達駆逐艦のメンバーで哨戒に行くわ。昼前には戻ってくるはずよ」

 

 暁は今日は秘書艦だから行かないけどね、と付け加える。

 

「司令官は……そうねえ。うーん、前の司令官は何をしていたかしら? ……釣りとか?」

 

 それでいいのか、提督業。

 と、そこでコンコンとノックの音がした。

 

「どうぞ」

 

「失礼します。今日の予定と執務についてご説明をと思いまして」

 

「おお、助かる。何をすればいいのか分からなくて困ってた所だったんだ」

 

 大淀はニコリと笑う。

 

「はい、ご説明しますね。本日、〇八〇〇より阿武隈を旗艦に響、雷、電、時雨が哨戒任務となります。帰投は一一〇〇の予定です。その後一二三〇より昼食。さらに一九〇〇より夕食です。二一三〇から翌〇〇三〇まで、旗艦山城、大井、北上が哨戒となります」

 

「普段は暁も午前の哨戒に行くのよ!」

 

 なんだかとても暇そうな予定である。

 

「俺の仕事はなんだ?」

 

「提督にはそれぞれの哨戒の後、部隊から使用資材及び敵艦の報告書の受け取り、それから一日の報告書を横須賀に送っていただきます」

 

 あの特に無しでもいいとかいう適当な報告書の事か。本当にいいんだろうな。やるぞ? 俺はやるといったらやるし、サボるといったらサボる男だぞ?

 夜の哨戒が帰ってくるのが少し遅いが、まあそれは問題あるまい。こちとら男子大学生である。体力ならまだあるだろう。

 

「それ以外の時間は?」

 

「自由です」

 

 自由。一見いい響きなように思えるが実はそうでもない。考えても見ろ、1日の殆どが暇なんだぞ。しかもここには俺達以外に人も施設も無い。……どうしろと? 人間は自由の罪に囚われているのだとはよく言ったものだ。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、大淀はいくつか提案を出した。

 

「お暇でしたら前任の提督が残した資料なんかを読むといいのではないでしょうか。あとは……そうですね、釣りとか畑とかでしょうか。釣竿はそちらに」

 

 大淀の指す方を見ると確かに壁にもたれかかった釣竿があった。わりとちゃんとしたものだ。もっと手製の簡易なものを想像していたのだが。そんなことより。

 

「畑? そんなものがあるのか」

 

「はい。これも前任が作ったものですね。食糧が万一届かなかった時などの為に、との事でした」

 

 ほーん……後で行ってみるか。

 

「ちなみに何が植えてあるんだ?」

 

「前はトマトとかキュウリとかが植えてあったわ。夏に食べるとみずみずしくてとっても美味しいの!」

 

 トマト……。

 

「今はまだ何も無いですね。これから提督が好きな種をまけばいいと思いますよ? 種は引き出しの3段目に入ってますので」

 

「わかった」

 

「……そろそろ午前哨戒の時間ですね。出発だけですがご覧になりますか?」

 

「ああ。暁、行こう」

 

「ええ!」

 

 俺は暁と、大淀の後をついて歩き出した。

 

――――――――――

 

 

 波止場には既に5人の人影があった。それぞれが、艤装と言う奴だろう、見慣れない形の金属塊を装備している。

 

「あっ! 提督! 暁! 来てくれたのね!」

 

 雷が手をぶんぶん振ってアピールしてくる。軽く手を振り返して近づいた。

 

「見送りかい?」

 

「そんなところだ」

 

「ふふっ、優しいね」

 

「んなこたねぇよ」

 

 時雨と話していると大淀が口を開いた。

 

「皆さん準備は整ってますね」

 

「はい、旗艦阿武隈、以下5名準備完了です」

 

「では、行ってらっしゃい。気を付けてくださいね」

 

「了解」

 

 敬礼をしてから、後ろを向いた……と思ったら海に飛び込んだ。えっ、何してんの? 集団自決を図るにはまだ若すぎると思うんだけど。

 

「お、おい! 大丈夫か! ……ん? おお!? ……海に立ってる……のか?」

 

 俺の狼狽を他所に皆平然と海の上に立っていた。

 

「艦娘は海に立てるんですよ。艦娘の能力の1つです」

 

 大淀がくすくす笑いながら指摘してくる。はるのんレポートで知っていたとは言え、話に聞くのと実際に見るのとでは全く違う。驚いてしまった事は責められまい。つまり俺は悪くない。それはそれとして艦娘の前で狼狽えてしまったのは恥ずかしいのだが。

 

「行ってきまーす!」

 

 海の上の彼女達は手を振りながら、海上を滑っていく。俺は手を振り返して見送った。

 

「気を付けろよー。……あんなふうに移動するのか。なんかスケートみたいだな」

 

「言われてみれば似ていますね」

 

「スケート?」

 

「広い氷の上を滑るスポーツだ。冬になったらやれるかもな」

 

「ふーん? 楽しみにしておくわ」

 

「ああ。……さて、戻るか」

 

「そうですね。……あ、提督。これを」

 

 そう言って大淀は紐のついた手のひらサイズの小さな機械を差し出してきた。

 

「これは?」

 

「無線機です。連絡には基本これを使用するので常に携帯するようお願いします」

 

「わかった」

 

 俺は無線機を首にかけた。

 

「では戻りましょうか」

 

「ああ」

 

 鎮守府へ戻る途中、辺りを確認すると、昨日はわからなかったが陽乃さんが言っていた通り、確かに自然が豊かな事がわかる。そこら中に木や花が咲き、色とりどりに自らを主張していた。鳥のさえずりも遠くから聞こえてくる。この分だと野生動物なんかも居そうだ。

 

 鎮守府へ戻り、執務室前で大淀と別れて執務室に入った。

 

「ふう……」

 

 椅子に腰掛けて一息つく。……おお、この椅子やべえ。めっちゃふかふかだ。あー……だめになる……。

 

「それで司令官、どうするの?」

 

 隣の椅子に座った暁がこちらを見上げて尋ねてくる。

 

「んーそうだな……まずは前任の資料ってのを見るか」

 

「わかったわ」

 

 そう言うと暁はぴょんと椅子から飛び降りて奥の本棚へ歩いていった。

 

「確かこの辺に……あった! はい、これよ」

 

 彼女が差し出してきたのは1冊のファイルだった。開けてみると何枚かの紙が閉じられている。俺は順にそれらを見る事にした。

 

 1枚目には暁、響、雷、電、時雨の顔写真と名前、艦種、平均消費燃料などの簡易的なデータが上から順に書かれていた。2枚目、3枚目も同様にこの鎮守府に所属している艦娘達のデータが書かれている。はるのんレポートより少し詳しいくらいで特筆すべきものはない。

 4枚目には島の全体図があった。どうやらこの島は円の上に45度の直角三角形をのっけたような形をしているようだ。円と反対側の辺に鎮守府があり、頂点から先ほど行った波止場が伸びている。下の円の部分はどうやら山になっているようだ。麓にある発電所の文字と山の中心部の湖から察するに火山なのだろう。

 5枚目は鎮守府付近、先に言った三角形の部分の詳細地図だった。前任者の字だろうか、達筆な字で鎮守府、波止場(釣り場)、畑、危険区域などが書いてあった。これはありがたい。特に釣り場。どこで釣ろうか迷っていたのだ。少なくとも前任は波止場で釣っていたようだし、俺のような素人でも多少は釣れるはずだ。

 6枚目には執務室のどこになにがあるかが一通り書いてあった。引継ぎ用だろう。

 ファイルの中はそれで終わりだった。

 

 俺は少し考えて、釣りをする事に決めた。波止場に行くついでに畑も見ていくつもりだ。

 

「暁、釣りに行こうぜ。大物を釣るんだ。フィッシュだフィッシュ。釣れた時にはフィーッシュ! って言うんだぞ」

 

「……? わかったわ! おっきいの釣ったら鳳翔さんも喜んでくれるかしら?」

 

「おう、きっと皆大喜びするぞ」

 

「ほんと!? よーし、頑張るわ! 行きましょ、司令官!」

 

「ああ」

 

――――――――――

 

 

 磯の香りを胸に吸い込みながら、波止場に向かう。途中、畑だという場所も見たが、ただ土が耕されているだけで、生えているのは雑草ばかりのようだった。あれらを抜くところから始めにゃならんな。

 

 適当に波止場の先端まで移動して腰掛ける。む、コンクリが尻に痛いな。今度来る時は折りたたみ椅子も持ってくるか……。

 

「暁、バケツに海水を汲んでくれるか」

 

「わかったわ」

 

 暁はバケツを持って飛び降り、水を汲んで……ああ、なるほどはしごが付いてるのか。万一落ちたらあそこから登ろう。

 

「さんきゅーな」

 

「1人前のレディーだもの、当然よ!」

 

「よしよし、偉いぞー」

 

 俺は暁の頭を軽く撫でてやった。くすぐったそうに目を細めている。可愛いなオイ。

 

 撒き餌をして魚を誘き寄せ、糸が絡まないように暁と少し離れて糸を垂らす。

 

「…………」

 

「…………」

 

 波が打ち付ける音。

 鴎の鳴く声。

 柔らかな潮風と磯の香り。

 どこまでも広がる海。

 煌めく水面。

 

 ……平和だ。

 時間が流れていく。ゆっくり。ゆっくりと。

 きっとこんな平和も悪くない。

 

「司令官……」

 

 ……っぶねー。ちょっと寝かけてた。暁が声を掛けてこなかったら釣竿落とすとこだった。隣を見ると、彼女は至極真面目な顔で水面を見つめている。あ、あれ? 声かけられたんだよね? ぼっち特有の「誰か今俺の事呼んだ?」が発動したんじゃないよね? ちなみに誰も呼んでいないのが現実である。

 

「……なんだ?」

 

「……司令官はさ、どうしてここに来たの? 私達の事も、お仕事の事も全然知らない人だって大淀さんが言ってたわ」

 

 ……どうして、か。

 

「そう、だな……成り行き……いや、頼まれたから、かな」

 

「……意外。断らなかったの?」

 

「ん、まぁ……依頼されたら断らない奴をずっと近くで見てきたから、そのせいかもしれんな。……いやでも俺は断れなかったって方が正しいのでは……?」

 

「ふふっ、なにそれ」

 

 暁は可笑しそうに笑った。

 

「なんなんだろうな」

 

 つられて俺も笑みを零す。俺達はしばらく笑い続けた。

 ひとしきり笑ってふと見ると、暁の竿が上下に揺れている。まだ気づいていないようだ。

 

「暁、竿引いてるぞ」

 

「えっ? あ、ほんとだ」

 

 彼女はその小さな手でリールを回した。少しすると水面に小さな影が見え始める。そのままさらに巻き取り……。

 

「フィーッシュ!」

 

 釣り上げた。素直にフィッシュも言ってくれた。ええ子や……。

 暁が釣り上げたのは10cm程の小さめの魚だった。名前はよくわからん。ハゼに見えないことも無い。そんな感じだ。

 

「夜ごっはん、夜ごっはん〜」

 

 歌いながら暁はハゼ(仮)をバケツに入れた。少々残酷な歌だが仕方ない。所詮この世は弱肉強食なのだ。俺は真っ先に淘汰される側の生物なんだけど。

 

「おー、釣れるもんだな」

 

「ふふん、すごいでしょ!」

 

 胸を反って見事なドヤ顔をしている。かわいい。

 

「おう、すごいすごい」

 

 再び頭を撫でてやる。こうもサラサラした髪だと撫でがいもあるというものだ。

 

「んっ……」

 

「……っと。はい、おしまい」

 

 最後に軽く手を置いてから後ろ髪を引かれながらも手を離した。髪だけに(激ウマギャグ)。

 

「釣れてますかー?」

 

 控えめに言って微塵も笑えないギャグを考えていると、いつの間にか大淀が近くに来ていた。

 

「おう、1匹な」

 

「おー、ちなみにどちらが?」

 

「私よ!」

 

「……なんで提督が釣ったみたいに言ったんですか」

 

「うるせいやい。いいだろえっと……どべ? どげざ? ざぶとん? ……んん?」

 

「……もしかして坊主と言いたいんですか」

 

「そうそれだ。いいだろ坊主でも。ここで釣るのは初めてなんだから。勝負はこっからだ」

 

「どうして坊主とざぶとんを間違えるのか意味が分かりませんが……。とりあえず勝負はここまでのようですよ?」

 

 そう言って大淀は海の向こうを指した。そちらを見るとうっすらとだが動く影が見える。どうやら哨戒組が帰ってきたようだ。

 

「む……仕方ない、今日はこの辺にしといてやる」

 

「坊主のくせによく言えますね」

 

「だが、これで勝ったと思うなよ!」

 

 すびし、と海に指を突きつける。ふっ……決まった。

 

「それ、完全に悪役の台詞ですよ。全然決まってませんからね」

 

「わ、私はかっこいいと思うわよ?」

 

 ちょっとさっきから大淀さんの言葉のナイフが鋭すぎますね。暁の精一杯のフォローが虚しくなるレベル。何処ぞの壁ノ下さんみたいだ。……おっと、寒気が。相変わらず全自動思考読み取り迎撃装置は元気に稼働中のようだ。安心、安心――できるわけがない。こんな離島でも俺の思考筒抜けってこと? なにそれ怖すぎるだろ。

 

「しれーかーん! たーだいまー!」

 

「おーう、おけーりー」

 

「おかえりなさい」

 

「おかえり!」

 

 人間の可能性を恐ろしく思っていると、哨戒組がすぐ近くまで来ていた。慌てて竿を引き上げる。

 

「あっ」

 

「どうしたん……ふふっ」

 

「……? どうしたの?」

 

「……糸が切れてる」

 

「……ほんとだ」

 

 ガッデム。なんてこったい。俺は切れたことにも気づかず2時間近く糸を垂らしてたってのか。魚共もさぞかし俺をバカにしていただろう。現時点での俺のヒエラルキーはどうやら魚より下のようだ。やはり虫辺りがいい勝負できるだろうか。

 

「おや、司令官、糸が切れたのかい?」

 

「災難だったね、提督」

 

 梯子を上ってきた響と時雨が声をかけてくる。

 

「おう、お疲れ」

 

「ぷくく……この人ずっとこれでやってたんですよ。釣れるわけないじゃないですか」

 

「君、笑いすぎだからね? 一応俺だって傷つくんだよ?」

 

「……うそ……でしょ……?」

 

「ちょっと? 敬語忘れるくらい衝撃的なわけ?」

 

「すみません、つい」

 

「ついで忘れるなよ……」

 

 何回も言うけど俺は君たちの上司……ほんとにそうなのか? いかん、フレンドリーに接されすぎて自信が無くなってきた。まさか親父譲りの社畜根性がそうさせているのか。恨むぞ親父。

 

「あはは、すみません。皆戻ってきたことですし、そろそろ帰りましょうか。あ、阿武隈さん、後で報告書お願いしますね」

 

「はぁい」

 

「うし、帰るか」

 

 俺はバケツを持って帰路についた。

 

 やいのやいのと騒がしくも、決して嫌な感じではなく、心地のよい帰り道だった。

 




 2年ぶりに艦これやってレベリングとか建造とかしてたら20000ちょいあった燃料が3日で1になりました(今日の話)。吐きそう。
 あと江風がとてもほしい。かっこいいですよね、あの子。

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