聞こえるか、この鐘の音が() 作:首を出せ
先日起こったティンジェルさん誘拐事件(未遂)からしばらくして、再びアルザーノ帝国魔術学院は騒がしい雰囲気に包まれていた。と言っても前のようにいきなりロリコン疑惑のある犯罪者が侵入してきたわけじゃない。騒ぎの原因はこの学院が年に3回行っている魔術競技祭が原因だ。
この行事はその名の通り、学院生達が磨いてきた魔術の腕を競う祭典のことで、俺が思うに体育祭みたいなものである。ただ、体育祭とは違い、毎年決闘戦というクラスの代表者同士で戦うなどといった競技を除いてランダムに種目が変わることと、全ての種目がリレー選抜みたいに成績上位者で固められている。そう、このイベントは大体成績上位者が無双するだけなので平凡以下の学院生はやることがないというものになっている。……ちなみに、この競技祭で一位を取ったクラスの担任は特別賞与が与えられる。
そして、現在。俺が所属しているクラスでも当然この魔術競技祭の選手を選出していた。グレン先生が今はいないので、このクラスのリーダー的な存在であるフィーベルさんと同じくクラスの癒し(らしい)ティンジェルさんが黒板の前に立ち、選手決めを行っていた。ちなみに、選出方法はクラスメイトの自主性に任せた挙手で決める形をとっているが、それも意味をなさず誰もがどの種目でも黙り込んでしまっていた。その様子を見かねたのか、ティンジェルさんがひと声かけるものの鶴の一声となることはなく、やる気を引き出すことは叶わなかった。そう、二学年ともなればこの競技祭を三回は経験している。つまりどういうイベントかが理解できているのだ。先程も言った通り、この競技に出てくるのは大体各クラスの成績上位者である。比較的落ちこぼれとして見られている二組だとそれらに対抗できるのは数少なく、そうじゃない彼らはわざわざ負けるような戦いに出ようとは思わないのだ。
……あるある過ぎて泣けてくる。小学校の運動会ならば子供特有の妙な自信を引っ提げて様々な種目に立候補するが、多感な時期の中高生になると途端にそういったイベントにやる気を示さなくなる。戦力差が理解できるようになったためにどれだけ頑張っても無駄だという感性が働くのだろう。実際俺はそうだった。…しかし、悲しきかな。今そのことを振り返ってみると、そうやって達観していると思い込んでいた自分が滑稽過ぎて黒歴史に直行なのである。
「ほ、ほら。去年参加できなかった人だって今年は参加できるのよ?」
めげずに参加を促すフィーベルさん。その姿勢は少なくとも去年の初めに受ければとても素晴らしいものだったのだろう。けれども、何と言うか時期が悪い。……恐らくクラスの全員が思っていることを代弁するかのように、丸眼鏡をかけた男子生徒――ギイブルが口を開く。
「―――女王陛下がご来臨なさるのに、わざわざ無様を晒しに行くわけがないだろう。お情けで全員に出番を与えようとするからこうなるんだ」
「貴方……それ、本気で言ってるの?」
「もちろん」
「―――つまり、わざわざ恥をかきに行く必要はない。全ての種目に自分が出て人柱になろうということか……」
「オールドマン……それは一体誰の気持ちを代弁しているんだ……」
「ギイブル」
「――――――――」
絵に描いたような絶句を示すギイブル。この子は悪い子じゃないんです。ちょっと、お口に皮肉フィルターがかかっていて、言うこと全てが少しひねくれてしまうだけで根はいい子なんですよ。
「勝手なことを……!」
「……はぁ、なんにしてもこれじゃあ決まらないわね」
ギイブルの矛先がこちらに向いた所為か、一旦冷静になったフィーベルさん。改めてどうやって決めようかと頭を抱えた時―――勢いよく教室の扉が開かれた。入室してきたのはもちろんこのクラスの担当非常勤講師、あの日のカッコよさをテロリストと共に置いてきてしまったグレン先生である。
「ここは俺に任せろ!この、グレン大先生にな!」
「ややこしいのが来たぁ……」
気持ちは分かるけど、声に出しちゃうんだ……。
教壇に頭を落とすフィーベルさんを見つつ、心中でつぶやく。……しかし、心配はなさそうだった。あのグレン先生の瞳には並々ならない執念を感じる。理由はともかく今回の彼は本気だと思っていいのではなかろうか。理由はともかく。
「なんだ、まだ決まってなかったのか。とりあえず白猫、リストを寄越せ」
「人を猫扱いしないで貰えませんか」
「まぁ、そんなことは置いといて、だ。ここから俺の超カリスマ的判断力でお前らを優勝へと導いてやる。遊びはなしだ、全力で勝ちに行くぞ!」
✖✖✖
グレン大先生のカリスマ的判断の結果から言うと、自称かと思われたその称号は別に自称でも何でもなかった。彼は恐らく普段から講義の様子などを見て何が得意で強みということか把握しているのだろう。種目の特性とその得意分野がかち合う人物を的確に埋めていき、あっという間に種目全枠出場選手を決めてしまった。
「納得いきませんわ。どうして私が決闘戦の選抜から漏れているんですの!」
「だってお前、噛むじゃん。知識はすごいけどよ……
「じゃあ、ハイ。先生、一ついいですか」
「なんだよサン」
「何で自分が決闘戦なんですか」
そう。あっという間にクラス全員を埋めてしまったということは当然俺も出場することとなる。別にそこに問題はない。過去の経験から言ってこういったことは十分に楽しんで全力で取り組むことが正解だと分かっているからだ。今更「興味ないね」という風に気取るようなことはしない。
だがしかし、決闘戦はよろしくない。この競技はランダムではなく固定されていることからも分かる通り重要な種目だ。むしろ目玉と言っていいかもしれない。プログラムでは一番最後に位置しており、その分配点は高い。つまり、ここでミスを犯してしまうと精神的に大きなダメージを受けることとなる。ただでさえ浮いている俺がそんなことをしてしまったら村八分にされてしまうのではなかろうか。
「はぁー?何言ってんだお前。むしろ白猫、ギイブルと来たら残りはお前しかないだろ。お前が秘密で拵えてたショック・ボルト百八式のお披露目会とでも思っておけよ。大丈夫だって心配すんな。お前の力はこの俺が保証してやるよ」
「………」
セリフだけなら格好いい。いや、実際にかっこいいんだけども……その瞳には何やら欲望が渦巻いている気がしてならない。でも良い雰囲気だし、クラスのみんなもやる気が出てきたようだし何より綺麗に纏まりそうだし……頑張ろう。
決意を固めているとここで異議あり!と立ち上がる人物がいた。眼鏡をクイッと上げたギイブルである。彼はついに誰もグレンに指摘しなかった成績上位者を使い回すという方法を提示した。
………その瞬間、グレン先生の表情がいやらしく歪む。クラスのみんなは見ていないようだったが偶々視界に入ってしまった俺は彼の本質を理解した。どうやらただ単に上位者の使い回しが可能なことを知らなかったんだ、と。
だが、天はそんなグレン先生を見逃すことはなかった。ここでクラス全員参加推進派の会長(大嘘)のフィーベルさんがグレン先生をヨイショしつつ、クラス全員で出場することに意義があると言い出す。それにグレン先生の熱に当てられたクラスメイト達は同調した。そう、言うなればクラスが一丸となって全員参加の雰囲気を作り出したのだ。
流石のグレン先生もこの流れからやっぱり上位者で固める―――なんて言いだすほど腐ってはいないようで、冷や汗をだらだらと垂らしながらクラスの全員で頑張るぞーと号令を取っていた。……まぁ、身から出た錆……なのかな?
選手決めを行った後、講義時間を返上して練習時間に当ててくれるらしいので俺も教室を出ようとする。するとグレン先生から声がかかった。
「サン、ちょっと時間いいか?」
「別に大丈夫ですけど……決闘戦のことですか?」
「ここじゃあ、話せない。ちょっと来てくれ」
「分かりました」
鬼気迫る、という様子のグレン先生に連れられてやって来たのは学院内でも人通りの少ない場所だった。
建物の影というわけではない。むしろ建物から離れ、自然くらいしか見ることのできない場所である。どうしてこんな所に連れて来たのだろうと思っていると、グレン先生は体を反転させてこちらを向いた。
「サン、真面目に、嘘偽りなく答えて欲しい」
「なんでしょうか」
一歩、二歩と近づき、ついには俺の両肩を掴んで顔を近づける。……もしかしてグレン先生はあっちの人なんだろうか。この前追いかけられた時に冗談で叫んだ出来事がまさか事実だったなんて。これは迂闊だった……。もしかしたらここで俺の貞操が……!
「―――お前の家は金持ちか?」
「は?」
とりあえずホモォ……な展開はなさそうだが、逆に全く意図の読めない質問が飛んできた。どうして急に金持ちかどうかを訊かれているんだろうか、俺は。混乱のさなかに居る俺だが、こちらの様子に気づかないのかグレン先生は強い口調でこちらの答えを促して来た。
「どうなんだ……!お前、あの白猫と昔馴染みなんだろ……!」
「何でフィーベルさんと昔馴染みだと金持ちになるんですかね……んー……答えるとするならそれなりには、というところでしょうか」
うちの家系は決して大きいわけではないのだが、それでも細々と続いてきた古い家系らしい。まぁ、細々ということで有名所ではないのだが、長い間続いているということでそれなりの資金を持っている。
答えを聞いたグレン先生はその後、俺の両肩から手を放し―――同時に俺の視界から消え去った。
「えっ」
呆然するのも一瞬、次の瞬間にはグレン先生の声が俺の耳に届く。
「お願いしますサン様……!お金を、貸して、ください……!」
別に消えたわけじゃなかった。グレン先生はしっかりと俺の前に存在していた。……視界にも映らないような光速の土下座を披露していただけだった。視線を下げてみればそこには俺の靴に額を擦り付けて媚びるグレン先生の姿が。………本当、あの時超絶かっこよかったグレン先生は何処に行ってしまったんだろう。
「……自分の教え子にたかって恥ずかしくないんですか?」
「フッ、いいことを教えてやるよサン。……プライドや世間体で、飯は……食えない……!」
「必死すぎるでしょ……」
働いていないならまだしも、非常勤とはいえ帝国が運営している学院の教師やってる貴方がどうして金欠なんかになっているんですか。
「それは……ロマンを求めて……」
「どんなですか?」
「一攫千金の」
「賭け事じゃねえか」
……そうだ逆に考えよう。普段このようにダメダメだからこそ何かあった時あそこまでの力が出せるんだ。人は常に気を張っていてはその内絶対に限界を迎える。それをこの先生は防ぐためにダメ人間に徹しているに違いない(迷推理)
言っててなんだけど、絶対に無理があるな。しかし、グレン先生にはあの時学院と俺達を守ってくれたという実績がある。情けないとか世間体とかはこの際考えないこととして、助けてもらった立場から言うと何かしらのお礼は必要かもしれない。
「分かりました、グレン先生。では、そうですね……魔術競技祭が終わるまでの一週間と数日、グレン先生の昼食代はこちらで払います」
「―――えっ、いいん……ですか……?」
「何故に敬語……」
彼の食事事情はそこまで悲惨なことになっているのか。というか、もしかしなくてもこの人既に給料のほぼ全てを
「なら、早速今日から頼む!俺、値段の高い上位三つを頼むから」
「少しは遠慮しましょうよ。別にいいですけど」
父さんからお小遣いという形でお金は貰っている。俺個人としては特に買うこともないので無駄に有り余っているものだから別に気にしないけどさ。
✖✖✖
その後、昼食を奢り中庭で競技祭に向けての練習をしていた時ちょっとしたトラブルに巻き込まれた。一組の人達とひと悶着あったのである。で、紆余曲折あった結果、最終的にグレン先生と一組担任のハーレイ先生はそれぞれの給料三か月分を賭け金としてお互いのクラスが勝つ方に賭ける勝負をした。講師による学院生を使った賭博は認められているのか疑問に思いつつ、もう後には引けないと教室でメンバー決めをしていた時以上に冷や汗を流しているグレン先生。もうだめかもわからんね。ちなみに、ハーレイ先生もこの場から立ち去る時、動揺していたのか頻繁に眼鏡を指で押し上げていた。まあ、俺達にはそこまで関係がないからいいや。
この時俺達がハーレイ先生に馬鹿にされたわけだが……それが原因なのか、それとも給料三か月分が原因なのか、より一層やる気になったグレン先生は、クラスメイトそれぞれの様子を細かく見ていき足りない所を指摘。また、それとは別に講義を開いて効率の良い魔術の使用方法や決闘戦などの時に役立つ心構えや定石なんかも教えてもらった。
「サン。お前のショック・ボルトはその多彩さが武器だ。だからこそ、敵にどのような種類があるのか覚えさせたらいけない」
「はい」
「普通なら、手数の多い奴は一度使ったものは極力使わず、数と種類で翻弄するのが良いんだが……お前の場合、術を発動する時に妙な言語を使うからな……」
「あれは自作です。前に先生は言いましたよね?ルーン語は術を最も使いやすい言語だって。裏を返せば、別の言語でも発動自体はできるわけです。その結果、相手が言語で予想できないようにオリジナルの言葉で発動できるようにしました」
オリジナルと言っても日本語だからもしかしたらわかる人にはわかるかもしれないけれど……俺のいた世界とここは全然違うし、もし日本という国が存在していたとしても通じるとは限らない。結果、かなり隠密性の高い術になったわけである。
「そうか、なら俺が言えることは唯一つ。敵の攻撃に当たるなってことだな。普段なら防ぐための魔術かなんかを練習するんだが……お前そういった術式は使えたか?」
「いえ」
「だよな。かと言ってショック・ボルトを防御用に作り直すには時間が足りない。だからお前はひたすらに回避だ。というわけで……お前達やっておしまい」
フィーベルさんに、ギイブル。クレイトン君とモップス君、ガヤス君、エキストラト君の仲良しトライアル。最後にナーブレスさんだ。おいおい、なんだこの数はこれじゃあミーの負けじゃないか(決闘者感)
「こいつらが撃つ攻撃を回避しろ。できればもう、お前は無敵だ……!」
「この人数は無理だと思うんですけれども、そこの所いかがですか?」
平然と課せられる無茶振り。だが、この場に居る人間のほとんどはやる気満々だった。コンビネーションを鍛えるつもり満々の三人組。噛み癖を無くすための訓練と楽しみにしているナーブレスさん。そして、今朝ツンデレ翻訳をしたためか妙にいい笑顔でこちらを見るギイブル。これは終わりましたね……。あぁ、罪悪感をにじませつつ魔術式を構築するフィーベルさんはともかく、いいのかな?と言った風に狼狽えるクレイトン君が女子っぽい外見とマッチして天使に見える。
……天使と言えばこの状況、ティンジェルさん的にはどうなんだろうと。彼女を探してみればこちらの様子に気づいて口パクで頑張れとエールを貰うことになった。成程止めることはしない、と。クラスの天使公認か……覚悟を決めよう。
「よし……お願いします!」
言った瞬間四方八方からゲイル・ブロウとショック・ボルト、その他の魔術が同時に襲い掛かって来た。……せめて弾幕ごっこよろしく安地を作って欲しかった……。
✖✖✖
白猫を始めとする指名した学生達の魔術が一斉にサンに向かって降り注ぐ。四方八方から放たれたそれを回避するだなんてぶっちゃけ、愚者の世界を使わない限り俺でも不可能だろうな、と内心で苦笑いしながらあの時セリカから聞いた情報を整理する。
『サン=オールドマンは黒に近いグレーだな』
『はぁ、マジかよ……理由は?もしかして、アイツの家族かなんかが天の智慧研究会に所属しているとかか?』
『いや、両親は真っ白。特に後ろめたいことに手を染めているわけでもない真っ当な人物だった』
『じゃあ何だってんだよ』
『サン=オールドマンはここ数年、彼らが過ごしていた地域で起きた誘拐事件などの現場にほぼ必ず目撃されているんだ』
『……何?』
『あの付近にはフィーベル家と彼女が居るからな。そういった事柄には事欠かなかったみたいだ。特務分室の連中も、それらを撒き餌に大分戦力を削ってたのだろうよ』
『チッ、相変わらずか……けど、住んでいる地域なら、サンが近くに居ても不思議じゃねえよな。ルミアの話じゃあ、白猫とあいつ、昔は割と遊んでたみたいだしよ』
『それはもっと前の話だろう。ここ数年間の出来事にその理由は使えん。……それでな、一度サン=オールドマンに自白剤を使ったらしいぞ?あの連中』
『はぁ!?』
『結果は白だったそうだがな。しかし、偶然で片を付けるには頻度がおかしい上に特務分室の方でも侵入者の数が
『…………』
『いいか、グレン。恐らくサン=オールドマンは敵ではない。けれど、味方でもない。全く以って謎の存在、手の出し方すら不明瞭な存在だ。関わるなとは言わないが十分に気を付けることだ』
なんて、言ってたが……今の様子を見る限りだとそんな人物には見えないんだよな。これでも色々経験して来た身だ。ある程度の人物を把握するくらいならできるが……なんというかあらゆる意味でアンバランスな奴だと思う。
年齢の割には成熟している気がするし、しかし時々素のような年相応なものを出す。戦闘面も、動揺などの類は一切見ることができなかったがそれにしては動きが素人過ぎだ。正直、レイクの時も意識のほとんどが俺に向いていたからこそ大した傷を負わなかったのだと思う。
「ちょっと…!死体蹴りは……!やめっ……
『うわっ!?』
『……ッ!?』
あーあ、反撃しちまったか。それじゃ回避の意味がねえってのに……。ま、攻撃される前に拘束するのも立派な戦術だとは思うけどよ。
所々ボロボロになり、肩で息をしながらも魔術を行使し、自分のことを攻撃していた全員を捕まえたサンを眺めながら俺は改めて思う。……やっぱりこいつはそこまで悪い奴じゃねえんじゃないかって。ははっ、流石に甘すぎるか。しかし、今の俺はただの非常勤魔術講師だ。そのくらいの甘さがあったって誰も責めやしねえだろ。
「おら、サン。攻撃すんな、回避だけに専念しろ」
「流石に無理ですよ!?」
許せカッシュ……(ポジションを取るのは)これで最後だ……。