聞こえるか、この鐘の音が() 作:首を出せ
その鐘の音は―――
きっと神様ってやつが居るのであれば、とんでもない大馬鹿者なんじゃないかと思う。というか大馬鹿者だった。
『おぉ、○○よ。私が小突いた程度で死んでしまうとはなさけない。そんな不幸なお前には第二の人生を謳歌する権利を与えよう。フフフ、心配するでない。これでも我は空気を読める神……お約束である特典とやらも当然つけるとも。―――よし、とびっきりの奴にしておいてやったぞ。では第二の生を存分に謳歌するといい』
というのがついさっき俺の身に起きた出来事である。とても神様とは思えないくらい軽くてろくでもないやつだった。……訂正、神様ってどれもこれもろくでなしばっかりだった……。何はともあれ、とりあえず今は自分でも困惑するくらいに落ち着いている。理由はわからないけれど、今のうちに状況を整理しておこう。
目に映るのは異常なくらいにぼやけた光景。もしかしたら50㎝先も見渡せないんじゃないかというほど視界は悪いが、周囲の音はとてもよく聞こえて来た。大勢の歓声のようなものが耳に届く。……誰かが俺の身体をフッと抱き上げて(恐らく)抱き上げた人が俺の顔を覗き込んでいた。輪郭は僅かに彼が男性とわかる程度だった。抵抗なんてことは当然できない。自分の身体であるはずなのに力なんて全く入らないし、声だって声帯が機能していないのかそれとも
『―――生まれてきてくれてありがとう。サン』
輪廻転生――――いわゆる生まれ変わり。しかも失われるはずである記憶と人格を持っての生まれ変わり……リアル強くてニューゲームだ。どうやら本当に第二の人生を歩むことになるらしい。
……一先ずそのような非現実的なシチュエーションを実感したところでもう一度さっきの言葉を言おうと思う。神様ってやっぱり大馬鹿だ。
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サン=オールドマン、それが2周目の俺が両親から授かった名前だった。名前の感じから言ってどう考えても日本ではない。この段階で既に絶望が俺を包み込んだ。だって外国である。記憶のある俺が他の国の言葉を理解できるようになるのかということが不安だし、最悪途中で死ぬかもしれない。外国って銃社会が多いって聞くし。日本だって最近だと子どもが生きにくい世の中になったのかもしれないけれど、それでも物理的な死が隣にあるよりは遥かにましだったと思う。
赤ん坊の頃からそのようなことを考えていると、必然的に態度にも現れるらしい。この頃俺は泣くことも喚くこともないと両親からとても心配されていた。大変申し訳なく思ったのでお腹がすいたら泣くし、食事を貰ったら笑う様に頑張ってみた。喜んでくれて大変嬉しい。
初めて生まれた子どもが嬉しくて仕方がないのか、両親は俺にとても構ってくれた。父親も仕事があるだろうに、帰ってきた瞬間俺に一直線。整った顔をだらしなく緩めている始末。悪い気は全くしないけど。むしろ嬉しいけど。赤ん坊になっている影響か、そういった愛情表現を受けるととても嬉しくなるのだ。恥ずかしくないのかって?そんなことを考える暇もないくらいには満ち足りていた。なんだこれ神様ありがとう(手のひら返し)
……そんな感じで意外にもこの転生に感謝し始めていた俺ではあったが、一つだけ懸念というか聞き逃せない言葉があった。それは魔術という単語の存在である。
魔術―――世界でもかなり知られているであろう単語。それが意味するのは魔力などを使った超常現象を引き起こす力の総称である(偏見)
もちろん俺は知っているだけで実際にそんなものを見たことはない。少なくとも俺が生きていた世界において魔術はオカルトとしてあるかどうかわからない―――幽霊などと同じような存在であった。
だが、ある程度成長し、鮮明に見えるようになった視界で確認してみれば、両親がとても真剣な表情でその魔術のことについて話し合っているのが見えるのだ。それを手の込んだドッキリとして見ることはできない。そもそも生後1年経ってないような子どもにそんなドッキリを仕掛けるなんて頭おかしすぎる。
要するに、この世界には魔術という概念が存在しているということがこのことから予想として立てることができた。
そこで脳裏によぎるのは前世で齧っていたサブカルチャーの知識達。魔術なんていう技術があるのだからこの世界ではそれはそれは大変なことになるのだろう。なんて言ったって魔術である。魔術って言ったらあれだ。人から炎とか電気とか風とか氷とか出てくるのだ。他にもきっととんでもない不可思議超常現象を起こすのだろう。
……やばい(確信)
銃社会なんて目じゃない。誰も彼もが見えない拳銃を所持しているようなものだ。そんな世界に住むなんて冗談じゃない。何で生後1年で死期を悟らなければならないのか。とりあえずやっぱり神様は馬鹿なんじゃないかと思う(光速の手のひら返し)……せめてしっかりと輪廻転生できていれば……。
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俺がサン=オールドマンとして生まれてから数年が経過した頃。どうやら俺にも魔術とやらを使えるようにしてくれるらしい。父さんが教えてくれるとのこと。どうしてそうなったのかはまるで分らないけれども、習えるものは習っておこうと思う。
俺が最初に教わったのはショック・ボルトという魔術。父さん曰く、この魔術の基礎中の基礎であり殺傷能力とかは一切ないという。精々が相手を痺れさせることだとか。つまり射程距離が伸びたスタンガンというくくりでいいのだろう。
発動するには詠唱が必要であり、優秀な魔術師ほどその詠唱を短くするようにできるという。
「まぁ、とりあえずやってみればわかる」
「なんかかるいね、とうさん」
舌足らずなのは勘弁してもらいたい。年齢的にこれが限度なのだ。というか、これが世間一般では普通なのだろうか。5歳くらいの子どもに魔術を教えるというのに物凄く軽いんですけどそれは。
「雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ」
言葉と共に父さんの手から紫色の電撃が走る。それは加減したのだろう、大体2、3メートル飛んだ後に空中へ霧散していった。これが魔術……とても不可思議なものである。
けど、こういうのを見るとテンションが上がっちゃうよね。ということで俺も早速父さんの真似をして詠唱をしてみた。
「らいせいよ・しでんのしょうげきもって・うちたおせ」
舌足らずなのは(ry
一先ず父さんの言葉通りに言葉を紡いでみるものの、俺の手から紫電が出ることはなくただ単に詠唱をして固まる子供の姿だけが残った。
「ッハッハッハ!サン、気を落とすなよ?はじめは誰だってうまくいかないもんだ」
「そう?」
だろうね。こういうのって日々の積み重ねが大事なのだろう。あらゆる物事はそうした反復練習が実を結ぶための近道。魔術に関しても例外ではないということなのだと思う。しかし、俺も男の子だからね。期待しちゃうのは仕方ないね。
「じゃあもう一度やってみるか」
「うん」
この後無茶苦茶詠唱した。
……ちなみに、やたらと魔術を酷使すると国の偉い人に怒られるから隠れてやってくれと父さんから言われた。……なら何で教えたんですかね……。
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あれから俺は1日何十回ショック・ボルトを撃つために詠唱を続けていた。その甲斐もあってか、習い始めてから半年。ようやくショック・ボルトを放つにまで成長することができていた。使うことができた時は父さんとハイタッチをした後、家の庭で喜びの舞を踊り、母さんに生暖かい目で見られた。
そのような日常の中、変化もみられるようになった。まず一つ。ご近所さんと仲良くなった。この世界で生まれてから未だ二桁に行っていない故に詳しいとは言えないけれど、良い所のお嬢さんらしい。その子と少しだけ遊ぶようになった。まぁ、その子はおじいさんのことが大好きらしく、本当にたまたま外に出る時だけ遊ぶという風だ。後もう一つ、今では顔も思い出せないクソ野郎こと神様が転生前に与えていた特典。それが判明したのだ。超強いという言葉をおぼろげながらも覚えていた俺としては確かにと納得するようなものではあった。……あったのだが、
……いや、無意味に引っ張るのはやめよう。単刀直入に俺が特典としてもらったのは――――これである。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
周囲に響き渡るは終焉を告げる鐘の音。それは知っている者にとっては死の宣告であると同時に救済。その音は聞いたものが死ぬべき時を見失った時に鳴るもの。天が定めた終わりを、天に変わって代行をするためのもの。そう、これはfateシリーズに出てくる初代山の翁が持っていた宝具、死告天使を発動した時に鳴り響く晩鐘である。
ぶっちゃけ、これが判明した時は興奮よりも恐怖が勝った。これを使う初代山の翁は規格外という言葉を具現化したような存在であり、不死の存在に死の概念を付与するようなまさに意味不明な技量を持つ者である。そして、この宝具は彼の狂おしいほどの信仰が宝具(必殺技みたいなもの)となった物なのだ。そんなものを振るったら次元を超えてでも俺の首出せ案件になると思う。
けれども幸いなことにそうはならなかった。何故なら先程言ったように、死告天使は初代山の翁の隔絶された技量によってなされる業。この鐘の音は彼が動くための合図のようなもので何かの物理効果を持っているわけではない。それに気づいた時、俺はどっと安心すると同時に思った。―――――つまり、この特典は唯時々鐘が鳴り響くだけのものなんじゃないか、と。
気づいてから俺は特典について考えるのをやめた。今は父さんから教えてもらったショック・ボルトを極めることにした。外でやると俺も父さんも怒られるため基本的に家でやっているのだが、これが結構面白い。ここ最近の発見は、言葉を変な所で区切ると様々な変化が起こるということだ。
例えば、雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せなんて詠唱すると放った電撃が右に曲がる。雷精よ・紫電の衝撃・以て・撃ち倒せとやったら下に行ったりもした。他にもどこか消したら威力が下がったりとかしてとても面白い。理科の実験をしているみたいだった。久々に童心に帰った。今は思いっきり子供だけど。これをもっと試してみればいずれは「ぼくのかんがえたさいきょうのしょっく・ぼると」ができるかもしれない。こういうのはいつまでたっても男のロマンだよね。
「サン、ご飯出来たわよー」
はーい。
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それから更に月日は流れて俺は前の世界で言う高校二年生になり、アルザーノ帝国魔術学院という所の二学年生をやっている。飛び過ぎだとは思うけれども、あれから結局ショック・ボルトを極める位しかやっていない……というのは流石に冗談だし、他にもいろいろ頑張ったりしたけどそれはどうでもいいでしょう。いつの間にかご近所さんの家に居候の少女が増えていたりとかしたものの、彼女達とは挨拶を交わす程度である。まぁ、元々仲が良かったわけじゃないし仕方ないね。
「おはようギイブル。早速だけど、ここの部分を教えてくださいお願いします」
「………少しは自分で考えようとは思わないのか?」
「できることはやってる。でもできないから仕方がないね」
「……………はぁ」
呆れられてしまった……。しかし、仕方がないのだ。ショック・ボルトなら自信あるんだけどそれ以外の魔術は正直からっきしに近い。一応使えはするのだけれど、一節で詠唱はできないしできたとしても脆い。なのでショック・ボルト以外の成績は全て勉強面でカバーしているのだ。それでもわからない所はこのクラスで最上位に優秀なギイブルに教えてもらっている。高圧的で慢心してばっかだけどクラスメイト思いだと思います。
「―――――と、いうことだ。分かったか?」
「ありがとう。これで何とかできる」
「フン」
素直じゃないなー、そんなんだから孤高を気取っている(笑)とか眼鏡ボッチとか遅めの中二病とか言われるんじゃないかな。
頭の中でそんなことを考えつつも実際に口に出したりはしない。だってそんなこと言ったら絶対に怒る。そして矛先が俺に向いてくる。知らなくてもいいことを態々知らせなくてもいいだろうと思いつつ俺は自分の席に戻る。
開始のチャイムが鳴り響き、生徒全員が席に着くが、待てども待てども先生が俺達の前に現れることはない。チラリと時計を見てみればもう授業時間の半分が過ぎようとしていた。そういえば、去年担当だったヒューイ先生が辞めたから新しい先生が来るんだったっけ。
そのようなことを考えていると、がらりと教室の扉が開いた。やって来たのは失礼ながらとても教師をできるとは思えないくらいに若い男性。青年と言ってもいいかもしれない。教師は教師でも家庭教師かな?と思えるくらいには若かった。その青年が入ってくると同時に前の席でリアクションを取る人物が二人。ご近所さんとその居候さんが入って来た青年に対して驚いていた。一方青年は人違いですと言って教壇に立つ。
青年、グレン・レーダスは非常勤講師としてこの学校にやって来たらしいが、どうやら自分の意思によるものではないらしい。授業は適当だし、質問には答えない。むしろ辞書の引き方を教えてやろうかと煽るくらいである。故に、教師泣かせの異名を持つご近所さんはこのグレン先生に反発した。言っていることはド正論もド正論なのだけど。
で、結果的に決闘で決めることになったらしい。生徒達の反応はまばらだ。信じられないという反応をする人、面白いと眼鏡クイッを行う人……これはギイブルですね……。
この場で決闘はしないようで、皆して教室を出てどこか開けた所に行ってしまった。…………そうだな。とりあえず、学院長の所に行って報告くらいはしておいた方がいいかもしれない。一応ここは教育機関だし、先生と生徒の決闘って問題な気もするしね。あわよくばこれで平常点が上がってくれればいいんだけど……。
✖✖✖
翌日、決闘に負けこってりと絞られた結果元気に授業を執り行う先生の姿が……!
「じゃ、後はよろしくー」
……見られることはなかった。圧倒的ッ……!圧倒的ッ、怠惰ッ……!!
どうやら生徒からのフルボッコと上司からの注意は彼の精神を切り崩すには至らなかったらしい。メンタル強すぎる。
それでもめげずにグレン先生に質問をしにいくティティスさんも中々強固なメンタルをお持ちのようだった。まぁ、それはご近所さんが止めに入ったわけだけれども。
「ギイブル。今日はここを教えてくださいお願いします」
「………オールドマン。君はあの男に辞書の引き方を教えてもらった方がいいんじゃないか?」
「あの人まともに辞書の引き方すら教えてくれるのか怪しいんだけど」
「…………………」
ここで考え込むギイブル。どうやら今までの怠惰に怠惰を重ねた態度を見ていて一定の説得力があると思ったらしい。その後彼は読んでいた教本を机に置いて「どこだ?」と言いながらこちらに顔を出してくれた。優しい(確信)
そんなことをしていたらいつの間にか事態は急変していた。平手打ちされたグレン先生と泣きながら教室を出ていったご近所さん。一体どうしたのかと尋ねてみれば、どうやらグレン先生がご近所さんを泣かせてしまったらしい。……なんというか今年に入ってから随分と騒がしくなったよね。このクラス。
とりあえず、ギイブルに教えてもらった所を忘れないうちにやってしまおうと教科書を開いたところで、ご近所さんの居候―――ティンジェルさんから一緒にご近所さんを探してくれないか?と言われてしまった。……なぜ自分がとは言わない。ご近所さんは確かに優秀ではあるが少々面倒くさい性格をしている。そして今の彼女は虫の居所が大変よろしくない。故に付き合い
――――ここでご近所さんを慰めることができれば恰好がついたのかもしれないが、どうやら俺にそういったことは不可能らしく、先にティンジェルさんが見つけて慰めていた。ま、ここで見つけ出して慰めるなんてタイミングよくできるわけはないよね。結局俺はその後何もすることなく自宅に帰っていった。ティンジェルさんが居れば問題ないだろうと判断したからである。
なんて考えながら帰っていたからだろうか。帰り道にばったりご近所さんと遭遇してしまったのだ。俺はとりあえず彼女にさようならと言って視界に入って来た我が家を目指す。
「ねぇ」
珍しく彼女の方から話しかけて来た。一体どうしたのだろうかと、首を傾げつつ振り返る。
するとそこにはこちらに視線を合わせることなく佇んでいるご近所さんの姿が。本当に何があったんだろうか。気になるものの、話したいことが有ったからこそ俺を呼び止めたのだ。向こうの用件が終わるまでは静かにしておくべきだろう。
もじもじとこちらに視線を向けたり逸らしたりすること数十秒、意を決したように彼女は口を開いた。
「さ、さっき、私の事探してくれたんだって……ルミアから聞いたわ。……ありがとう」
「………どういたしまして」
驚いた。まさかお礼を言われることになろうとは。あの時の自分は完全に何もできなかったんだけど。
お礼を言った後彼女は恥ずかしくなったのか「そ、それだけだから!」と言ってダッシュして彼女の家の方角へと走って行った。予想外のお礼だったけれど、言われて気分は悪くならない。むしろ良い。
「……うん」
お礼を言われるくらいなら、あの時間も無駄ではなかったかな。なんて柄にもないことを考えつつ、俺も自宅へと急ぐのだった。
コイツ、ショック・ボルトの話しかしてないぞ……!