七月某日──より正確に言うなら、ハリー・ポッターの誕生日の一週間前。
バーノン・ダーズリーは顔を真っ赤に染めて叫んでいた。
「だから、お前が言ってるその先生とやらは本当に来るのか!?ええ!?そもそもまともなんだろうな!」
「少なくとも、普通の魔法使いよりもマグルの知識には詳しいよ」
「この家でその言葉を使うんじゃないと何度言ったらわかるんだ!やはり、お前はストーンウォール校に通うべきだった!」
「僕に怒る前に、鬼灯先生を出迎える準備をしないと!あの人は礼儀とかに厳しいんだ!もし失礼な態度をとったら、大変なことになる……」
「…………ふん、いいだろう。で?その鬼灯先生とやらはどんなものが好きなんだ?言ってみろ」
「………………金魚?……ごめんなさい、あの人が好きな食べ物とか全くわからない。あ、おにぎりは?日本人だから」
「チッ、使えんな」
ドスドスと音を立ててリビングへと向かうバーノン。連れ添うハリーの手には、昨日届いた手紙が握られていた。鬼灯からの手紙だ。
この日のお昼頃に、ダーズリー家に向かう、と書かれた手紙。
ペチュニアが微かに震えていたが大丈夫だ、と判断したバーノンは、鬼灯と言う教師を、どうせ頭のおかしい奴だろう、と考えた。
しかし、それを聞いたハリーは、これまでこの家で過ごしてきた中で、見せたことのないぐらいに焦ったのだ。まずい、このままではバーノンおじさんが鬼灯に殺される……まではいかないだろうが、その一歩手前までは逝きかねない、と。
彼は必死に説得した。何度怒鳴られても言い続けた。それがようやく報われたのだ。
ハリーとペチュニアの手で、多くのおにぎりが作られる。同時に、ダーズリー家では誰も飲まない緑茶と麦茶も作られた。
「お前、鬼灯って人に何をしたんだい?」
ふと、ペチュニアから話しかけられた。
「助けてもらった。二回も」
「そう……一つだけ、話してあげる。リリーはね、いっつも楽しそうだった……学校から帰ってきたら、いつも変なことをしていたよ。けどね、学校での思い出話とやらを、私は一度だけちゃーんと聞いたの。それが、鬼灯って人の話。普段はとても厳しくて、絶対に怒らせてはいけない存在……人外の鬼神ってね」
それきり、ペチュニアは黙り込んでしまった。
お昼頃、ダーズリー宅のチャイムが鳴らされた。
誰もドアを開けに行かない中、一人だけ、動いた者がいた──ハリーだ。
ハリーは玄関の前で深呼吸をして、ドアを開けて鬼灯を迎え入れ──とても驚いた。
「角が……無い……!それに、耳も尖ってない」
「ある薬を飲んだので。あとで説明します」
今の鬼灯は普通の人間に見えた。少なくとも、人外には見えないし、魔法使いにも見えない。角の無い額、尖っていない耳、黒いスーツ。どこから見ても、マグル社会で働くサラリーマンだ。
「ダーズリーさんは……リビングですか。では、お邪魔いたします」
こうして、ダーズリー一家にとっての地獄が、始まるのだった。